戦域2――マッスル!
場所は変わって、魔属群の中腹あたり。
ヘッドレスの数こそ少ないが、より厄介な存在が待ち構えていた。
そいつは、今クロウが対峙している『鬼岩』。名前のとおり、鬼の如き巨躯と、岩そのもののような硬質な体を持つことから名付けられた中級種魔属だ。優に五メートルを越える身体には手足らしき岩塊が伸び、頭部には適当に穿ったような眼孔の窪みがある。さながら製作途中で放棄された彫刻像だ。
そして鬼の名が示す通り、その凶暴さは折り紙つき。見た目通りの強固な身体を誇り、戦車すらも押し潰すほどのパワーは中級魔属の中でも一際厄介な個体だ。有効な対抗手段を持ち合わせずに遭遇した場合、戦闘は極力避けるよう勇者機関のデータベースには記されている。
「このデカブツが。帰って漬物樽の上にでも乗ってやがれってんだ」
肩で息をしながら、この目の前の巨人を小さく罵る。
クロウはこの鬼岩を相手に、苦戦を強いられていた。
鬼岩の足元に群がるヘッドレスはクロウの敵ではなく、近付くそばからチェーンソーの一撃によって二枚に下ろされていったが、鬼岩はそうはいかない。見た目同様の硬質な肉体は、対装甲仕様のチェーンソーをもってしても、表面をわずかに削るのが限界であった。結果、有効打を与えることができず、無駄に体力だけを消費し続けていた。
強がってはいても、やはり連日戦い続けた疲労はそう簡単には回復しない。
それでも闘志だけは衰えさせないクロウは、ともすれば倒れ伏してしまいそうな自分の体に鞭打ち、果敢に鬼岩に挑んでいく。振り下ろされる鬼岩の腕をかいくぐって滑りこむように素早く股下を駆け抜けると、足下に取り付く。そして膝裏の関節にチェーンソーを突き入れるように捻じ込んだ。
確かに、クロウにしては頭を使った戦い方だ。どんなに強固な甲冑や鎧に身を守られていても、可動部である関節は他に比べて脆いのは常識だ。
チェーンソーの刃が火花を上げながら突き入れられる。だが、クロウが膝裏に取り付いていることに気がついた鬼岩は、蠅を追い払うかのようにその腕を振っていた。
巨体の割に、その動作は素早い。反応が僅かに遅れ、クロウは掌に全身を打ち据えられ大きく吹き飛ばされる。
地面を何度もバウンドし、数十メートル近くも転がってようやく仰向けに停止する。
今のは痛恨の一撃だった。
素早く立ち上がったクロウはしかし、ゆらりとその身を傾けてしまう。当然だ。鬼岩の一撃はトラックに撥ねられるに近いダメージのはずだ。
ガシャンとチェーンソーをも取り落とし、ついには片膝をついて俯いてしまう。
「畜生……!どうしたことだ。筋肉の申し子たるこのオレ様が、力が入らねぇなんて」
悔しげに唸りながら、なんとか立ち上がろうと震える足に力を込める。
そのクロウに鬼岩がゆっくりと近づき、無情にも拳を振り上げる。頑丈なクロウといえど、まともに食らえば為す術も無く押し潰されてしまうのは目に見えている。
避けるしか無い。だけどクロウはすぐに動ける態勢にない。
万事休す。そう思われた時、
「Don't be succumb(屈するな)」
その言葉と共に、何かが頭上を過った。低く厳かなその声は、確かにクロウの耳に届く。そして同時に、鬼岩の巨躯が打ち震えた。
どれほどの威力が込められていたのか、その一撃を食らった巨躯は真横に倒れ、地面を転がっていく。
その光景に唖然となりながら見とれていたクロウの前に降り立ったのは、ガーネットさんのボディーガード、もとい、従属の一人であるボブさんだった。あれほどの攻撃を繰り出しながら、身を包む黒スーツはまったく乱れていない。
そして驚くべきことに、彼の得物は革製のグローブを金属で強化しただけのシンプルな武具だ。別段特殊なギミックがあるわけでもなく、単純な拳打だけで鬼岩を倒したということになる。
「Get up. Brother(立ち上がれ、兄弟)」
背中越しにクロウに言葉を投げかける。彼の特殊な言葉の意味が理解できたわけではないだろうけど、その思いは通じたようで、その表情がみるみる覇気を取り戻していく。
「ハッ!この程度でへばるかよ!ここからオレ様の華麗なる逆転劇の幕開けだぜ!」
クロウは息を吹き返し、気合の咆哮を上げる。
そんなクロウの背後から、一体の鬼岩が拳を振り下ろす。後ろからの攻撃にも関わらず、気合が漲ってきたクロウはそれを素早く察知。一撃必殺のその大質量を、振り返りながら身をスライドさせて真横に躱す。そして、その手首を両手で掴むと鬼岩を背負い投げで豪快に投げ飛ばして見せた。生まれて以来、投げられたことなど無いであろう鬼岩は、そのまま激しく地面を揺らしながら叩きつけられる。その下にいたヘッドレスは巻き添いを食らい、無残にも鬼岩の背に張り付く肉片と化した。
熱く燃えるクロウの猛攻はそれだけでは止まらない。鬼岩が立ち上がる前に、その足元に立ったクロウは、片足を両腕でしっかりと持つ。そして、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
