それぞれの戦い――act:アオイ
クロウと合流し、アオイの姿を見つけたのはビル街を抜けた先にある橋の袂だった。工業用に引かれたその人工川はかなりの広さがあり、対岸には工場や住宅、繁華街が密集する下町が見える。
「待たせたアオイ!大丈夫かい!?」
僕は少し離れたところで足を止め、アオイに呼びかける。アオイは剣を正眼に構えている。視線の先には、剣を片手にどっしりと構えるフェイクリーダー。見たところ、目立った傷は負っていない様子。
「クロウが能力を封じてた奴を倒した。もういつも通り戦えるよ」
「さぁ!オレ様に惜しみない賞賛と感謝をするがいい!がははは」
「うっさい。オマエは話しかけてくるな。知り合いだと思われたくない」
「今更もう遅ぇよ!オレ様、結構死ぬ思いで頑張ったんですけどねぇ!」
こんな時でも普段と同じやりとりを交わす二人。ブレないなぁ。
「ところでアオイ?さっきの場所から随分移動したようだけど、なんでこんなところまで?」
「知らん。こっちが聞きたいわ」
不満そうに返す。ということは、相手側の意図か。しかしその思惑がどこにあるのか、皆目見当がつかなかった。
散々いたぶられた鬱憤を晴らすように粒子を展開し、一足でフェイクリーダーに斬りかかるも、フェイクリーダーは後ろに大きく飛び退って回避。過剰と思えるほど距離をとり、攻める訳でもなく橋の中央で再びアオイを待ち構えていた。
「あいにくオレ様はまだ暴れ足りねぇ。テメェがなんと言おうと加勢するぜ」
「あれだけ暴れてまだ足りないいんだ。どんだけ……」
呆れ顔の僕は何気なく橋の下に目を向け、言葉を切る。その異変は橋の上にいるアオイは気付いていない。
「川の流れが、止まってる……?」
さらに橋の真下、ちょうどアオイとフェイクリーダーの間あたりの水面だけがわずかに揺らめいていた。それは風の影響などではなく、まるで生き物のように自ら身震いしているように見受けられた。
僕は目を凝らしそれが何かを見極めようとするが、それより先に橋上のアオイが駆け出してしまった。
両者の間合いを半分まで縮まった瞬間、突如、アオイの足元が爆散した!まるで地雷でも踏んだかのような衝撃は、アオイの体を橋の瓦礫とともに高々と舞い上がらせた。
僕は確かに見た。爆発の直前、真下の水が水柱となって勢い良く噴き出るのを。
頑丈な鉄橋をも砕くほどの勢いで噴出するのが自然現象の訳がない。考えられる理由はただ一つ。
「フェイクリーダーの"DEEP"は水液操作か……!」
打ち上げられたアオイは空中で身を捻り、器用にも瓦礫を足場に跳躍。フェイクリーダーの頭上を越えて橋の反対側へと着地した。どうやらダメージはそれほど見られない無いようだ。
フェイクリーダーは泰然と振り返る。その背後、崩れ落ちた橋の向こうで、無数の水柱がうねりながらそそり立っていた。水を操る能力そのものは比較的ポピュラーな部類ではあるが、これほど大量かつ自在に水を操れる能力は稀だ。現役の勇者でもこれほどの素質を持つ勇者はそう多くない。
「待てよ……」
ふと疑問がよぎり、モニター上に事前にラーキンさんにもらったデータを呼び出す。
「やっぱりそうだ。アーネストも同じ系統の能力所有者だった」
「あん?じゃ何か。もしかしてあいつはアーネストなのか?」
「一瞬考えたけど、ありえない。記録上のアーネストとフェイクリーダーの身体的特徴はあまりに違いすぎる」
これはどういうことだろうか……その疑問は、さらに深まることになる。
フェイクリーダーの背後にそびえる長大な水柱が大きく撓ったかと思うと、頭上からアオイ目掛けて鞭のごとく高速で打ち下ろされる。
水の鞭は路面を砕きはしたものの、肝心のアオイはすでにそこにはいない。微塵も恐れ慄くことなく、アオイは大胆に踏み込んでフェイクリーダーへと迫っていた。
一方、能力で刀身に水を纏わせたフェイクリーダーは、まだ間合いの外にいるアオイに向かって剣を振り払った。すると纏った水が、さながら鞭のごとく伸びて高速でアオイに迫る。
