第61窩 ダンジョンマスター 2
★前書き★
★大企業の社長令嬢ニニの視点です★
〜ニニの部屋・回想〜
「──ああまったくイライラしますわ! あの愚民ども!」
ベッドの上にランドセルを放り投げ、大の字になる。
通っている小学校で開かれた運動会で、チアリーダーをしていたわたくしの写真が"せんしてぃぶ?"すぎると炎上し、差し替えされてしまったのだ。
この美しい、高貴な、二二真珠様の写真が!!
健全な教育現場を守るためとかなんだとか言って、文句をつけてきたのは低学歴の愚民じゃありませんの! 金も胸も教養も無い愚民の僻みに決まっていますわ!
お父様もお父様ですわ!
わたくしの気も知らないで、『あんな写真消されてよかった。だいたいお前がチアリーダーなんてくだらない事をしているからだ』だなんて! すぐにわたくしのやることなすこと否定して!
──すっかり変わってしまいましたわ。
お母様が生きていた頃はもっとお優しかったのに──
「…………はぁ〜」
今更そんな事を考えていても仕方ない。ベッドから起き上がると、ピアノの前に座り蓋を開ける。深呼吸をしてから、白鍵と黒鍵に指を踊らせる。
タイトルは知らないが、お母様が好きだった曲だ。
ポロロン……ポロロン……と、心地よいリズムと旋律を奏でていると、夕凪のようにだんだんと心が落ち着いていく。
落ち着いてきたら今度はお腹が空いてきましたわ。
卓上のベルを乱暴に叩く。
「メイ! メイ!? 居ませんの!?」
「ここに」
「うわ早!?」
窓から登場する使用人。
まさかずっとわたくしの事を見てましたの!?
……ほとんど不審者ですわ……。
「ま、まあいいですわ。小腹が空いたのでお茶を淹れてくださるかしら?」
「そう言われると思って既に淹れています」
「気が利きすぎて怖いですわ!」
「庭で先にいただいていたのですが、部屋にお持ちした方がよろしかったでしょうか?」
「なんで先に食べてるんですの!? 理解できませんわ!?」
「まあまあお嬢。まあまあお嬢。今日は冷めたスコーンですよ」
「せめて温め直してくださいません!?」
〜現在・ハラジュクダンジョン深層・コアと台座のフロア〜
どうして、どうしてこうなってしまったんですの?
バカラスへの誤解も解けて、協力してダンジョンを踏破して、クロネを見つけて。
少し切ない気持ちにはなったけれど、どこか楽しくもあった。そんな冒険も終わって、あとは地上に、日常に戻るだけだったのに。
メイが裏切って、ダンジョンマスターになって、バカラス達と戦っている。殺し合いをしている。
いえ。こんなものはただの一方的な蹂躙。
脚が石化している2人は、メイに足場を崩されて、深層ボス3体の攻撃から身を躱わすのに精一杯。
対するメイは土魔法で距離をとって、ただひとり涼しい顔をしている。
ここからの逆転の目など、あるはずがない。
わたくしはそれを、土の椅子に腰掛けたまま見ている事しかできない。
どうして?
なぜ、こんなことを?
────わたくしのため?
わたくしの、手脚を、治すため?
「お、おやめなさい、メイ!! わたくしは、わたくしはっ、そんなこと望んでいませんっ!!」
メイの背中に向かって吼える。
このままでは本当に、バカラス達は殺されてしまう。
「私を困らせないでください。お嬢。いつもはもっと自分勝手でしょう? 四肢が元通りになるんですから、両手をあげて喜ぶところじゃありませんか?」
「わ、わたくしをなんだと思っているんですの!?」
「いいんですか、そんな身体で一生生きていくとしても」
「それは──それは、手脚が無くなってしまったのは辛いですわ……」
義手義足は感覚もないし、自分の手足のように繊細な動作は難しい。生活にだって、支障は出る。
手脚を失った自分の身体を見たとき、まるでこの世がすべて暗闇になってしまったかのような、絶望を覚えている。
できることなら、五体満足な身体に戻りたい。
「ですが、ですが、わたくしは! メイが──貴女がバカラスを殺してしまうのは嫌ですわ! そんな事で身体が元通りになっても、きっと嬉しくありませんわ!」
「そうですか」
「ですからメイ、わたくしのためにそんな事をするのは──」
「勘違いしないでください。別に私、お嬢のためにやっているわけじゃありませんから」
「────は?」
誤魔化し? 謎掛け? わたくしの手脚を治すことが、わたくしのためではない……?
