第二十七話 敗北
再び都市部に戻った僕らはすぐにケイン君たちと、それに少し遅れてギンと合流を果たす。片腕を失ったケイン君には驚いたが、幸い命には別状は無いようでひとまず安心する。
フェイクたちは撃退したものの、生憎ジャミングはまだどこかで機能しているようで外部との連絡は依然取れないでいた。
本来であればすぐにでもここを離れるべきなのだろうが、ケイン君は言うに及ばず、ようやく意識を取り戻したアルベルトに、アオイやギンすらも負傷している。かく言うも僕も腹部の刺傷からは痛みが焼けるような痛みを発し、止血はしたものの出血した量は少なくない。正直、まともに立っているのも辛い。
そしてやはり[ベルカ]は機能不全で、アオイの粒子治癒はほとんど行われていない。
今後どうするにしても、まず差し当たって怪我の処置が最優先と判断し、比較的軽傷のヒルダさんとクロウに手伝いってもらいながら応急処置を施していく。
都市中央の広場に陣取った僕らは、怪我の処置の合間にそれぞれの状況を報告し合った。ガルスを発ってから合流するまでの出来事。僕らがケイン君らの危機を察知し追ってきたまでの経緯。そして各々の死闘。
情報を共有し終えると、場は自然と議論へとシフトしていく。
「するとレンさんは彼ら――フェイクたちが勇者失踪に関係していると言うんですね?」
「フェイクらはアオイたち以外にも勇者を相手にしてきたような事を口走っていたし、フェイクリーダーの聖剣[ヴァイジクス]は間違いなく失踪した勇者アーネストのものだ。少なくとも勇者失踪に関係しているという点においては間違いないと思うよ」
「生け捕りというのも気になるな」
そう。奴らは当初、勇者の生け捕りを最優先目標にしていた。そこに彼らの目的を探る重要な要素がある気がする。
「まさか勇者を使って世界征服でもしようってか」
「お前じゃないんだ。んな頭の悪いことこと考えるかバカ」
「まぁ世界征服とは言わなくても、勇者という存在を欲しての犯行というのは考えられませんか?」
「考えられるね。勇者は勇者機関以外の組織・集団には属せないと勇者法で定められているけど、実際には強大な勇者の力を手中に収めたい組織や国は多いはずだからね」
「でもそれは矛盾していないかしら?フェイクたちが勇者なら、なぜ同じ勇者を襲うの?」
「それは襲う理由がわからないことにはなんとも言えません」
勇者は勇者という存在に対し帰属意識をそれほど有していない。少なくとも“同じ勇者に刃を向けない”というような共通認識は無いだろう。
「それなんだが、そもそも奴らは本当に勇者だったのだろうか?」
そう疑問を差し込んだのはギンだった。
「どういうことだい、ギン?」
「フェイク3は自分で言ったんだ。勇者と同じに扱われるのは心外だ、と。嘘を吐いているようにも見えんかった」
「フェイク1もそうでした。はっきりと否定して、勇者を嫌悪すらしているようでした」
ケイン君もそう同意する。僕はそれを聞いて「う~ん」と唸りながら首を傾ける。彼らが「勇者を嫌っている」のはわかったけど、それをもって彼らが「勇者じゃない」と断言するには根拠に乏しい。
「でもコイツを使ってたじゃねぇか。それはどう説明すんだよ」
クロウが指差す先には、並べられた聖剣たち。フェイクたちの聖剣だ。三本もの聖剣が並べられた様は壮観ですらあったが、今はそれに心躍らせることはできない。
いずれの聖剣も、失踪した勇者たちのものであることがわかったからだ。
「勇者かどうかはこの際問題じゃねぇ。奴らがどこのどいつで、なんのために俺らを襲ったかだろ」
そう言葉を差し込んできたのは、ようやく目を覚ましたアルベルトだった。意識こそ取り戻したが受けた傷は深く、いつもの不遜な態度に反して声に力がない。
