戦域5――翼
戦場を突っ切り、アオイはひた走った。みんなの奮闘もあり、アオイはほとんど消耗すること無く、ついに、ナーサリィの足元にまで到達した。
その間も歩みを進めていたナーサリィは、すでに僕のいる場所からでも山のようなその巨大さが肉眼でも確認できた。
ここまで大きいとすでに恐ろしいとかそういう感覚すらなく、ただただ絶望感しかない。
「クロウ!」
「応!」
駆けるアオイが唐突にそう叫ぶと、それに応じて後ろから威勢よく返事を返したクロウ。
って、まだ追いかけてたんだ!
アオイに呼びかけられたクロウは、それだけですべてを察したのか、アオイを追い抜くと前方十数メートル先で急ブレーキをかけながら一八〇度反転。両拳を合わせながら両脚を開き、ぐっと腰を落として構える。それはバレーボールのレシーブの構えそのものだった。
それを確認したアオイは、駆ける勢いもそのままに地を蹴って、山なりに大きく跳躍。
着地点は、クロウの拳。
構えた拳でアオイを難なく受け止めたクロウは、目配せをして互いに頷いた。そして足を強く踏ん張り、その太い腕の筋肉を限界まで撓めると、
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
気合の雄叫び叫びを上げながら全力で腕を振り上げ、アオイの身を押し上げた。
振り上げる力が頂点に達すると同時に、アオイは脚力を全開にしてクロウの拳を蹴る。それを見越していた僕はコンピューターを操作し、タイミングに合わせて粒子をクロウの拳周囲に展開。
クロウの膂力、アオイの脚力、粒子の爆発。
その三つが一点に集約し、アオイは地から天へと遡る一筋の流星となった。
お下げ髪を激しく揺らしながら瞬く間に天を目指して上昇していく。アオイが輝いて見えるのは、周囲に粒子を展開しいるからだ。進行方向に薄く展開した粒子は、空気抵抗を減らす役目を果たしている。これで通常よりもずっと高く飛べるはずだ。
ビルの如く細長い脚を飛び越え、ナーサリィの胴体部へと出る。
「うっ……!」
それを目にしたアオイが不快感に思わず顔を顰めた。
楕円形の平たい胴体から「苗床」と呼ばれそこには、無数の魔属がひしめき合い、蠢いていた。
まるで物のようにぎっしりとすし詰め状態に収められた魔属たち。その数は、足元に群がるのと同規模程度か。
あれらが都市の頭上から一斉にばら撒かれれば、ガルスはひとたまりもないだろう。
さらにその苗床の中心からは一本の巨大な円柱が聳える立っていた。
ナーサリィの首だ。この大樹の如き首の先にナーサリィの頭がある。
アオイは体を傾けてその首の方向に身を寄せながら、尚も上昇を続ける。
硬質そうな首の表面には、血管に似た起伏が全面に渡って広がっていた。
と、その起伏がにわかに蠢きはじめる。皮下での激しくのたうち、そして盛り上がったかと思うと、突如、表面を突き破り白濁の体液を飛び散らせながら触手が飛び出してきた!それも一本ではなく、飛翔するアオイの姿を追って弾丸のように次々と射出されていく。どうやらアオイ――自身に近づく天敵の存在に気付いたナーサリィの防衛機構が働き始めたようだ。
直径一メートルはある触手に空中で打ち据えられれば最後、アオイの上昇はそこで止められてしまうだろう。この状況ではそれだけは何としても避けたい。
アオイは体全体を使って大きく身を捩り、傾け、突き出される触手を紙一重に躱していく。空中であるにも関わらず、その動きは軽快そのもので、触手を全く寄り付かせない。
だが、上に昇るにつれ触手の数が飛躍的に増えていく。視界を埋めるほどの触手の雨が頭上より降り注ぐ。
「邪魔だァ!」
アオイの意思に呼応し、剣が眩い光を放つ。アオイの繰り出す神速の刃は、精密機械がごとき正確さで迫り来る大量の触手の一つ一つを確実に刈り取った。アオイの通った後には触手がまき散らした体液が飛び散り、白い霧を生じさせていた。
そうして数多の触手を退けた先に見えてきたのは「球根」と称される部位。名前のとおり球根のような形をしたそれは、ナーサリィの頭部であると推測されている。
その球根が傾き、アオイの頭上に影を作る。と、球根に横に裂け、そして大きく開かれる。
それは、口だった。
他の器官は見当たらない、ただ口だけがあるその顔がアオイを見下ろしたかと思うと、耳を聾する咆哮を上げた。戦場を抜け、山の向こうにまで響くのではと思われるほどの大音声は、それはもはや物理的な圧力すら伴ってアオイに浴びせかけられる。
距離の離れている僕ですら腰を抜かしそうになるほどのその咆哮も、アオイは何ほどもないといった風で、ただただ高みを目指し続けた。
その目的の到達点も、もう目と鼻の先。
「レン、そろそろ仕掛ける。いけるか?」
「ああ。いつでも」
アオイは剣を後ろに流すように構えると、それに合わせるかのように〈L粒子〉の光を刀身に湛えた。
そして飛翔した状態でナーサリィの首を正面に見据え、聖剣を横一閃に放つ。
迸る、光の帯。
