表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/83

第71窩 轢き逃げ

 ★前書き★

 ★とあるスーツの男性視点です★

 〜腐骨トンネル〜


 私は御室。黎明コーポレーションの経理部部長だ。

 真面目な仕事が幸いし、ゆくゆくは役員のポストにつくのではという話もある。無能で怠け者の同僚や部下を尻目に出世街道。まさに勝ち組の人生だ。


 深夜。残業を終えた私は、愛する家族が待つ家に帰るため、人気のないトンネルを車で走っていた。


 

    PRR…… PRR……


 助手席に放っておいたスマホが不粋な音と光を放つ。

 片手で拾い上げると、発信者の名前が表示されていた。


   "天照CEO"


 3コール以内に通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


「お待たせしてすみません天照CEO、ご用件はなんでしょうか?」

『御室くん、運転中かい? 事故でも起こるといけないし、後で掛け直すよ』

「お気になさらないでください、他に車もおりませんし」


 こんな時間に、CEO自らが私用携帯に電話をしてくるのだ。とり急ぎの要件に違いない。交通ルール遵守などクソ食らえだ。


 それにしても、いったいなんの要件だろうか。もしや昇進の話か!? ついにこの私に、役員のポストが──


『実は、君の会社での地位に関わる話なんだ』


 キタキタキタキタキタキタぁああ〜〜!!

 唇が綻び、涎がこぼれそうになる。運転中でなければ小躍りしているところだ。


 これで生涯安泰ッ!

 新しい車も買えてしまうなぁ〜!


「ち、地位ですか?」

『2ヶ月前の報告書を秘書にチェックさせてみたんだけどね。合わないんだよ。収支の数字が』

「え?」

『君、我が社の金を横領したね?』



      ぞっ



 全身から滝汗が噴き出す。


 2ヶ月前。

 妊娠した不倫相手の女を黙らせるために至急の大金が必要だった。妻にバレては困るため、自分が管理している会社の金に手をつけてしまった。


 しかし、しかししかししかし! それはもう過ぎた事だ! 会社の口座から勝手に借りた金は、きっちり返済した!!

 それなのに、どうして、今になって、どうして──

 

 どうなるのだ、私の進退は──!?

 スマホを取り落とさないよう、しっかりと握りしめる。

 ここは、しらばっくれるしかない。


「は、はは、いったいなんのことでしょうか……私にはさっぱり……」

『知っているかな? 横領は立派な犯罪だ。まさか逃げ切れるとは思っていないよね?』


 CEOの言葉に動悸が止まらない。


 通報? た、逮捕されるのか?

 この私が!? 経理部部長のこの御室が!?

 こんなこんなつまらない罪で!?


『安心するといい。警察には言わないさ。我が社としても社員から逮捕者が出たなどと、こんなつまらないことで評判を落としたくはないからね』

「ほっ────」


 わずかの安堵。もしやすべて水に流してくれるのではないかと、あり得ない期待をしてしまう。

 だが、現実はそう甘くない。


『だけど、けじめはつけなきゃいけない。このまま君を雇い続けては示しがつかないからね。懲戒免職という形にしておいた。これで君は晴れて自由の身というわけだ』


「お、お待ちくださいCEO! これはなにかの誤解でして──」


『誤解? それはつまり、僕が間違っているというのかい、御室君?』


「わ──私は我が社に粉骨砕身、忠誠を捧げてきました! それがこんな──」


『君はもう、我が社とは無関係の人間だ』


「どうか、どうか、チャンスを──!」


『残念だけどお別れだ、御室くん』





      ドシン



 車体に衝撃が走り、急ブレーキを踏む。

 通話に夢中で運転のことを忘れていた。



 フロントガラスにヒビが入っている。


 そしてその割れ窓の向こう、薄暗いトンネルのライトに照らされた車道上に、赤いインクをぶちまけたような跡が見える。



 ヘッドライトに照らされた赤暗い血溜まりに、関節がぐにゃぐにゃとおかしな方向に曲がった、小柄な身体が転がっていた。




   『おつかれさま。そして、さようなら』




 そう言って終了したCEOとの通話も、携帯から聞こえる保留音も、どこか遠い世界のことのように思える。




 ──ひ、轢いてしまった──?──




   ──轢いてしまった!!!──


     ──人を、人をはねてしまった──



   ──殺してしまった──




  ──横領やクビどころじゃない──

 

