森のクマさん
腹を満たした俺の前で、これまた腹を満たした羽虫が何でもない事のように呟いた。
「タロウ、レベルアップおめ」
「えっ! そっか、ジジイの経験値入ったんだった。マジかぁ、俺、強くなっちゃった?」
ステータス5倍の強敵だ。一体どれ程上がったのだろうか。
「レベル2になった。まだまだ雑魚」
「おかしくない? 1しか上がらなかったの? あのジジイ、俺より強者だったよね?」
「NPCならそんなもの。スラム君だったら、500は上がってる」
経験値でさえ優遇されてんのかよ、あのスライム。ステータス100しかないよね? メタルスライムかよ。
「レベル2になって、俺のステータスはどう伸びた?」
「オール2になった。それだけ」
うっわ、それはキツい。これが攻撃力だけ伸びていれば、ワンチャン倒せるモンスターがいたかもしれないのに。ポイントの割り振り位、こちらの裁量に任せてほしい。
「後さ、バフで死ぬなら前もって言ってくれない?」
「私は説明した。タロウが無駄にテンション高くて聞いてなかったせい。私は悪くない」
そうなの? 確かにジジイを殺せる事で張り切り過ぎてた点は認めるが、サポートとしてはどうなのよ? こちらとしては、死んじゃうよ、いいの? みたいなやり取りを何度もお願いしたい。唯でさえ意思疎通が希薄なのだから。
「まあ、今後気を付けるよ。それより、あのボウガンってどれ程の威力があるの?」
「10辺りが妥当。人間が使う分には便利」
よっしゃ! 攻撃力10の武器手に入れました! 後はジジイの死体から装備を剥ぎ取れば、そこそこ形になるんじゃなかろうか。なるよね? なって欲しいな。
「眠くなった。私は寝るから起こさないで」
「ちょっと、待って! 寝る前に確認なんだが、セーブされるポイントをお聞きしたい」
大事な所だ。うっかり死んで、何処まで戻されるのか不安だ。料理の鉄人プレイを延々と続ける気はない。
「夜が明けたら自動的にセーブされる。オヤスミ」
羽虫は言い終わると、仰向けに浮かんだ。例によって、正方形の結界が羽虫を囲う。
あれ? 俺は? 俺への結界は?
まずいまずいまずい。夜になる。絶対、ここにもモンスター入ってくるだろ。俺は学習してんだよ、セーブポイントでも関係なしにモンスターはやってくるってことをな。
取り敢えず、俺が蹴飛ばした扉を元に戻そう。守りは大事だ。それにジジイが住んでた位だから、それほど強い奴は現れないだろう。どうかお願いします。
グラグラと建付けが悪い扉を無理矢理固定し、ボウガンと数本の矢を抱きしめながら、ベッドに横たわる。
何も起きませんように。
―――ドゴっと鈍い音が聴こえて、俺は咄嗟に目を覚ます。
扉がひしゃげながら飛ばされていた。
え〜。マジかぁ。問答無用じゃん。
野盗だってもう少し静かだぞ。
自分の事を棚に上げてボウガンを構えていると、グァァという地響きのような唸り声が聞こえた。後、単純に獣臭い。
いやいやいや、熊? 熊だよね、アレ。なんか目が赤いけど熊ですわ。あー、四つん這いになって入って来ちゃうよ。詰んだか、これ。
若干諦めの境地なのか、俺は冷静にボウガンを構えて撃ち放す。はい、刺さりませんでした。クソがっ!
さて、選択肢だ。
逃げる? 頭をガブリだ。
戦う? 最大火力があのざま。
……羽虫を囮にするか?
幸いなことに、俺の場所より羽虫がグースカしている場所の方が入り口に近い。
やれるだけやってみよう。どうせ死ぬなら羽虫にも被害を与えてやりたい。
俺はそっと布袋から、ジャーキー的な物を取り出した。恐らく肉の燻製なのだろうが、乾パンと同様に俺では歯が立たなかった。硬すぎだろ、削る前の鰹節かよ。
それを羽虫の結界の上に置いてみた。
お? 熊がフゴフゴと鼻を鳴らしてる。よし、行け! なんなら羽虫ごと食っちまえ!
熊は器用に羽虫の結界を両手で挟み、ジャーキーを落とさないように噛み付いた。
クチャクチャと音を立てて、美味そうに咀嚼する。食べ終えると、グォンと一吠え。まだ欲しいのかな? よろしい、ならば献上しようではないか!
俺は次々とジャーキーを載せていき、熊はそれを美味そうに食べていく。食べる度に吠える姿は、もっともっとという意思表示にも見え、段々と可愛く感じてきた。
もしかしたら、餌付け出来るかも? 熊さん強いし可愛いし悪くないな。
けれど、そんな俺の夢想は、謎の光が熊を貫いた事で終わりを告げた。
「うるさい、獣風情が」
羽虫がプンスカと苛立ちを募らせていた。
熊さーん!
こうして俺のモンスタートレーナーへの道は、潰えた。




