【悪夢】
「ただいま」
ドアを開けて、部屋の中へと入るマコト君の後に続いて、私もお邪魔する。
「お邪魔します…」
玄関には、靴が数足。男性物と女性物が並べられている。
「……帰ってたのか」
男性物の靴を見ながらそう呟くマコト君に、「お父さん? 」と尋ねると、彼は暫しの間を置いて、「ああ」と答えた。
「えーっと…」
女性物の靴……触れてイイのか悩む。男性物とピッタリとくっ付いて並べられたソレは、二人の仲の良さを表していて…。
「母さんの」
「!」
「父さん、母さんが亡くなってから、いつもあーやって、靴を一緒に並べるんだ。もう、居ないのに…」
「ッ……ごっ…御免なさい…」
「…なんで、謝るんだ? 」
「っ……」
「アンタが殺ったワケじゃないだろ。謝んな」
「ッッ…」
確かに、私がマコト君のお母さんを殺ったワケではない。…だけど、【マリ】さんを殺ったのはーー
「取り敢えず、サッサと上がれ。で、静かにしてろ。父さんに、気付かれない様に」
おじさんに、私が此処に居る事がバレたらまずいの? と出掛かる言葉を、なんとか呑み込んだ。
靴の並べ方から、“おじさんにとっておばさんは、大切な人”である事が、感じ取れるから…。
私が靴を脱ぎ終えると同時に、マコト君は手を掴んできた。歩き出して、少ししてから立ち止まる。
「此処が俺の部屋」
掲げられたドアプレートには、【マコトくんのへや】と書かれていた。
「…自分の部屋なのに、“くん”付けなんだ? 」
「ッッ……“誰かさん”が、そう書いたんだよ」
……あれ? この字…何処かで……。
「なに、ボーッとしてるんだよ。サッサと入れ」
「この字……」
「あ? …っ……自分の字の汚さに、ショック受けてんのか? 」
「…えっ?コレ、私が書いたの!? 」
「!? ッッ…大きな声、出すなよ。父さんに聞こえる」
「! ごっ…ゴメン……」
……………。
…そっか。そう、なんだ。じゃあ、あの謎の女性から貰ったノートに書かれた字の筆跡はーー“私”、なんだ。
ガチャッ
「マコト、帰ってーー」
私を見た途端、マコト君のお父さんと思われる男性の顔が、険しいモノへと変わった。
【悪夢】
重たい空気が流れる。口火を切ったのは、マコト君のお父さんと思われる男性からだった。
「やあ、ハナちゃん。元気だったかい? 」
「っ……えっ…あっ、はい」
「そっ…そっかぁ。やっ…やっぱ、子供は、元気が一番だよ、うん」
「はっ…はいッ! 私も、そう思いますッ!! 」
……………。
きっ…気まずいッッ!!! こっ…こーゆう時、如何すればイイのっっ!!!?
「父さん。今日、久々にハナお姉ちゃんを見掛けて、声を掛けたんだ」
この重たい空気を変える方法はなにか無いか? と、思い悩んでいると、マコト君が会話に参加してきた事で、マコト君のお父さんーーおじさんの意識は、其方へと向く。
「……そう、か…」
「っ……家に上げちゃ、駄目かな? 」
「………もう、遅いし…“ハナちゃんのお父さん”が、心配するんじゃないか? 」
再び、此方に意識を向けたおじさんは、一切の感情を読み取らせない無表情で、でも目は鋭くて…言外に「サッサと帰れ! 」と伝えてきた。
「ッ……」
チラッとマコト君を盗み見ると、彼は青ざめた表情で此方を見ていて、目が合う。
ーー帰らないでッ!!!
そう、言ってる様な目で、私を見ていた。
「………いっ…いえ。今日、帰りが遅くなる事は、父に伝えているので、大丈夫です」
マコト君からおじさんへと視線を移して、嘘だってバレない様に、真っ直ぐに見つめてそう言った。
もしバレたら如何しよう…という不安で、心臓がバクバクだったが、今、嘘を吐いてマコト君の部屋に入らなければ、取り返しがつかなくなる様な気がしたから…。
「っ……マコト。余り、ハナちゃんを長居させて、帰りの時間を遅くさせるんじゃないぞ」
「! ……わかったよ、父さん」
おじさんは戸を閉めて廊下から出ていった事により、再び私達二人だけ。
「………覚悟は、出来てるんだよな? 」
「! …年頃の男女が、密室で二人っきりになったら、如何なるかわからない的な? 」
「……冗談が言えるんなら、大丈夫そうだな」
ホッとした様子で、そう言い終えると同時に、マコト君は再び私の手を取った。…先程とは違い、お互いの指と指を絡めて、ピッタリとくっ付ける。
「!? ッッ…ちょっ…! 」
「ちゃんと掴んでおけよ。じゃないと、元の世界線に帰れなくなっちまうから」
「? …それは、どーゆうーー」
「今に解る」
言い様、マコト君は部屋の戸を開けた。
室内はーー電気を点けてないからか真っ暗だ。その中をマコト君が入っていった為、手を繋いでる私も、後に続く。
「! ………えっ…? 」
“部屋の中”…だよね? だって、此処ってーー
「……ハナお姉ちゃんに、此処で問題です」
「!」
いつの間にマコト君は手を離したのか、少し離れた場所で、植木鉢? と思しき物を持って、私と足元を交互に見遣る。
「ハナお姉ちゃんのお母さん…【ノア】さんが今、この真下を通り掛かります」
「……えっ? 」
ーーマコト君、なにを言ってるの?
