第九話 再会
ガーネットさんらと合流した僕らは一路、ガルスを目指す。
途中何度か魔属の襲撃も受けたものの、ガーネットさんという大きな戦力が加わったおかげで、危機に見舞われることも無く、無事に山脈地帯を抜けることができた。
「あれがガルス……」
最後の峠からは、目的の地であるガルスを一望し、僕は言葉を漏らす。
都市の外周を重厚な城郭で囲うのは、古くからの魔属対策の基本的なスタイルだ。ガルスもその例に漏れず、聳えるような重厚な城壁を二重三重にして都市を覆っている。
しかし、どうも様子がおかしい。日が完全に落ちた宵闇の中にあって、都市にはほとんど明かりが見られなかった。
そしてそのガルス城郭の外側には、大規模な集団が包囲するように展開しているのが見て取れた。
「あれは……軍隊か?」
「おいおい。まさかどっかの国が戦争でもふっ掛けてるのか?」
不穏なクロウの予想を、携帯電話を耳に当てているトキワさんが否定する。
「いえ、アンバーからの報告では、どうやらあれはグリュー軍のようです」
国軍が自国の都市を包囲するなんて尋常な事態ではない。色々な推測は挙げられたものの、ここで議論しても答えが出るはずも無く、結局、当初の通りガルスへと向かうことにする。
その光景を前に、僕たちは思わず息を呑んだ。
そこかしこで血を流し、うめき声を上げながら横たわるのはグリュー軍兵士たち。複数ある救護テントの中からはいずれも医師のものと思える切迫した声と、痛みと苦痛の悲鳴がこだまし続け、思わず耳を覆いたくなるほどだった。
そしてその奥の広場は死体袋に包まれた遺体に埋め尽くされ、今また救護テントより運びだされた死体袋が一つ追加された。これほどの数の死傷者が出るなんて、尋常ではない。どうやらガルスは僕たちの想像以上にただならぬ状況にあることはすぐに理解できた。
「私達はここの最高責任者に話を聞いてまいりますわ」
「わかりました。僕らもその間に情報収集を」
こういった状況には慣れているのだろうガーネットさんたちに任せ、僕達は一時別行動を取ることにする。
「お前、あの有名なブリュンヒルデだろ?あの“忌憑ヒルダ”なんだろ?なぁ?」
そんな声が聞こえてきたのは野営地の中ほどまで行ったところ。設営されたテントに囲まれたその広場では、憔悴しきっているグリュー軍兵たちが座り込んでいた。
誰一人として言葉を交わそうともせず、ただ俯いている彼らからはネガティブな感情が滲み出て、この場の重苦しい空気を形成していた。
そんな状況ということもあって、その声は離れていた僕らの耳にもはっきりと届いていた。見ると一人の青年が女性に食って掛かっていた。
青年は頭を派手な赤色に染めた上に銀のメッシュを入れ、ヒラヒラとしたジャケットを羽織った姿は、だらしない着こなしを着崩しと勘違いしているように見受けられる。
「俺の聞いた話じゃ、三年前の「ドゥーン・フォール作戦」にはお前も同行してたそうじゃないか?その後の行方はわからず、死んだって噂を聞いて安心していたんだが。まさか生きていたばかりか、よりにもよってこんなとこで出会うなんてな。俺もつくづく運がない」
オーバーなジェスチャーで肩を吊り上げる青年。ちなみに、彼の言うドゥーン・フォール作戦とは三年前に行われた国連軍による魔属領への大規模侵攻作戦で、多大な犠牲を出した史上稀に見る大敗退であった。
「それが私とどんな関係あると言うの?」
「とぼけンなよ?お前に関わった人間はみんな死ぬ、参加した作戦は大失敗に終わるって、俺たちの界隈じゃ有名な話だ」
話の内容は理解できないけど、どうも青年の方が因縁をつけているようにしか見えなかった。
対する女性の方は長い黒髪で自ら顔を隠すように顔を俯かせていた。しかし、モデルのように高い身長であるため、青年は下から覗き込まれ、顔を背けさせる。
「やめてください!」
そう叫びながら青年と女性の間に割って入ったのは、女性の半分ほどの身長しか無い少年であった。
おそらく年の頃はアオイよりも歳下、おそらく十代半ばくらいだろうか。見た目は爽やかな美少年といったルックスであったが、その身に纏った時代錯誤な古めかしいデザインの鎧が目を引いた。
