第9羽 方向音痴、シブヤダンジョン中層ボス戦!! そして悪意が這い寄る
〜シブヤダンジョン中層・ボスのいるフロア〜
休憩を終えた俺とクロネは、リスナーの力を適度に借りつつ迷路を脱出した。迷路から出て数歩の地点に、中層ボスのフロアに繋がる扉があった。
「来ますにゃ、ご主人!」
「応!!」
ギョォオオオオオオオオッ
中層ボス、リトルクラーケン。
クラーケンといえば船をひっくり返す海の怪物イカだ。名前からしても、これはその小型のタイプだろう。このフロアは広いとはいえ、流石に本物のクラーケンはダンジョンには収まらないからな。
赤暗く濁った巨大な水溜りから、怪しく白い触手が伸びている。同じ水場でも先程の美しい光景とは雲泥の差だ。
腹も心も満たし絶好調だ、負ける道理はない。
──が、今回は上層ボスのようにうっかり瞬殺はせず、配信でもしっかりとボスの姿が見えるようにする。
これもまたサービス精神だ。
▽『でけー』
▽『結構強いやつだよな』
▽『この辺からBランク以下は厳しくなるのだ』
▽『てかこれ近づけなくね?』
▽『遠距離攻撃無いとキツいな』
▽『鴉の羽根飛ばしたら?』
「残念だけど"鴉羽根"は撹乱用でしかない。射程は短いし、威力も微妙だ」
▽『まあそれできたら強過ぎるか』
▽『じゃあどうするんだ?』
「跳んで近づくさ! クロネ、触手に掴まれないように少し離れててくれるか?」
「わかったにゃ! ご主人もお気をつけてにゃ!」
「ああ────"鴉翼"!!」
ブワァッ
俺の肩から、小さな黒い翼が生える。
なお服は破れていないので安心してほしい。
▽『黒い翼キター!!』
▽『厨二っぽくてかっこいい……』
▽『右腕が、疼くッ』
▽『暗黒破滅魔界邪神黒翼』
▽『なにこれ飛べるの!?』
「"鴉翼" 、廉価版の飛行系スキルってところだ。といっても羽ばたいたり滑空したりできるわけじゃあない。まあ、単にジャンプ力が強化されるだけだな」
天井が低い場所じゃあ頭を打っちまうし、使い所はかなり限定されるが──今回がまさにその"使い所"ってワケだ。
「よっ、と」
俺は触手を避け、ひと跳びでリトルクラーケンの頭に飛び乗る。こいつの触手も、まさか頭上までは届かないだろう。
──てか、高っか! ビルの3階くらいあるだろこれ!
落ちる前にさっさと終わらせよう!
「瓦割り&発勁!!!」
足元の怪物イカに拳を叩きつける。
ぶよぶよで弾力がある、まるでゴムだ。普通の打撃じゃあ、まずダメージは通らないだろう。しかし発勁の要領で衝撃を浸透させてやれば、内部から破壊することができる!
ブジャアアアア
リトルクラーケンは、黒い墨を霧のように吹き散らして消滅した。
▽『また一撃か』
▽『カラスくん強っよ』
▽『でも今回はちゃんと見所あってよかったよ』
▽『武器無しでこれは相当だな』
ドロップアイテムが水に落ちる前にキャッチし、再び陸に戻る。
「お待たせ、クロネ」
「お疲れサマですにゃ、ご主人♪」
≪リトルクラーケンから
ブラックポーションを獲得したにゃ♪
パスタにしたら美味しそうだにゃ!≫
ブラックポーションは飲まなくてもかけるだけで効果を発揮する、使い勝手の非常にいいポーションだ。市場じゃ手に入りにくいし、まずまずのレアアイテムといえる。
▽『猫の霊ちゃんイカスミパスタ好きなのかな?』
▽『かわいい……』
▽『それにしてもなんでカラスくんこんなに強いんだ?』
▽『ステータス高いにしたって限度あるよな』
▽『たぶん戦い方がうまいからだと思うのだ。力の使い方が達人のように的確なのだ』
▽『はえ〜』
▽『カラスくんなにか武術とかやってたの?』
「いや特には何も……そりゃ筋トレくらいはしてたけどさ。それに力の使い方が上手いって言われても、意識とかしてるワケじゃ無いし、なんとなく戦ってるからわかんねえな」
▽『筋トレでそんな化け物みたいな強さになる?』
▽『やはり天才か』
▽『これ予想だけどダンジョンに長時間潜りまくってるから格闘センスがあがったんじゃないか?』
▽『ありそう』
▽『ありそう』
▽『実戦経験に勝るトレーニングは無いからな』
言われてみれば、ダンジョンに潜り始めた頃は上層でも戦闘に苦労してたな。そのまま逃げたり戦ったりを何度も繰り返してるうちに、身体に戦い方が染みついたのかもしれない。
▽『この攻略速度なら深層までいけるかもな〜』
▽『カラスくんいまネット評価いくつだっけ』
▽『今はBだけどこの配信中にはAすっ飛ばしてSとかになりそう』
▽『Sって世界でも数人とかじゃないか? 大型ダンジョンクリアの実績ないと』
▽『シブヤダンジョンクリアできたらもうSでよくね』
えっ俺いつの間にかBランクに昇格してたの!?
