第十二話 機縁
急遽、作戦本部のテントに集った僕達が聞かされたのは、アルベルトを中心とした他の勇者とその従属がこぞって出ていったという事だった。
「何だよおい。怖気づいて逃げたってのか?」
「逆だ。ガルス内に入っていったようだ。どうやら自分たちだけで上級魔属を討とうとしているらしい」
「とても正気の沙汰とは思えんな」
ギンの意見に僕は全くの同感だ。ケイン君を含む五人の勇者候補と軍のバックアップがあっても全滅の憂き目にあったという話を彼らは聞いていなかったのだろうか。
まして、未完成とはいえネスト内は魔属のテリトリー。歴戦の勇者だって迂闊に足を踏み入れれば命を失いかねない。
「なんで止めなかったんですか?都市へのゲートは軍が抑えているのでしょう?」
「無論、呼び止めて制止した。だが奴らは“勇者法・第二条”を盾にして押し通ったそうだ」
――勇者法・第二条。
勇者法において、勇者の活動における超法規的処置と勇者の私的専有防止にまつわる条文だ。早い話が強力な勇者を特定の組織や国に所属させたり、命令を強要することを禁止するということだ。
そして勇者の超法規的活動を保証する法律でもある。簡潔に言えば、勇者の活動を正当な理由無く妨げることはできないというものだ。この正当な理由という判断の証明は難しく、裁判などになった場合は勇者側に利することが多い。故に、軍は迂闊に勇者の行動に介入することができない。
アルベルトはそれを知っていて利用したのだ。
「自分だけの特権を振りかざすなんて、勇者の風上にも置けないですわね」
「なんでだろうな。言ってることは真っ当なのに、コイツが言うとスゲェ腹立たしいんだが」
横目でガーネットさんを睨むクロウ。
とはいえ、このような勇者への特権が、一部の人間が勇者に反感を募らせる一因となっているのは確かだ。だから、本来であればこのような濫用は厳禁で、勇者側には適切な場面のみで行使する自制心が求められている。
「だから言ったでしょう?彼らに作戦を託すなど危険だと。この一件は勇者機関と国連にしっかりと抗議しなくては。勇者の横暴を見過ごす訳にはいきません」
振り返ると、いつからそこにいたのかテント入り口にマーレ参事官がいた。彼の口ぶりはこの状況を憂うよりも、自分の主張が的を射たことに満足しているようだった。
「あなたって人は……!今はそんな事を言っている場合じゃないでしょう!」
「それで、ランス大佐はどうするおつもりで」
声を荒げ詰め寄るケイン君をまるっきり無視し、マーレ参事官はランス大佐に問いかける。
「こうなっては致し方ない。現行戦力のみで実行可能な作戦を練り直すだけだ」
「ちょっと待って下さい!彼らを連れ戻さないんですか!?」
「そもそも彼らが勝手に出ていったんです。軍が危険を犯す必要性は微塵もない。大佐の判断は至極当然にして賢明です」
「それは、そうかもしれませんが……」
「どのみち勇者法を盾にした連中を無理矢理連れ帰ることもできまい。冷たいようだが、何の策もなく正面から乗り込んで無事だとも思えん。それなら今いる勇者で上級種のみに狙いを定めるか、ネスト化を少しでも遅らせ、その間に国連に援軍を……」
「ボクが連れ戻してきます」
ランス大佐の言葉を遮りそう言い放ったのは、それまで黙したまま事の成り行きを見守っていたヴィルさんだった。
「同じ勇者同士なら勇者法も適応できない。彼らの意に反し連れ帰ったところで、何ら問題ない」
確かに、勇者法は勇者同士の行動には言及していない。少なくとも、法的にはグレーだ。
しかし、それは出て行った勇者たちを追って、ネスト化しつつある魔属の巣窟に身を投じる事を意味する。これにはさすがにランス大佐も待ったをかけた。
「それだけは認めるわけにはいかん。貴君に何かあっては、もはや作戦どころではなくなる」
「しかし、ボクらだけではどのみちどうしうようもない。うまく全員を連れ帰れば問題ないでしょう?」
「リスクが高すぎる。なんと言おうと許可はしない」
頑として認めない姿勢のランス大佐に、ヴィルさんはがっくりと肩を落とし俯く。諦めたかと思ったけど、再び顔を上げたヴィルさんは諦めたどころか、何かを決意したような表情だった。
そして、次の一言に全員が驚愕する。
「わかりました。ならばボクも勇者法・第二条を行使します」
その宣言に、ランス大佐は表情を険しくし、マーレ氏はすっと目を細める。
「すみません、大佐。でも、ボクは同じ勇者を見捨てることはできないんです」