「ああ、念のためドームで覆っておきますね。ここは荒れますので」
土壁がせり上がってくる。
メイは、わたくしを安全地帯に逃す気だ。
「お嬢」
「な、なんですの? なんですのメイ?」
「お嬢が御父上から絶縁されたとき、どうして私だけがお嬢についてきたと思いますか?」
「──それと、私の手脚を治すことに関係があるんですの?」
「はい」
「ええと……メイが、わたくしをひとりにするのが可哀想だと思って──?」
「あれはお嬢の自業自得でしょう」
「ぐっ──じゃあ、幼い頃から面倒を見てくれたわたくしに、情が移ったとか──?」
「お嬢みたいに我儘で身勝手で面倒で自己中心的なアホに情なんて移りませんよ。腹パンしたくなることの方が多かったです」
「──御父様にお金を渡されて──?」
「いいえ。加えるなら、今のお嬢に奉仕しても一銭の得にもなりませんね」
「──恩義を──」
「別に感じません」
なんなんですの?
…………なんなんですの!?
散々悪口を言われただけな気がしますわ!?
言葉のナイフで滅多刺しにされましたわ!?
わたくし、メイとはそれなりに仲良くやってきたつもりだったんですが、もしかして嫌われてたんですの!?!?
「時間切れ、ですかね」
メイが、わたくしの元を去っていく。
土壁が、椅子とわたくしを包み、景色と音を覆い隠していく。
「それでもずっと、好きだったからですよ」
完全な暗闇と静寂が訪れる刹那、メイの声が聞こえた気がした。
「お嬢の弾く、ピアノが」
────
──
何も見えない、何も聞こえない暗闇の中で。
どれくらい時間が経ったのでしょう。
5分? 10分?
あるいは、もっと?
バカラス達は──まだ生きているんですの?
──それとも、もう──
静かですわ。
本当に、静かですわ。
──試しに魔導砲を撃ってみる?
なにもわからないのに?
自体を悪化させるだけですわ。
だいたい見えたところで──メイを撃てるわけ、ありませんわ。
静かですわ。
この壁の向こうで、殺し合いをしているなんて。
とても思えないですわ。
目を開けている意味も無いので、目を閉じる。
──もう、いいんじゃないですの?
このまま、ずっと、ぜんぶ終わるまで、何も考えないようにして、ここでじっとしていれば。
どうせわたくしには、座っている以外は何もできない。せいぜい祈るくらいだ。
時間が経てばメイが土壁を壊して、わたくしを連れ出してくれる。
よく考えればバカラスだって別に、昨日まではロクに会話をするような仲でもなかったじゃないですの。
そして、わたくしの手脚はちゃんと元通りになる。
メイにもう一度、ピアノを聞かせてあげられる。
──それでいいじゃありませんの──
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
不意に聞こえた鴉の鳴き声に、びくりと身を震わせる。外界と音は遮断されているはずなのに、鴉の鳴き声だけがハッキリと聞こえる。つまりこれは、本物の鳴き声ではなくスキルによるもの。
確か、"鴉返り"とかいうバカラスのスキルですわ。
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
なんでいま、このスキルを?
出口の方向なんて最初からわかりきっているし、どうせ出れないんだから意味ないじゃありませんの!
いったい、なんのために────?
道を探すためでないなら、誰かに、何かを伝えるため?
──誰に──?
──何を──?
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
──考えないようにしていたのに。
わかってしまった。バカラスが、なにをしようとしているのか。
そして、こんなときに、思い出してしまった。
クロネを探しにいく前に、バカラスと交わした会話を
『頼む! お前だけが頼りなんだよ!』
『こんな状態で探索をしろと!? 危ないじゃないですの!!』
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
『どんなことがあっても、絶対に2人の事は護るから!』
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
「──嘘だったら、絶対に許しませんわよ。バカラス」
鴉の鳴き声の方向に、真っ直ぐに義手を向ける。
祈るのは、これで最後ですわ。
凄まじい閃光と轟音。
手の平から放たれた魔導砲は土塊のドームを破壊し、外の景色をわたくしに見せた。
バカラスとクロネは、深層ボス5体に囲まれて、ほぼ全身が赤く宝石化している。クロネを庇ったのだろう、進行度合いはバカラスの方が酷い。顔の半分までが、もう宝石化してしまっている。
出口付近からほとんど這うようにしか動けない身体で、なんとか盾を取り出している。
そしてメイは。
離れた位置で状況を静観していたメイは、わたくしを見つけて、少しだけ驚いた表情をした。けれどまたいつもの顔つきに戻り、わたくしの方を向いて肩をすくめる。
「お嬢」
「メイ──」
「本当に貴女は、言うことを聞かないんですから」
メイは憑き物の落ちたかのような晴れやかな顔で、反魔鏡に反射された魔導砲の光に吹き飛ばされた。




