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第65羽・幕間 方向音痴、クロネといちゃいちゃラブラブ甘々デート!? 俺の彼女が可愛すぎる件 2

 〜リゾートホテル〜


 最上階のオーシャンビューに通された俺たちは、大きな窓から見える絶景に息を呑んだ。海原に夕陽が沈むところは、この世のものとは思えない美しさだ。夜はきっと満天の美しい星空が見えるだろう。

 吸い込まれそうなほど真っ赤な海を眺めていると、沖の方で小さな子どもが泳いでいるのに気づいた。俺達を見て、おいでおいでと嬉しそうに長い両手を振っている。





「もしかしてここって幽霊とか出る?」

「わかんないにゃ」


 海が見えないように、そっとカーテンを閉めた。


▽『しかしすごい部屋だな〜』

▽『一泊いくらするんだろ?』

▽『庶民には手が出せねえよ』

▽『うらやま』


 4Lの部屋には大型のテレビが備え付けられており、王様が寝るような豪華なベッドに、ひと目で高級品とわかるソファやシャンデリアが並んでいた。冷蔵庫にある名産品は自由に食べてもいいらしい。炭酸ジュースがキンキンに冷えている。


 なんていうか、異世界だ。


▽『全部屋見たい!』

▽『実況向けだな』

▼『窓開けて』0円

▽『窓開けたら寒いだろ』

▽『こういうところは開かないようになってるんでね?』


 汗もかいたし、まずはバスタブに湯を溜める。勿論風呂も足を伸ばせるくらいのサイズだ。ジャグジーもついている。


▽『カラスくんはいつも足伸ばしてるでしょ?』


 なんで俺の考えてることわかるの?

 どうせチビですが?


▽『てかいいもの貰ったじゃん』

▽『人助けはするものだ』


 ほんとにな。

 もしまたどこかであの子にあったら、ちゃんとお礼しないと。


「ふっかふっかにゃ〜」


 王様のベッドに飛び乗りごろごろと転がるクロネ。

 可愛い。


「ニニの家のベッドといい勝負にゃん♪」

「なんで知ってるんだよ」

「にゃるふふふっ♪ ニニを家まで送ったときに、もこもこのベッドだったから、つい♪」


 勝手に入ったのか。珍しくわんぱくだな。

 俺もベッドの淵に腰掛ける。


「けど一番好きなのは──ここだにゃん♥」


 クロネはおもむろに黒猫の姿に戻ると、俺の膝の上でまるまり、くあぁ〜とあくびをした。


 かわいい。


▽『かわいい』

▽『かわいい』

▽『かわいい』

▽『かわいい』

▽『かわいい』

▽『かわいい』


「じゃあホテルの部屋も披露したところで、そろそろ疲れてきたし配信終わろうと思います」


▽『ええっ夜まで見せてよ』

▽『残念!もっと見てたかった〜』

▼『中に入れて』0円

▽『無茶言わない』

▼『二人の時間を楽しんでな』5000円

▽『おつからす!』

▽『おつくろね〜』

▽『おつからくろ』

▽『おつからくろ!』


「おつからす!」

「みゃあ〜♪ (おつくろね♪)」


▽『さて、あとは恋人同士で夜のお楽しみだな』

▽『大人の階段のぼっちゃう……ってコト!?』

▽『攻略するんだな!?クロネちゃんというダンジョンを!!』

▽『抱けーっ! 抱けーっ!』


「しないから!!」


 リスナーの皆にツッコミを入れつつ配信を終了した。ダンジョンの外でも好き勝手に騒いでるな。けど、そういうのも嫌いじゃない。


「まったくもう」

「しないのかにゃ?」

「え?」


 いつの間にか人間の姿に戻っていたクロネ。正面から俺の膝の上に深く腰掛け、背中に手を回してくる。


「しないのかにゃ、ご主人?」

「な、なにを?」

()()()()()()()()()()()()に決まってるにゃ♪」


 可愛らしく首を傾げるクロネ。心なしか口元が悪戯っぽく緩んでいるように見える。かわいい。

 こちらも思わず挙動不審になってしまう。


「い、意味わかって言ってるの?」

「うち、欲しいにゃ」

「なっ────なにを?」

「ご主人の、あ・か・ちゃ・ん♥」













     ──ピロリロリロ──♪

     ──オ風呂ガ沸キマシタ♪





「あっほら! お風呂! お湯! 沸いたって!」


 風呂自動の音声に助けられた。

 永遠に時間が止まっていたかと思ったわ。


「そうみたいにゃ♪」

「クロネ!! 疲れたろ!? 先入っていいぞ!」

「それってつまり"先にシャワー浴びてこいよ"──ってコトにゃん?」

「ちちちちがうわ! お湯! 冷めちゃう! 入りなって!」

「にゃるふふふっ♪ は〜い、にゃん♥」


 ひらひらと揶揄うように手を振って、クロネは浴室にスキップしながら消えていった。


 俺はドサリと仰向けにベッドに倒れる。全身から汗が噴き出して、顔の火照りがおさまらない。心臓がドクドクバクバクとやかましくて、天井が、世界が、回っているみたいだ。





 ──びっくりした。


 びっくりした、びっくりした、びっくりした、びっくりしたびっくりしたびっくりしたびっくりしたびっくりしたびっっっっっくりしたああああああああああああああ!!!