「死体もあるんだし、こいつらの正体はわからないのかよ?」
「それがわかるならそもそもこんな議論にはなってないさ」
彼に言われるまでもなく、戦闘終結後にフェイクらの遺体を確認したがいずれも身元を判別できるものは所持していなかった。当然だろう。用意周到に勇者を襲撃するような輩が、ご丁寧に身分証を所持しているわけがない。墜落したヘリも残骸からでは所属は判別できない。
「判断材料はほとんどないよ。ただ彼らは広域に渡る通信障害を事前に用意し、潤沢な装備に高性能な銃をぶら下げ、挙句の果てには最新鋭の攻撃ヘリまで投入してきた。少なくともこの周辺国の正規軍ではありえないよ。おそらく大きな組織が関係しているとは思うけど、それ以上は……」
僕が説明すると大きくため息を吐き、「使えねェな」と吐き捨てて立ち上がるとぶらぶらと輪を離れる。
その後も議論は白熱していくが、結局答えは出ないまま憶測だけが飛び交い、場は混沌としてくる。
勇者と思しき襲撃者。その能力は失踪した勇者と同一のもの。背後に見える組織――
この目で存在を確認しながら、その正体は見えてこない。ともすれば、幻だったのではという気すらしてきてしまう。
ともあれ、これ以上僕らにできることがないのも事実だ。
当初は失踪の原因すら不明だったが、少なくとも魔属などではなく、作為的に行われた犯罪であることは明白だ。となれば、戦いが専門の勇者に出る幕はない。
実際に僕らはそれを目の当たりにし、巻き込まれそうにすらなった。物証も多数ある。ラーキンさんが、ひいては勇者機関が納得するには十分な報告はできるだろう。あとは機関の専門家の仕事だ。
僕たちに与えられた仕事は、ここまでだ。
僕は立ち上がると手を打って議論を中断させる。甚だ不本意な幕引きだが、今は無事に帰ることが先決だ。
「さて。治療も済んだことだし、こんなとこでいつまでも話し合っててもしょうがないよ。ここはいったんガルスまで戻って――」
と、その時、背後でどさっと何かが倒れる音がした。何気なく目を向けた僕は、倒れ伏すアルベルトと、そのすぐ側に佇む黒衣の男を見た。
まるで夕闇が形をとってそこに現れたかのように、黒衣の男は音もなくそこに現れた。
先程までのフェイクたちと同じ出で立ちで、面もガスマスクに覆われている。
見たところ銃火器はおろか、武器らしいものは手にしていない。両手をだらりと下げ無言で佇む姿は一見、隙だらけにも見える。しかし、纏った雰囲気が明らかに違うのが素人の僕にもはっきりと知覚できた。その身から発せられる、身震いするほどの強いプレッシャーが、この男が敵であることを示していた。
その男に真っ先に気付き、身構えたのはギンであった。ギンは瞬時に木刀に手を伸ばし臨戦態勢に移行する。
パチッ……
そんな軽い弾ける音と共に、黒服はギンの真横に立っていた。
一瞬にも満たない間の移動。ギンは驚愕に目を見開きながらも木刀を振るうが、わずかに遅れた。
そして次の瞬間には、仰け反り胸から血の花を咲かせながら倒れ行く。いつの間に手にしていたのか、袖口から伸びた刃がギンの胸を深々と切り裂いていた。
軌跡すら追えない瞬速の斬撃。あのギンが一太刀も浴びせること無く倒れ伏せる光景は、驚きのあまり現実と認識することができなかった。
その光景を目の当たりにしたヒルダさんはいち早く状況を理解すると同時にホルスターから銃を抜き、銃口を向けていた。
彼女の殺気に反応したかのように黒服は次の標的をヒルダさんに定め、足を踏み出す。迫りくる黒服に、ヒルダさんは何度も引き金を引く。
一発目。沈み込んだ黒服の頭上を過る。
二発目。続け様に流れる銃弾の下を潜り抜け、黒服は疾駆する。
三発目、四発目、五発目。立て続けに吐き出される、動きを読んだ正確な射撃も、右に左に翻弄する黒服の残像だけを射抜く。
