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Link's  作者: 黒砂糖デニーロ
第三章
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第二十話 聖剣鍛冶師と賢者の箱

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 僕は目を輝かせ、両手を頬を添えながら恍惚のため息を漏らす。

 訪れたのはヴァーミリオン社の所有する研究・開発施設。通称、ガルス・ラボ。

 あいにくガーネットさんは所要のためすぐに会うことは出来ないとのこと。するとなんと、待っている間アーヴィングさんがラボ内を案内してくれるというのだ。

「本来であれば部外者は立入禁止なのですが、アオイさんたちは我々の命の恩人ですからね」

「ンなのいいから飯でも奢ってくれよ」などと口走るクロウの口に僕は両手を突っ込んで塞ぎ、喜んでその申し出を受けた。

「工場見学がそんなに嬉しいのか?」

「何言ってるのギン。そんなの当然だよ!聖剣鍛冶師にとっては聖地みたいなものだよ!?思わず拝みたくなっちゃうよ。ありがたや~ありがたや~」

「なんかレンのキャラがいつもと違う……」

「普段は何かと気苦労が絶えん奴だからな。こんな時ぐらいはしゃぎたくもなろう。だからそんなに引いてやるな」

 若干引き気味のアオイなど眼中に無く、僕は案内するアーヴィングさんの後ろを舞い上がらんばかりの足取りで付いて行く。

 ガルスラボは、勇者向けの製品開発を主眼に置いた研究施設だ。ヴァーミリオン社が勇者支援を事業方針としているのは有名だが、聖剣開発以外にも勇者の活動に関わる幅広い分野に渡って注力している。とりわけ、一般人と体構造が異なる勇者のための医療研究は聖剣開発と双璧をなすヴァーミリオン社の主要事業なのだ。ここではその勇者用の薬品や治療技術を研究する他、魔属領が近い土地柄か入院施設までも備えていた。

 実はブライン戦直後、意識を失ったアオイをここのスタッフ総出で治療に努めてくれた。彼女が回復できたのも、ここのスタッフと技術のおかげである。

「それにしても、ここは随分人がいるな?なんでだ?」

「彼らは都市復興のための外部要員として軍から協力要請を受けている、ということになっています」

 クロウの質問に、含んだ物言いで返すアーヴィングさん。まだ民間人の出入りは厳しく規制されている中、ガルス・ラボ全体がフル稼働状態で多数のスタッフが忙しなく動き回っていた。

 ヴァーミリオン社はガルスでも有数の企業である。ガルス市政ともグリュー政府とも関係が深い。いち早く企業活動を再開し、経営へのダメージを緩和するべく特別の便宜が図られた、といったところか。

 まぁそのへんは所謂"大人の事情"というやつだ。僕らは深く立ち入ることを避け、早々に見学に戻る。

 天下のヴァーミリオン社のラボだけあり、案内された場所はいずれも興味を惹かれた。けれどやはり最後に控えるメインディッシュに期待が募り、僕は終始ソワソワしっぱなしでどこか上の空だった。

「さて、それでは約一名が大変お待ちかね。こちらが聖剣開発エリアです」

 そんな僕の態度を見透かしていたアーヴィングさんの満を持してといった口調に、僕の中のテンションゲージは一気にマックスを振り切る。

 そこはガルス・ラボ全体の三分の一を占める聖剣開発エリア。一言で聖剣開発エリアと言っても、その中はさらに目的に応じて区切られていた。

 膨大な資料を元に、各分野のエキスパートが集い、様々な角度から聖剣の原案を生み出す研究エリア。その原案を元に必要なパーツを作りだす工場然とした生産エリア。組み上げられた試作品を検証する屋内外に設けられた実験エリア。そこは聖剣を生み出すのに必要なあらゆる物や人、情報と技術が集約されていた。

 見て回る僕の口から出るのはもはや感嘆詞ばかりで言葉にならない。興奮しながら人目もはばからず駆け回りながら、目に映る物全てに心惹かれ目移りしてしまう。その心境はおもちゃ屋に来た子供とそう変わらないかもしれない。

