桃源郷
「これ、もうクリアで良くない?」
俺はカットされた様々なフルーツを口に運びながら呟く。
「何モグモグ言っモグモグんのモグ?」
なんて? 目の前にいる羽虫は、フルーツに夢中だ。
俺はこの屋敷に滞在して、既に三日目を迎えている。
初日は疲れやストレスが溜まっていたのか、ベッドにダイブしてすぐさま意識をなくした。寝心地が最高に良かった。
二日目も惰眠を貪りつつ、偶にやってくるケンと他愛ない話をし、この部屋で食事をとった。
本来なら大広間でフルコースのもてなしをされる予定だったようだが、羽虫がいるせいでご破算となった。
見えない何かが勝手に料理を食べる怪奇現象を執事たちには見せられない。
もしかしたら、一流の執事たちは突っ込まないかもしれない。けれど、後々説明を求められても面倒なので、俺が宗教上の理由により人前で食事をとれない、という設定で押し通した。
それでも部屋に運ばれてくる料理は大変美味しく、今まで食べてきた俺のなんちゃって料理とは天と地ほどの差があった。
そして風呂だ。
場所が分からない為、ケンを伴い浴場へと向かった。
大浴場だった。ライオンみたいな彫刻の口から湯が流れており、大理石のような漆黒の浴槽に溜まっていた。
俺は湯船に浸かる前に、垢や血やあらゆる汚れを洗い流す。その際、髪も洗ったのだが、中央の不毛に手が差し掛かり、人知れず涙を流した。
後は溶けるんじゃないかと思うほどに、湯船を満喫した。
風呂から上がり、脱衣場に行くと老執事がいた。
何だろう、と訝しがっていると、どうやら俺が元々着ていた服をどうしたらいいのか、聞きに来たらしい。
俺は服を手に取り、惜し……まず、即座に捨てて下さいとお願いした。
代わりに着ているのは、上下絹で仕立てられた最高級の寝間着だ。最早、これ無しでは寝られない体にされてしまった。恐ろしい。ええ、とっても。
「タロウ、調子に乗ってる?」
フルーツを食べ終えた羽虫が、ジト目で見てくる。
「え? 俺が? まさか」
俺は足を組み、片手で呼び鈴をチリンチリン鳴らす。
「タロウ様、お呼びでしょうか?」
見目麗しいメイドが、俺に恭しく頭を下げる。
「紅茶をもらえるかい?」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
メイドが再度頭を下げ、部屋から退出する。
あ〜、最っ高! 調子に乗ってるか、だって? 乗るだろこんなもん! チリンチリンすれば何でもハイハイ聞いてくれるんだぜ? 脳内麻薬ドバドバですわ! もう、ここにずっと住み着いて良いんじゃないかな? なんか俺ってば、恩人らしいし。現実よりも良い暮らしが出来る時点で、クリアを目指して必死になるバカがどこにいんの? ここが俺にとってのゲームクリアだって、ハッキリ分かったね。
コンコンとドアがノックされる。
「はいはーい、どうぞ」
「突然で申し訳ないが、失礼するよ。私はジュラルザード=イグラシオン。デュラマディゾーグの兄だ」
本当に突然やって来たな、この人。ジュラ、何だって? この人と言いケンと言い、名前で記憶力を試すようなマネは止めてもらいたい。
それにしても、ケンの兄か。髪の色も瞳の色も似てるちゃあ似てるけど、兄さんの場合、オールバックに眼鏡を掛けてるから神経質に見えるな。
「タロウです。よろしくお願いします」
「うん、タロウ君と呼んでもいいかな?」
「ええ、構いません」
「ありがとう。では、タロウ君、率直に聞くが、これから弟をどうするつもりかな?」
ん? 何その質問。どうするも何も、ケンの勝手にすればいいと思います。
「あの、どういう意味でしょうか?」
「いや、あのバカな弟はやっと兵士を辞めたと思ってみれば、タロウ君と冒険をするなんて言い出してね。正直、領主の息子が危険な事をして欲しくはないんだよ」
唖然としたね。そして、背筋が凍った。
あのバカ、領主の息子なの? つまり、ここは領主邸? そして、俺は領主の息子を死地に送ろうとしている不埒者、と。
もし本当に死なせたら? 絶対指名手配されるじゃん! クソジジイと一緒じゃん! あっぶねぇ、危うくモンスターに特攻させる所だった。
それにしても、あいつバカなの? 何でこんな良い家があるのに、旅立とうとしてんの? バーサーカーなの? 殺意に目覚めちゃったの? それはリュウの役目だから! ケンには関係ないから!
まだだ、まだ詰んではいない。俺はこの安息の地を諦める訳にはいかない!
「まったくもって同感です。些か誤解があるようですが、俺は決して弟君を連れ出したりはしません」
「ほう、つまりタロウ君は一人で旅に出るってことで良いのかな?」
「いえ、あの、俺も旅はキツくなってきたかなぁって思ってまして」
「それなら帰郷されると良い。無理は危険ですからね」
それが出来たら苦労してねーんだよボンボンが!
「あの、暫くで良いので、泊まらせていただけませんか?」
「勿論ですとも! タロウ君はイグラシオン家の恩人だ。それに、思慮深くもある。暫くと言って、ずっと居座るような輩とは違いますものね」
俺は苦笑いを浮かべながら頷くしかなかった。




