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第62羽 方向音痴、別れを告げる

 〜ハラジュクダンジョン深層・コアと台座のフロア〜



「完全に死んだ──と思ったんですがねえ、私」

「目を覚まして開口一番がそれかよ」


 俺達は、仰向けに倒れたメイを囲んでいた。メイの頭はニニの膝枕に乗せられ、両腕は吹き飛ばされて無くなり、両脚は石で潰されていた。


 ニニが俺を信じて魔導砲を撃ってくれるか。

 俺が急所を外してメイを気絶させられるか。

 ──本当に、一か八かだった。


「宝石化、解けたみたいですね」

「おかげさまでな」


 メイを倒した際、彼女が装備していた呪術防御の首飾りが破壊された。そこから琥珀色の光が漏れ出し、俺達の身体を覆っていた赤い宝石はすべて浄化されたのだ。

 どうやらあの首飾りに、呪いに抵抗する力が封じ込められていたらしい。……残念ながら他の探索者達はもう死んでいるからなのか、元に戻らなかった。


 壊れたといえば、あと2つ。


 俺達が持っていた反魔鏡も、あの魔導砲を受けて粉々に砕け散ってしまった。あらためてとんでもない威力だ。

 そしてメイを倒した後で、ダンジョンコアもきっちりクロネが破壊した。深層ボスの群れも消滅して、一安心ってわけだ。


「完敗ですね」

「メイ。お前が土壁で身を隠すなりしてたら、俺達は何をやっても勝てなかった。けどお前は、わざわざずっと俺達に姿が見えるようにしていたな」

「そうでしたっけ?」

「俺達が闇雲に攻撃したら、ニニに流れ弾があたっていたかもしれない。そうしたくなかったから、わざわざ狙われやすい場所にいたんだろ?」

「買い被りすぎですよ。ダンジョン攻略の段階から、カラス殿に遠距離攻撃の手段はないとわかっていました。それでつい、油断していただけです」


 正直、勝った気はあまりしない。終始手のひらの上で弄ばれてた気がするし。それに、メイが油断なんてするとは到底思えないけどな。


 ……すっきりした顔をしているし、今は、そういう事にしておいてやるか。


「それで、両腕がもげたうえにダンジョンマスターですら無くなった、無力な少女の脚を潰したというわけですか」

「なにが無力な少女にゃ、殺されないだけありがたいと思えにゃ」

「おやおや、嫌われちゃいましたねえ」

「──けど、ニニが魔導砲を撃たなきゃ逆転できなかったし、そいつに免じて殺すのは今度にしてやるにゃ」

「そうですか」


 メイにトドメを刺さなかったこと。両脚を潰すだけにとどめたこと。これは俺だけじゃなく、クロネの判断だ。……もしかしたら、ニニとの約束を守りたいという、俺の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。


「お前には聞きたいことがあるにゃ。少しでも余計な事をしようとしたり、嘘をついたりしたら首を掻っ切るにゃ」

「いまさらそんな事しませんよ。それで、聞きたい事というのはなんですか?」

「まず、その"身体"はなんなのにゃ?」


 クロネがメイの"断面"を指差す。腕の切れ目からはいっさい血が流れていない。代わりに配線の束が飛び出しており、バチバチと火花を散らしてショートしていた。

 義手、とも違う。


   ──これではまるで──


「サイボーグ・メイとお呼びください」

「だから笑えねえよ」

「……ウエノダンジョンから助け出されたとき、お嬢と違って私は四肢どころか生命維持に必要な内臓部分も殆どダメになっていたんですよ。心臓や肺を機械に置き換えることで、ようやく生かされているのです」


 ニニの唇が"そんな……"と動いた。

 外傷だけでは四肢を失ったニニの方が重傷に見えたが、実際はメイの方が遥かに危険な状態だったのだ。


「そんな技術力のあるヤツが、どうしてご主人の命を狙うのにゃ?」

「わかりません。──が。話ぶりから察するに、カラス殿達がダンジョンを攻略すると困るようでした」


 俺にダンジョンをクリアさせたくないと思っている奴らが居る。それが、俺達の命を狙う敵なのか。そいつらがメイとニニをけしかけた。


 ──いや、もしかしたら、凶器ピエロのときも──?