「そんなもの!」
駆ける速度を鈍らせること無く、細く突き出されるそれをグンッと身を低くして頭上にやり過ごす。
更に加速し、フェイクリーダーへと迫る。
そのアオイを、白き尖鋭が背後から刺し貫いた。
腹から飛び出し血を滴り落とすそれを、アオイは驚愕の表情で凝視する。
アオイを貫いたものの正体は、人の腕周りほどはある太い氷柱だった。アオイに躱された水の鞭は、背後で素早く回頭させると先端を鋭く尖らせ、貫く直前に氷結したのだ。
こみ上げてくる血塊を吐き出しながら身を捻って背後の氷柱を断ち切る。幸い、〈L粒子〉が傷口を即座に回復させたのでダメージそのものは大きくないことに安堵する。
水を一瞬で氷結させたのは彼の能力ではない。それを成したのはフェイクリーダーの得物。
間違いなく、聖剣。
フェイクリーダーとアーネストの共通点に思い至り、再び彼のデータを見比べ、確信する。
「あれはアーネストの聖剣と同じだ……」
聖剣[ヴァイジクス]――刃を通し対象を氷結させる能力を持つアーネストの聖剣。それが何故、フェイクリーダーの手にあるのか。
「おいレン。オレ様の記憶違いじゃなけりゃ、聖剣ってのは二本と同じものはないって話じゃなかったか?」
クロウの問いかけに、僕は静かに首肯する。
現代の聖剣にはコンセプトを引き継いだ後継機や進化発展系、シリーズとしてリリースさせるものなどはあるが、全く同一の聖剣はというものは基本的に存在しない。科学技術が発展した現代においてもその製作工程は複雑かつ緻密であるため、複製や量産は不可能と言われている。
すなわち、彼らは奪ったのだ。[ヴァイジクス]を、勇者アーネストから。
もはや彼らが勇者失踪に関わっていることに疑いの余地はない。
事件の真相に近付いている確信を抱きながらも、思考を目の前の戦闘に戻す。こうなると相手の正体はどうあれ、勇者アーネストを相手にしていると考えるべきだろう。
ならばアーネストのデータが役に立つはずだ。コンピューターを起動し、アーネストのデータを開く。
聖剣[ヴァイジクス]の製造元はゼークト・インダストリー社。軍産複合企業らしく、いくつものグループ会社の技術を集約することでようやく完成した専用聖剣。アーネストのネクストクラスに際し、提供された一振りだ。アーネストの能力との相性は抜群で、彼は実戦で十二分に活用していたとされる。
そしてフェイクリーダーもまた、能力と聖剣を使いこなしている。今もまた、再度接近を試みるアオイに、纏わせた水を振り払うと同時に飛沫を氷結させて叩きつけていた。その様はまさに散弾銃から放たれる散弾が如く、アオイの全身を打ち据え、また貫いた。さらに、橋の下から無数の氷柱が突き出され、足元からアオイに襲いかかった。上下左右全ての方向から襲いかかる氷と水の包囲網に苦しめられ、アオイはフェイクリーダーに近付くどころか身を守るのに手一杯になる。
水流だけならばまだ対処のしようもあるが、そこに氷結能力が合わさると厄介だ。単純な破壊力もそうだが、水の柔軟性を活かしていくらでも応用が可能なのだ。
(何か打開策はないか。例えば[ヴァイジクス]は刃と接点がなければ氷結能力を発揮することができないみたいだが、弱点と言えるほどじゃないし。いっそ水のないところまで移動するか。いや、橋を落とされた今、行ける場所は限られる。どうしたら……)
僕は思考をフル回転させるも、魔属戦とは勝手が違う、それも異能の力を持つ勇者相手ではそれもままならない。
勇者同士の戦いに、僕なんかが介入できる余地はないのだろうか……
「ったく!勇者ってのは卑怯なやつらだ!能力だ聖剣だって汚ぇ手ばっかり使いやがって。男同士、武器を捨てて殴り合えってんだ」
「勇者を根本から否定しちゃったよ。あとそれはアオイは女の子だよ」
「なぁレン。お前のその頭脳でアイツに一泡吹かせられねぇか?ここにある水を全部干上がらせちまうとか、聖剣を長ネギに変えちまうとかよ」
「いやいや、僕は手品師じゃないん――」