「あ?何だテメェ」
「僕は勇者ケインです。ヒルダさんは僕の従属です」
「この女の相棒だって!?」
青年は呆れたように肩を吊り上げる。
「そうです。だからヒルダさんを忌憑なんて呼ばないでください。ヒルダさんは優しい、慈愛に満ちた人です」
彼――ケイン君は一切衒うことなく、純粋な眼差しでそう言い切る。しかし青年は吹き出して盛大に笑った。
「滑稽だな。組んだ奴はこれまで全員死んでるとも知らずに、ナイト気取りか?」
「そんなのは、何の根拠もない言いがかりです!」
「いいや、紛れもない事実だ。こいつは人を誑かして、取り憑いて、最後には死なせる忌憑なのさ」
「そんな言いがかりです。なんの根拠もない迷信――」
「そいつがいると必ず作戦が失敗して大勢が死ぬ。ドゥーン・フォール作戦も、そして今回も全滅したじゃねぇか。えぇ?これが何よりの証拠だろうが」
青年は苛立たしげにまくしたてる。この厄介な輩に困惑しているケイン君の服の裾を引っ張ってその女性――ヒルダさんは消え入りそうな弱々しい声で呼びかける。
「ケイン、もういいわ。言われた通り、ここを去りましょう……」
「よくなんかないよ!」
そんなヒルダさんにケイン君は振り返りながら大きな声で言った。
「言ったでしょ?ヒルダさんは忌憑なんかじゃない。それを僕が証明してみせるって」
少年特有の真っ直ぐで淀みのない澄んだ眼差しでヒルダさんを見つめ、勇気づけるように力強く言い聞かせる。
「ケイン……」
「こんな子供までたぶらかすとはね。まったく恐れ入るぜ。おい忌憑?お前はこんな子供まで殺すつもりなのか?少しは良心が痛まないのか?あ?」
その言葉に、ケイン君は振り返って青年を睨む。
「僕は死にません。僕が彼女は今まで何度も共に戦い、今もこうして生きている。これが何よりの証拠では?」
物怖じしない毅然とした姿は、幼いながらもさすが勇者。確固たる意思を含んだ強い口調だが、青年はやはり見下す態度を崩さない。
「で?お前はひとりひとりにそう言って説得するのか?こんな疫病神と一緒は御免だって、ここいる奴らだってみんなそう思ってるぞ?」
「そんなこと……っ!」
否定しながら周囲を見回し、ケイン君は言葉に詰まる。
周囲にいた兵士たちは口にこそしないものの、暗く淀んだ眼差しがその本心を如実に物語っていた。
その様子を見て撮り、青年は勝ち誇ったように言う。
「おい、忌憑。お前、ここから出ていけよ。な?それでそのままどこかの山ん中にでも篭って、死ぬまで一人で暮らしていけよ?それが世の中のためだ」
――馬鹿馬鹿しい。
僕から言わせれば、そんな因果関係もろくに説明できないようなジンクスなど、非科学的であり議論にも値しない、筋違いも甚だしい妄言の類だ。
と、一笑に付す一方で、決して馬鹿にはできないというのもまた理解できた。
それは、一般兵士に与える心理的影響が無視できないという点にある。戦場においてはしばしば、迷信じみたジンクスやまじない、縁起担ぎなどが半ば本気で信じられてきた。何が自分の生死を分けるかわからない戦場という極限状態にあり、それも勇者と比べて生存率が低い兵士がすがり付いてしまう事も無理からぬ話である。
例え根拠のない言いがかりであったとしても、必ず全滅する忌憑などと聞けば、一緒に戦場に出たくはないと考えてしまう。誰もが彼女から目を逸らし、または嫌悪の表情を向けてしまうあたりからも彼らの本音が窺い知れる。
「あんな事を言うなんて許せないね。まるで彼女が悪の元凶みたいじゃないか。あの人はおかしいよ」
「まったくだ。よし、任せろ」
ため息混じり言う横からそんな声が聞こえ、「えっ?」と僕が横を向いた時、そこにすでにアオイの姿はなかった。
視線を戻すと、その青年に向かって大股で詰め寄るアオイの姿を見つける。
「あん?なんだおま――」
近づいてくるアオイの存在に気付くも、誰何する声は激しい打撃音と共に途切れる。
アオイは、鞘に収めたままの剣を真横に振り抜いてた。顔面を殴打された青年は横っ飛びに吹っ飛ぶ。普段からあれで叩かれ慣れているクロウなどは、まるで自分が叩かれたように顔をしかめていた。