専門家や公的機関がつけたランクってわけでも無いしあんまり気にしてなかったけど、それでも万年Cランクだったからなあ……感慨深い。
「帰ったらBランク昇格のお祝いするにゃ♪」
「それは気が早いって! 目指すはダンジョン攻略、そしてSランクだ!」
「みゃんっ!」
そして俺達は、下層に向けて出発しようとしていた。
そのときだった。
ダンジョン内に、やたらと陽気な声が響き渡った。
「ふぉーっ! 第一村人発見!www」
「ぎゃはははは! 土人扱いウケる〜www」
「てかクラーケンもう死んだ? ラッキー!www」
見ると派手な格好をした4人組の男達が、迷路からこちらに向かってくる所だった。なんだアイツら、俺達を指差してゲラゲラ笑いながら近づいてくる。
▽『他の配信者?』
▽『"カミテッド"っていう配信チャンネルだよ。一応Bランク』
▽『こういうときは勝手に絡まないのがマナーだと思うんだが……』
▽『なんかノリうざい』
▽『てか単純に不快』
カミテッド──名前は聞いた事あるな。
態度とマナーの悪いことで有名な配信者だ。確かリーダーの名前はユウヤとか言ったか。俺のリスナーからも彼等の態度はすこぶる不評なようだ。
それでもBランクって事は一定の需要と人気はあるって事か……? 身長高いし。う〜ん、ガン無視したいけどロックオンされちゃったしなあ……。
無難な挨拶だけしてさっさと立ち去るか。
「えっとこんにちは。じゃあ俺達は急ぐのでこれで──」
「お!? 誰かと思えばインチキカラス君じゃ〜んwww」
「はえ!? い、インチキ!? な、なにが!?」
ユウヤに指摘されて心臓が跳ねる。
インチキって──
もしかしてリスナーに道聞くの、ダメだったのか!?
ちゃんと自力で探索しないと炎上したりするのか!?
「だって"タイガーアドベンチャー"の人気を横取りしたインチキ野郎じゃんwww」
「え?」
「たまたま偽善行為がウケただけwww それキミの実力じゃありませんから〜残念っwww」
「あっ、ああ。なんだそっちの話か……」
「はぁ〜???www」
よ、よかった……。
道案内を咎められてる訳じゃなかったか。
▽『横取りとかなに言ってんだ???』
▽『理解不能』
▽『こいつらカラスくんにチャンネル登録者数抜かれてるじゃん』
▽『なんだただの嫉妬民か……』
俺は襟を整え、毅然とした態度でユウヤとカミテッドの連中に向かい合う。
「ご忠告どうも。確かに俺のチャンネル登録者数が増えたのはたまたまだし、俺も実力不足だとは思ってるよ。けどせっかく見に来てくれるリスナーが増えたし、これからは実力もつけて、いい配信にしていくつもりだ」
▽『カラスくん対応が大人過ぎる』
▽『心に余裕がある〜』
▽『実力不足…(ただし階層ボスは一撃)』
▽『実力不足…(Aランク5人を一方的に倒せる)』
▽『実力不足…(上層で迷子になる)』
▽『実力不足…(アーカイブ編集できない)』
おいどっちの味方だお前ら??