特権を振りかざすことに罪悪感を感じているヴィルさんは、申し訳なさそうにランス大佐に謝った。
ランス大佐は、ヴィルさんの真意と覚悟を図るようにただ押し黙り、彼を正面から見据えた。やがて、肯定も否定もせず、ただ状況を割りきったのか、ため息を吐きながら頭を掻く。それを肯定と受け取ったヴィルさんは頭を下げた。
意外にもマーレ氏は「お好きにするといい」とだけ告げると、それ以上は何も言わず静かにテントを後にした。てっきり猛反対をするか、さらに嫌味を言われるものと思っていただけに拍子抜けだ。
もっとも、勇者たちが危険を犯して都市に入ることはどうでもいいのかもしれない。
「私も行く!」
「はっ?!」
突然のアオイの言葉に僕は思わず、首が痛くなる程の勢いで彼女の顔を振り返る。
「ちょちょちょちょちょっとアオイ?何を急に言い出してるの?」
「ヴィルが行くなら私も行く。一人じゃ危険だ」
「そりゃそうだけど、だからってアオイが一人加わったって危険なのは変わりないよ!それよりはここに残って作戦に備え……」
「じゃあレンはヴィル一人で行って危険な目にあってもいいっていうのか?!レンはいつからそんな薄情者になったんだ!」
「そんなこと言ってないでしょ!?僕だって心配だよ!」
けど、それ以上に僕はアオイの事が大事だ。ネスト化している都市に何の備えもなく送り出すなんて、僕は反対だ。
すると、見かねたケイン君が僕達の間に割って入る。
「わかりました。でしたら僕たちも随伴します。戦力が増えれば、それだけ危険は減ります。でしょう?」
と、僕らにに投げかける。きっと賢いケイン君のことだ。僕の憂慮とアオイの希望の双方を納得させるために申し出てくれたのはわかるけど、僕的にはありがたくない。
「しかし、いいのか坊主?助けるのはあのアルベルトのヤローだぞ?」
「確かに正直彼にはいい感情はありません。でも、一個人の感情で作戦の行く末を棒に振るのは勇者の行いに反します」
含むところはあっても、感情より自分の行うべき責務を優先する自制心は、すでに一人前の立派な勇者のそれだ。
「ありがとう。二人が付いてきてくれるなら心強い。大丈夫。君たちは何があっても必ず無事に帰還させる。約束しよう」
ヴィルさんのこの一言が決定的となり、アオイの随伴が決定してしまった。
「私は残るわ……私が行けばきっと皆、死んでしまうわ」
「ダメ!ヒルダさんも来るの!そうじゃないと証明にならないでしょ!?」
弱々しく辞退するヒルダさんをケイン君は一喝する。
「ケイン、今はそんな事を言ってるような場合じゃ……」
魔属がうごめく死地に赴くかどうかという話なのに、その構図は子供がわがままを言って親を困らせる光景だった。「でも」「だって」「怖い」と、ヒルダさんは抗い続けた。
「そんなにジンクスが怖いなら、ヒルダさんは僕を守って。ヒルダさんは僕が守るから」
そんな一言を最後に、ヒルダさんはようやく渋々といった様子で頷く。でも、諦めたような表情の中に、どこか勇気付けられたような優しい笑みを含んでいるように見えたのは気のせいではないはずだ。
「では私はここに残りますわね」
ガーネットさんはさも当然とばかりの口調で言う。
「何ィ?薄情な奴だな!そんなに我が身が可愛い――ノゥフッ!」
食って掛かろうとするクロウを、アオイは脇腹への肘鉄一発で黙らせた。
「もし仮にあなた方が全滅した場合、私が作戦に当たります」
続くガーネットさんの言葉に、僕は納得する。最悪の事態を想定し、最低限、作戦を遂行できる戦力は残しておかなくてはならない。
クラスで考えればガーネットさんはヴィルさんに次ぐ実力者だ。少なくとも、機関から新たな増援を待つまでの間を持ちこたえさてくれる信頼感があった。
彼女の意図を完全に理解したわけではないだろうが、同じ勇者として通じるところがあるアオイは、彼女の提案にただ静かに頷いただけだった。
もはや諦めたのか、口を挟むこと無く話が進むのを憮然とした表情で眺めていたランス大佐にヴィルさんは頭を下げた。
「申し訳ありません、大佐。機関にはありのままを報告してください」
「そんな暇なぞあるものか。だが、随伴の兵は一人も出さんぞ。勇者の勝手で部下を失うつもりはないからな」
それだけ告げると、ランス大佐はテントを後にしてしまう。
「事は一刻を争う。準備が整い次第、出発しよう」
ヴィルさんは僕らに向き直りながらそう告げる。アルベルトたちが都市内に入ったのがおよそ一時間前。状況を鑑みればもはや一刻の猶予もない。僕たちは急ぎ、準備に入る。