「な、何しやがる!」
「なんだ。まだ喋れるのか。顎を砕いたつもりだったけど、意外に丈夫なんだな」
さらっと物騒なことをのたまう我が勇者。
「このクソガキィ。俺が誰だかわかってんだろうな!」
「あん?なんだ、お前有名人なのか。ちょっと待て。今思い出すから、もう二、三発殴らせろ」
「こら!アオイ!」
一つも理屈が理解できないことを言いながら剣を振り上げるアオイに、僕は一喝する。びくっと肩を吊り上げ、アオイは足を止めて慌てて振り返る。
「な、なんだ。レンだっておかしい、許せないって言ってたじゃないか」
「いきなり他人を殴るアオイの方がよっぽどおかしいよ!勇者が問答無用で人を殴っちゃダメでしょ!殴っていいのはクロウだけ!」
「一瞬ひっかかったが、それはオレ様の筋肉への信頼と受け取ったぜ!レン!」
「驚くべきポジティブさなのか、単に現実逃避なのか判断に迷うな」
そんなやり取りをしていると、アオイの背後で青年がゆらりと立ち上がった。
「なるほどな。お前、勇者か?いいぜ。ならやってやろうじゃねぇか」
言いながら青年は下卑た笑みを浮かべ、腰に下げた剣を鞘から抜いていた。頑丈そうな身幅の厚い、まるで巨大な包丁のようなシルエットを持つ片刃の長刀だった。
「お互い勇者なら遠慮も手加減も必要ねぇ。お前も抜けよ。タイマンだ」
そう宣言する青年。しかし、僕もアオイも彼の最初の方の言葉に我が耳を疑っていた。
「え、お前勇者なのか?」
「アルベルト・ゲイツって言えば聞いたことぐらいあるだろ?テメェみたいなガキと違って、もう八年も勇者をやってるベテランだ。どうだ、ビビったか?」
「ああ。ある意味な」
アオイは肩を落とし、呆れた口調でため息混じりに言う。ちなみに彼の名前はアオイも僕も初耳だ。
勇者としての力を発現していれば、機関はその人となりは問わず勇者と認定する。だから彼、アルベルトのような素行に問題があるような人間でも勇者として資格を与えられるのが現実だ。それほどまでに勇者の存在は貴重なものだとも言える。
品行方正で頭脳明晰、正義感溢れた勇者というのは今や稀少なのかもしれない。
「とはいえ俺も鬼じゃねぇ。今なら地面に頭擦り付けて謝れば許してやってもいいぜ?同じアーリークラスの、それも女を好き好んで斬るなんざ……」
「いや、私はハーフクラスだ。一緒にすんな」
差し込まれたその一言に、アルベルトは言葉を失い絶句。険しい表情でアオイを凝視した。
自分より明らかに年下の少女が、実は自分よりも格上だったのだ。自尊心だけは高そうな彼にすればそれは信じがたい事実なのだ。
「……さっきの言葉は撤回だ。もう謝っても許さねぇ。俺を差し置いて、お前みたいなガキがハーフだと?ますます気に入らねぇ!」
「いや、んなこと言われても。そもそも、最初から謝る気もないし」
目に見えて殺気を漲らせているアルベルトは切っ先をまっすぐアオイに向ける。場は一気に張り詰めた剣呑な雰囲気に包まれた。
「ちょ、ちょっと待ってください!確かにこちらから手を出したのは謝りますが、何も真剣を抜くような……」
「どいてろレン。話して何とかなる相手じゃない」
「真っ先に手を出した人が言わないでよ!」
やる気満々、といった様子のアオイに泣きそうな声を上げてしまう。
とはいえ、今やアルベルトの怒りは尋常ではなく、本人が言うように、もはやアオイが引いたところで剣を収めるようには到底見えなかった。
「問題ない。不意打ちとはいえ、あの程度の一撃をまともに食らうような奴だ。そう大した相手ではないさ」
「こんなとこで乱闘騒ぎを起こすこと自体が問題なんだよ!」
こんな時でも冷静に分析するギンに、苛立ち混じりの声を上げる。
そうこうしているうちに、火蓋が切られてしまった。
互いに相手を睨んでいた両者は、二人は同時に地面を蹴った。間合いは一瞬にして詰められる。構えた剣はすでに放たれ、二人は真正面から激突する――かに思われた。
「二人とも、そこまでだ」
両者とも、間違いなく本気で繰り出した一撃だった。
しかし、間に入ったその人は二つの斬撃を、両手の袖口から伸びる刃で捌き、受け止めていた。