     ──かなりスピードが出ていたはずだ──




   ──殺人? 過失致死? 危険運転?──






       ──かっ──



 ──隠さないと──




     ──死体を、どこかに隠さないと!──




「はぁ……ハァ…………ひいひいいっ」


 運転席の扉を開き、ふらつく足取りで車外へ出る。車の状態を確認すると、前面は歪に凹み、血がべっとりと付いている。これはもう、どこかに捨てるしかない。


 ──何故、車を先に確認したのか?

 それは私が、自分が轢いたモノを、直視したくなかったからだ。





「──ひ、ひいい──」





 少女は、頭部がばっくりと割れ、全身が赤暗い血で染まっていた。脳漿と眼球が溢れている。下半身が臍から千切れ飛び、先はミンチになっていた。

 全身を強く打って──というニュースが脳裏に流れる。つまりそういう状態だ。間違いなく即死だろう。


「うぷっ──」


 込み上がる吐き気を必死で堪え、少女の死体を持ち上げる。はやく、誰か来る前に、人目につかないうちに捨ててしまわないとと、辺りを見渡す。しかしここはトンネルの中、人間ひとりを隠せるようなスペースはない。


 

 どうする?


    どどどどうすればいい!?


  落ち着け、落ち着け、落ち着け!


 ガチガチと歯が鳴るのを止められない。


 そ、そうだ。確かトンネルを抜けた先には海に面した崖があったはずだ。車ごと崖下に捨ててしまえば──!!


 だが、その後は──?

        逃げおおせるのか!?

    無くした車について聞かれたら?

   海から死体が上がったら?


 ──いや、後だそれは!

 今はまず、死体と車を消すのが先決だ!



 トランクには会社の備品が入っており、ギチギチだ。

 あまり時間もかけられなかった私は、血塗れの少女の肉体を後部座席に転がす。どうせ処分する車だかまうもんか。


「わ、私は悪くない……だいたい、こんなところに突っ立っているお前があ! お前が悪いんだ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、後部座席のドアを乱暴に閉める。そして運転席に戻り、アクセルを踏みこんだ。


「ふふ、ふふふ……ひひひ、けけけ……そ、そうだ、私は悪くない……私は経理部長なんだぞ……? 絶対に、逃げおおせてやる……絶ッたいにだあああああ!!」


 不思議と気持ちが昂ってくる。


 誰にも秘密の夜のドライブ。目的地は海。

 ああ、ああ、なんてロマンティックなんだろう!


「同乗者が礫死体でなければな!」

「……ごめんなさい」


 







 







        幻聴を疑った。



 だってそうだろう?

 私と死体しか乗っていないはずの車内で、少女の声なんて聞こえるはずがない。



「ごめんなさい」



 今度こそ、はっきりと聞こえた。

  言った。

   喋った。


         誰が?


     ……ナニが?


 知らない方がいい。

 気づかないふりをするべきだ。


    頭では、そうわかっているのに。


 まるで操られたかのように、私の視線はバックミラーに吸い込まれていく。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」



 バックミラー越しに、うわごとのように同じ言葉を繰り返す、少女の死体があった。半分がぐしゃぐしゃに潰れた血塗れの顔と、目があってしまった。


「ぎっ、ぎぁあああああああ阿アああああああ!!!」




   バキン



 今日二度目の衝撃と共に、身体が浮遊する。

 トンネルを出た車が、ガードレールを突き破ったのだ。



「ごめんなさい」



 私と死体を乗せた車は、崖下に広がる海へとダイブしていく。荒れ狂う真っ暗な海面は、まるで巨大な化け物のようだ。死体は私を逃さないように、背後から私の首に手を回している。


 スローモーションに移り変わっていく景色の中で、私は、ふと気づいてしまった。


 





 はじめから、私の方だったのだ。

 車に乗せられて、暗い水底に処分されようとしていたのは。





  



    「ごぼ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