「なにスカしてんの?www もしかして調子乗ってる?www」
「そう見えたなら謝るよ、悪かったな」
「いやいやホントのこと言おうよwww 猫が虐められててラッキーって思っちゃったんでしょ?www」
「……………………は?」
「つかめっちゃカワイイ子連れてんじゃ〜んwww ガキには勿体無いってwww」
ユウヤは俺の後ろのクロネに向かって話しかける。
「なあ!www そんなチビ、すぐ人気落ちっからさwww つか秒で潰せるしwww オレ達と来いよ、その方が得だってマジwww」
「………………………………。」
「オレのパパがかなり有名な企業の役員でさwww 一生安泰っつーかwww 遊び放題だぜwww そんな貧乏臭え服着せねえからwww」
「………………………………。」
「あれ、無視っすか?www てかちょっと話聞くだけでもいいからさあwww」
「………………………………。」
「もしも〜〜〜しwww」
「おい、いい加減にしろよ! もう行こう、クロ──」
俺の言葉は、そこで凍りついた。
振り返り、クロネの表情を見てしまったからだ。
"それ"はいままで一度も、彼女が見せたことのない表情だった。
怒りでも、
嫌悪感でも、
不快感でも、
恐怖でも、
困惑でも、
悲しみでも、
呆れでもない。
無。
ゾッとするくらい、冷え切った、無。
彼女は目の前の雑音に対して、一切、なんの感情も興味も持っていないかのように見えた。
そのビー玉のような瞳は、4人の人間ではなく、4つの土塊でも見ているかのように静かだった。
その顔は、死んでいるのかと錯覚してしまうほど恐ろしく、雪でできているのではと見間違うほど美しかった。
そしてその直後、クロネが発した言葉は、さらに予想だにしないものだった。
「──────にゃるふふっ、そこまでいうなら話くらいは聞いてやってもいいにゃ♪」
「え?」
「少し離れたところで話したいからついてくるにゃ。あと配信は切ってほしいにゃ」
「お、おい、クロネ!?」
「話が拗れると困るから、ご主人はここでちょっと待っててくださいにゃ」
「あっおい!!」
「────大丈夫、うちを信じるにゃ」
そう言うとクロネは止める間もなく、カミテッドの4人を引き連れて迷路の暗がりへ姿をくらませてしまった。
──なにを考えているんだ、クロネ──?
俺はぽかんと馬鹿みたいに口を開けて、その場に立ち尽くしていた。
▽『え? え? クロネちゃん?』
▽『どうしたんだ急に』
▽『まさかNT──』
▽『いや。そんなわけあるかい』
▽『ワイはクロネちゃんを信じてるで!』
▽『うんうん』
ああ。
いくら馬鹿な俺でも、流石に彼女のことは信じている。クロネの俺への態度にはいつも真心があった。
それでも俺が動けなかったのは──クロネの考えがわからなかったからだ。
▽『たぶん配信外で穏便に話をつけたいってだけだと思うのだ』
▽『まあそうか、配信でこういう話をすると拗れるもんな』
▽『ひょっとしたらカラスくんや俺達に、誹謗中傷を聞かせたくなかったのかも』
▽『それだ!』
リスナーの言葉にハッとする。
そうだ。俺の知っているクロネなら、きっとそうする。俺やリスナーを気遣って、不快な暴言を吐くユウヤ達を遠ざけたに違いない。
俺はすぐさま迷路の入り口に駆けつける。
「クロネ!! 俺の事は気にしなくていい!! そんなやつほっといて戻ってこい!!」
返事はない。
俺の声が虚しく反響してくるだけだ。
帰ってくるまでここで待つしかないのか?
俺はもう一度、クロネを呼ぼうと口を開く。
「クロ────」
──ガチン──
──ドザザザザザッ──
は??
なんだ、いまの。
迷路の奥から妙な音が聞こえた気がした。
重いスイッチのようなものを押した音。
それから、土砂が流れるような音。
▽『えっなに』
▽『なんか聞こえた』
▽『これなんの音!?』
▽『やばい。急いだ方がいい』
▽『どうして?』
不穏な音にリスナーがざわついている。その"不気味な音"の正体は、すぐに同じリスナーによって明かされることになった。
▽『あれは、デストラップが作動した音だ』
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