第二十九話 首魁
現れたのはマーレ一人ではなかった。外周を囲むように備えられた中二階部分に、大勢の男たちが銃口をこちらに向けて構えていた。
軍服ではない一般的なの服の上にアーマーやベストを装備した傭兵たちに混じり、あのフェイクたちと同じ、黒い戦闘着の出で立ちの者が何人も確認できた。
「まさかこんなところまで追ってくるとは。素直に機関に泣きつけばよかったものを」
「なぜあなたがこんなところに?」
僕が投げかけると、オーバーな身振りで肩を吊り上げる。
「こんなところとは心外ですね。私が私財を投じて設立した研究所だというのに」
「研究所?」
「ええ。ご覧の通り、魔属と勇者の研究を行っている施設です。招いた覚えはありませんが、歓迎いたしますよ。勇者殿」
まるで賓客をもてなす貴族の如き慇懃さで頭を下げる。
「魔属の研究!?あなたは、気は確かですか?許可のない魔属研究は国際法で禁止されています!それをしかも、よりにもよってこんなところで!」
僕は我が耳を疑い、気付けばそう口走っていた。
「敵を知り己を知れば百戦危うからず。それも、未知の生物となればそれを徹底的に調べ尽くそうとするのは、何かおかしなことでしょうか?」
「よくも抜け抜けと……!そのせいでどれほどの犠牲が出たと思っているんですか!」
笑顔のまま堂々と言い切れるこの人の神経が理解できず、苛立ちに思わず声を荒らげてしまう。
尋常では無い様子で怒りを見せる僕を、ギンが肩を掴んで抑える。
「落ち着くんだレン。話が見えん。どういうことか説明してくれ」
「ガルスを襲った魔属は、ここから外に出たんだ」
「外?でも、ここは……」
「ここはたぶん、ガルスの内部だよ」
「何!?」
ギンだけでなく、ケイン君やヒルダさんまでも驚きを露わにした。
「僕たちが旧ガルスからここまで通ってきた地下通路。あれは先日の作戦時に利用したのと同じ地下トンネルだ」
都市計画時の物資搬入用地下トンネル。
無数に存在したその内の一つは、旧ガルスにも繋がっていた。
ランス大佐はその全てがすでに塞がれていると言っていたが、彼らはそれを密かに利用していたのだ。
「おそらくこれまでも、旧ガルス近辺でアーネストら勇者候補をおびき寄せては無力化した後、ここまで誰の目に触れることなく直接運び込んできたんだ」
僕は聞こえるように持論を述べても、マーレは薄い笑みを浮かべるだけであった。
(否定はしない、か)
ランス大佐は言っていた。魔属の侵入した痕跡が見つからないと。
ここで魔属の研究を行なっていたという事実だけでも疑いをかけるには十分だし、ここの惨状の跡を見ればもはや疑いの余地はない。
「言っておきますが、あれは我々が意図したことではありませんので誤解なきよう」
あくまで動じない態度は崩さない。
恐らくその言葉に偽りはない。あれが意図しての行為であったとしたら、爆撃で都市ごと魔属を殲滅させるというのは、あまりに強引な幕引きだ。むしろ、証拠隠滅のための強攻策と考えれば納得できる。
魔属研究を行っている以上、今回のガルスのような事件は決して予測できない事ではないはず。それをこんな大都市の中で行うなんて、正気を疑う愚行だ。
「そんなリスクを負ってまで、何故ここで魔属の研究を!?」
「ここは魔属領に接している。魔属のデータを取るのにこれほど適している場所はありません」
「そんなのは国連の研究機関に任せればいいじゃないですか」
「笑止。あんな安全管理ばかりに気を取られ、遅々として進まないところに何も期待など出来ません。それに、私の目的は魔属の秘密を解明することじゃない。言ったでしょう?ここで行っているのは魔属と、勇者の研究だと」
「魔属と勇者ですって?あなたは一体なにを企んでいるのです?」
「企みとは人聞きの悪い。私が望むのはただ一つ。それは人類普遍の望み……魔属根絶です」
ここに来て急にまともなことを言いだし、皆一様に顔をしかめる。
「おや。私は何かおかしなことを言いましたかな?」
「そりゃな。こんな薄暗いところでこそこそと悪事を働いてるやつが、胡散臭ぇことを語りだしたからな。おかしすぎて笑いも出ねぇよ」
「大言壮語に聞こえたのなら、それだけ誰もできるとは信じなくなってしまったせいでしょう。本来それを果たすべき勇者が無能なせいで」