呆れながら言いかけ、脳内で弾けた閃きが言葉を遮った。
一瞬、自分でも馬鹿げているとは思ったが、頭の中でざっと詰めていった結果、少なくとも検討する価値が有るのではないかという考えが強まった。
「時間はかかるけど……不可能じゃないかもしれない」
「え。長ネギに出来んのか!?スゲェな!今度オレ様にもやってくれ」
馬鹿なことを言ってるクロウは差し当たって無視を決め込み、僕は近辺のマップをディスプレイ上に呼び出す。同時進行で、能力で消費される水の消費量を計算する。そうして導き出されたデータを照らし合わせ、現実的に実行可能かどうかを読み解いていく。
「……よし!これならギリギリいけそうだ」
満足のいく結果に僕は指を鳴らす。そうと決まればまず、奴にとって有利なこの場所からは離れなくてはいけない。
「聞こえるかいアオイ?そこから夕日の方向に向かって街中に入って。とにかくそこから離れるんだ!僕たちもすぐに追う!」
レシーバーを通し、川の向こうのアオイに呼びかける。ジャミング下で通信が届くか不安だったが、「わかった」というノイズ混じりの短い返答とともにアオイの姿は堤防の向こうへ消える。フェイクリーダーもその後を追っていく。
「よっしゃ!オレ様もアイツに加勢するぜ!レン、向こう岸への最短ルートを教えてくれい!」
「いや、それよりもクロウには頼みたいことがある」
作戦を実行に移すべく、手短に指示を伝える。時間が惜しいので細かい目的は省略したが、クロウは僕を信頼し、何ら疑いを持たず了承してくれた。
僕とクロウは二手に別れ川沿いを走った。
それから十数分後。全ての作業を完了させ、アオイの姿を見つけたのは繁華街の大通りだった。中心部よりも下町色が濃く、時代を感じる雑然とした町並みだった。
(できれば住宅街まで行って欲しかったけど、工場地帯に追い込まれなかっただけマシか。あとはクロウ次第だ……)
通信妨害が継続されている以上、クロウの方の状況は不明だ。今はただ信じて待つしかない。
通りの真ん中で剣を構えているアオイは、距離を開けて前方のフェイクリーダーを睨んでいた。
アオイの全進から、うっすらと陽炎が立ち上っている。
(まずい兆候だ。アオイの限界が近づいている……)
特に目立った傷を負っていない様子のフェイクリーダーに対し、アオイは全身に裂傷を負い、肩で息をしている有り様。露出している脚の表面が紫色に変色しているのは凍傷によるものだ。せっかく能力を取り戻しても、粒子治癒の能力が落ちているのが見て取れる。
(そうか。ここまでで負った傷の治癒に潜在力を持っていかれたのか。このままでじゃアオイが危ない……!)
自分の立てた作戦が無謀だったのではないかと不安に駆られる。作戦が功を奏する前にアオイが死んでしまうような事になれば何の意味もない。
僕の作戦は、いかにフェイクリーダーが能力を行使してくるかということも重要なファクターである。それは逆を返せば、それだけアオイが危険にさらされることになる。
不安に埋め尽くされる思考は、爆発音によって強制的に現実に引き戻される。
見れば、路面をぶち抜き、噴き出た都合八本の細い水柱がアオイの頭上を取り囲むようにそそり立つ。
(問題なく能力を行使している。やっぱりまだ水路は生きているか)
この区域一帯には水路が網の目のように走っている。この路面の下にも水路は通っているはずだ。
水柱はそれぞれの鋭く尖った先端を凍結させると、八方向から青い目がけて一斉に突き降ろされる。
銃弾に匹敵する速度で迫る矛先。対してアオイは粒子加速によるスピードで持って撹乱した。アオイの身を触れることすら叶わず、先端は地面に埋没する。
それでもしつこく追従してくる後続の水の槍を、アオイは前進する勢いをそのままに素早く旋回して振り向きざまに切っ先を跳ね飛ばした。続いて前後左右から来る氷の触手をステップを踏んで躱し、斬り、捌いていく。その様は舞うような美しさすら有していた。
鮮やかな剣捌きも、しかし、フェイクリーダーには織り込み済みのものだったようだ。
