全知全能の悪魔を味方に付けて婚約破棄した王子の末路
「俺は卒業パーティなので、婚約破棄をやる事にした」
とある国の卒業パーティにて、その国の王子が婚約者に婚約破棄を告げた。
「殿下、婚約破棄、しかもパーティ会場でとはどういう理由でしょうか?」
「決っている。不老不死の為だ!おい、こっちへこい!」
スカッ
王子が指を鳴らすジェスチャーをすると、ピンク髪の男爵令嬢が駆け寄り、王子の対空アッパーで撃墜された。
「お前じゃねえ!来いっ!」
スカッ
スカッ
王子が指を鳴らすジェスチャーを二回すると、宰相の息子と騎士団長の息子が現れ、王子の乱舞で二人まとめてダウンさせられた。
「お前らでもねえよ!来いってんだろ!」
スカッ
スカッ
スカッ
スカッ
「パッチン!」
国王、王妃、第二王子、影を血の海に沈めた王子が指を鳴らす時の音を口から出すと、王子の口から白い煙が出て、美女の形になった。
「紹介しよう!俺の余命99%を代価に召喚した全知全能の悪魔だ!」
「ムッフー!悪魔さんです!何でも知ってて、何でも出来て、何でも叶えます!」
「俺はこいつの言う通りにして、不老不死となった!詳しい話はこいつに聞け!ママー!」
王子は断末魔と共に倒れ、死亡した。死因は老衰だった。
「不老不死を目指した殿下が死んだ!不老不死なんて目指すから、そうなるんですよ!」
「いえっ、この王子さんは不老不死となったのです!卒業パーティで婚約破棄しましたからね!」
「ど、どういう事ですの?」
婚約者は全知全能の悪魔に言葉の意味を尋ねた。
「王子さんの婚約者さん!実はこの世は物語なのです。それでですね、卒業パーティに婚約破棄する王子が出てくる話が世の中には無数にあるのです」
「何でそんな愚か者が出る話が無数に?そんな奴が出ても不快なだけ、やられ役としても魅力が無いですよ?きっと作者も何も考えずにそのキャラの行動書いてるんじゃないですか?」
「婚約者さん鋭いですねっ!そう、卒業パーティに婚約破棄する王子は、作り手が何も意図せず手癖で書いたものが大半なのです!ならば、そこでくたばってる王子と魂が入れ替わっても、誰も気にしないでしょう?」
「成歩堂、そーゆー事ですか」
婚約者は全てを理解した。世界に数多いる、卒業パーティで婚約破棄する王子、それの中身として彼は未来永劫生き続けるのだと。
「今後、どこかの誰かが『卒業パーティで婚約破棄するという条件以外の設定を何も考えていない王子』を生み出す度に、その魂が私と契約した王子に上書きされるのです」
「確かにそれなら、一種の不老不死には違いありませんね。でも、ウチの殿下と中身入れ替わったら、その物語に矛盾が生じるのでは?」
「ご心配なく!王子の魂は、今世の記憶も来世以降の記憶も死後自動消去されます!そして、空っぽの器には、その物語の婚約破棄した王子の記憶が流れ込み、違和感無くその世界の王子として行動するのです!」
「確かに、それなら何も問題が…いや、ちょっと待って下さい」
婚約者はこの不老不死システムの致命的な欠陥に気付いた。
「不老不死を願った事も忘れ、あらゆる世界に存在する設定がガバいそっくりさんに成り代わり、彼らの記憶の通りの人生を送る。そんな不老不死のどこが幸せなんですか?不老不死って、若く健康でずっと楽しく生きたいから憧れるんですよね?不老不死になった実感も無く、破滅がほぼ確定している存在に生まれ変わり続ける不老不死なんて、私はゴメンですよ?」
「貴女はそうでしょうね。きっと、大多数の人もそうでしょう。でも、この王子は私に言ったのです。『俺に実現可能な不老不死プランを用意しろ!ただし、死よりも恐ろしい苦痛だけを永遠に味わうのは無し!それと、俺が不老不死の条件達成したら、皆にそのやり方を教えてやってくれ!指パッチンしたら目の前に来い!それからえーと、そうだ!俺が十八歳になるまでに全行程が終わるプランでやれ!そんで、この世界の俺含む人間が苦しんだり悲しんだりするやり方は駄目!』って」
「アッチャー、やっちまったなあ殿下」
婚約者は天を仰いだ。王子は悪魔に出し抜かれない様にあれこれ条件を付けて、安全に不老不死になろうとしたのだろう。その結果がこれである。どんな願いも叶えてくれる悪魔を呼んでおいて、自分から墓穴を掘るなんて救いようが無い愚かさだと婚約者は思った。
「殿下…貴方は救えない存在です。ここで言う、救えないというのは、助けられるけど助ける気になれない奴では無く、ガチで助ける方法が無い奴って意味です。例えこの悪魔が居なくても、きっと貴方は別のやり方で勝手に自滅していたでしょうね…ううっ」
「婚約者さん、泣いてるのですか?」
「はい、こんな男と婚約者だったという事実が悔しくて…。きっと、私は一生この男と婚約していた件で哀れみを受け、巻き込まれ体質の女として皆からは微妙に距離を取られるのでしょう。チクショー!何が、『俺含むこの世界の誰も不幸にならない不老不死』じゃ!私が!馬鹿の嫁候補だったとして!これから不幸になるんだよ!お前は黙って私と別れるべきだったんだよ!」
婚約者は、王子にサッカーボールキックを連打しながら叫び続けた。好きの反対は無関心とは良く言うが、その無関心よりも更に下に憎しみがあるのは忘れられがちである。
不等号式で表すと、ラブ>ライク>ノットライク>>ドントノー>>ヘイトであり、この一番下のヘイトの感情を婚約者は爆発させていた。そして、それを見た悪魔は自分の契約に不備が有った事を知り、婚約者に頭を下げた。
「婚約者さん、申し訳ありません!この私、全知全能を名乗っておきながら、王子さんとの契約を守れてませんでした!早速、時を巻き戻して状況を改善させて頂きます!」
「えっ?」
婚約者の目の前で、時間が早回しで戻って行く。悪魔の口から逆さ言葉が発せられ、王子が若返って起き上がり、悪魔が煙になって王子の口の中へ入って行き、王家の人々と王子の取り巻きが次々復活し流れた血が皮膚の中へと染み込んで行く。そして、婚約者がここまでの記憶を無くしたと同時に王子が婚約者に婚約破棄を告げた。
「俺は卒業パーティなので、婚約破棄をやる事にした!」
「どうして、そんな愚かな事を!」
「…えーと、何でだっけ?そうだ、コイツが教えてくれる!来いっ!」
スカッ
「わかちこわかちこー!」
「ママー!」
王子が指を鳴らすジェスチャーをすると、悪魔が口から出て来て、その勢いのまま王子の口を真っ二つに引き裂いた。王子は死んだ。老衰だった。
「一体、どういう事ですの?」
「ムッフー!私はこの人と契約していた悪魔です!必要な説明は全部して、契約も完了したので魔界帰ります!」
時を戻して、記憶も消したが、説明責任は既に果たしているし、この王子の魂は今後他の世界に行くのは変わらないし、婚約者の感情はドントノーである。悪魔はやり切った達成感に満ち、ニッコニコの笑顔で消え去った。
「この馬鹿、悪魔と契約して何がしたかったんでしょう?」
婚約者が王子をツンツンと小突きながら疑問を口にする。だが、彼女がその答えに辿り着く事は一生無かった。