「また出たよ。レンのオタク気質が」

 暇を持て余したクロウがため息混じりにそんな事を言い出し始める。

「あの顔見ろよ。レンは昔からこういうのを見ると目の色が変わって見境がなくなるんだぜ」

「あんな緩みきったレンの顔は中々お目にかかれないな。写真でも撮っておくか?」

 何を思ったのか、ギンまでもクロウに同調し始める。普段は睨み合ってるのに、こんな時ばかり意気投合するから忌々しい。

 無視だ無視……。どうせみんな飽きてきたから、僕をいじって楽しもうとしているんだ。無視していればそれにも飽きるはずだ。むしろ反応してしまえば彼らを楽しませてしまう。

 なんとか彼らの会話を意識の外にし、僕は目の前の、聖剣のフレームを製造している光景に意識を向ける。

「電気街なんか行った日にゃ、目は血走るし鼻息は荒くなるしで、傍から見たら完全に変質者だからな。隣を歩くオレ様もさすがに困ったもんだぜ」

「それはもはや機械フェチと言ってもいいレベルだな」

「噂では、腕のコンピューターや自宅のパソコン、果ては冷蔵庫や洗濯機に至るまで機械製品一つ一つに名前をつけては、夜な夜な名前を呼びながら溺愛してるらしいぜ」

「俺の聞いた話では、なんでもレンは機械をいじっていると性的興奮を覚えているとか」

「なんだ、レンは変態なのか」

「そんな訳ないでしょ!っていうかうるさいな!」

 アオイの一言で僕は、つい反射的に声を上げてしまった。

「何!?レンは変態じゃないのか?」

「いや、なんでそこでびっくりした表情になるのさ……。違うよ!」

 なぜか意外そうな顔をするアオイに、間違った情報がインプットされる前に訂正しておく。その横の「なんだよコイツ、ノリ悪いな」みたいな表情をしているクロウを僕はキッと睨む。

「暇だったから、つい聞き入ってあいつらの会話に乗せられてしまった。おいこのバカども!レンは変態じゃないって言ってるぞ!いいか、レンは変態じゃない!変態っぽいけど変態じゃない!復唱しろ!レンは変態じゃ――」

「わぁあ!わかったから、大声で何回も変態変態言うんじゃありません!」

 この三人は食堂あたりにでも置いてくればよかったと、今更ながら後悔を覚える。

 そんなやり取りを時折交えながら見て回っていると、ある建物にたどり着く。

 そこは、他の開発施設とは明らかに異質であった。

 建物内部はさらに強化ガラスで二重に区切られており、内部へは固く閉ざされた大扉が一箇所しかない。

 ガラス張りの壁に囲まれた巨大な空間は反対側が見通せないほど広く、その大半を占めるのは無数の機械群。マシニングセンタにマシンアーム、さらには鋳造を行う設備まで確認できた。

 そこにあるその全ての機械が何かしらの加工機や製造機械の類であることが見て取れた。

 一方で、一角に存在感を放って鎮座するのは、外観からおそらくスーパーコンピューターだろう。その周囲にはいくつものコンソールとモニタが並んでいる。

「さすがレンさん。ここがどんな施設か、もうお気づきのようですね」

「ここは……聖剣工房ですか?でも工房というよりは小規模な工場みたいだ」

 よくぞ気づいてくれたと言わんばかりにアーヴィングさんはメガネを光らせる。

「これこそが我がガルスラボが誇る、『マギ・ボクス』です」

マギ・ボクス(賢者の匣)……?」

「これは未来の聖剣製造のスタンダードとなる画期的な、聖剣開発システムなのです」

 その響きに胸を高鳴らせる僕に、アーヴィングさんはマギ・ボクスの概要を語って聞かせてくれた。

「マギ・ボクス」とはこの工房を含んだ、開発支援システムを指す。

 聖剣製造が職人たちの手を離れ、企業のものになったのは、聖剣そのものの高度化が大きな要因の一つである。

 今や科学技術の結晶でもある聖剣は既存の兵器とは別次元の存在である。その聖剣の開発当たっては化学や物理学は当然のこと、物質化学や電子工学、生体学や医学などあらゆる分野の知識と技術が聖剣開発では必要不可欠とされる。その上でさらに勇者一人ひとりに合わせた聖剣を作るということは、工業的に大量生産し万人に扱える既存兵器を作ることと全てにおいて真逆であると言える。

 勇者の生み出す"潜在力"を無駄なく効率的に、そして圧倒的な力を発揮する聖剣の製造――それはもはや単純な技術問題だけにとどまらず、設計や開発に膨大な時間と人員、そして知識情報を要することとなる。

