第79羽 方向音痴、真・学園ダンジョンに挑む! ナギサのマーメイド伝説爆誕!?
〜学園地下ダンジョン〜
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
深層の扉を開けるための鍵をシーフロッグに盗まれた俺達は、鍵を取り返すため後を追う。すばしっこく逃げ回るシーフロッグを追っているうちに、小部屋のような円形のフロアに辿り着いた。
「また変な場所に出たな──あのカエル、どこ行っちゃったんだ?」
「み、みてっ! カエルさんが!」
円形のフロアの中央にこれまた円形の窪みがあり、カエルはそこにぴょんと飛び降りた。慌てて駆け寄ると、窪みは水で満たされている。巨大な水瓶──
「──水溜まりか?」
ダンジョンや
蛙飛び込む
水の音
ばからす
ドローンで照らしてみると、入り口は小さいが内部は結構な深さと広さがあるようだ。東京ドームを丸ごと水没させたくらいか。
泳ぎが上手く小さなカエルがこの中を泳ぎ回っているとしたら、捕まえるのは至難の業だ。
「行けっバカラス! なみのり!」
「いや、ウーン……それはちょっと……」
「えw まさか泳げませんの?w」
「泳げはするわ! 5分くらいなら息止めてられるし!」
「まあまあ凄いですわね」
「ただ──」
「ただ?」
「水中だと進みたい方向にうまく進めないんだよ」
「それは陸上でも同じでは?」
同じじゃねえし。前後左右に加えて上下もあるじゃん。それで方向わからなくなって、一度プールで溺れかけたこともある。
こんな小さな穴から入って、もし入口を見失ったら、まず生きて戻っては来れないだろう。ましてやカエルを探して追いかけるなんて、不可能だ。
ダイビングとかやってる人達はすげえよ……俺的にはダンジョンより怖い場所だ。尊敬するわ。
「そういうニニは?」
「わたくしも泳げませんわ」
「あ──そっか、ごめん。義肢じゃキツいよな」
「いえ、もともとですわ。その──どうしても身体が浮かんでしまって──」
ああ、うん。
でかいもんな、その浮き袋。しかも二つ。
それを言うと平手打ちされそうなので、黙っていた。
そういやクロネはどうなんだろう。猫って水嫌いっていうけど、クロネは風呂とか普通に入るし水に潜れはするんだろうか?
どのみち今は無理だけど。酔って寝てるし。
「じゃっ、じゃあボクがカエルさんを追いかけますねっ」
「泳げるのかナギサ?」
「う、うんっ……お、泳ぎは得意なんだぁ……えへへ」
ぎゅっと可愛らしく拳を握りしめるナギサ。
これまた意外な特技だな。けど、さっきのオリジナル格闘技もかなりのものだったし、見た目に反して運動神経はいいのかもしれない。
他に手も無い。悩んでいる時間も。
ナギサの腕から、クロネをそっと受け取る。
「頼んだ、ナギサ」
「……うんっ!」
元気よく返事をすると、ナギサはいそいそと制服を脱ぎ始めた。
「見るなバカラス!!」
「ごっ、ごめんっ!!」
背後からニニに視界を塞がれる。た、助かった。
そうだよな水に入るなら服は脱ぐよな。
なんで着たまま入ると思ってたんだろう俺の馬鹿。
「え、えへへ……だ、大丈夫です、カラス先輩にはもう全部見られちゃってますから……」
なんてこと言い出すのナギサ!?
「バカラス!? どどどどういうことですのバカラス!? どどどどういうことですのバカラス!?!?」
「誤解! 誤解だって!」
「クロネと付き合っておきながらこんな小さな後輩を毒牙にかけるなんて最低ですわっ!!」
「かけとらんわ!? ナギサが空き教室で着替えててたまたまっ!!」
「わたくしの裸は見たことないくせに!!」
「なにについて怒ってんの!?」
ニニにぐわんぐわんと頭をゆすられる。
俺が必死にニニの誤解?を解いているうちに、ナギサは準備が終わったようだ。
「で……では行って参ります、先輩っ!」
「ナギサ、決して無茶はするなよ」
「危ないと思ったらすぐに戻って来るんですのよ」
「はいっ! ……えへ、期待しててくださいねっ……!」
ぽちゃんと水の音がしてから、ニニの手が外れる。
既にナギサの姿は無く、水面に波紋が広がるばかりだった。
──……
────……
────……
────……
────……
──……
それから、15分が経とうとしていた。
「離せよニニ! 俺は行く!」
「やめてくださいバカラス!」
俺はしがみつくニニをなんとか振り解こうとする。
もう限界だ。
波ひとつない静かな水面を、これ以上見続けていられない。
俺だってどんなに長く潜っても10分が限界だろう。
いくら水泳が得意といっても、15分も潜っていられるなんて聞いたことがない。
ナギサになにかあったのかと思うと、気が気じゃない。
怖い。