結果、アルベルトの一撃は何も断ち切ることなく地面に深々と突き刺さり、アオイの剣は軌道に差し込まれた刃に受け止められ、空中で完全に停止していた。
「どうしてもというなら、まずはこのボクが相手になってやる」
その人はいたって冷静な声で告げた。
見た目こそまだ若く線も細く見えるものの、精悍さと古兵が如き泰然自若とした風格を併せ持つ彼は見た目よりも成熟した印象を受ける。
動きやすさを重視した軽装の装い。そして常人離れした身体能力から見るに、明らかにグリュー軍所属の兵ではない。
間に入った彼は両者を、ダークブラウンの瞳の鋭い視線だけで牽制する。それだけで、アオイもアルベルトも、剣を引いて距離を取るもそれ以上のことはできずに硬直している。彼の放つプレッシャーは勇者二人を完全に抑え込み、僅かな動作すらも許さなかった。
アルベルトはわざと聞こえるように大きく舌打ちすると剣を鞘に戻し、その場の全員を睨みつけながらその場を後にする。
「あ、あの、ありがとうございました」
おずおずと声をかけてきたのはヒルダさんを庇った少年、ケイン君だった。
しかし、喧嘩両成敗の精神――もっとも、ケイン君はただの被害者だけど――なのか、男性は取り合おうとせず「礼はいい。君も行け」と、にべもなく追い払ってしまう。
その意図を察したようで、ケイン君は逆らうことはなく、アオイにもペコリと頭を下げてその場を後にする。その後ろにつく女性、ヒルダさんも深々と頭を下げ少年の後に続く。
「さぁ、君たちもぼうっとしていないでさっさと――」
「……ヴィル!?」
男性の顔をじぃっと見つめていたアオイは、突然思い出したかのように叫んだ。
「やっぱりそうだ!ヴィルだろ?レン、覚えてないか?」
「ヴィル?ヴィルって……あぁ!本当だ!」
その名前を記憶から手繰り寄せ、改めて彼の顔を見るに至って思い出す。
忘れようはずもない。彼は、僕とアオイにとって特別な人だ。
「私だ!アオイ・イリスだ!覚えていないか?」
「アオイ・イリス、イリス……あ!もしかしてあの時の子か!」
何度か口の中でつぶやくと記憶が蘇ったのかその人――ヴィルさんも掌を打つ。
「あん?誰だこいつ?」
「レン、知り合いか?」
僕の背後でそれぞれ口にするギンとクロウ。
「あ、そっか。二人は知らないよね。この人はヴィルヘルム・ノートンさん。僕とアオイの故郷が魔属に襲われた時、駆けつけてくれた勇者が彼なんだ」
先程までの威圧感は完全に拭われ、気さくな好青年といった爽やかな笑みで二人と握手を交わす。
「って、キミらはこんなところで何をやっているんだい!?」
「それは無いですよヴィルさん。今はアオイも立派な勇者なんですよ」
「これでもハーフクラスだ」
説明する僕の横では、小さな胸を精一杯反らして自慢気な表情のアオイ。「さぁ褒めろ」と言わんばかりだ。
「そうか。君も勇者になったのか……同じ勇者として心強いよ」
優しげな表情で微笑みながらそう言われ、アオイは嬉しそうにはにかむ。最も憧れの勇者にそう言われ、内心では舞い上がっているのではないだろうか。
しかし、一瞬――
ほんの一瞬だけ、ヴィルさんは目を細めた。
それは、なんと例えればいいのだろうか。
悲しみ、哀れみ、憐憫……
瞳の奥に垣間見た感情の色は複雑すぎて、僕には読み取ることができなかった。
「と言うことは、君たちも招集を受けたのかい?」
それも一瞬のこと。次の瞬間には元の好青年の表情を取り戻していた。今のは僕の気のせいだったのだろうか?
「招集?ここにはついさっき着いたばかりだ」
「そうなんです。僕たちは機関のミッションでガルスに来たんですが。今ここはどういう状況なんですか?」
「あぁ。そういうことか。実は……」
「勇者ヴィルヘルム様」
と、口を開きかけたヴィルさんを遮るように駆けてきた兵士さんが呼びかけてきた。
「ランス大佐より全勇者に呼集がかかりました。至急作戦本部までお越しください」
「了解。すぐに行くと大佐に」と短く返答すると、ヴィルさんはアオイに向き直る。
「どうやら積もる話は後回しのようだ。キミらの知りたいことは、向こうで知ることができるはずだよ」
ヴィルさんの促され、僕達は作戦本部へと足を向ける。