 これは全ての聖剣メーカーを悩ませている共通の問題であり、これの解決に腐心する日々である。

 その問題解決にヴァーミリオン社が開発したのがこの「マギ・ボクス」である。

 このシステムの中核となっているのが、データベースと加工機群、そして量子コンピュータである。

 例えば、あるコンセプトを持った聖剣を作るとしよう。

 設計者が聖剣に求めるスペック及び、潜在力の波長やDEEPなどの想定される勇者の特徴を入力すると、システムはヴァーミリオン社が聖剣開発で得られたすべての情報を収めたデータベースへアクセス。設計者の要求に適う素材と加工法、さらにそれを用いた設計案を複数提示してくる。エンジニアはその中から最適なものを選択し、微調整やさらなる条件を付加していく。

 そうして出来上がった設計案は瞬時に量子コンピューターに送られ、その高い演算能力によってシミュレーションが行われる。

 製造段階から始まり、実戦を想定したあらゆるシチュエーションや環境下における耐久度。勇者による運用試験など多岐にわたり、現物を用いた実機検証にも劣らぬ精度のデータが提示される。

 その結果を元に、エンジニアはさらに微調整を加え、システムはそれを反映しさらにブラッシュアップが行われる。

 これをひたすら繰り返すことで、実際に製作される前に高い精度の設計案が完成。そのデータは製造を担う「プラントユニット」へと送られる。

 温度や気圧の調整は当然のこと、真空状態や擬似的な無重力状態すら可能とし、人間には不可能なミクロンレベルでの加工や最大一〇トンまでのプレスも可能なマシニングセンタを備えた「プラントユニット」は、素材を投入すればものの数時間で即座に完成品を吐き出す。

 設計から幾度にも渡る試作品製造と検証試験と調整の繰り返しで、本来なら年単位の時間を要していた聖剣開発が、「マギ・ボクス」を用いることでゼロからほんの数週間程で形となる。しかも、これは技術者の能力次第ではさらに縮めることは可能だそうだ。

 そしてその結果をシステムにフィードバックすれば、システムの開発精度はさらに向上する。データを入力し続ければ、システムは制限なくアップデートされていくというわけだ。

 ざっと掻い摘んだ話だけでも、その技術には感嘆で声もない。

 僕以外の三人は理解が追いつかず途中から明らかに上の空だったが。

「特に、聖剣の要にしてもっとも技術的に困難を極める"伝導基盤(モノリス)"の製造もシステムがサポートしてくれるので、腕の立つ技術者による設計があればものの数時間で、そうでなくても基礎となるプログラムさえあれば半日程度で形になります」

「えぇ!で、伝導基盤(モノリス)までですか!?そんな、す、すごすぎる!」

「なんだ、そんなにすげぇことなのか?」

「当たり前だよ!普通は早くても数ヶ月はかかる伝導基盤モノリスの加工を半日で完成させちゃうなんて技術革新だよ!?いやもはや革命だね!」

 そんな聖剣の事情など全く知らないクロウに僕は鼻息も荒く説明するも、まったく理解した様子はないばかりか「お、おぅ……」と引いてしまっている有様だ。

 伝導基盤(モノリス)とは、勇者の持つ潜在力を特定の波長や性質、エネルギーに変換し、それを元に聖剣に備えられた能力やギミックを作動させるための聖剣の中枢回路である。コンピューターの性能が内装で決まるように、伝導基盤(モノリス)の性能の差は、そのまま聖剣の性能の差に繋がると言っても過言ではない。どれだけ強力な聖剣の設計であろうと、伝導基盤(モノリス)の精度が低ければ聖剣とは名ばかりのなまくらに成り下がる。

