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第82窩 小井戸家 2

 今日は、とってもとっても色々なことがありました。

 なにから話しましょうか?


 ええと最初は──空き教室で休憩していたら、カラス先輩が入ってきて、ボクの、はっ、ハダカを──────ッ! ──こここ、この話はやめやめっ!


 今日は素敵な先輩方に混じって、初めてダンジョン学の授業を受けました。強くて優しくてカッコよくてとっても頼りになるカラス先輩。可愛くて少しミステリアスなクロネ先輩。破天荒だけどリーダーシップのあるニニ先輩。そして私の4人チーム。


 たいへんなこともあったけれど(たとえば……クロネ先輩がマタタビで酔っぱらっちゃったり、それで酔ったクロネ先輩にボクのファーストキスが奪われちゃったり!)、いいこともたくさんありました。

 ボクのオリジナル格闘技を、カラス先輩は"綺麗だ"って褒めてくださいました! 家族以外から、こんな風に真っ直ぐに褒められたのは初めてで、むず痒くて、お顔が熱くなっちゃいました。


 最後は無事にゴール! なんとクラスで優勝しちゃいました! こんな名誉、ボクなんかがいただいていいんでしょうか──?


 お恥ずかしながらすべてを出し切ったボクは油断して眠ってしまい、先輩達にご迷惑をかけてしまいました。保健室のベッドで起きたときカラス先輩が隣にいて、心臓が弾けそうになったのは秘密、です……♥


 それから、先輩達に家まで送っていただいたのですが──先輩達を家に招いての夕食。そのひとときはまるで、夢のようでもあり、嵐のようでもありました。


 あ、そうだ! コノミのやつ、カラス先輩にヘンなこと聞いたりして! カラス先輩はボクの先輩であってコノミの先輩じゃないんだぞ!


 クロネ先輩とカラス先輩が正式にお付き合いしていることを聞いたときは、衝撃を受けました。少しだけ胸にチクリと刺すような痛みも。……ですが、同じ悩みを抱えるニニ先輩にアドバイスいただいて、気持ちが軽くなりました。


 ボク、まだ諦めませんっ!





 〜ボクの家の前〜




「じゃあなナギサ。また明日、学校で!」

「はいっ……!」


 カラス先輩の笑顔は夜でも眩しいです。

 別れのときはちょっぴり寂しい気持ちになりますね。

 だけど平気です。むしろ明日からの学校が、少しだけ楽しみになりました。


「それと……ま、負けませんからねっ! クロネ先輩! ニニ先輩も!」

「ふふっ、上等ですわ♪」

「え……? なんの話にゃ……?」


 ニニ先輩はグッと親指を立て、クロネ先輩は頭にハテナマークを浮かべています。いつも鋭いのにこういうときはちょっぴり天然なんですかね?

 それからボクは先輩達の背中が見えなくなるまで、玄関の前で小さくお辞儀をしていました。





「そろそろ戻りなさい、ナギサ。身体を冷やすぞ」

「はぁい」


 お父さんに呼ばれて、ボクは暖かいリビングに戻りました。お祭り騒ぎの後のその場所には、いつもの光景が広がっています。


「いい先輩達と知り合えたな、ナギサ」

「ホントに、ボクには勿体無いくらい」

「そうだな。うん………………交際は認めんが」


 お父さんはソファで缶ビールを飲みながらくつろいでいます。いつもお父さんは野球観戦をしています。

 妙です。贔屓のチームが勝っているのですが、いつものようにはしゃいだりしていません。慌ただしかったし、元気がないのかな……?


「お父さんはね、嬉しいのよ」

「嬉しい?」

「そうよ。だけど寂しくもあるの。娘が立派に成長して、家族以外に頼れる人を見つけて」

「そうなのお父さん?」


「そそそ、そんなんじゃないやいっ」


 そう言って缶ビールを一気飲みするお父さん。

 照れ隠しがバレバレですね……でも、ありがとう、お父さん。


「お母さんは心配してなかったけどね。ナギサは人付き合いが苦手なだけで、ちゃんとナギサの良いところをわかってくれる人が現れるって」


 そう言いながらお母さんは、ふわふわの淡い桃色のマフラーに刺さった編み棒を忙しなく動かしています。編み物はお母さんの長年の趣味です。"手編みは家計の節約にもなるのよ"と、よく自慢をしています。


 心配していなかったと、そう朗らかに微笑むお母さん。だけど、ボクは知っています。お母さんが、こっそり先輩達と話していたのを、物陰で聞いてしまいましたから。


"本当はずっと迷っていたの。あの子をダンジョンなんて危ないところに行かせていいのかって。止めるべきなんじゃないかって"


"だけど、貴方達の話を聞けて良かった。ナギサは私が思っていたより、ずっとたくましく育ってくれていたのね。貴方達のような人達と、肩を並べられるくらい"


"ナギサのこと、どうかよろしくお願いします"


 そう頭を下げた母の声色には、涙が滲んでいた事を、ボクは知っている。──ありがとう、お母さん。こんなボクのことをずっと、信じてくれて。


「あとはカラス先輩を奪っちゃうだけだね、お姉!」

「奪っちゃうとか言うんじゃないよコノミ……」


 妹のコノミはマットを敷いてヨガをしています。流行りの配信者がオンラインでヨガをやっており、美容にもいいからと真似してるようです。ミーハーなんだから。


 っていうかコノミのやつ、ニニ先輩とボクの話を盗み聞きしてたな!