アオイの怒涛の驀進が唐突に停止する。何事が起きたのかとアオイは視線を落とすと、両の足首までが氷によって固められていた。
フェイクリーダーの狙いはこれだった。周囲に視線を向けさせながら進行方向に密かに水のトラップを忍ばせ、厄介なアオイの足を奪ったのだ。
その好機を待っていたフェイクリーダーはすでに次の行動に移っていた。
足元に気を取られていたアオイは周囲が陰っている事に気づく。ハッとなって頭上を見上げ、そして驚愕に息を呑んだ。
軋む音を響かせながら、そこに現れたは巨大な氷塊であった。通りのほぼ全幅に渡る直径の氷が頭上で瞬時に形作られ、今まさにアオイを押し潰さんと落下してきていた。
あれを受け止めることはどう考えても不可能だ。アオイは必死になって何度も[ベルカ]の刀身を下半身の氷に叩いて砕き、後ろ向きでその場から脱出する。
直後、アオイのいた場所に氷塊が激突。重々しい音と共に路面のコンクリートを粉々に砕き、クレーターを作った。落下の衝撃に耐え切れず氷塊は砕け、空中に大小の破片が舞い散る。夕日の光を反射させ、白と朱の輝きが乱舞する。
間一髪、氷塊に圧し潰されるのを免れたアオイだったが、息つく暇も与えず、砕けた氷塊の一つがアオイ目掛けて正面から突進してくる。
といっても、トラックほどの大きさもある大質量の動きは鈍く、アオイは大きく真上に跳躍して躱す。
その頭上に踊る、影。
フェイクリーダーだ。氷塊の後ろに身を隠していたであろうフェイクリーダーは、アオイの動きを読んでより高みに跳躍していた。
頭上から叩きつける強烈な一撃を、掲げた[ベルカ]の刀身で間一髪受け止める。しかしその衝撃までは受けきれず、高所から一気に地面へと叩きつけられてしまう。
凄まじい勢いで一直線に飛んで行くアオイ。その先にある建物の総ガラス窓をぶち破り、屋内へと突っ込んでいく。内部からは何か重いものが倒れたり落ちたりする硬質な衝撃音が連続して響いてくる。
アオイが突っ込んだその場所は、フィットネスだった。広い室内には錆びたトレーニングマシンが並んでいた。
割れた額から大量の血を流しながらも、アオイは視線を割れた窓の外に向けられている。
そこに、足を踏み入れてくるフェイクリーダー。アオイはとっさに、転がっていたバーベルをフェイクリーダー目がけて蹴り上げた。
遠目で正確にはわからないけど、優に数十キロはあるであろうバーベルを簡単に蹴り上げるアオイに驚かされるが、それを片手で受け止めたフェイクリーダーにも驚かされた。
そのまま軽々と投げ返されたバーベルをアオイは[ベルカ]を振り下ろして、持ち手から真っ二つに断ち切る。
しかし、その間にフェイクリーダーは間合いを詰めていた。完全に[ベルカ]の間合いの内に入り込まれたアオイはフェイクリーダーに顔面を掴まれると軽々と投げ飛ばされ、部屋奥の壁に叩きつけられた。一体どれほどの力が込められていたのか、コンクリートの壁が砕け、アオイの姿はその向こうへと消える。
ここからでは様子が見えない。
僕は駆け足で建物を回り込む。すべてのガラスが割れ落ち、吹き曝しとなった大窓から中を覗き込むと、最悪なことにそこは屋内プールであった。
長い年月で雨水が流れ込んだのであろう、藻で緑色になった水をなみなみと湛えていた。
フェイクリーダーにとっては都合の良い場所である。
「立ってアオイ!そこから離れるんだ!」
プールサイドでうつ伏せに倒れているアオイにレシーバーに呼びかける。体を震わせ、なんとか立ち上がろうとするも、フェイクリーダーは目の前まで迫っていた。
とっさにアオイは伏せた姿勢のまま[ベルカ]を振るおうとするも、フェイクリーダーのつま先がアオイの腹部を蹴り上げるほうが早かった。血を吐き出しながらアオイに体は軽々と宙を舞い、派手な音と水しぶきを伴いながら水面へと叩きつけられる。
濁った水の中で必死にもがくアオイを見ながら、フェイクリーダーはおもむろに[ヴァイジクス]の切っ先を浸す。
