第70羽・幕間 黒川病院にて
〜黒川病院、中庭〜
ぱぁん⭐︎ ぱあんっ⭐︎
中庭で控えめなクラッカーの音を鳴り響かせる。
一応、病院には許可を貰っている。
「サキちゃん、退院おめでとにゃ〜♪」
「おめでとう、サキちゃん」
「ありがとうクロネちゃん! カラスさん!」
笑顔で花束を受け取る小さな少女。
彼女の名はサキ。
難病でこの黒川病院に入院していた少女だ。先日受けた手術が無事に成功し、術後の療養とリハビリを終え、ようやく退院が決まったらしい。
今日はサキちゃんの、退院祝いだ。
「それから、えっと──ニニさん? も、ありがとうございます」
「別に来たくて来たわけではないですわ。義手のメンテナンスに来たらたまたまバカラスの顔が見えたので声をかけただけです」
「じゃあとっとと帰れにゃ」
「まあまあ2人とも……院長の許可取って中庭貸切にしてくれたのはニニなんだし……」
ニニとクロネの間に入って宥める。最近わかった事だが、この2人はハラジュクダンジョンの件が無くてもとことん馬が合わないらしい。
「一応おめでとうは言っておきますわ。初対面ですが」
「あはは……」
「そこに座ってるくらいは許してやるにゃ。それよりサキちゃんに見せたいものがあるにゃっ」
「なになに?」
「ミュージックスタートッ!!!」
クロネが合図をするとぽんぽんぽんと猫幽霊さん達が現れる。見れば手に楽器のようなものを持っており、めいめい音楽を奏で始めた。他の猫幽霊さん達も現れ、音楽に合わせてぴょんぴょんくるくるとダンスを始める。
にゃにゃにゃ〜ん♪
にゃんにゃ〜ん♪
にゃにゃにゃ〜ん♪
にゃんにゃ〜ん♪
かわいい。
「わぁあっかわいい♥ それにみんなとっても上手!」
「この日のために練習したにゃ、お祝いのダンスだにゃ♪」
「ありがとうみんなっ!」
サキちゃんの声援に応えるように、猫幽霊さん達はにゃんにゃんと手を振ったりお辞儀をしたりしている。
かわいい。
「──って、なんだよニニ、そんなとこ隠れて」
「あ、あいつらはちょっとしたトラウマなのですわ……」
ニニは縮こまって俺の背中にぴったりとくっつくように身を隠していた。ひょっとしてコイツ、猫幽霊さんが苦手なのか? あんなにかわいいのになあ……。
「けどクロネ、いつの間にサキちゃんとこんなに仲良くなってたんだ?」
俺は不思議に思っていた。
サキちゃんはユリの親戚の子で、ユリのファンだ。ユリがサキちゃんの見舞いに行くときに一度だけついていったくらいで、接点は殆どない。もし次に会うにしろ、ユリと一緒のときだろうと思っていた。
「クロネちゃん、あれから何回もお見舞いに来てくれたんだよね!」
「え、そうなの?」
「うんっ、猫幽霊さんを見せてくれたり、面白い話をしてくれたり!」
「にゃらはははっ、ヒマなときにたまにちょくちょく顔出してたくらいにゃっ♪」
「手術の後で辛いときもあったけど、励ましてくれたんだよね!」
「本当によく頑張ったにゃ、サキちゃん」
クロネのやつ俺の知らないところで、そんな事をしてたのか。なんだかちょっと誇らしくなる。
ユリのやつがハワイで怪我の治療中なのは、クロネも知っている。サキちゃんを寂しがらせまいと思ったのだろう。
「ユリお姉ちゃんのお見舞いにも行きたいなあ……最近おしゃべりできてないし」
「にゃらはははっ♪ ユリならナンパのし過ぎでスマホ取り上げられてるにゃ♪」
まじかよ。なにやってんだあいつ。
「なんでクロネがそんな事知ってるんだ?」
「ネコノタタリ達と調べたにゃん♪」
猫幽霊さん、ハワイにも行けるのか。すごい便利だな。
しかしナンパのし過ぎか。アイツらしいっちゃらしいな。なんか前は精密機器がどうとか言ってた気がするけど、帰って来たらとっちめてやる必要がありそうだ。
「けど、ネコノタタリが直接ユリの声を聞いて来たにゃん。サキちゃんが元気になったこと、すっごく喜んでたにゃっ!」
「ホント!? ありがとう、クロネちゃんっ」
「にゃらはははっ、お安いご用にゃ♪」
「そうだ、クロネちゃんにプレゼント!」
サキちゃんがクロネの指に、そっと指輪のようなものをはめる。シロツメクサの造花の指環。
ユリがサキちゃんに貰ったのと同じものだ。そういやあのときはウエノダンジョンでユリが指環をなくして、一緒に探したんだっけ。
「──にゃるふふっ、大事にするにゃ♥」
きっとこれは、本当に大事な人にしか贈らないのだろう。クロネもどこか照れ臭そうに、けど、嬉しそうにしていた。
「なんかいいな。ああいうの」
「バカラスにはわたくしがあげたじゃありませんの。鍵付きの腕輪」
「……いやそういうのじゃなくて……」
「え、指環がよかったんですの?」
「そうじゃなくて……」
────
──
退院祝いが終わり、サキちゃんは迎えに来た両親と共に自分の家に帰っていった。ニニのやつはまだ病院で用事があるらしい。
俺とクロネは、2人で病院からの帰り道を歩いていた。
「ありがとなクロネ、俺も誘ってくれて」
「いえいえ、楽しんでくれたならよかったにゃ」
「なにかあったのか、クロネ」
ずっと感じていた疑問を口に出す。
サキちゃんの前では明るく振る舞っていたが、今日のクロネは時折、思い詰めたような、なにか迷っているような表情をしていた。
以前までの俺なら気づかなかっただろう。
だけど、俺はもう決めたんだ。
クロネが出すどんなに僅かなサインも、絶対に見逃さないって。
「ご主人」
クロネは立ち止まる。
その目と声には、決意と、ほんの少しの観念が混じっていた。
「ご主人は言っていたにゃ。隠し事はしないでほしいと」
「ああ」
「──うちは──うちが、ご主人に隠していたことが、もうひとつありますにゃ」
「……聞かせてくれるか?」
俺は聞かなければならない。
たとえそれが、どんなに辛い真実だろうと。
俺はもう、クロネひとりに背負わせたりしないと。
「ご主人。………………ユリは、もう──」
このとき始まったのだ。
俺とクロネが紡ぐ、断罪の物語が。




