第80羽 方向音痴、愛しい日常へと帰還する
〜学園地下ダンジョン・ダンジョンコアのフロア〜
「先生おかえり!」
「カラスくんクリアできたの!?」
「すげえ……流石はネット評価Sランクの探索者だ」
「あのチームは絶対迷子になると思った」
先生についてダンジョンコアのフロアに行くと、他のクラスメイト達が口々に俺達を出迎えてくれた。皆、ダンジョンコアの周りでくつろいでいる。何人かはお菓子を食べたり飲み物を飲んだりしていた。
俺達4人以外は、とっくに全員集まっているようだった。
「ダンジョン内は教室とは違う。予期せぬトラブルに見舞われてパニックに陥る探索者も多い」
白鷺先生の目は、ふっと遠くを見つめている。
「まあつまり、これも授業の一環だったのさ。ドローンの故障という不測の事態に、冷静に対応する経験を積むための、ね」
なるほど。すべては演出されたハプニングだったわけだ。ドローンも通信機能が壊れていたように見えて、こちらの映像はしっかり届いていたし、緊急の際にはすぐに救助する準備もできていたらしい。
所謂、抜き打ちテストといったところか。
理解はできる。
理解はできるのだが。
「白鷺先生」
「なんだい?」
「1発殴ってもいいですか?」
「来なさい」
「紛らわしいまねしやがって!!!」
先生のすました横面をグーで殴り飛ばした。
なんか──どっと疲れた。
俺達探索者は3人そろって、床に崩れ落ちるようにして座る。それから。
「ふにゃら。……はれ? うちいつの間に寝てたのにゃ?」
「おはよう眠り姫」
「にゃ? おはようにゃ王子様♥」
「「「「「は?」」」」」
クロネもようやく目を覚ました。酔っているときの記憶は無いらしい。体調も崩れていないようで、なによりだ。
俺はこれまでの経緯を簡単にクロネに伝える。クロネは猫耳をふんふんとピコらせながら聞いていた。感心してくれているのだろうか?
「あー、どのチームもよく頑張ったな」
白鷺先生が教壇に上がり、クラスメイト達に労いの言葉をかける。
「それじゃあチーム対抗戦の結果を発表しようか。──と言っても、もうわかりきってると思うが」
あ、そういや最初に言ってたな。これはチーム対抗戦で、賞品があるとかなんとか。
……けど残念ながらうちのチームは最下位か。このダンジョンコアのフロアに辿り着いたのも最後だったし。
あとでニニには気を落とさないようにフォローしといてやろう。
「優勝は二二のチームだ、おめでとう!」
ワッ。と。
ダンジョンコアのフロアに洪水のような拍手が鳴り響く。
え? なんで? なんで? どういうこと?
ニニの顔を見るが、俺と同じく訳がわからないという顔をしている。
「あの、先生」
「どうした骸屍?」
「うちのチームが優勝って──後ろから数えてって意味ですよね?」
「いや。間違いなく、ほんとうの意味で優勝だ」
そんな馬鹿な。
「いやいやいや。だって俺達、ここに来たのは最後だったじゃないですか。それで優勝なら、全員優勝ですよ」
「ああ。なんだそんなことか」
ははっと面白がって笑う先生。
「二二達以外の他のチームは皆、棄権したか、先生が続行不可と判断して救出したからね。まともにクリアしたのはお前達くらいだ」
白鷺先生の言葉に、クラスメイト達も頭を縦に振る。
つまり俺達は優勝者というより、唯一の完走者だったわけだ。過酷すぎない? この授業?