ーーだってママは、現在、留置場に居るんでしょ?
聞きたい事は、沢山ある。だけど、どれも言葉になって出てこない…。
私がなにも言ってこない事に、不満そうにしつつも、マコト君は話を続ける。
「此処に、植木鉢があります。もしコレを、今落としたら、“【ノア】さんは如何なりますか? ”」
「! …」
汗が流れる感覚に、思わず顔を拭う。…が、汗は出てなかった。
「…時間切れ」
言い様、マコト君は植木鉢を落とした。それにより、植木鉢は目の前から消えーー直後、悲鳴が聞こえてきた。
「!?」
この声…!
「ママっ!? 」
マコト君の傍へ駆け寄ると、彼が植木鉢を落とした方へ視線を向ける。…だが、今居る場所はかなり高い所なのか、下の様子が窺えない。
「っ……」
「“また”、失敗か…」
「なにが失敗よ!? このっ、ひとごーー」
絶句した。マコト君の体が、消え掛かっていたから…。
「ッ…」
「驚いたか? 」
「……」
「コレが、“お前の世界線に、俺が生まれてこなかった理由”だ」
言い様、私の手を取ると、お互いの指と指を絡める繋ぎ方を再びしてきて、戸の方へと向かって歩き出す。
「ッッ…ちょっ…! 」
「今度こそ、変えるんだ」
「!?」
「“母さんが生きられる世界”に、今度こそ…」
マコト君は戸を開けた。すると其処は、先程と同じで真っ暗。マコト君が中に入っていった為、手を繋いでる私も後に続く。
「!? ………えっ……」
先程までいた、廊下に辿り着いていた。
「……夢…? 」
「現実だ」
「!」
マコト君は手を離し、私から少し距離を取ると、真っ直ぐに此方を見て、話を続けた。
「俺は、未来を変える。“母さんを殺した奴等”の、未来を消す為に」
「……奴等…? 」
奴等……ママと私…だけじゃ、ない気がする。
「…ママ以外に、おばさんを殺した人がいるの? 」
「……」
「マコト君? 」
「ッ………不思議に思わねえのか? 」
「……えっ…? 」
「あの“動画の投稿者”が誰なのか、って事に」
「! そっ…それは……」
「…お前の推察は、当たってるよ」
「……えっ? 」
「おばさんが苦しそうに、母さんを包丁で刺した……そりゃあ、そうだ。だっておばさんは…脅されて、母さんを刺したんだからな」
「………えっ…? 」
「犯人もわかってる。でも、メディアは取り上げない。何故か、解るか? 」
首を左右に振って、「わからない」と答えた。
それにマコト君は息を吐き、暫しの間を置いて、重たそうに口を開いた。
「まぁ、かなり有名な経営者の身内が、起こした事だからな。メディアにとって、スポンサー様なワケだから、大っぴらには出来ん、という事よ」
「ッッ………嘘…でしょ…….」
「嘘じゃねえよ。さっきの、“力”を見せてやっただろ? 」
「じゃっ…じゃあッーー」
「お前の言いたい事は、解ってる。その力を使って、黒幕の行動を変えれば、おばさんが母さんを殺す事はなかった、ってな? そんなの…とっくにやったさ。…いや。やろうとした、だな」
「……」
「出来なかった…。何度も…何度も…何度もッ…試したんだ…。でも、行けなかった。アイツ等の処に…」
社会の理不尽さを突き付けられ、足元から崩れ落ちる様な感覚に、襲われる。
子供じゃ太刀打ち出来ないとか、そんな次元じゃない…。
ーーママとおばさんがなにをしたっていうの!?
ーー本当に、なにも出来ないの…?
言いたい事は山程思い浮かぶのに、問題を解決出来そうな良案は、一切浮かんでこない。
ガチャッ
張り詰めた空気の中、戸の開く音。…と、おじさんの
「もうすぐ七時半だから、ハナちゃんは帰りの支度をしなさい。後、おじさんが家の近くまで送るから」
という言葉。
………。
…………………え"っ?!
もうこんな時間なの!? と、現時刻を知って驚く。
「父さん。俺が、ハナお姉ちゃんを送るよ。話したい事、沢山あるし」
「駄目だ。マコトはまだ子供だから、こんな時間の一人歩きは危ない」
「大丈夫だよ。ハナお姉ちゃんと一緒だから」
「ハナちゃんを送った後は一人だろ? 父さんがちゃんと送り届けるから、家で待ってなさい」
「でっ…でも……」
「明日、学校から帰ってきたら遊べばイイだろ? 」
渋々といった感じで、そう提案するおじさんに、私は思わずマコト君へ顔を向けると、彼も此方を見ていた。…無表情で。
暫く見合わせていると、「じゃあ、また明日。ハナお姉ちゃん」と、何処か納得のいってない顔で、マコト君はそう言った。それに、
「うん。また明日ね…」
と、返す。
「……。」
マコト君には悪いが、明日になったら、“元の世界”に帰れてたらいいなぁ、と思った。
【〜受け入れられない現実〜】
前作の、ノアが何故、毎回命の危機に見舞われるも、その度に彼女を庇ってマリが亡くなってしまうのか?という…モヤモヤしていた部分の伏線を、漸く回収する事が出来ました‼️(`・ω・´)❤️