 この伝導基盤(モノリス)の出来が聖剣の完成度に繋がるだけに、聖剣製造においてもっとも時間を要する工程でもあるというわけだ。

「さすが聖剣産業の大手企業だ。こんなすごいラボは他の企業も持ってはいないと思います」

「はい。ここで作れない聖剣は無い、と私は断言しましょう」

 胸を張り、誇らしげにそう言い切るアーヴィングさん。しかし、続く言葉に耳を疑った。

「ま。もっとも、実際に稼働したことは数えるほどしかいないんですけどね」

「えぇ!?どうしてですか?もったいないじゃないですか!僕ならここに住み着いてもいいくらいなのに。っていうか住まわせてください!お願いします!」

「レンの場合、冗談でもなく完全に本気だから怖いんだ」

「とりあえず落ち着け、親友」

 鼻息も荒く詰め寄る僕の肩を、苦笑するギンとクロウが押さえる。

「簡単に言うと、このシステムを扱えるほどの人材がないのです」

「大手聖剣メーカーなのに人材がないというのは妙な話だな。説明を聞く限りだと、それほど人手が必要ではないと感じたが?」

「おう、そうだそうだ。オレ様もてっきり、誰でもお手軽に聖剣が作れるビックリドッキリメカだって思ってた。違うんか?」

 珍しくギンに同調したクロウの言葉に、「はは。そんな都合のいいものではありませんよ」と笑いながらアーヴィングさん。

「突き詰めればこのマギ・ボクスも聖剣を作り出すためのツールに過ぎません。それを扱う人間の資質こそが、結果を左右するのです」

「現代技術の最先端を行く企業にしては、随分人間本意な考え方だな」

 するとアーヴィングさんは首を横に振り、ギンの言葉に明確に否定の意思を見せる。

「だからこそです。所詮機械は機械。どんなに高性能化しても決して及ばない領域というものがあります。何かを生み出す時、その中心には人間が不可欠というのは、何も私だけの持論ではないはずです」

「そういうもんなんかねぇ」

「ええ。そもそも創るという行為は唯一人間だけが行える、人間を人間たらしめるものだと私は考えています」

 そう言われてもクロウは首を傾げるだけだったけれど、僕には十分に共感できる意見だ。

 機械技術が発展した現代において、人間の手で直接物を作るという行為は限られた事になりつつある。このまま科学が進化し続けていけば、いずれすべての作業は機械が行うようになる日が来るだろう。

 しかし、機械に物を“作る”ことはできても“創る”ことはできない。アーヴィングさんが言いたいことはそういうことなのだ。

 前線に立つ勇者に、平和への想いを託すために。一人でも多くの人々が生き残れるために。もしくは、最強を求めた技術への挑戦。もしかしたら、家族や友を殺された無念や憎しみからかもしれない――聖剣鍛冶師はそういった自身の想いや感情を込め、聖剣を作る。

 物を生み出すには、理念や感情は不可欠だ。時にそれは、理屈や概念を超えた傑作を生み出す原動力になるのだから。

 ただの精神論だと言われようと、そこは譲ることはできない真理だ。

「失敬。話がそれてしまいました。マギが使えない理由でしたね。端的に申しますと、マギ・ボクスはまだ未熟な状態なのです」

 咳払いをし、アーヴィングさんは脱線しかけた話を元に戻す。

「そうか。完全にシステムに任せるには、まだデータの蓄積と経験が足りないんですね」

「そのとおりです。性能そのものはハイスペックなので、現状のマギ・ボクスでもそれなりの聖剣は作れますが……」

「ならバンバン聖剣を作って経験させりゃいいじゃねぇか。簡単な話だろ」

「あのねぇクロウ。()()()()の聖剣なんて、誰が欲しがるんだい?」

「そりゃまぁ……なるほどな」

 そもそも、聖剣はそう簡単に乱造できるものじゃない。聖剣は一本開発するだけで戦艦の一隻が買えると言われている。

 そんな巨額を投入して凡百の聖剣を乱造するほど、ヴァーミリオン社も気前は良くない。

「今のマギ・ボクスがポテンシャルを十二分に発揮するには、扱う人間側にもそれなりの知識と技術が要求されます。少なくとも、当ラボにそれに適う人間はいません」

「経験値が蓄積されるまでは、まだ聖剣鍛冶師は必要なわけですね」

 まだ聖剣鍛冶師が食いっぱぐれるのは先の話のようで胸をなでおろす。

「問題は他にもあります」とアーヴィングさんは更に続ける。

「マギ・ボクスは我が社がこれまで蓄積した全情報にアクセスできます。いわば企業秘密の塊のようなものですので機密漏洩防止の観点から当然、携わることのできる人間は社内の人間でもごく一部のみ。必然的に扱える人間は限られてしまうというわけです。諸々の手配や手続きも複雑な上に、最終的な許可を出す本社幹部に企画を通すのも困難と来て、結局余程の巨大プロジェクトでもなければ許可が降りないんですよ」

 機密、手続き、稟議、許可……。それは僕のようなフリーの鍛冶師にはわからない苦労なのだろう。企業の潤沢な資本によって与えられた施設や資材を惜しみなく使うことはできるのは企業に属する強いメリットなのだろうけど、そこには企業の意向という鎖に繋がれていることが条件だ。