 気にはなるけど、メイはこれ以上、なにも知らなそうだった。


「話は終わりですか?」

「そうだな、それじゃ地上に戻るか。メイ、お前は信用できないから、俺が抱えて運んでいくぞ。クロネはニニを──」

「──その必要はありませんよ。私は、ここに置いて行ってください」

「そういうわけにはいかないだろ」

「おかまいなく。もうしばらくすれば、私の体内の機器は機能停止するでしょうから」

「機能停止って──」

「死ぬでしょうね」



   誰も、ひとことも発しなかった。


      ほんの数秒。


    だけど、とても永い時に感じた。



「そんな顔なさらないでください、お嬢やカラス殿のせいではありませんよ」

「……メイ……」

「決まっていた事です。内臓の大部分を機械に交換してるんですから。数日動けただけでも奇跡みたいなものですよ」

「最初からわかってたんですの? ……だから、こんな無茶したんですのね」

「申し訳ありません。残された時間も僅かと知り、なりふり構っていられませんでした」

「馬鹿ですわ、メイ。それじゃ、たとえわたくしの指を治しても……貴女は……」

「天国でお嬢の演奏を聴くのも一興かなと。贅沢ですかね」


 俺はともかくクロネを殺そうとしたことは、俺にとっては到底許される事じゃない。だけどこうなった以上、同情してしまう。


 メイもメイで、必死だったのだ。


「心配しなくてもお前はどうせ地獄行きだにゃ」

「これは一本取られましたね。先にいい席を予約しておきますよ、クロネ殿」

「にゃはは……もうモンスターも居ないし、お前が死ぬまで眺めててやってもいいにゃ」


 言い方は刺々しているし、ぷいとそっぽも向いているが、クロネも少し哀れに思ったらしい。


「いえ、看取っていただくのは結構です。──私の身体には、起爆装置が埋め込まれていますから」

「は? きばく?」

「平たく言えば爆弾です」


 メイの言葉にギョッとした。

 全員に緊張が走り、警戒体制をとる。


「私の生命活動が停止したら、起爆するようになっているそうです。いわば負けたときの保険ですね」

「そんな事まで──」

「ですので、ここでお別れです」

「わかった。────ニニも、それでいいか?」


 ニニはしばらく震えていたが、こくりと小さく頷いた。


 それからメイの指示に従って、メイドローンの権限などをニニに移し替える。そうしないと歩けないニニとスマホを構えて戻ることになってしまうから、ありがたい。


 準備を終えると、ニニを両手で抱え上げる。


「ごめんなさい、バカラス。その、お姫様抱っこではなくて、背負ってくださるかしら」

「え、でも胸潰れるから嫌だって言ってただろ?」

「………………あまり顔を見られたくないんですの」

「──わかった」


 メイの頭は、服を丸めたクッションの上に乗せてやった。


「では、今度こそお別れですね」

「ああ」


 メイの周りに土のドームが形成されていく。

 爆発の衝撃を少しでも抑えるためだろう。


「カラス殿、お嬢を頼みます」

「わかってる」


「クロネ殿」

「なんにゃ」

「特に言うことはありませんね」

「じゃあ呼ぶにゃよ……」




「お嬢」

「……なんですの、メイ?」

「お世話になりました」

「メイ……わたくしこそ、いままで、苦労をかけましたわ」

「ホントですよ」

「最期まで貴女はッ!!」



 やがて土に覆われたメイは、小さなお墓のようにも見えた。軽く十字を切り、上層を目指す。






 下層についたころ、ニニがぽつりと呟く。



「…………カラス」

「どうした?」

「ありがとう。最後に、メイと話す時間をくれて」












     返事に迷っているうちに


     小さな爆発音が聞こえた。

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