北の門番
とうとう街へ向かう為に、俺たちは草原から北へと歩みを進める。
ようやく、本当にようやく人との交流が深められる。あ、ジジイはノーカンで。
何よりも嬉しいのは、モンスターに怯えずに睡眠を取ることができる点だ。事情が事情だけに仕方ないが、俺だってちゃんと横になり、ゆっくりと足を伸ばしたい。
そして更に、期待している行事がある。水浴びだ。
温泉なんて上等な施設までは望まない。だがせめて、身体を洗う場所はあってほしい。
そういう場所は、大抵宿屋に併設されているか、あるいは銭湯のような公衆浴場が相場だろうか。頼むから存在してくれ、お願いします。
このゲームは、味覚臭覚を再現しているものの、恐らく排泄機能は備わっていない。現にここ数日の間、食事を摂っているにも拘らず、全く催す気配がない。俺としてはとても楽なので、このゲームで唯一の神仕様だと思う。
なんて、呑気に街への想像が膨らんでいる最中、前方に奇妙なシルエットが出現する。
「……モネさん、聞き忘れてたけどさ、北にはどんなモンスターがいるの?」
「小竜が偶に現れる」
「小竜!? えっ、ドラゴン? ダメダメ! 序盤で出てきちゃダメだって!」
「タロウ、うるさい。ドラゴンじゃない、小竜。ワイバーンとも言う」
「ドラゴンじゃないんだぁ、良かったぁ。とでも言うと思った? ねぇ? ワイバーンも大して変わらないからね?」
「ステータス1000程の雑魚とドラゴンは違う」
えぇ、ドン引きですわ。色んな意味でドン引きですわ。
1000が雑魚? ドラゴンは更に上? 俺は2なのに? はぁ~、クソもここまで溜め込むと吐き出すまでに時間が掛かるな。では、簡潔に一言。やってられるかバカヤロウ!
「モネ、チャチャッとやっつけて」
「無理」
「……一応理由を聞こうか」
「これはタロウの冒険。私にはアレを倒す権限がない」
「いや、この前熊を倒してたよね?」
「あの畜生は不可抗力。私の睡眠を邪魔した。死すべし」
はい、クソみたいな理由でした。権限ガバガバかよ。俺の冒険? 知るかバカ! 冒険させたいんなら、それなりのステータス与えろや! こんなもん逃げ一択だろうがよ!
「街まで逃げます」
「逃げられない。ここは戦って散るべき」
この羽虫、散るって言っちゃたよ。まあ、そんな事は俺が一番分かってるけどさ。
「大丈夫、相手はまだ俺に気付いていない。このままこそこそと移動する」
「こそこそ? 見晴らしの良い草原で?」
シャラップ羽虫。俺は今、スネ◯クさんの気分に浸ってるんだ邪魔すんな。後は段ボールがあれば完璧なんだが。
クソ、近付くに連れて威圧感が増してくる。軽自動車並みの図体だと思っていたら、バス程度の大きさは優に超える。あれで小竜? 反則だろ。ホントの小竜に謝って。
「タロウ、目が合った」
あら、ほんとね。トゥンク、これが恋? いいや、動悸です。爬虫類特有の嫌らしい目付きだ。なんか、コモドドラゴンに似てるな。デカさはまるで違うが。あれが飛ぶの? 航空法に引っかかるだろ。
「モネ、結界張ってくれない?」
「無駄、タロウに張る結界は500が限界」
「なんで!?」
「主との約束」
主、絶対ぶん殴る!
「でも、一応張ってくれない? あのワイバーンがステータス1000だとしても、攻撃力に全振りしてるわけじゃないかも」
「タロウ、愚か。ステータスが見えない者は憐れ」
あー、はい。ダメなんですね。ムカつくからそんな目で俺を見るな!
「もうヤケクソだ! すんなり俺を喰えると思うなよ!」
俺は生肉の入った布袋とジャーキーが入った布袋をそれぞれ投げつけ、一目散に走り出した。
やだなぁ死ぬの。あの歯でゴリゴリされるのかなぁ。めっちゃ痛そう。どうにか一撃で葬ってくれないかな?
……あれ? 結構走ってるけど、まだ来ないの? 焦らしプレイ? 嫌だなぁ、振り返ったら死ぬやつじゃん。でも気になるよなぁ。
俺は足を止めずに、チラリと後方を覗いた。すると異様な光景を目撃し、いつしか足を止めていた。
「羽虫、お前ってヤツは」
怪物の悲鳴と眩いほどの雷光。その中で、羽虫とワイバーンは肉を取り合っていた。
「どれだけ意地汚いんだ」
やがてワイバーンは、空へと飛び逃げ、姿を消した。
ふよふよと宙に浮く二つの布袋と共に、羽虫は無傷で生還する。
「タロウ、これは私の物。勝手は許さない」
「お、おう。ごめんね」
「分かればいい」
フンス、と鼻息を荒くする羽虫に、俺は無事に生き延びた喜びよりも、深い遣る瀬無さが際立った。
俺の命はその布袋よりも軽いのか? 優先順位が肉よりも低いの? お前って、俺のサポーターだよね? お前中心で世界が回ってない?
やがて見えてきた大きな門を前にしても、とてもはしゃげる気分ではなかった。