 そして企業である以上、利や算盤勘定が発生するのは自然なことだ。企業は利益の追求のため動く。例えそれが人類共通の脅威である魔属と戦うための兵器開発であっても、だ。それに対する反感や思うところも無いわけでもないけど、それを頭から拒絶するほど僕は子供じゃないつもりだ。

「そんなわけなので、残念ながら稼働しているところはお見せできませんが、外からなら自由にご覧になってください」

 アーヴィングさんの勧めに、僕はガラスに顔面を擦り付けんばかりに中を凝視する。

「いいなぁいいなぁ。こんなラボで聖剣作ってみたいなぁ……」

「おい。あいつよく見たらよだれ出てんぞ。誰か拭いてやれよ」

「あのレンがここまで骨抜きになるとはな」

「おーい、レーン。帰ってこぉい――あっ」

 外野の声すらも聞こえないくらいにマギ・ボクスに魅了されているその時だった。

「どうやらマギ・ボクスに心奪われたご様子ですわね」

 と、耳朶をくすぐるような囁き声に、僕は身震いして慌てて振り返る。そこには悪戯な笑みを浮かべたガーネットさんが立っていた。今はお付き……もとい、従属であるトキワさんとボブさんはいないようだ。

「びっくりしたぁ。脅かさないでくださいよ」

「私に気付かないくらいレンさんがご熱心でしたのよ」

 言いながら僕の隣に並んだガーネットさんは、おもむろに僕の耳元に顔を寄せる。

「私のユニットに加わればこのマギ・ボクス、使わせてあげてもよろしくってよ?」

 耳元で囁かれたその言葉は、どんな甘言よりも僕を誘惑する魅力的なものだった。

「……」

「あ。こいつ、ちょっと悩みやがったぞ」

 わずかの間から僕の心の動きを目敏く読み取ったクロウ。一方、脈アリと踏んだガーネットさんの目が一瞬光る。

「私のものになると約束するなら、マギ・ボクスだけでなくここの設備を、いいえ、ヴァーミリオン社の全施設、技術、資材を自由に使わせてあげますわ」

「うっ……」

「予算も気にせず、レンさんの思うままに聖剣を作製することを許可しますわ。けして悪い話ではないでしょう?」

 妖艶な笑みで僕を誘惑するガーネットさんに、僕は抗うように苦鳴の声を漏らす。今、僕の中では悪魔と天使が殺し合い一歩手前の殴り合いを始めていた。

「わかりやすいくらい葛藤しているな、レンの奴」

「こりゃ落ちるのも時間の問題じゃねぇか?」

 そんな僕の表情と二人の実況が、アオイを不安にさせてしまったのだろう。

「や、やめろっ!」

 しがみつくように僕の腕を胸元に抱き、シャーッとネコのように歯を剥き出してガーネットさんを威嚇していた。

「そもそもなんでそんなにレンがほしいんだ!?こいつのどこがいい?こいつは女みたいな顔だし、ひ弱だし、小姑みたいにうるさいし、優しくていざという時に頼りになるしでとても良い奴なだけだ!」

