第69窩・番外編 姥捨山
★とあるサラリーマンの視点です
〜オチャノミズダンジョン上層〜
「はぁ……はぁ……どこに隠れてるんだ、あの婆さん……」
僕はコウヘイ。ただのしがないサラリーマンだ。
ダンチューバー? 配信者? あんなゴミクズどもと一緒にしないでもらおう。
僕の月の残業は平均60時間。真面目に働き、苦労して、それでも稼ぎは少ない。くだらない動画を投稿して楽に稼いでいる奴らをみると吐き気がするほどの嫌悪感を覚える。
じゃあ何故、ダンジョンなんかに居るのかって?
僕だってこんな場所に来たくて来たわけじゃない。僕は探しに来たのだ。数ヶ月前にこのダンジョンに置き去りにした、僕の祖母を。
あれは数年ほど前の話だ。
高齢だった祖母はあるとき体調を崩し、物事がうまく考えられないようになった。それからはずっと母が祖母の世話をしてきた。
父は"介護は女の仕事"と考えて協力的では無かったし、僕も同じスタンスだった。そんな家に嫌気がさしたのか、母は家を出て行った。熟年離婚というやつだ。
誰かが祖母の世話をしなければならない。
だが介護なんて面倒だった。だいたい僕には、そんな事をしている暇も金もないのだ。仕事を休めば白い目で見られるだろう。いっそ寝たきりになってくれるなら良かったものを、無駄に身体が丈夫なせいで、施設にも入れられない。
そんなとき、たまたまダンジョンの事を調べる機会があった。
それは僕にとって驚きだった。ダンジョンでは何人もの若者がモンスターやトラップで命を落としている。
それでも国がダンジョンに潜る探索者を止めないのは、スタンピードでモンスターが外に溢れた場合に誰も対応できないからだそうだ。探索者はダンジョンの外では役立たずらしい。滑稽な話だ。
だが、僕にとって重要な点はそこじゃあない。
ダンジョン内の事故や事件は警察にはろくに調査できず、いまだに行方不明者も多いという事だ。ダンジョン協会なんてのもあるらしいが、刑事事件の取り扱いなんてしていないだろう。
僕は、気づいてしまった。
ダンジョン内の殺人は"隠蔽"が容易なのではないか?
ダンジョンの中になら、邪魔な祖母を、棄ててしまえるのではないか?
山奥や樹海より、確実に始末できるのではないか?
決断は早かった。
僕は親父に計画を話し、深夜、寝静まった祖母をトランクに詰めてダンジョンに運んだ。ダンジョンスキルとステータスを確認したが親父は探索者としてもカスだったため、僕が祖母を置いてくることになった。
初めてだというのにモンスターやトラップも難なく対処できた。ダンジョンには人間の恐怖心を抑制する効果でもあるのだろうか?
中層へ行き、人目の無い場所を選んでトランクごと落とし穴トラップに落とした。直接死体を確認するような気持ち悪い事はしたくなかったが、どうせ生きて帰ってこれるわけがないとたかを括って、僕はダンジョンを去った。
──それがいけなかったのだ。
数日後にダッシュババアの噂が出始めた。
同じ老婆。
同じ時期。
同じダンジョン。
そして同じ赤い着物。
──共通点の多さに背筋が凍った。
ダッシュババアの正体は僕の祖母だ。
ダンジョンスキルを得て、あの落とし穴から脱出して生き延びたのだ。モンスターに食われるどころか、モンスターを食って生きていたのだ。
僕の願いも虚しくダッシュババアはトレンドになり、捕まえようという探索者まで出始めた。
もしもダッシュババアが捕まって、素性を調べられたら?
もしも祖母が、トランクに詰められて捨てられた事を覚えていて、警察で証言されたら?
僕は終わりだ。
ダンジョンに潜り、ダッシュババアを探し始める日々が続いた。父は頼れない。きっと捕まっても僕の単独犯だとシラを切るだろう。
配信用ドローンなんて持ってない僕は、懐中電灯の頼りない灯りで、暗闇をひたすらに歩いた。
トレンドにダッシュババア捕獲の記事が載っていたときは肝が潰れ、心臓が止まるかと思った。見たくもないカラスとかいうガキの配信を観た。そして、胸を撫で下ろした。
あのガキとリスナーどもは気づいていなかった。
ガキが中層で見たダッシュババアは、下層で出会った老婆とは明らかに別の人物だ。きっと追跡しているうちにどこかで取り違えたのだ。ダッシュババアの正体を知っていた僕だから気づくことができた。
そう。
中層にいたダッシュババアこそが、
おそらく、僕の────
「ごはん」
しわがれた声にギョッとして振り返る。
心臓が飛び出るところだった。忌々しい出来事を回想していたせいで、背後に立つ謎の老人にまったく気づかなかった。
「ごはん…………」
懐中電灯の薄暗い光の中に、赤い着物の老婆がたっていた。
ダッシュババア。死に損ないの僕の祖母。
ようやく、ようやく見つけた。
「バアさんか……?」
僕は警戒を解くようを話しかけながら老人に近づいていく。呆けているのか、僕に突き落とされた事に気づいてないのか、逃げる様子はない。
近づくと腐った魚と肉を混ぜたような匂いが鼻をつく。最悪だ。
「ごはん……」
「家に帰ろう、な? 悪かった、こんな所に置き去りにして」
家に帰してやる気などさらさらない。今度こそちゃんと、この死に損ないを殺さなければ。
あたりに目撃者はいない。人目の無いところでマグマにでも突き落としてやればいい。
「ごあん……」
「ああ、ご飯も食べよう。お腹空いてるだろ」
「……ごあん」
老婆は差し出した僕の手をしっかりと握り、そして、ゆっ、くりと、その頭を上げた。
「────バアさん────」
至近距離で老婆の顔を見た僕は、再び凍りつくことになる。
「あ、あ──アンタ、いったい、だっ、誰なんだ──────!?」
違う。
祖母じゃない。
老婆の瞳は異常に大きく、白眼は黄色く濁っている。鼻はもげていて、紫色の唇がズタズタになっている。その服もよく見ると赤い着物ではなく、血に染まった白装束だった。
誰なんだ──?
誰なんだ、この老婆は──!?
その不気味な老婆は、ぐちゃりと赤く染まった歯を剥き出しにして笑った。
「こ゛は゛あ゛あぁん」
──ああ、そうか。
僕はようやく理解した。
うちだけじゃなかったんだ。
ダンジョンを"姥捨山"にしていたのは。
ひょっとしたら"ダッシュババア"は何人も存在して──
見知らぬ老婆に首筋を噛みちぎられながら、僕は最期にそんなことを考えていた。




