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第73羽 方向音痴、後輩少女との再開、今日の授業はダンジョン探索ですかっ!?

 〜私立シブヤ学園〜



 私立シブヤ学園は、中高一貫のエスカレーター式の学校だ。東京のいわゆる名門校で、授業料は恐ろしく高い。

 そんな名門の学園で、特待生の俺は──


「くそっ、また迷っちまった!」


 いつものように、迷子になっていた。




 俺の名前は骸屍(くろばね)鴉守(からす)

 年齢16歳。私立シブヤ学園に通う高校2年生だ。


 休み時間の教室で俺に奉仕をさせようとしてきたニニと、俺の恋人のクロネがバチギスやり始めたので、火種である俺はこっそり退散すべきとお手洗いに逃げたのだ。

 その後、次の授業が移動教室だったことを思い出す。前に一度行った場所だし直接行って合流すればいいかと進み始めたのが運の尽き。


 気がつけば見知らぬ教室が並んでいた。

 似たような扉! 似たような窓! 似たような天井! 似たような階段! 似たような曲がり角!

 なんで学校って似たような景色が多いんだよ!


「へっ。この学園、まるでダンジョンだぜ──!」


 そんなわけあるかいと心の中でセルフツッコミを入れる。だがこれも探索の練習と思えば苦にはならない。休み時間の余裕はまだある筈だ。

 まずは知っている教室を糸口にしようと、人気のない教室の扉を開き、中に入ってみた。


「「────へぇ?」」


 ふたつの声がシンクロする。

 肌色。

 空き教室の中央に全裸の少女が佇んでいた。

 彼女の足元には、衣類が綺麗に畳まれていた。


 え? え??? 

 着替えかな?? こんなところで一人で? なんで?


 ──ってそんな場合じゃない!!

 慌てて硬く瞼を閉じ、手探りで教室から外に出ようとする。


「ひょわええええええっ!? ごっ、ごめんなさいぃ!」

「いやこちらこそなんかよくわかんないけどごめんっ!! ほとんど見てないから!!」

「ふぇ? ──か、かかかか、カラス先輩っ!?」


 ──あれ、知り合い?

 いや、聞いたことあるぞ、この声。


「ぼ、ボクですっ、あのとき助けていただいた!!」

「………………ツル?」

「いっ、いえ鶴ではなく!? ハラジュクダンジョンと、テーマパークで助けていただいた!!」

「……ああ〜!!」


 思い出した思い出した。

 この子、ここの生徒だったのかよ。





「お、驚かせちゃってごめんなさいぃ……」

「いや、いいよ。早く着替えな」

「ふぁいぃ……」

 

 後ろを向いている間にいそいそと少し大きめのブレザーを着て、ちょこんと椅子に体育座りをする少女。制服のリボンから、中等部の子だとわかった。

 小刻みに震える様がまるで小動物みたいだ。


 いや、まあ。

 俺も背の高さは大差ないけど。


「まさか同じ学校の後輩だったなんてね」

「え……ぇへへぇ……また、ぐーぜんですねぇ、先輩ぃ」

「そういやこないだは、ホテルのチケットありがとな」

「あ……あはは、楽しんでくれましたか……?」

「うん。クロネも喜んでたし、いい思い出になったよ。今度何かお礼しなくちゃあな」

「そ、そんな、そんな……いいですよっ……!」

「身構えなくても大丈夫だって。そうだ、名前聞いてなかったな」

「は、はい! ぼ……ボクは、小井戸(まめいど)(なぎさ)……っていいます」

「可愛らしくていい名前だな」

「えへっ……えへへぇ……嬉しい」


 へにゃりと笑うナギサ。いい子だな。

 ──あれ、なんかこれ中学生をナンパしてる上級生みたいな構図になってない? 俺はクロネ一筋だし口説く気はさらさらないけど……誤解される前に話題を変えるか。


「あ〜……そうそう、そういやナギサは、どうしてこんな空き教室で着替えてたんだ?」


 びくんっ!

 ナギサの身体が椅子から5センチほど跳ねあがる。


 あれ? この話まずかったか?


「あ……あにょ、あのっ、ボク、着替えてたワケじゃなくて……」

「え、でも服脱いでたよな?」

「…………それは、そのぉ…………」

「もしかして日光浴? ヌードモデルの練習?」

「え、えっとぉ……ちちっ、ちがくてぇ……」

 

 ゴニョゴニョと口籠るナギサ。


「……そ、それよりカラスのお兄ちゃんは、どうして中等部棟に……?」

「ここ中等部棟だったのか」

「そうだけど……し、知らずに来たの……?」

「うん。道に迷っちゃってさ」


 気恥ずかしさを誤魔化すように、ぽりぽりと後頭部をかく。『先輩その歳で迷子なんですかぁ……?』とか思われてないか心配だ。


「ふへ、ふぇへへ……」

「な、なんだよ」

「ごごごごめんなさいっ! だって先輩、切り抜きの動画とかではあんなにカッコいいのにぃ……え、えへへ……」

「むっ……」


 ナギサにとってはなんかツボだったらしい。

 口元を抑えて笑いを噛み殺している。

 切り抜き見てくれたのはありがたいけど。


「あの……それで、先輩はどこに行こうとしてたんですかぁ……?」

「ああ、移動教室だよ」

「移動教室、ですかぁ……案内できるかもしれませんよぉっ!」


 ぐっと控えめなガッツポーズをしてみせるナギサ。

 ごめんよナギサ、頼り甲斐よりもどちらかというと庇護欲を感じてしまう。


「どこの教室なんですかぁ?」

「B39ってとこだけど……」

「B39ですかっ」

「いや、わかんないと思うよ。高等部生、それも2年までは使わない場所だし──」

「大丈夫ですっ! そ、そこ、ボクもこれから向かおうと思ってた教室なんですっ!」


 え?