次の瞬間、触れている剣先を中心に放射状に氷結してゆき、二五メートルのプールは一瞬にして白一色に染まる。
「アオイッ!」
苦しげな表情のまま動かなくなったアオイを目にし、僕は身を乗り出して思わず大声で叫ぶ。
(そ、そんな……アオイが負けるなんて)
愕然となり、僕はその場に両膝をつく。目の前の光景が信じられなかった。
状況に対応すべく必死に思考を持って行こうとするけど、完全に錯乱状態に陥り、思考も判断もおぼつかなくない。ただただレシーバーに向かってアオイの名を呼び続けるしかできなかった。
『フェイク1、聞こえるか?応答しろ。フェイク3、フェイク2……全員やられたか』
対照的に、勝利の高揚も達成感も無く、冷静な声で無線に語りかけるフェイクリーダーは、応答が返ってこないことに忌々しげに舌打ちするして無線を切った。
と、半ば仰け反るように半身を振り返り、マスクから唯一覗く眼球がぎょろりと動く。その視線の先にいるのは――僕だった。
明確な殺意を込められた視線に射抜かれ、僕は一瞬で足がすくみ恐怖に呑まれてしまった。そうしているうちにフェイクリーダーは[ヴァイジクス]の切っ先をぶら下げながらゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
「ヘリは全機撃墜され、部隊は壊滅。ここまでやってくれた勇者は貴様らが初めてだ……この落とし前、つけてもらうぞ」
一切荒らげていないのに、低く発せられたその声は内蔵を締め上げるような圧力があった。耳にしただけで僕は胃の中のものを吐き出してしまいそうになる。
「あの女を殺すのは厳禁だが、貴様らは一人残らず確実に殺すように言われている」
死の宣告とも取れるその言葉に、僕は本能的に背を向けていた。
一刻も早く逃げなければ。
地面に張り付いたかのように固まった脚に全神経を総動員する。まるで歩き方を忘れてしまったかのようにその足取りはひどくおぼつかない。
難なく追いついたフェイクリーダーに軽く足払いをされ、僕は無様に路上に転倒してしまう。仰向けになった僕の腹を、固いブーツの底が強く押さえつけた。
恐怖のあまり無我夢中でもがいて抜け出そうとするも、剣の切っ先を鼻先に突きつきられ、一転して全身が石になったかのように完全に硬直する。沈み始めた陽光を受けて妖しく光る刀身に、恐怖に歪んだ僕の顔が反射する。
切っ先は値踏みをするようにゆっくりと僕の体の上を撫でる。そして、脇腹の上に来たところで、それは唐突に来た。
何の前触れもなく、切っ先は鍛えられていない僕の肉を裂き、侵入してきた。
「あぁぁぁぁああぁぁ!」
燃えるような熱さと痛みが神経を駆け上り、口から悲鳴が飛び出した。
「そうすぐには殺さんから安心しろ。じっくりと嬲り殺してやる。全身の皮は剥いでから四肢を先から刻み落とし、目玉を抉り、性器を潰し、腹を掻っ捌く。最後は細切れに切り刻んで豚の餌だ」
フェイクリーダーは冷徹な声で囁きながら、ゆっくりと楽しむように突き入れていく。
この男は今述べた全ての事を実行する。そう確信させられる凄みがあった。傷口の焼けるような痛み以上に、残虐に殺されるという恐怖に僕は悲鳴の声すら失ない、思考は完全に真っ白になる。
突きつけられる、明確な殺意、悪意、憎悪。それらは刃を通して僕の中に流れ込んでくるようで、肺を鷲掴みにし呼吸すら困難にさせる。
僕の反応を見て満足したのか、フェイクリーダーはわざと乱暴に引き抜く。駆け上る痛みに、自分の意志に関係なく再び悲鳴が上がる。溢れ出る涙に視界の中の全てが歪む。涙だけでなく、汗も鼻水も涎も、おおよそ顔から出るものは全てダダ漏れになり、自分の顔は酷い有様になっていた。とても走馬灯が過るような余裕はなかった。ただこの場で助かるなら神だろうとなんだろうと祈りたい気持ちだった。
「アオイ……」
情けないくらい震えた涙声で漏れたのは、その一言だった。一体それはどういう意志が込められてのものか、自分自身でもわからなかった。
その時だった。