斬撃の軌道から伸びるように〈L粒子〉の一閃がナーサリィの首に突き刺さる。広く扇状に放たれた粒子の刃は、たった一振りで首を両断していた。遅れて吹き出した血液を滝のように盛大にまき散らしながらゆっくりと首から頭が離れる――と思われた。
しかし次の瞬間、上下のそれぞれの断面から、爆発的勢いで飛び出る無数の触手。その一つ一つが左右の触手と絡まりながら結束し、それぞれ反対の断面を目指して突き進む。頭部側より生じた触手の束も同様で、それらは空中で交錯するとお互いが絡まり、溶け合い一つになる。
そうして気付けば断ち切られた首と頭は繋ぎ止めらてしまっていた。つながった触手はずれ落ちる頭部を引っ張り上げると、たちまち元の位置に据えてしまう。もはや数十秒のうちに何事もなかったかのように戻った首は、断ち切られた痕跡も皆無だった。
まさに驚異的な生命力だ。ナーサリィの再生力は、断ち切られた首さえも瞬時に修復してしまうのか。
「レン!ダメだ!効いてない!」
「大丈夫。想定の範囲内だ」
まだ終ってなんかいない。これはまだ試行段階に過ぎないのだから。
今しがた放ったのは切断能力に特化した粒子。斬撃を飛ばした、と言ってもいい。この運用なら消費粒子が少なく、これで仕留められればと思ったが、やはりそううまくはいかなかった。
「首を絶つ程度じゃ倒せないか。やっぱり全力で撃つしかないみたいだ。やれるね?」
「あたぼぅよ」
いつもの冗談めかした口調で、朗らかに返す。モニタの数値を見れば、最大出力で撃っても多少は余裕が残る計算だ。
ただ、問題は高度だ。できればナーサリィの頭上を取りたいところだが、だいぶ速度が落ちてきた今の勢いでそこまで到達できるかはかなりきわどい。
動きの鈍ったアオイをこれ幸いとばかりに、ひときわ巨大な触手が頭上より迫る。
直上から降ってくる大質量を察したアオイ。瞬時に身を捩って回避行動を取るも触手の端が肩を掠めていく。
「ぐッ……!」
アオイが苦痛に声を漏らす。
大質量による一撃は、掠っただけでも関節が抜けんばかりの衝撃を与え、上昇は完全にストップしてしまった。目標の到達地点には、まだ数十メートルほど足りない。
「くそっ!もう少しだったのに!」
「まだだよ、アオイ」
僕は告げる。
――[ベルカ]の問題点。
発生する余剰エネルギーが一定量になると、アオイの身に負担を生じさせていた。
僕の聖剣はそれを克服した。
循環させる、聖剣内に留める、変換するなど様々な方法で。
そして今回のような時の場合――
(出力調整はまだできていないけど、アオイならうまく使いこなしてくれるはず)
アオイを信じ、僕は実行キーを叩く。
次の瞬間、落下しかけていたアオイの身が空中で浮遊するように留まり、そして押し上げていた。
その背から激しく吹き出す二対の光の瀑布。
形容するならそれは正に、光の翼だった。仄かな青白い、空を翔るための大翼をかざしたその姿は、神話にのみ存在する天使、いや戦乙女のように美しく神々しかった。
「アオイはまだ飛べる。諦めないで」
「やっぱりお前はホントのスゴいヤツだな!レン!」
歓喜の声を上げながら、アオイは再び天を仰ぐと、まるで自分の体の一部かのごとく翼を力強く羽ばたかせる。生み出される推力に押し上げられてアオイは再び上昇していく。その後を光の残滓が舞い、光の帯を引いていった。
追いすがるように直下から触手が突きあげてくるが、それらは翼に触れるとともに消失していく。
今、アオイは余剰エネルギーを排出し、その反動で飛翔している。
美しく見えてもあれは高エネルギーの奔出であり、それだけで強力な武器でもあるのだ。
上から来る触手は剣によって弾かれ、下からの触手は光の翼によって阻まれる。もはやアオイを妨げるものは何もなく、アオイは目標の地点まで一直線に突き進む。
そのアオイの視界がひらけ、白銀の峰々の広がる絶景が飛び込んでくる。ナーサリィの頭上を抜けたのだ。
目標到達地点だ。
球根頭を見下ろす高さまで来るとアオイは翼をはためかせて制動をかける。
かつて見下された経験など無いであろうナーサリィは、頭上を浮遊する目障りな天敵に大きく吠えると口を大きく開けながら首を伸ばす。一口で飲み込むつもりのようだ。
アオイは微塵も怯むこと無く、剣を頭上高くに振り上げる。青白く発光する刀身は、これまでにないほどに強い光を放ち始めた。
「レン!」
無線越しに叫ぶアオイ。言われるまでもなく、すでに用意してあったプログラムで設定を一瞬で終えると、僕は力強くキーを叩いた。
次の瞬間、剣は長大な形に変化すると同時に、これまでにない爆発的な光を発した。画面を見ても、アオイが発する粒子の値が急激に増大しながら刀身に収束されていくのがわかった。
間違いなく、これがアオイの全力だ。
「今だ!撃って!」
僕が叫ぶと同時に、アオイは裂帛の気合と共に一気に剣を振り下ろす。
凄まじいまでの、光の奔流。
ナーサリィの咆哮と光の激突は同時。
音はなく、しかし衝撃は戦場全体を震わせる。
生じた閃光は、戦場にいたすべての者の目に焼き付いた――