裂帛の気合と共に、クロウは鬼岩の足を持ち上げると、ジャイアントスイングでその巨躯を振り回した!どう見ても人間には持ち上げることなど不可能だが、クロウの膂力がそれを可能とする。
唸りを上げて回転しながら群れの中へと突っ込むクロウ。並み居るヘッドレスをまとめて薙ぎ払い、次々とミンチに変えていく。
あまりに傍若無人に暴れ回るこの人間に脅威を感じたのか、周辺の鬼岩たちが一斉にクロウの方を向き、地響きを上げながら走り迫ってくる。
「いいぜ!かかってきやがれ!この人間兵器と化したクロウ様with岩太郎がお前らを返り討ちに――」
それを見たクロウが不敵に笑い、回転をより強めた時だった。クロウの手の中の鬼岩が突如、向かってくる同族の群れに飛び込んでいった。
鬼岩が脱出したわけでも、手が抜けたわけでもない。そのあまりの遠心力に鬼岩の股関節が耐え切れず、足の付根からちぎれ飛んでいったのだ。
「あ、あれ?」と間抜けな顔をするクロウの目の前で、飛んでくる鬼岩の質量に受け止めることができず、数体の鬼岩たちに激突。集っていたのが災いし、将棋倒しに次々と倒れていく。鬼岩ほどの巨躯が一斉に倒れ、足元にいたヘッドレスたちは虫のようにまとめて押し潰していった。
一体一体が巨大な上にかなりの重量があるだけに、周囲一帯は局地的な大地震に見舞われたかのようであった。後ろから見ていたボブさんは短く口笛を鳴らして感嘆する。
「……クロウ様キャノンと名付けよう」
とりあえず必殺技に認定したようだ。
だが、鬼岩は中級種の魔属。当然、その程度では死には至らない。その巨体を揺らし、のっそりと起き上がりはじめる。その足元では、さらに多くの数のヘッドレスが同族の屍を踏みにじりながら迫り来る。
「ちっ!しつこい奴らだ。倒しても倒しても切りがないぜ!」
悪態を吐き、千切れた鬼岩の足を捨てて魔属群に向き直る。が、クロウは何かを思いついたように、捨てた鬼岩の足をじっと見つめ始めた。そして再び拾い上げると両手で軽く振って手応えを確認する。
と、突然それを振り回し、魔属の群れに突進していった。クロウはなんと、千切れた鬼岩の足を武器にして戦うことにしたようだ!
強硬度と大質量の脚部は、クロウが手にすればたちまち凶悪な武器へ早変わり。その規格外な棍棒の一振りで十体以上のヘッドレスがまとめてすり潰されていく。
その威力は当の鬼岩すらも近寄れずにいた。迂闊に間合いに入ってしまった一体の鬼岩は、重々しい音を響かせながら足首を強かに打ち据えられ、再び地を舐めることになった。
「こいつァ使えるな!レンに言えば新しい武器にしてもらえるかな」
いや、しないって。さすがの僕だってそんなもの、どう加工したらいいかわかんないよ。
……まぁ、一応考えてはみるけど。
鬼岩の足による攻撃は強力な反面、大振りなだけに隙も大きい。中にはクロウの背後に回りこもうとする狡猾なヘッドレスもいたが、それらはクロウの死角をカバーするよう立ち回るボブさんによって尽く叩き潰された。
ボブさんは身軽なフットワークで爪をやり過ごしては素早く懐に潜り込み、強烈な拳の一撃を正確に叩き込んでいく。拳が命中したヘッドレスは、皆一様に大砲でも食らったかのようにその身に大穴を穿たれていた。
その高い威力は本人の膂力もさることながら、力を無駄なく拳に集中する技術もあるのだろう。軽やかなステップとそこから繰り出す精密機械のごとき拳に、歴戦の拳闘士の風格を見る。
クロウが大群をまとめて叩き、それを掻い潜ってきた少数をボブさんが確実に仕留める。互いに言葉も通じないのに、まるで相棒同士のような阿吽の呼吸で魔属を葬っていった。
「これも筋肉で理解し合う友情がなせるワザって奴だ」
うん。理解出来ないでいいや。
そうして気付けば、魔属の群れの中腹にポッカリと大きな空間が生まれていた。
「っと。やっとお出ましか。あのチビ勇者め」
ふと、クロウが笑みを浮かべて呟く。その視線の先には、粒子の煌めきを纏ったアオイが魔属の頭上を滑空し、今まさに着地の姿勢に入っていた。
「今日だけはお前に主演をやらせてやる!ここは今年度助演男優賞獲得確実なオレ様に任せて、テメェはしっかり……ぶべっ!」
アオイは鬼岩の足を振りながらエールを送るクロウの顔面に着地した。
「ごちゃごちゃうっさい上に、変なモノ振り回して邪魔だ!危なっかしくて通れないだろこのバカ!」
怒り気味に罵声を浴びせると、クロウの顔面を足場にしてさらに跳躍していった。
「だからってオレ様のイケメンを踏んでいく奴があるか!おい待てゴルァ!」
遠ざかっていくアオイの背中に罵声を返すも気が晴れない様子で、粉塵を巻き上げながら追いかけていってしまった。さすがのボブさんも困り顔だが、その場に残るわけにも行かず、軽く肩を竦めるジェスチャーをしてクロウに続く。
いやいやいや……




