イケニエ
「キミはなんて事をしてくれたのかね」
俺は土手っ腹に穴が開いた熊さんの傍らで抗議した。
「私の睡眠を邪魔した。慈悲はない」
睨みつけてくる羽虫の視線を咄嗟に逸らす。
言えない。お前を囮にしてたなんて、口が裂けても言えない。
「タロウ、そいつを庇ってる?」
「ま、まさかぁ、夜襲を仕掛けてきたモンスターを庇う訳がないって。それよりモネは平気だった? 俺はそっちが心配だよ」
「心配ない。私は強い」
ドヤる羽虫を必要以上によいしょする。ごめんね熊さん。実力主義の世界では、俺の発言なんてミソッカスなんだ。
「ところで、この熊は強いの? ボウガンで狙ったけど刺さんなかったんだよね」
「400程度の雑魚。餌を求めて徘徊する畜生」
つえーよ。死神君より強いじゃん。そんな奴が夜中に徘徊すんな。徘徊はジジババの特権だからね。
ん? 餌を求めて? もしかしなくても、俺って餌扱いされてた? つーことは、必然的にあの強靭な顎で噛みつかれるわけで……うん、想像したくない。死んでヨシ!
「まあ何にせよ、これで安心して朝を迎えられるな」
モネが倒したから、熊の経験値は入らなかったけど、死ぬよりはマシか。つまりはオールオッケー!
「安心? 意味不明。まあいいや、私はまた寝る」
「ままま待って! ちょっと待って! 安心出来ない言葉で終わりにしないで! あ、こら! 眠らないで! ちゃんと説明して!」
「タロウ、うるさい。何?」
「こっちが何って聞きたいんだが! 安心出来ないの? 熊は倒したじゃん!」
「その熊は何処にいる?」
はあ? 何処にって、そこに倒れて……ない!
えっ? 何でいないの? 代わりに小さい布袋が置かれてるんだが? 意味が分からなすぎて怖い。
「えっと、どういう状況?」
「モンスターは倒されると、お金をドロップする。稀にアイテムの場合もある」
おぉう、あまりに自分が悲惨な状態で忘れていたが、ここはRPGの世界だったっけ。そういや、初めてモンスターを倒したな、俺じゃないが。
んー? てことはだよ、もしかしてあの熊はリポップするってこと? 駄目じゃん! まったく安心出来ない。
「モネさん、どうか私めの頭上でお休み下さい」
「タロウ、死んでるから髪が生えてる。毟るよ?」
「是非もなし!」
「キモい」
うるさい! 好んで毟られるわけねーだろが! だからもうちょっと優しく……痛え! ブチブチ鳴ってる! クソっ! また前衛的な髪型になっちまった。
あー水で流すなら流すって言ってくれない? 何で無言でやっちゃうかなぁ。そういう所だぞ羽虫。
さて、後はベッドの上で体育座りという奇妙な絵面で完璧な訳だが、どうにも気掛かりがある。
「熊ってさ、餌を求めて来るんだよね?」
「そう。もういい? 眠りたい」
「いや、待って。もしかしたら、俺たちが寝ている間に、ここにある食糧が熊に漁られるかもしれない」
「だから? それも自然の摂理」
「俺たちの、食糧だぞ? 良いのか? 腹が減ったって、すぐに料理を作ってやることが出来ないんだぞ?」
「それは遺憾。徹底抗戦」
「だから、ちょっと待ってな。食糧集めてくるから。くれぐれも勝手に寝ないように」
マジで寝るなよ? 絶対だかんな! フリじゃないからね!
さてと、取り敢えず肉と野菜に調味料、ジャーキーと乾パンもだな。俺は食えないけど、羽虫のご機嫌取りには必要か。
こんな程度だろうな。流石の熊も鉄鍋や刃物は食べまい。食べないよね? 体育座りで結界が張られる以上、さっきの食糧が入った革袋でギリギリだ。後は熊が鉱物を食べない事を祈るしかない。
……ふむ、この機会にジジイの装備を漁るか。
どれどれ? って、このジジイ碌な装備してないな。唯でさえボロボロなのに、俺が加えた攻撃で、ジジイの血飛沫が染み付いてる。ズボンも同様だ。
唯一の収穫は、靴が手に入った事だ。何らかの動物の皮を鞣して加工してあるようだが、サイズも丁度よく、気に入った。素足で履く事に若干の抵抗があったが、些細な事だ。
ありがとうジジイ。俺はお前が大嫌いだったよ。でも、今は少しだけ、ほんの少しだけ哀れに思う。
俺は感傷に浸りながら、ジジイの両足を持って引き摺る。
開け放たれた入り口に、ジジイを置く。ちょっとだけ外に出して。
「お待たせ、さあ寝ようか」
「タロウ、鬼畜」
「んー? 何か勘違いしてない? あれは供養だよ」
「そう? 私には生贄にしか見えない」
「あのねモネさん、死んでる人間に尊厳なんてないんだよ」
「目が虚ろ。情緒不安定」
俺は食糧の布袋を抱えて体育座りをした。程なくして、どこでもネルゥのスキルが働き、俺の瞼が重くなる。お休み、良い夢を。