 いきなりそんな展開くる!?!?


 そりゃ確かにクロネは可愛いし大好きだし、だからこそ告白して恋人になったんだし、キスもしたんだし、そういう流れにいつかはなるかもと思ってたけど!! 思ってたけど!!!


 嫌か? と言われればまったく嫌じゃないけど!


 クロネと、その、赤ちゃんとか、そういうことをするのはイヤじゃないけど!! 緊張はするけど、むしろ、気持ちは高揚するけど!! したいかしたくないかなら、したいけど!!!

 でも俺やり方よく知らないんだけど!? せめて事前に練習とかさせてくれないと、恥かいちゃうの怖いんだけど!? クロネに痛い思いだけさせて"全然気持ち良くなかったにゃ〜ヘタクソにゃ〜"とか思われたら立ち直れないんだけど!?


 早い早い早過ぎる!! 全ッ然、心の準備ができてないぞ!? 付き合ってまだ数日じゃん!! 数日じゃん!!! 早いよクロネ!!


 まさかプロポーズや結婚より前に"赤ちゃんが欲しい"なんて言われるとは思ってなかったぞ!?



「もしかしてクロネって、肉食系なのか──?」



 そういや初めてのときも裸エプロンだったし、水着で風呂に押しかけて来たときもあったし、前々から"そういうアプローチ"はされてたんだよな。


 俺はただ、こうしてクロネと居られるだけで幸せだ。だけどクロネが肉食的なスキンシップを求めてるなら、俺は恋人として、応えてあげるべきなのか?


 ──いやいやいやっ、なに考えてるんだ!!

 ダメ!! 雰囲気に流されちゃダメだ! 


 俺はそんな軽薄な男じゃない!!


 古い考えかもしれないけど、こういうコトはちゃんと段階を踏んでいくべきだ。お互いの事をもっとよく知って、関係を育んで、そして、責任の取れる大人になってから、結婚を決めた相手とするべきだと思うっ!!


 今日はキスまで! キスまでだ!!


 ──うん、よし。

 そう決意すると、なんだか心が不思議と落ち着いてきた気がする。


 クロネが戻ってきたら、ちゃんと伝えよう。

 なにも焦る必要なんてないんだって。

 ゆっくり時間をかけて、付き合っていけばいいんだって。


 ────そうすれば、いつか────












"申し訳ありません。残された時間も僅かと知り、なりふり構っていられませんでした"










     ────なんで、いま。


  俺は、メイの言葉を想い出しているんだ?












 沸騰しそうなほどに熱っていた全身の血が、潮のようにサッとひいていくのがわかった。満たされていたものが、足元から崩れてすべてひっくり返されるような恐怖を感じた。内臓が引き裂かれるような心地だった。


 人間の姿に化けて、人間の言葉を喋るから、無意識のうちに勝手に思い込んでいた。

 クロネは、人間と同じように長生きするのだと。


 だけど、違うとしたら?

 あいつの寿命は、猫のときとたいして変わらなくて、俺が考えていた以上に短いのだとしたら?


 何気ない直感が、確信に変わっていく。


 いままでクロネが自分から、何かを欲しいとねだることなんてあっただろうか?


 アイツは、焦っているんじゃないのか?

 俺のそばで生きた証が欲しいんじゃないのか?







    あとどれくらい、一緒に居られるんだ?

    いつか、なんてあるのか──?






「……ご主人〜? どうしたにゃ、ボーッとして」


 いつの間にかクロネが風呂から上がったようだ。

 バスタオル姿で、心配そうに俺の事を覗き込んでいる。

 濡れた髪が艶やかで、ドキッとする。


「あ。ごめん、ちょっと考え事、してた」

「ならいいにゃ。お風呂、先にいただきましたにゃ♪」

「そっか、じゃあ俺も入ってくるよ」

「お疲れなら、はやくお休みになった方がいいですにゃ」


 俺の体調を気遣ってくれるクロネ。

 そんな心配なんていらないのに、優しいなお前は。


「──クロネ」

「?」


 俺も、お前と気持ちは同じだよ。


「──すぐにシャワー浴びて戻ってくるから、待ってて」

「わかったにゃ」


 悩むのも恥ずかしがるのも後でいい。

 この時間は、今しかないんだ。

 クロネのやりたいこと、全部してやろう。



 そのために俺は、お前を追いかけたんだから。

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