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第67羽・幕間 方向音痴、悪役令嬢との約束を果たす 2

 〜ニニの屋敷・脱衣場〜



「ニニ。俺、彼女居るんだけど」

「誰のおかげで彼女と再会できたんですの?」

「それはまあ、お前のおかげの部分もあるけど……」

「お前はわたくしのなんですの?」

「………………下僕だけど」

「よろしい」


 駄目だ。反論できない。


 そのままなんやかんやで脱衣場の椅子に座らせられた俺は、タオルを頭に巻きつけられていた。目隠しだ。このまま風呂に入れということなのか?


「先に言っておきますが、もし許可なくタオルを取ったら殺しますわよ?」

「はいはい」


 恥ずかしがるならひとりで入ればいいのに、とか言うとまた怒り出しそうなので黙っておく。

 暗闇でじっとしていると、衣擦れの音の後で、ぱさりと床に布が落ちる音がした。ニニのやつ、本気で俺に背中を流させる気なのか。


 それからゴソゴソという音。

 ……服を脱いでるだけにしてはやけに時間かかるな?


「──さてと、もう目隠しをとっていいですわよ」

「え? とってもいいのか??」

「ええ、どうぞどうぞ♪」


 やけに陽気な声に恐る恐るタオルを取り、目を開く。

 俺の前に立つニニは、ビキニタイプの水着を着用していた。わがままボディのせいで紐がぱつぱつだ。


「ぷっ、裸だと思いました?w そんなわけないでしょう、や〜い、バカラスのえっち♥」

「誰がえっちだ!! 風呂なんだから普通は裸だと思うだろ!?」

「似合います?」

「似合うよ!!」


 文句を言いつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

 良かった。ニニにちゃんと羞恥心があって。


「じゃあさっさと入って、さっさと出るぞ」

「なんですのバカラスつんけんして──あ! さては、わたくしの美しい裸が見れなくてガッカリしてるんでしょう?」

「違うけど?」

「アテがはずれて残念ですわね♪」


 イラッ。これ以上は面倒くさくなりそうなので、ハラジュクダンジョンのときのようにニニをお姫様抱っこで抱える。


「なななななななにするんですのいきなり!?!?」

「どうしたそんなに焦って。暴れると危ないぞ」

「こっ、こんなことしろなんて頼んでませんわ!?」

「下僕が姫をお連れするのは当然だろ?」

「ひ、姫って」

「まさかこれくらいの事で照れてるのか? 風呂に入ろうとか言い出したくせに? 散々俺のこと揶揄ったくせに?」

「ば、バカラスのくせに生意気ですわ!」


 ふう。少しだけスッキリした。

 このテンションならなんとか風呂も乗り越えられそうだ。







 〜ニニの部屋〜



「ふぃ〜さっぱりしましたわ♪」

「なら良かった」


 ニニの髪を乾かして、櫛でとかしてやる。義手だと指で感触もわからないし繊細な動きもできず、大雑把にしか洗えてなかったらしい。自分じゃ洗いにくいところまで隅々まで洗ってやる羽目になった。


 もう陽が傾き始めているが、相変わらずこの家には他の住人の気配はない。風呂でニニから聞いたが、屋敷とメイド1人といくらかの手切金を渡されて、親から勘当されたらしい。


 新しいお手伝いさんを雇う気はないのだと言う。一人暮らしは少し心配だけど──心を許せる相手とじゃないと暮らしたくないだろうし、下手に信頼できない人間を雇えば残った金を騙し奪われるなんてリスクもある。


 こればっかりは、俺が気安く口を出せることじゃない。


「バカラス。そこのカーテン開けてくださる?」

「なんで? 西からの日差しが入って眩しいだろ」

「少しくらい平気ですわ」


 言われた通りカーテンを開くと、西陽に照らされた庭が一望できた。よく手入れされた花畑の傍に、オシャレな木のテーブル。それからテーブルの上に、白い皿が置かれていた。


「食べ残しか? 片付け忘れてるぞ」

「ああそれ、お供えですわ」

「あ──。……そっか」


 ハラジュクダンジョンの深層でメイが亡くなった事は、世間に公表されていない。世間的には生きている人間の墓をつくるわけにもいかず、彼女がよくお茶をしていた庭のテーブルに皿と食べ物を置いているらしい。


