第60窩 ダンジョンマスター 1
ダンジョンマスター。
クリア時にダンジョンコアを台座に押し込むのではなく、血液と魔力を注ぎ込むことでダンジョンマスターになる事ができる。
支配者たるダンジョンマスターは、ダンジョン内でのあらゆる権限を行使できる。ダンジョンマスターでいる間は、他のダンジョンには出入りできない。
俺はダンジョンマスターと戦ったことはない。未知数だ。
だが、もし厄介で強かなやつがダンジョンマスターになってしまったら──果たして俺は、勝てるのだろうか?
いつからだ?
いったいいつから俺達は、この最悪の状況に誘導されていた──?
〜ハラジュクダンジョン深層・コアと台座のフロア〜
……ゴゴゴ
ゴゴゴ……
「ご主人! 地面がッ!」
「くそ、マジかよ!?」
地響きと共に地面が割れ、慌てて飛び退く。片脚が宝石化して重い上に、クロネもほとんど動けない。こんな単純な地割れですら、危うく落とされるところだった。
俺達とメイ達は、完全に分断された。
「メイ……? な、なにをやっていますの……? これはいったい、どういうことですの……?」
「いつにも増して鈍いですね、お嬢。当初の予定に戻っただけですよ」
「当初の予定って……?」
「ここでカラス殿とクロネ殿を始末する、という予定です」
「え……? え……?? もしかして、やっぱりバカラス達は悪人だったってことですの……??」
「悪人かどうかは別として、殺さなければなりません」
土塊の椅子に腰掛けたまま、ニニは狼狽している。"なんで?"と唇は動いたが、声は出ていなかった。やはりというか、ニニはこの計画を知らされていないようだ。
いや、狼狽えているのは俺も同じか。
完全にこのフロアに閉じ込められてしまった。
「…………やるじゃねえか、メイ。そんな素振りはまったく見えなかったぜ」
「恐縮です。御三方とも、心ここに在らずといった感じでしたからね。私がこそこそとなにか企んでいても、脳内ピンクの色ボケトリオが気づかないのも無理はありません」
「…………なんでだよ……」
「いえね、もうすぐ最終回みたいな雰囲気出してたのでぶっ壊してやろうかなと」
「真面目に答えろ! 今となっちゃお前に、俺達を殺す意味なんてないだろ!?」
「これがあるんですよ。メイドの土産に教えて差し上げましょう」
それが言いたいだけだろ。と、思わず心の中で突っ込んでしまう程、メイの調子はこれまでとまるで変わらなかった。
「私は狐面の女と取引をしていたんですよ。カラス殿とクロネ殿を始末すれば、お嬢の四肢を義手義足ではなく完全な状態まで戻してくれる────と」
「き、聞いてませんわよそんなこと!?」
「おや? 言い忘れていましたかね」
メイのあっけらかんとした態度に、ニニは絶句していた。
狐面の女って、確かニニとメイを助けたとかいう奴だよな? 危険な魔導砲を殺傷力のない安全なものと偽ってニニ渡し、更に俺を撃つように焚き付けた奴だ。
クロネのことがショックでいままで忘れていたが、俺に対して明確な殺意がある。そいつが、ニニの手脚を生やす代わりにと、俺の暗殺をメイに依頼していたのか。
「そんな都合のいい話があるわけないにゃ」
「私もそう思ったんですがね。実際にデモンストレーションを見せられて、信じざるを得なくなったわけですよ」
どんなデモンストレーションだったかは想像したくないが、メイを信用させて命を賭けさせるくらいだ。チャチな手品とかではないんだろう。
「最初から俺達の命が目的だったのか。俺に協力してくれたのも、油断を誘うためにやっていたんだな」
「ぱちぱちぱち。よくできました」
つまり魔導砲で俺とクロネを仕留め損なった時、メイは"あらためて別の機会に仕切り直し"をすることに決めたのだ。
そして何食わぬ顔で俺がクロネを探す手伝いをしながら、ずっとチャンスを伺っていたのだ。
「チェックメイトならぬ、チェックメイドです」
「「「…………」」」
「ここ笑うところですよ」
「笑えねえよ」
メイはこの瞬間を待っていたのだ。
弱体化した俺とクロネを、まとめて殺せるチャンスを。
「ネコノタタリッ!!!」
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
なにかしかけてくる前にと、クロネがネコノタタリを放つ。だが──
「それはもう、対策しました」
にゃあっ!?
にゃあー!?
にゃあーっ!?
にゃあ?
猫幽霊さん達はメイに辿り着く直前で、弾き飛ばされた。まるで見えない壁でもそこにあるかのように、メイに近づけない。
「はい残念」
「ど、どうしたにゃ、みんなっ!?」
「テレレッテレ〜"呪術防御の首飾り"〜♪」
下層ボスの巨頭オークから手に入れた琥珀色の宝石を、まるで見せびらかすようにポーズするメイ。いつの間に装備してたんだ。
名前からして、呪術系の攻撃を防ぐタイプのアイテムだったって事か?