クロウの嫌味に、鋭い棘で突き返す。
「だから私は、勇者の存在に頼ることの無い方法で果たす方法を模索した」
「勇者に、頼らない?」
「姿形は似ていても人間ではない類人兵器どもに人類の趨勢を委ねるなど、正気の沙汰ではない。私は常々そう考えていました。現行の、勇者に頼りきった今の対魔属戦略を覆し、人間の手で未来を切り開く。それが私の望みです」
それを聞いて僕が思い浮かべたのは、ツィルセンでラーキンさんが言った言葉。
"反勇者思想"
勇者を快く思わない"反勇者思想"というものは確かに存在している。しかしそれはごく一部の極端な差別主義者やカルト的な思想家のことだと思っていた。
しかしまさか国連内部に、それもこんなに過激な反勇者主義者がいるとは。
「この地での勇者拉致にあなたが関与していると認めるんですね?」
僕のその問いに答えはしない。しかし、嗜虐的な笑みを浮かべた表情が肯定を示していた。
「勇者を拉致した上に、こんな事を……!何故貴方はこんな酷いことができるんですか!?」
「酷い?人類を救う存在であると公言するのなら、こうして活用していることにむしろ感謝されてもいいくらいだと思いますがね。『己が命を捧げ、全人類の礎とならん』……勇者憲章にもある文言で、君等もそう誓ったはずだが?」
こらえきれず激昂したケイン君の糾弾の声も、マーレは歯牙にもかけない。
「どれほど研究と実験を重ねても、魔属は勇者の因子がなくては滅ぼせないという結論は揺るがなかった。そこで私は考え方を変えました。ならばその勇者の因子を武器として手に入れればいい、とね」
「武器?」
「そもそも動物としての人間の最大の特徴は道具を扱えるということ。つまり、人間の進化はこの道具の進化であると考えられます。事実、魔属出現以前から人間の歴史は、常に道具の進歩と共にあった。ならばこの勇者の因子もまた、武器として扱ってこそ人間なのです」
彼は拳を握り、大仰な口調で語る。彼の言う“道具”という言葉は、科学や技術と言い換えれば、考え方そのものは理解はできなくもない。
無論、それで彼の所業を理解することは一ミリもないが。
「その理念の元に生み出された成果は、あなた達自信も身を持って理解したでしょう」
「彼ら……旧ガルスで襲ってきた者たちですね」
「その通り。彼らは勇者の能力を一時的に付加された我がカスパールの傭兵です」
「勇者の、付加?そんなことが……」
ギンの呟きに「ええ。もちろん可能ですとも」と、人差し指でメガネを押し上げながら答える。
「勇者の体内組織には超自然治癒や固有能力を司っているとされる、いわゆる勇者遺伝子と呼ばれるものがある。それを抽出、調整したものを投与することで、限られた時間ではあるが潜在力と勇者に匹敵する身体能力、そして抽出元の"DEEP"を得ることができる。私は彼らを『擬似勇者』と呼んでいます」
にわかには受け入れられない、荒唐無稽な話。
だが、信じざるをえない。
僕らはそれを目の当たりにし、ギリギリまで追い詰められたのだから。
「抽出過程で本体である勇者は使い物にはならなくなりますが理論上、一人の勇者からおよそ三〇人以上の擬似勇者を生み出すことができる。素晴らしいとは思いませんか?これが実用化されれば、もはや勇者などに頼る必要はなくなります」
「素晴らしい?勇者をこんな姿にして?!ふざけないでください!彼らはもはや人間の扱いではない。その勇者遺伝子とやらを抽出するだけの機械じゃないか!一体、何でそんなことが平然とできるんですか!?」
「率直に申し上げましょう。魔属を殺し得る兵器としては有用だとしても、勇者など人類にとって不要な存在というのが私の揺るぎない本心です」
この上なく激しい口調で怒鳴るケイン君にマーレは、にこやかに、一切の良心の揺らぎを見せること無く涼しい表情でそう言い切った。その言葉に唖然とするケイン君とは対象的に、アルベルトは怒りに表情を見る見る険しくして叫んだ。
「テメェ……命がけで戦う俺たち勇者を何だと思っていやがる!」