瞬く間に目前に迫った黒服との間合いを取るべくバックステップを踏みながらの六発目。絶妙なタイミングでの引き撃ちは、距離的にもタイミング的にも躱せるものではなかった。
甲高い金属同士の擦過音と、一瞬だけ散る火花。
驚くべきことに黒服は手にした刃で銃弾を弾いてみせた!対魔属用のマグナム弾を片手で、それもこの至近距離で弾くなどもはや人間業ではない。
とっさに後方に身を投げ出しながらの七発目はしかし、繰り出された回し蹴りに腕を打ち払われてしまい、銃弾は明後日の方向に飛んで行く。
そして銃のスライドが下がり切っている。つまり、弾切れだ。とっさに予備のマガジンに手を伸ばすも、マグチェンジを行うことは適わなかった。
腕を蹴りあげた黒服の蹴り足が地に着くと、それを軸足に一回転。今度は逆の足から凄まじい勢いで逆回し蹴りが放たれる。鉄槌の如き威力を秘めた踵先がヒルダさんのがら空きの脇腹を直撃。長身のヒルダさんが軽々と吹き飛び、路面の向こうまで吹き飛んでいく。コンクリートの路面を何度かバウンドした後、廃車に激突してようやく制止する。路面にうつ伏せに倒れ伏すヒルダさんが立ち上がる様子はない。
「ヒルダさん!」
ヒルダさんに気を取られたケイン君。生じた隙に付け込まれ、背後からの接近を許してしまう。
ケイン君が振り返るより早く振り下ろされた刃。しかし、[アルジェント]が反応し、瞬時に形勢された銀の盾が凶刃を阻んだ。
しかしどうしたことか銀の盾は突如形を失い、ナノマシンは細かい砂の粒となって崩れると、コアユニットである剣のスリットに吸い込まれていく。
デフォルトの形態である鎧の形にすら戻らないのは、ユーザー認識などが途絶したなどで制御を失ったナノマシン群を回収するためのセーフティプログラムが作動した証拠だ。無論、ケイン君が健在であり剣を手放してすらいないこの状況で見せる動作ではない。
この現象の正体を知るケイン君は驚愕の表情で呻いた。
「まさか……フェイク2の能力!?そんな馬鹿な――」
ケイン君の声は、それ以上言葉にはならなかった。空気のうねりを纏った拳が無防備な鳩尾に突き刺さる。小柄なケイン君の身体を、両足を地面から引き剥がすほどの衝撃が突き抜け、そのまま力を失い地面に沈む。
「ンのヤロォォォォォォ!」
雄叫びを上げながら黒服の後ろから斬りかかるクロウ。
真後ろからの攻撃に、振り返る黒服。爆音を上げて振り下ろされるチェーンソーの刃を、奴は右腕の刃で掲げて受け止めようとする。
この時僕は、勝負がついたと反射的に思った。クロウの膂力は常人のそれをはるかに上回る。故に、下手に防御をしてしまうと、その殺人的なパワーを一身に受けてしまうことになる。魔属ならともかく、生身の人間であれば例え勇者であってもただでは済まないからだ。
だが、その予測は裏切られた。
黒服はチェーンソーが激突する瞬間に相対速度を合わせて、体のバネを沈ませながら刃を絶妙な角度に傾け、チェーンソーの刃を刀身の上に滑らせながら受け流してみせた。
絶妙なタイミングと、衝撃を受け流すコントロール技術。並の身体能力ではまず不可能な芸当だ。
受け流され姿勢を崩したクロウの懐に潜り込む黒服。そして次の瞬間、クロウの体は宙を舞っていた。一〇〇キロを優に超えるクロウの体を軽々と投げ飛ばしたのは男の身体能力ではなく、クロウの勢いを利用した見事なまでの柔術だ。
砲弾の如き勢いで廃ビルに飛んでいくクロウの身体はコンクリートの壁をぶち破り、ビル内の柱に叩きつけられた。
ビル全体を震わせ、太い柱に亀裂が入るほどの衝撃ではあったがしかし、
「はっ!軽いなァ!こんなんじゃまるで効かねぇぞ!」
不敵な笑みを浮かべ、口の端から流れる血を拳で拭うクロウ。
「このオレ様を倒したいなら、この百倍の力で――」