「その猫の炎には一度痛い目を見せられていますからね」
「くっ──」
「なんの勝算もなく私が裏切ると思いましたか?」
思わない。
ネコノタタリを除けば、俺とクロネの武器は接近戦で使えるものしかない。だが、片脚が宝石化している状態でこの崖を飛び越えるのは至難の業だ。
一か八か飛んでみたところで、着地の瞬間に崖の幅を広げられる可能性もある。それくらい、メイならやってくるだろう。迂闊に飛び込めるわけがない。
勝算どころか。
いつの間にか俺達は、完全な詰みに誘導されていた。
「……だけどメイ、お前だって攻撃手段はないんじゃあないのか?」
「おやおや。そう思いますか? ダンジョンマスターであり、土魔法を得意とする私ですよ?」
パチンとメイが指を鳴らすと、俺達の立っている床が波のようにうねる。バランスを崩すまいと踏ん張ると、頭上から岩の瓦礫が降り注ぐ。間一髪で躱したところに、地面が割れて奈落に落ちそうになる。
「アトラクションかよ!? 洒落になってねえぞ!」
「そんなことを言いつつ、これくらいカラス殿なら余裕でしょう?」
「そんなわけあるか!!」
「ええ、ええ。わかっていますとも。──なので、本番はここからですよ」
──ギョォオオオオオオオォヲヲ──
床の裂け目から、巨大な目玉が呻き声をあげながら現れた。深層ボス、宝石化能力持ちの大目玉。
「マジ、か……」
復活させたのだ。
ダンジョンマスターの権限で。
「さあ始めましょうか。ハラジュクダンジョンEX戦を」
楽しそうに宣言するメイ。
クロネが、俺の服の袖をギュッと掴む。
「ごめんにゃ、ご主人。メイの企みに気づかなかったにゃ」
「いや、クロネが謝る事じゃ──」
「──それから先に言っておくことがあるにゃ」
「な、なに?」
「もしもそのチャンスが来たなら──うちは、メイを殺すにゃ」
「──────わかった」
決断は済ませた。
どう転ぶかは、俺次第だ。
//////////////////////////////////////////////////
ハラジュクダンジョンEX戦
土の魔導士メイ
能力:ダンジョンマスター
怒りの大目玉
能力:宝石化の赤霧と追尾弾
//////////////////////////////////////////////////
──ギョォオオオオッ──
巨大目玉から、バスケットボールくらいのサイズの赤色光弾が飛ばされる。
「あれは石化のホーミング弾だにゃ! 避けるにゃご主人ッ!」
「悪いけど避けるのは無理そうだぜ!」
下半身の石化したクロネを抱いたまま、片脚だけで機敏な動きはできない。更にメイが俺達の足場や天井を自由に崩したり、壁を作ったりして妨害をしてくる。
器用にホーミング弾を躱わすなんて芸当、サーカス団員でも無理だろう。
「こっちも防御させてもらうぜ!」
反魔鏡を盾のように構えてガードする。狙い通り追尾弾を弾き返す事はできた。が。
「も、戻ってくるにゃ!?」
「マジかよ意味ねえじゃねえか!!」
反魔鏡をしまい、石化した方の脚で追尾弾を蹴り飛ばすと今度こそ消滅した。レアアイテムのくせに役に立たねえ!
大目玉は赤く輝き、次弾を装填しているようだ。
「その辺の石ころをぶつけて倒せるか──?」
「やめた方がいいにゃ、中途半端な攻撃をすると追尾弾を大量にばら撒いてくるにゃ!」
「流石は経験者ッ!」
カラスロケットのような大技で、一撃で仕留めるしかないってわけか。だけど接近すれば赤霧で石化させられてしまう。
「ネコノタタリッ!!!」
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
クロネが猫幽霊さん達を、大目玉の"真上"に向けて放つ。着弾すると、天井の岩が雪崩のように降り注ぐ。メイが崩したおかげで、あちこち脆くなっていたのだ。
──ギョギッ……
岩盤に押し潰されて大目玉が弾ける。噴き出した赤霧に巻き込まれないように距離を取る。フロアが広いお陰で、問題なく避けられた。
「ど、どんなもんだ」
「息が上がっていますよ?」
「うるせえ、こっちはスーパーマンじゃねえんだよ」
「ではラウンド2、行きましょうか」
「は?」
「どうやら私、このダンジョンとは相性がいいみたいです」
──ギョォオオオオ……
────ギョッギョッ……
────ギョギョォオ……
3体!? っていうか復活なんてありなのか!?
巨大な目玉に三方向から睨みつけられる。
──マズい。マズすぎる。
この密度じゃ、どれを倒しても赤霧の爆発に巻き込まれてしまう。メイが地形を操作している以上、岩陰すら安置にはなり得ない。というかそもそも、倒しても復活してくるなら意味はない。
やはり本体を、メイを倒さなければ終わらないのだ。
だけど、どうやって?
土魔法のスペシャリストでダンジョンマスターのメイに、さっきと同じような天井崩しが通じるとは思えない。
投擲をするにしても、崖を飛び越えるにしても、距離がありすぎる。
「ごめんにゃ、ご主人。せめて、遠距離攻撃の手段が他にあれば──」
放たれた三つの赤色追尾弾を石化した脚で斬り払いながら、クロネのその言葉を聞いたとき。俺の脳裏に、ある突拍子もない閃きが舞い降りた。
閃き──打開策──いや、あまりにも可能性の細すぎる、一か八かの賭けだ。
「ご主人、なにか思いついたんですかにゃ!?」
俺の考えをクロネに伝える。
クロネも、信じられないという顔をしていた。
「だけど、やるしかない」
「……もし失敗したら、二人とも宝石にゃ」
「それでもずっと二人一緒だ」
「──にゃ。わかったにゃ、ご主人」
「ああ。やるぞ、命懸けの大博打だ」