「お前たちこそ、自分たちを何だと思っている!?魔属を滅ぼせる人類の唯一の希望か?類人兵器風情が、図に乗るな!命がけだと?だからなんだ!これまで、星の数ほどの人間が死んだ!貴様らよりもはるかに脆弱な人間が勇敢に戦い、死んでいった!容易には死なない貴様らが命がけだと?片腹痛いわ」
突如見せたその凄まじい激情は、先に口火を切ったアルベルトの方が気圧されるほどであった。
今までの冷静で余裕を持った態度を一変させたマーレ。憎悪すら込められた眼差しは、その場にいる勇者たち、そして彼らを通して勇者という存在そのものに向けられていた。
「比べて、貴様らが旧ガルスで戦った疑似勇者たちは立派だった。私に賛同し、自ら進んで疑似勇者となった。たとえその動機が憎しみだったとしても」
多少落ち着きを取り戻しながらも、彼はそう続けた。
「サマンサ副長は勇者に見捨てられ部隊と戦友を失った。ドーソン隊長は戦闘中の勇者の放ったDEEPに巻き込まれ、避難していた家族を殺された……他の隊員たちも皆似たような経歴を持ち、勇者を憎んでいた。お前たち勇者に希望など一切抱いていなかった」
そこで思い出す、フェイクリーダーの今際の際の言葉。
”忌々しい勇者どもめ”
“お前たちをけっして許さない”
“地獄に落ちろ、勇者”
あの憎悪に満ちた言葉はアオイ個人にではなく、勇者という存在に向けられたものだったのか。
「わからないようだから言ってやろう。もはや勇者になど誰も期待してはいない。むしろ貴様らの存在は毒でしか無いのだ」
「毒……?」
「約千年もの間。貴様ら勇者は魔属を滅ぼせるという希望、いや、可能性しか提示しない。そして愚かにも、人はその半端な希望にすべてを委ねてしまった。勇者などに魔属根絶など不可能だと言うのに。無意味な対症療法的な戦いを称賛する始末だ」
「そんなことはない!諦めなければ、いつの日か必ず魔属を――」
「その"いつの日"とやらはいつ来る!?そうやって甘言を信じさせられ、もう千年も経っているんだぞ。その間に一体どれほどの人間が死んでいったと思う?どれほどの都市が蹂躙され、国が滅亡していったと思っているんだ!だから毒なのだ!叶わぬ希望を、虚無的な希望を振りまき、人を蝕むだけの勇者という名の毒。貴様らの価値は魔属をこの地上から一掃して、初めて認められるのだ。中途半端な安息などで人類は救えない!」
叫びが殷々に木霊する。マーレは再びメガネを押し上げ、激昂を鎮めるように深く息を吐く。
「だから私は自ら動いた。財の全てを投げ打ってこの研究所を立ち上げ、魔属研究にすべてを費やした。勇者にしか魔属を殺せないとわかれば、その勇者の力をも求めた。全ては世界を魔属の手から守り、そして魔属を地上から一掃するために!ただその場その場で気まぐれに剣を振るうだけの貴様らとは違うのだ」
悔しげに唸りながらも、ついにケイン君は反論の言葉を失う。もはやマーレを説き伏せることはかなわないと思ったのか、それともその主張に否定出来ない真実であると感じてしまったのか。
だが、忘れてはいけない。どれだけ筋の通った主張をしようと、それで彼の行った行いまで許されることではない事を。
「言いたいことはそれだけか?」
腹腔から絞り出すような怒りにに打ち震えた声で彼にそう言ったのは、アオイだった。
ここまで沈黙していたアオイであったが、今や、爆発寸前の激情を細糸一本で抑えている状態だった。腹の底が煮え返して尚収まらず、その熱が周囲の温度すら上げているような錯覚を覚えるほどだ。
「そのご立派な研究とやらの不始末のせいで、ガルスで多くの人間が死んだ。もっと多くの人間が死ぬところだった……故郷を失うところだった」
「だからさっきも言ったように、あれは意図したことでは――」
「何より、お前は生き残った人たちを見捨てた。そんなお前に、勇者をどうこう言う資格はない!」
その一言に、さすがのマーレも言葉に詰まらせた。
アオイの言うとおりだ。勇者を糾弾し、未来だ、魔属根絶だと声高に宣ったが、マーレは都市に取り残された人々を見捨て、都市の爆撃を強行しようとしたのだ。
そんな男が何を語ろうと空々しいとしか言いようがない。
「少なくとも私の知る勇者は、救える命を見捨てたりはしなかった。そのおかげで、私は今こうしてここにいる」
僕たちの遠い記憶の中にある、一人の偉大な勇者の背中。
彼は僕らの命を救ってくれた。