 なんで?

 中等部生が?

 

「ま……またまたぐーぜんですねぇ、先輩っ……えっへへ……」


 俺の疑問をよそに、ナギサはへにゃりと頬を崩した。

 





 〜B39教室〜



 別名、訓練用学園地下ダンジョンの入り口。

 それは、シブヤ学園の地下に眠る"制圧済のダンジョン"だ。過去の経緯には詳しくないが、シブヤ学園ではこのダンジョンをある事に活用している。そしてそれこそが、俺がこの学園を志望し入学した理由のひとつでもある。


 それが高等部2年からの選択科目として、シブヤ学園のカリキュラムに新しく加わった"ダンジョン学"。ここ私立シブヤ学園では、なんと本物のダンジョンを使い、実践的にダンジョンについて学ぶことができるのだ!


 今日は、その最初の授業だ。

 

「じゃっ、じゃあ、ボク、先生に呼ばれてるから……」

「ああ。ありがとな、助かったよナギサ」

「えへへぇ……」


 ナギサはほころんだ頬を両手でおさえながら、パタパタ走っていった。やっぱり小動物なんだよなあ。けど彼女のおかげで、なんとか授業開始前には間に合ったようだ。


「ご主人〜〜〜ッッッ!!!」

「ぐえっ!?」


 そして俺は、しばし放置してしまっていた恋人から強烈な愛のタックルを受ける。

 

「うっうっ、もう会えなかったらどうしようかと思いましたにゃ、ぐすん」

「10分も離れてないだろ?」

「にゃらははっ♪ けど、ちゃんと来れたみたいで良かったにゃ。もう少し待って来なかったら探しに行くところだったにゃ」


 おいおい流石に過保護過ぎるぞどんだけ俺の方向感覚信用ないんだよ──と言いかけたが、ナギサに出会わなければ辿り着けてなかった事を思い出し、ぐぬぬと口を閉じた。


「まったく腹黒猫は大袈裟ですわね。それよりバカラス、疲れたでしょう?」

「うん」

「膝の上に座らせてくださる?」

「文脈一致してねえぞ?」


 しかし断るわけにはいかない。とある一件で、俺はニニの下僕という立場になっている。俺が空気椅子の体制を取ると、ニニは心底嬉しそうに俺の膝に乗って来た。 

 相変わらず重いし尻もでかいが、これくらいなら日頃のトレーニングの方がきついくらいだ。


「いぃ〜ち……にぃ〜い……」

「なにを数えてるんだい、かわいいかわいい俺のクロネ?」

「にゃるふふっ、あとで同じ時間だけそこの乳豚をくすぐり地獄にしてやるにゃ」


 よかった、かわいいクロネで。

 幸いにも程なくして先生が教壇についたため、ニニは渋々俺の上から退いた。俺は床に胡座をかいてノートを取り出す。

 

「ノート持ってきたにゃ?」

「ああ。ユリも楽しみにしてたからな、この授業。ちゃんと気づいたことはまとめとかないと」


「…………ご主人。ユリは」

         「わかってる」


 クロネの言葉を遮る。


 ハワイで怪我の療養中ということになっている、俺の親友、神代ゆり。彼女はクロネに看取られ、誰にも知られずこの世を旅立っていた。


 ──穏やかな最期だったと、クロネは言った。


「今度、あいつの墓参りにでも行ったら備えてやるさ。墓ないけど」

「……メイの話では、バカラス達のやり方でダンジョンをクリアされると困る者が居る、という事でしたわよね」


 反対側からニニが囁く。


「ユリも、メイ達も、わたくしの手脚も、そいつらのせいで──」

「ああ。俺がダンジョンをクリアし続ければ、そいつは絶対に姿を現す」

「ええ、あの狐面の女も、必ず」


 このまま何もかも忘れたフリをして、ダンジョン探索から身を引けば、危険な目に遭うこともないのかもしれない。穏やかな日常を送れるのかもしれない。


 けど、それじゃ納得できない。

 ユリもメイも、理由もわからず殺された。ユリはチェーンソーで首を斬られ、メイは爆死して死体も残っていない。

 彼女達の死をダンジョン内での事故と割り切って、日常に戻るなんて、できるわけがない。




    ゆるせない。


    ゆるせるわけがない。



「必ず辿り着く。そして──落とし前を付けさせてやる」




 静かに、闘志を、決意を新たにする。



「おーいそこ、ちゃんと聞いてるかー?」

「はーい、先生」


 ──殺気だってばかりもいられないな。

 今は、そう。ダンジョン学だ。

 この授業はきっと、俺達のダンジョン探索の助けになるだろう。

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