いのちだいじに。
「ぐわっあ!」
痛みからの解放と同時に、俺は叫び声を上げた。
声が出た事への安堵もほどほどに、俺は自分の身体を恐る恐る確認する。
まったくの無傷。変化無し。いや、変化はあるわ。心臓の鼓動がうるさい。ちょっとうるさいんで、静かにしてくれませんかね?
身体の次は、状況確認だ。クソッ! 草がありやがる。今までの事は悪い夢であってほしかった。つまり、あのスライムもいるわけだ。
……スライムを連想した瞬間、俺の身体から脂汗が滲み出てくる。どうやら、恐怖は毛細血管にまで伝染しているようだ。あの可愛らしいフォルムが、今では死の象徴となってしまった。
草原を見渡し、太陽の位置、そして腹の減り具合いから鑑みるに、認めたくないが時間が戻っているようだ。ほんっとーに! 認めたくないが!
つまりだ、俺の置かれている状況は、端的に言っしまえば、最悪だ。
だってそうだろ? 時間が戻ってるんだぜ? 絶対ドッキリじゃないじゃん! ドッキリでやっていい規模じゃないヤツ! いくら一般教養不足の俺でも、これがどれほどトンデモ理論なのか分かる。でも、万が一、いや、億が一でもいいからバック・トゥ・ザ・ドッキリ、待ってます。
さて、心の保険を身に纏い、この超常的な現象と対峙していかなくてはならないのだが、ここで俺のよわよわな頭脳に久方ぶりの電撃が走った。
ここって、もしかして異世界じゃね?
言いたいことは山程あるが、まずは試すしかなかろう!
「ステータスオープン!」
……風が頬を撫でてくれている気がした。よし! 恥は墓場まで持っていくぞクソッタレ!
しかしながら冷静に考えてみると、スライムがいる時点でこの世界はおかしい。さらに言えば、スライムにボコられて死んだ後に映った【DEAD END】の文字。
ここで二つの馬鹿らしい仮説が浮かぶ。
一つ目に、異世界転移したという事案。
そう、事案だ。立派な誘拐事件である。責任の所存を突きつけたいが、残念ながら管轄が分からない。管轄どころか、転移させたであろう容疑者すら不明だ。
腹の立つことに、この容疑者はお決まりを分かっていないようなのである。
召喚にしろ転移にしろ、こういうのは玉座と相場が決まっているでしょうが! それをどう間違えたらこんな状況になるん? この世界はなんなん? 滅びそうなん? 俺の役目は? 説明省いてんじゃねーぞ!
というように、他にも色々と言いたいことはあるが、これが異世界転移だった場合は、最悪だ。やる気が感じられない容疑者だけでも厄介なのに、俺自身に対してもちっとも影響が及んでいない。つまり、俺TUEEEどころか、俺FUTUUUなのだ。はぁ、帰りたい。
二つ目の仮説は、これがゲームの世界という事案だ。
この事案については分かりやすい。寝ている俺に電子ゴーグル? 電子キャップ? を被せたヤツが犯人だ。決して許さないからな。最高裁までもつれ込もうと徹底的に争ってやるぞ!
つーか、逆に聞きたいのだが、現代の技術で創作物に出てくるVR? みたいな仮想世界はできるのだろうか? それをなぜ俺に? テストプレイですか? あなたは選ばれました的な? だったら、チュートリアルちゃんとしろよ! 草原にポイっじゃねーだろ!
あと、リアル求めたいのは分からんでもないんだが、痛みがダイレクトなのは良くないな。俺でなきゃ泣いてるからね。それで? いつ起こしてくれるのかな?
「すみませーん! これを見ている運営の方ぁ! トイレ行きたいので、一度現実に戻してくれませんかー!」
……反応がない、耳が腐ってるようだ。それか、無視かな? 裏でキャッキャッ言いながら、俺にこの仕打ちだとすると、なるほど、このゲームの運営はクソだな。つまりは、この仮説も最悪だ。それも致命的に。
なぜなら、転移とは違い、こちらの仮説では俺の本体が、現実で生きているということになる。生殺与奪の権利をこんなクソ共に握られていることは、生涯の恥であろう。
さて、二つの仮説を至って真面目に考察したが、どちらにせよ最悪という結果だった。そして考察していく内に、可能性が高いのはゲームの世界だと結論した。
理由としては、死んで生き返る点も挙げられるが、やはり【DEAD END】が決め手だ。なんだよ【DEAD END】って。死ぬ前提じゃん。俺はイージーモードしか選択しないんだよ。
あと、スライムな。絶対に鳥◯先生の許可取ってないだろ。こんなパクりゲームを許せるはずがない。
俺はこのゲームから抜け出した後に待ち受ける様々な面倒事をうんざりしながら想像し、けれども現実に帰れる希望を確かに感じていた。
そう、思っていた時期が俺にもありました。