第三十七話 従属
正面に見据えるは、峻険な山々。クラウン山脈の名付けられたその山脈は、もし魔属領から侵攻があった際には濁流の如き魔属群を阻む堤防の役割を果たすと期待されていた。だがこうして実際に魔属群が攻めてくると、それはただの気休めでしか無いとわかる。
その麓はまさに死屍累々の地獄絵図。魔属も人間も一緒くたとなって死体が転がり、流れでた血は川となって大地を濡らした。
その屍を踏み越え、草木も生えない赤茶色の荒涼とした大地に侵食していく魔属群。それはそれはさながら決壊し、溢れ出る濁流が如し。
大地はもはや魔属に埋め尽くされるかに思われたが、その流れを堰き止め、抗う存在があった。
群れを引き裂く異物は二つ。獅子奮迅の活躍を見せる彼の熱気は、体から白い湯気が立ち上らせていた。数えきれぬ数の魔属を屠り、何波もの進撃を食い止めた彼らの闘志を表しているようにも見えた。
彼の名はギン。
その手に握られた二振りの木刀は、おぞましい異形の前では甚だ心許ないように見えるが、一度、彼が群れの中を駆け抜ければ、すれ違った魔属はことごとくその身を大地に沈めた。
しかし、今はその動きにも精彩を欠いているように見受けられる。
彼の名はクロウ。
並み居る魔属はしかし、彼には触れることも敵わない。近づくものはその剛腕から繰り出されるチェーンソーによって肉片と化した。
そのチェーンソーからは少し前から断続的に異音が発し、耳障りな不協和音を奏でている。斬った魔属の血が機関部に詰まってしまい、刃はまともに回転していない。刃で斬るというよりは腕力でたたき切っているといった状態だ。
そしてその担い手も、チェーンソーを持ったまま腕をだらりと下げ、苦しげに肩で息をしている。
「どうした、もうへばってるのか?昨日までの威勢はどこに行った?」
「うっせぇ!お前みたいなもやし野郎と一緒にすンな!ちょっと疲れて心肺が停止してるだけだよ!」
「それは緊急事態だな」
言いながら、ギンは額から流れ落ちる血を拳で拭う。見れば袴のいたるところが裂け、その下から血が滲んでいる。それはクロウも概ね同様な有様だった。
二人はこの戦いで途方も無い数の魔属を葬った。まさに勇者にも匹敵する活躍である。
無論、勇者ではない彼らが中級種以上の魔属を倒すことはできない。それでも注意を引き、その足を鈍らせることはできた。彼らの活躍は、前線を支える兵士たちの大きな支えとなった。
だが、いかに彼らが超人的な力を持っていようと、すでに限界に達している。
重傷こそ免れてはいるが、いかに百戦錬磨の彼らといえど無傷でやり過ごせる規模ではない。
負った傷は少なからず戦闘に支障をきたす。そして昼夜を問わない連日連戦は、彼らに満足な休息すら許さなかった。
「とはいえさすがにこたえるな。ったく、あいつらはいつまで待たせやがるんだ。これが終わったら、何か罰ゲームだな」
「それは俺も賛成だ。こいつらを倒しきるまでに考えておこう」
軽口を叩き、ケラケラと笑い合う二人。
満身創痍の身にむち打ち、なおも戦い続ける。
怖じける様子など微塵も見せず、魔属へと立ち向かっていく。
それぞれの“戦う理由”を胸に秘め――