「では二二、前へ」
「トーゼンですわ! おーっほっほっほ!」
あいつ切り替え早いな。壇上へ上がり表彰されたニニは、景品を手に満面のドヤ顔で戻ってきた。フリスビーを取ってきて褒めて欲しがってる犬に見えてしまった──とは口が裂けても言えない。
「なんだった景品?」
「これですわ」
ニニは俺の目の前にぺろんと何かをぶら下げる。
「なにこれ、商品券? 図書カード?」
「ふっふっふ、これはですわね──」
≪竜宮ダンジョンのチケットを獲得したにゃ♪
一緒に遊びにいきたいにゃ!≫
そういやここダンジョン内だったわ。
これ別にアイテムじゃない気もするけど、猫幽霊さんの鑑定はユリの指環とかにも反応してたしな。
「竜宮ダンジョンって何?」
「もうっ、そんな事も知らないんですの? 仕方ないから、わたくしが教えて差し上げますわ♪」
竜宮ダンジョン。
それはテーマパークとして改修されたダンジョンらしい。
この学園と同じくダンジョンマスターがおり、探索者ならぬお客様をダンジョン内で安全に楽しませてくれる、体験型アトラクション。
竜宮の名を冠するだけあって水を浴びたり入ったりする遊びが多く、入場時は濡れてもいいように水着の着用が義務付けられている。
「ちょうどペアチケットが2枚ありますし、ナギサも一緒に──っとと、寝ちゃってますわ」
すぅ …… っ
すぅ …… っ
さっきから静かだと思ったら。
ナギサは俺の肩に頭をもたれかけて、小さく寝息をたてている。
こうしていると、まるっきり幼い少女だ。
「からす……せんぱひぃ……」
「おつかれ、ナギサ」
たくさん頑張ったもんな。俺はナギサを起こさないように、そっと頭を撫でてやった。
「本日の授業はここまでだ! 遅くならないうちに帰るように」
白鷺先生は再びダンジョンをクリア状態に戻す。こうしておけば他の先生がダンジョンマスターの役目を担当することもできるんだとか。
地上へは隠し通路からエレベーターに乗って上がれるらしい。俺は寝ているナギサを背負って、学園ダンジョンを後にした。
〜シブヤ学園・保健室〜
「う……うう……ん……」
「あ。おはよう、ナギサ」
保健室の白いベッドの上で、ナギサは目を擦りながら身を起こす。それから俺の顔を見て、びっくり仰天して飛び跳ねた。
「かかかカラス先輩……っ!? ドコですかココ!?」
「保健室だよ。先生に鍵を借りたんだ。他にベッドのある部屋無かったし」
久しぶりに来たなあ保健室。前に来たときは確か職員室を探して迷い込んだんだっけ。
「べ、ベッド……も……もしかしてボク、寝落ちしちゃってましたかっ!?」
「ああ。気持ち良さそうに寝てたよ」
「いびきとか寝言とか……よ……涎とか垂らしてませんかねっ!?!?」
口元をぐしぐしと袖で擦るナギサ。そんなこと気にするなってと言おうとして思い止まる。普通、女の子はそういうのを気にするものだしな。
「大丈夫だって。寝顔も寝息もちゃんと可愛かったからさ」
「ふぇ!? へ……ぇへへぇ……ボクのことかわいいだなんてそんな……お世辞でも嬉しいですっ」
「お世辞じゃないって。ナギサは可愛い顔してるよ。仕草も可愛いし」
「えへ、えへへ……そんなぁ……ほ、ほめてもなにも出ませんよぉ?」
「なんかリスみたいで」
「えへへ…………え? リス??」
「うん。リス」
「そ。そう、ですか…………」
あれ、褒めたつもりだったのになんでテンション下がってるの?
もしかしてリスはあんまり好きじゃなかった?
ナギサは俺から顔を背け、遠い空に沈む太陽を見送る。
「…………って、もうすっかり遅い時間じゃないですか!?」
「ああ。歩いたり戦ったり泳いだり、すごく疲れてただろうからさ。起こしちゃ悪いと思って待ってたんだよ」
「すすすっ、すみませんボクのために……置いてってくださっても良かったのに……!」
「そんなことできるわけないだろ。ナギサは大事な後輩なんだし」
俺が手を差し出すと、ナギサは俺の手をとってベッドから降りる。しばらく寝ていたからかひんやりとした手だった。
ぎゃあっ
ぎゃあっ
そろそろ鴉も鳴きやむ時間だ。
「家まで送るよ」
「そんな……わ、悪いですよっ、そこまで……!」
「こんな夜中に女の子の一人歩きは危ないだろ」
「ぼ、ボクは護身術覚えてますから……」
「ダメ。先輩の言う事を聞きなさい」
ナギサのおでこをツンと指先でつつく。
何度か"送る""送らない"の押し問答が続いたが、やがてナギサが折れてくれた。
「ありがとう。じゃあ帰ろうか、ナギサ!」
「はいっ!」
ナギサはへにゃりとした笑顔で元気よく返事をする。
──トラブルや、色々なこともあったけど。
今日のこの思い出が、ナギサにとって楽しい思い出でありますように。
「はいウノって言ってにゃ〜い〜w」
「なあっ!? ありえませんわ!? このわたくしがそんなミスを!?」
「にゃらはははっw ざぁこざぁこ〜w」
「ぶっひーっ!?」
「その勝負終わったら帰るよ二人とも???」