「お、落ち着いてアオイ!途中から売り込んじゃってるよ!逆効果だよ!」

「わかった。じゃあ代わりにこの筋肉バカをやる」

「うぉぉぉい!何がどうわかったらそうなるんだよ?!」

「今ならギンも付いてきてお得です」

「セットのポテト感覚で俺まで付けられたぞ」

 必死なクロウも苦笑いのギンも一顧だにせず、血走った目でもはや何を犠牲にしても僕を引きとめようとするアオイ。

「だ、大丈夫だよアオイ。僕達の絆は、簡単には揺らぎはしないさ!」

「いや、レン。悪いが説得力はほぼ皆無だ」

 ギンの指摘は正しく、僕を見つめるアオイの表情は安心とは程遠く、不安と疑念の目を向けていた。

「あら?今の条件じゃ不満かしら?」

「そうじゃありません。僕は聖剣が作りたくて鍛冶師をやっているんじゃないんです。僕は、アオイの力になりたくて聖剣を作ることを目標にしてるんです」

 そう。それが僕の目標であり夢であり、僕の存在意義だ。だから、ガーネットさんのどんな魅力的な申し出であっても、受ける訳にはいかないのだ。

「だから、僕を買ってくれるのは嬉しいんですけど……ごめんなさい」

 僕は頭を下げる。しかし意外にも、「なかなか一筋縄にはいかないものですわね」と、ガーネットさんは肩をすくめてあっさりと受け入れた。

「じゃあ私用の聖剣をあなたに依頼(オーダー)するというのはダメなのかしら?」

「ガーネットさんの戦闘スタイルに合わせると、やはり近接戦闘を主眼に置いたいくつかのプランが考えられますね。例えば――」

「レンが営業マンも驚きの速さでプレゼンを始めたぞ。もうアイツ、ここに就職したほうがいいんじゃないか?絶対出世するぞ」

「見ろ。アオイが不安ですでに涙目だ」

 アオイは迷子の子供のような不安そうな表情で、目には今にもこぼれんばかりの涙を浮かべていた。

「ウソウソ。ちょっとした僕なりのジョークだよ」

「アオイにとっては笑えないくらいブラックだったみたいだがな」

 僕はアオイの頭を撫でて宥める。からかわれた事に腹を立てたアオイは、頬を膨らませながら僕の肩を何度も叩いた。

「それで、あなた方はこんな所で何をしているのかしら?招いた覚えはありませんが」

「お前に用なんかない!」

「いや、あるでしょ」

 どうやら動揺のあまり完全に目的を忘れちゃったようだ。

「ガーネットさんがもうガルスを発っちゃうって聞いたから、お別れを言いに来たんです。ね、アオイ?」

 僕の振りにむにゃむにゃと曖昧な返事をするアオイ。しかしガーネットさんは別れを惜しむどころか、呆れ表情でため息を返す。

「お別れなんて、子供でもあるまいし。そんな事よりも、あなた方も目的があってガルスまで来たのでしょう?こんなところで油を売っている暇があって?」

「魔属は倒した。やることなんてない!」

「いやいやいや」

「ん?魔属は倒したじゃないか」

「倒したけどもさ。本来の目的は違うでしょ?僕たちは何でガルスまで来たんだっけ?」

 そこではっとした表情で拳を打つ。やっと本来の目的である勇者失踪の調査を思い出してくれたようだ。

「まったく。勇者ならつまらない感傷よりもまずは果たすべき責務を優先なさい」

「でも、何も言わずに別れて、ある日どこかでお前が死んだって聞かされたら私はきっと、後悔する。勇者なんて、いつ死ぬかわからん」

 いくら歴戦の屈強な勇者でも死ぬときは死ぬ。常に戦場に身を置き、魔属と真っ向から戦う勇者は、毎日が死と隣り合わせだ。

 今日笑い合っていても、明日も生きているという保証はどこにもない。それはどれだけ強くても関係ない。ほんの些細なことで人間は容易に死んでしまうのだ。ヴィルさんがそうであったように。

 いつ死ぬかわからない立場であるからこそ、出会いと別れを大切にしたいというのがアオイの本心だ。

「……まぁ、それは私も否定はしませんわ」

 幾分角の取れた口調でガーネットさんは言う。

 そして、わずかに間を置いたかと思うと、すっとアオイの前に手を差し出した。

「どこにいようと、あなたは私が認めた好敵手なのですから。私の許可無く死ぬことは許しませんわよ」

 ガーネットさんらしい上から目線の物言いだけれど、そこには確固たる信頼が込められていることはこの場の全員が理解していた。

 だからアオイも「当然だ」とばかりの表情で差し出された手を握り返した。

「いいですこと?勝負はついてません。次会った時こそは勝利してレンさんをいただきます」

「いいわけあるか!」

 握手していた手をパッと投げ捨て、やっぱり僕の腕を抱いてガーネットさんを威嚇する。

「クロウを賭けてならいつでも受けてやる。負けたほうが引き取るルールで」

「とんだ罰ゲームですわね」

「なぁレン。オレ様は押し付けあうほどいらない子なのか?」

 さすがにそろそろクロウがかわいそうになってきた。

「さて。どうやらそろそろ時間のようですわね」

 ガーネットさんは言いながら視線を僕達の背後に向ける。釣られて見ると出入口の脇には、慇懃に頭を下げるトキワさんと微動だにしない直立不動のボブさんがいた。

「それではみなさん。ごきげんよう」

 そう言葉を残すと優雅にワンピースの裾を翻し、優雅な足取りで僕たちの前から去っていった。

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