 いわば名もなき墓標、か。


「殆ど鳥が食べていってしまいますがね」


 そう言いながらニニは、グランドピアノの前に座った。蓋を開き、ポン……ポン……と、指で鍵盤を叩く。

 精密な動きのできない義手だ。それは曲とも呼べない、音の羅列だった。


 だからカーテンを開けたのか。

 メイに、ピアノを聞かせてやるために。


「はぁ〜あ。やっぱり義手じゃ演奏は無理みたいですわ」

「そんなことないって」

「下手なお世辞はいいですわ。自分が一番分かってますもの」


 ニニは残念そうにピアノの蓋を閉じると、椅子にもたれかかる。


「けっこう練習したんですがねえ」

「努力家だったんだな」

「ええ。ぜんぶ。ぜぇ〜〜〜〜んぶ、失くしてしまいましたけどね!」


 天井を見上げるニニは、どこか呆れたように息を吐き出す。


「手も。足も。親も。従者も。ピアノの演奏も。──ふふっ。むしろ笑えてきましたわ。こんな短期間でなにもかも失くしてしまうなんて、聞いたことあります? 逆にすごくありません?」


「ニニ──」


「いいですわいいですわ。くよくよしてばかりもいられませんわ! この逆境を乗り越えて、ニニちゃんの逆転劇、いえ、大逆転劇が始まるのですわ! 刮目なさい、庶民ども! おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!!」


「居るだろ。俺が」








 高笑いしていたニニが、丸い目をぱちくりとさせる。

 永遠のような、数秒の沈黙。


 どこかで、鴉が小さくカァと鳴いた。





「ぜんぶ失くしたっていうけど。まだ、俺が居るだろ。俺は、お前の下僕らしいからな」


「ふ────ふ、ふふっ──な、なんですのそれ。少しクサすぎますわよ、バカラス」


「うっさい」


「──ふふ、ほんとに、もう──ふふふ、ふ──────ぅ──────────う゛……うう゛……………………っ……うぐうううう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……!!」



 気がつくとニニは、顔をくしゃくしゃにして、血が滲むほどに唇を噛み締めて、ぼろぼろと涙を溢していた。やっぱり、平気なわけない。ずっと無理してたんだ。


 ピアノだって、ちゃんとメイに聞かせてやりたかったよな。



 ニニの隣に座って、背中をさすってやる。

 落ち着くまで、しばらくの間そうしていた。




 ────

 ──




「ほんとにいいのかよ、帰っちゃって」


 屋敷の前でニニが手配したタクシーを待つ間、何度目かの確認する。ニニは逞しいやつだが、ひとりにして何かあったらとどうしても思ってしまう。


「なんですの? 帰りたくないんですの? まさか引き留めて欲しいんですの?」

「そういうわけじゃないけどさ……」


 今後は週に一度だけ屋敷に来て、ニニの相手をする事になっている。命懸けの対価がそれでいいのだろうかと、思わなくもない。


「もう潔くお行きなさいな。愛しの腹黒猫が待ってますわよ」

「──わかった。なんかあったら、すぐ連絡しろよ」

「ええ。その時は5秒以内に来なさい」

「無茶苦茶言うじゃん……」

「あ、来ましたわよ」


 やがて遠くにタクシーの陰が見える。


「なあ、ニニ」

「なんですの、バカラス?」

「今度来たときさ、教えてくれないかな。ピアノ」

「え、わたくしが? お前に?」

「うん」

「構いませんが──ちなみに楽譜は?」

「読めないけど」

「ハァ……先が思いやられますわね」


 ニニは呆れたように肩をすくめ、溜め息をこぼす。

 だけどその顔は、なぜだか今日、一番嬉しそうに見えた。














 〜おまけ。夜・カラスのアパート〜



「────それで、アイツは元気そうだったかにゃ?」

「まあ、ぼちぼち」

「じゃ、いいにゃ。」

「気にしてるなら来ればよかったのに」

「別に気にしてないにゃ。…………それよりそのクソダサ──個性的なブレスレットはなんなのにゃ…………?」

「カッコいいだろ?」

「……………………………………………………うにゃあ。」

「フレーメン反応!?!?」

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