「お姉に、ちゃんと誘えるかな〜愛しのカラス先輩のこと」

「さ、誘えるし!」

「ほんとぉ〜?」

「へへ、明日から一緒に、お昼ご飯食べる約束してるからね!」


 いやまあボクから誘ったわけじゃないですけど。

 嘘はついてないですよ? 嘘は。


「マジ!? やるねえお姉! ぼっち飯卒業じゃん!」

「ふふん、ま、まあね! やるときはやるんだよお姉ちゃんも!」


「あらまあ! それじゃ明日のお弁当はうんと豪勢にしなきゃ! 気合い入れるわよ〜」

「いいよお母さん、いつも通りで!」


「こここ交際は認めんからな!!」

「「「お父さんは黙ってて!!!」」」

「はい……」


 これでもうトイレに隠れてお昼ご飯を食べる日々には、さよならバイバイなのです。

 明日からのことを考えるだけで、頬が自然と緩んでしまいます。


「いつか先輩も"家族"になってくれるといいね!」

「……もうっ」


 ──っていけません! 

 唇が吊り上がってにやけてしまうのを止められませんっ!

 この緩んだ顔をコノミに見られるのはマズいです! 120パーセント、ぜったいに馬鹿にされます。むしろ既にニヤニヤしていることでしょう!


「母さんビールお代わり」

「はいはい」

「お父、飲み過ぎぃ〜」


 カレンダーを確認するフリをしてそっぽを向きます。

 ええと、今日は何日でしたっけ?


「母さんビールお代わり」

「はいはい」

「お父、飲み過ぎぃ〜」

「はいはい」


 ……あ。そっか。危ない危ない。

 先輩方との時間が楽しくて、うっかり忘れるところでした。


「母さんビールお代わり」

「はいはい」

「お父、飲み過お父、飲み過ぎぃ」

「母さんビールお代わり」

「はいはい」

「お父、飲み過ぎぃ〜」


「カアさんビールおカワり」

「はいはい」

「おトウ、ノミすぎぃ」


「かあさんビーるをかわりかあさん」

「はいはいはいはい」

「おとうのみすぎぃいいぎいい」


「かあさんびー? びーるおかわ かわり かっかかかかかかあさ びびびびびび びびびビビビびびび びびびび びびびびびびびびび かかかかかかかかかかか かかかかか わりりり りりリリリ時事時事ジジりりりりり りりりりりりりりりりりりりりり りりりりりっりりりりり りりりりりりりりりりりり ぢちちちち理ギリリリリリリリリリリリリリリリりりり びいる」


「はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいは位牌はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい灰はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいあいあいああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


「おとと 父とドザザザザザさ みみみみみみみみみみみ みみみ みみみみみみみみみみみみみ ぎぎぎぎ 巍巍義ギギギギオオオオオ ぎぎぎぎぎいぃいいぃいいいいいいいいいいいいい ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぎいい ぎいい ぎいいい ぎいいいいぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぎいい ぎいい ぎいいい ぎいいいいいいい ぎいいいいいいいいいいいいいいいい グギギギギギギ」






 お父さんはテレビのリモコンを出鱈目に押すので、番組が滅茶苦茶に切り替わっている。



 お母さんは編み棒が狂ったように同じ動作を続けて、ぐちゃぐちゃに絡まってしまっている。



 コノミは大惨事ですね。ヨガの力加減がわからず無理に身体を曲げようとして関節がおかしな方向に曲がっていく。



 ボクはすこし憂鬱なため息をこぼして、棚から薬箱を取り出した。






 ボクの大好きな家族は、一年前のスタンピードで命を落としている。




 家族を失い絶望の底にあったボクは、"とある人物"に助けられた。その人はボクに二つの不思議な薬をくれた。

 防腐薬と延命薬。防腐薬でみんなの遺体が腐らないようにして、延命薬で魂を遺体に繋ぎ止めることができた。ひとまずは。


 だけど延命薬の方は、定期的に与え続けなければならない。薬が切れれば、ボクの家族はまた遺体に逆戻りなのだ。


 知っているのは、ボクだけだ。


「……あれ、これじゃ足りないや」


 延命薬のストックが切れていた。これはダンジョンにあるようなアイテムとは違い、自分で探す事はできない。最初に薬を譲ってくれた人から受け取るしかない。


 ──"その人"というのは──




「相変わらず気色悪い事をやっているな。マーメイド」


 窓の外の暗闇から、ガスマスクをつけた長身の男が、部屋を覗き込んでいた。彼の事は嫌いだが、仕方なく窓を開けてやる。

 ホゥ──ホゥ──ボゥ──ボゥ──と不気味な呼吸音がガスマスクの隙間から漏れ聞こえてくる。相変わらず薄気味悪い男だ。


「……なにか用、フクロウくん」

「"魔王様"からご指名だ」


 窓越しに真っ赤な封筒を受け取る。


 この封筒の中身を、ボクは知っている。

 同じものを、何度も何度も何度も受け取った。

 延命薬のストックを譲ってもらうために。


 封筒の中には写真と便箋が一枚ずつ入っている。

 便箋には短い指示と、そして名前が書かれているのだ。


 ボクが殺すべき、標的の名前が。


「良かったなあ、マーメイド。これでまた、ママゴトの続きができるじゃあないか」












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