そして最後まで、勇者の生き様を示してくれた。
その彼の行いが無意味だったなど、断じてない。
それに比べればマーレの語る望みなど、妄執に取り憑かれた絵空事だ。
そんなものにアオイはまともに取り合ったりはしない。
「お前の主義主張なんて、知ったことじゃない。ここにいる勇者たちを今すぐ開放しろ」
「これだから勇者は。短絡的かつ情緒主義的な――」
「これが最後だ。今、すぐに、開放しろ」
有無を言わさぬ気迫でマーレを遮り、最後通牒を告げるアオイ。マーレはやれやれといった様子で鼻で一笑に付すと、
「断る、と言えばどうなるのですかな?勇者殿」
「こうする」
その一言は、アオイの残像とともに後方に流れる。彼女に狙いをつけていた傭兵たちは反射的に引き金を引くも、粒子加速するアオイのスピードの前ではあまりに遅すぎた。吐き出された銃弾は、アオイのはるか後方の壁や床を穿つだけに終わる。
シリンダーの間を高速で駆け抜けると脚力を爆発させ、一直線に跳躍。中二階に立つマーレを捉えると同時に[ベルカ]が鞘走る。
放たれた刃はマーレの肉体を切り裂き、盛大に血飛沫を撒き散らす――僕は思わずそんな光景を想像した。しかし、それは現実のものとはならなかった。
「ッ……!」
一体いつの間に現れたのか、そいつは二本の刃を重ねてアオイの一撃を受け止めていた。
間違いない。そいつは旧ガルスでアオイたち全員を圧倒し、ケイン君とアルベルトを拉致していった、あの黒服だった。今はアオイに打ち込んだ鉄杭に変わり、身幅の厚い直刀が袖口から伸びている。
アオイは即座に標的をマーレから黒服に切り替えると、受け止めた刃を支点にして空中で鋭い蹴りを顔面めがけて放つ。が、黒服はアオイの足首を片手で掴んで受け止め、彼女を軽々と投げ飛ばした。
壁に叩き付けられる直前に宙で鮮やかに身を捻り、両足で壁に着地。瞬間、粒子を最大放出する。ドライブが異音を発し、刀身がこれまでにないほど明滅しだすがアオイはそれを無視し、壁を蹴った。
残像を生みながら黒服に向かっていく、と見せかけ、上昇軌道で上背のある黒服の頭上を抜け、彼の背後に背中合わせに着地。そのまま振り向きざまに回旋力を乗せた横薙ぎの一撃を叩きつける。
だが黒服は後ろに目があるのではと思うほど正確に、後ろ向きのままアオイの斬撃を左腕の刃で受け流していた。
振り向き、相対しながら右上段から振り下ろされる刃を、アオイはバックステップで躱す。
そのアオイの姿がかき消える。粒子の残滓だけをその場に残し、アオイは黒服の右側面へと踏み込んでいた。
黒服が旋回しながら左の切っ先を突き出すも、その先にアオイの姿はない。
黒服がアオイの実力を凌駕しているのは、先の一戦で彼女自身がよくわかっている。だからまともに正対せず、能力をフルに活用して翻弄し、間隙を突くつもりのようだ。
アオイの姿が現れたのは、黒服の背後。すでに[ベルカ]は最短距離で黒服の首を狩るべく放たれている。
だがやはり一筋縄では行かない。気配だけでそれを察知した黒服は振り返りながらもそれを迎撃。差し込まれた刃が互いの眼前で火花を散らしながらすれ違っていく。
――その時、[ベルカ]の切っ先は彼が装着していたマスクを引っ掛け、彼の顔から引き剥がした。
すぐに次の一撃を繰り出すべく剣を引き戻し、突き出す構えを取る。しかし、その切っ先が放たれることはなく、そのままの姿勢で硬直していた。
戦闘の最中にありえない、あまりに唐突な硬直。
そうさせたのは、純粋な驚愕。
そしてそれは僕らにとっても同じであった。
アオイは目を見開き、あらわになった男の顔を凝視していた。
「なんで、お前が……」
「彼は勇者でありながら、勇者の在り方に疑問ををいだき、私の目的に賛同してくれた賢明で稀有な男。彼の名は……と、紹介は不要でしたね」
痛快この上ないと言うような喜悦の表情のマーレの言葉も、アオイの耳には届いていない。
「なんでだ、どうしてお前が……!?」
ただただ、絞りだすような震える声でアオイは投げかける。
彼はブラインに敗れて死んだと思われていた、クラス:マスターの勇者にしてアオイの憧れの人。
「嘘だと言ってくれ……ヴィル」
そこにいたのはヴィルヘルム・ノートン、その人であった。