心臓が壊れそうだ。
なにも起こらないだけのただ待つだけの時間が、こんなにも怖いものだとは思わなかった。
「水中じゃ方向がわからなくなると言っていたでしょう!? 行ったら戻って来れませんわよ!?」
「それでも行くしかないだろ!?」
「だ、だったらわたくしが行きますわ! 元はといえばわたくしが鍵をカエルに盗られたからですし、義肢が重い分、もしかしたら沈むかも──」
「そんな危なっかしい状態で行かせられるかッ!」
なんとかニニを説得しようとするが、一向に離れてくれない。無理やり飛び込めばこいつも巻き添えにしてしまう。けど、このままじゃナギサが────
「────ぷはあっ!」
「「!!?」」
水面から少女が姿を現す。
「や……やりましたあ! ほ、ほら! カエルさんからカギを取り返して来ましたよっ……!」
「「──ナギサぁああ〜〜〜っ」」
「あ、あれ? ど……どうしたんですか先輩方!? ぼ、ボクなにかやっちゃいました……!?」
俺とニニは両側からナギサに抱きつく。
安堵からか、二人とも半泣き状態だった。
あとで考えると全裸の中学生に抱きつく高校生二人というのはなかなか事案な光景だったが、このときの俺達はそんな事はどうでもよくなっていた。
「もう! 心配かけやがって! ぐすん、よくやったな!」
「ご無事でなによりですわぁああああ〜〜!!」
「え、えへへぇ……ちょっと苦しいですよぉ……」
「ご、ごめんな疲れてるのに!」
「身体が冷えてますわ、ぐすっ。すぐ拭いて暖めましょう」
タオルを手に両側からわしゃわしゃと濡れた身体を拭いてやる。ナギサは少しくすぐったそうにしていた。幸いすぐに熱は戻った。
着替える間、俺はまた冷静になったニニに目隠しをされていた。
「ほんとうに身体はなんともないのか? 酸欠で頭がぼーっとしたりとか」
「だ、だいじょぶですよぉ……えへへ、ボク、カエルさんを探すのに夢中ですっかり遅くなっちゃったみたいですね」
「ああ。15分も潜ってたから、俺もニニも流石にまずいと思ってな──取り乱して悪かった」
「い、いえいえそんなっ……! ボク、20分くらいなら平気へっちゃらですから!」
「マジかよ。それギネスとか乗れるんじゃ?」
「ぎ、ギネスは流石に無理ですね……もっと凄い人もいるので……」
世界って広いんだな。まだまだ俺も井の中の蛙だったってわけか。カエルだけに。
それから着替えを終えたナギサを連れ、今度こそ深層ボスのフロアまで戻った。また踏み台になると危ないので、ニニが俺を肩車して鍵を回すことになった。
悲しいけどこの方がしっくりくるんだよな……俺の方がニニより小柄だし……。
──さて。これでなんの関係もない鍵だったら、目も当てられないところだが──
カチリ
杞憂に終わってなによりだ。
手応えはあり。無事に解錠できたはずだ。
俺はニニの肩から飛び降りる。
「よし。扉を開くぞ。ここまでと同じなら、ボスもいないと思うけど──」
「──気をつけてください、バカラス。この扉だけ鍵をつけて勿体ぶっていたのは不自然ですわ」
「ああ。なにかあるかもしれないな」
「ナギサ、後ろに下がってなさい」
「う、うんっ! 先輩方も……気をつけてっ!」
クロネを抱いたナギサが少し後方に下がる。俺とニニが警戒しながら、ゆっくりと扉に力をかける。ギイィという鉄の軋む音。扉から漏れる細長い光。
「────え? この、匂いって────」
深層ボスのフロアは、やはり無人
では、なかった。
パチ…
パチ…
パチ…
パチ…
「いやあ、見事見事。まさかここまで辿り着けるとは思っていなかった」
俺達を出迎えたのは、渇いた拍手の音と、満面の笑顔、そして賛辞の言葉。深層ボスフロアの中心で、その男は直立不動で柏手を打っていた。
それは自分こそがこの場所の主人であることを、誇示しているかのようにも見えた。
「し、白鷺先生……! 良かった、あの、ボク達、ドローンが通信障害で……」
「待てナギサ」
先生に駆け寄ろうとするナギサを制止する。
「白鷺先生、通信障害があった事はわかっていた筈ですよね」
「ああ。勿論だ」
「だとしたら、なぜ授業を中断しなかったんですか? モンスターも居たしトラップも作動していた。ダンジョンマスターの権限で止められた筈ですよね」
「さて、何故でしょう?」
「それにその反応、俺達がここに来る事がわかっていたみたいだ。まるで、観てきたかのように」
考えたくはない。
考えたくはないが。
この通信障害が意図的に起こされたものだとしたら──
俺達を狙ったものだったとしたら──
「──────ふっ。ふふふっ」
先生は、答えてはくれなかった。
その代わりに。
「あーっはっはっはっ! 本当に優秀な生徒達だ!」
高らかに笑った。