気を吐くクロウの言葉は、真上からの大音響にかき消される。
クロウ自身は衝撃に耐えても、老朽化していた建物は耐え切ることができなかったのだ。轟音と粉塵を巻き上げながらビルは一瞬で崩落し、瓦礫の中にクロウをの身を飲み込んでしまった。黒服は、これを計算に入れてクロウを投げたのだろうか。
瓦礫に呑まれるクロウにはもはや意識すら向けていない様子の黒服。四人もの強者を打ち破りながら、そこにいささも感情の波を感じさせない。まるで人の形をした機械を見ているようで、それが一層不気味に感じられた。
そんな僕とは対照的に、横にいるアオイは怒りに打ち震え、殺意すら籠った目線で黒服を睨みつけていた。
「貴様ァ……!」
「待って、落ち着いてアオイ!」
ミシリッと音を立てるほど強く柄を握ったアオイは完全に血が頭に上り、僕の制止も聞かずに飛び出していく。
満身創痍の今のアオイは僕の目から見ても動きが緩慢であった。加えて、やはりフェイク2の能力が再現されているらしく、粒子は発生していない。
突進の勢いを乗せ突き出される切っ先は容易に躱され、すれ違いざまに顔面を鷲掴みにされる。
掌の中でくぐもった呻き声をあげるアオイを、黒服は大きく振りかぶって放り投げた。軽々と投げられたアオイは錐揉みに回転し、通り向こうの建物の壁面高くに背中から叩きつけられた。激突の衝撃で壁を窪ませるほどの恐ろしい膂力だ。
「このォっ……」
血を吐きながら壁にめり込んだアオイは、朦朧としながら顔を上げて敵の姿を求める。
だが、その必要はなかった。
黒服はすでにアオイの目の前にまで迫っていたからだ。
弓の弦を引くが如く構えられた左腕の袖口には、鈍く光を反射する先端が覗く。
それを躱すにしても防ぐにしても、今のアオイの体勢はあまりにも無防備であった。引かれた左腕は矢のような早さで放たれ、アオイの腹部へと突き刺さった。
「ぐぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
大気を震わせるほどに轟く大音声が、アオイの悲鳴に重なって響く。亀裂が壁一面に走り、ビルが小さく震えた。
それは明らかに拳の音でも威力でもない。その正体は、彼の腕がゆっくりと抜かれた後にわかる。
アオイの胸を深々と貫いて撃ち込まれたのは先端が尖った円柱状の、巨大な鉄杭だった。
一体どのように収納されていたのか、鉄杭は一メートル近い長さがあり、アオイは文字通り壁に縫い付けられた形となる。彼女は抜けだそうと身を捩って足掻くもぶしゅっぶしゅっと血を吹き出して傷口を広げるだけだった。
そんなアオイをもはや脅威とはみなさなくなったのか、アオイをそのままにして降り立った黒服は、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
「レン!逃げろ!」
頭上からのアオイの叫びは耳に届くも、蛇に睨まれた蛙が如く僕はピクリとも動くことができなかった。脳裏にはフェイクリーダーに襲われた記憶が蘇り、腹部の痛みが脈打つように痛みを送り込んでくる。
少しでも動けば、殺される。クロウやギンどころか、アオイたち勇者すら圧倒したこの男なら僕など小突いただけで容易く命を奪うことだろう。吹き出す汗に全身を濡らしながら、ただ黒服が目の前まで近付くのを見つめることしかできなかった。
永遠にも思われる一瞬の対峙。
だが、以外にも黒服はあっさりと僕の横を素通りしていった。ぎこちない動きで振り返ると、彼はケイン君とアルベルトの身体を担ぎ上げていた。
そして背を向けたまま、悠然と歩き去っていく。もはや誰に阻まれることもなく、夕闇の奥に溶けるかのように廃都の奥へと消えていった。
襲撃から、僅か一分程度の間の出来事だった。




