第58羽 方向音痴、黒猫に想いをぶつける
〜ハラジュクダンジョン・深層〜
「話したいことは山ほどあるけど、まずは怪我の手当てだな」
クロネの身体は、薄暗い中でもわかるほどあちこち擦り傷だらけだった。滲む血が痛々しく、胸がキュッとなる。手当といっても、ポーションで傷口を洗ってやるくらいだ。
「ご主人も傷だらけにゃ」
「はははっ、ホントだな。平気平気、ポーションかけとけば治る」
「それに宝石化まで……」
「ああ。これは石化解除のポーションじゃ効果ないみたいなんだ。地上に戻ったら、ダンジョン協会に行って確認してもらおうか」
「ごめんなさいにゃ……」
「いいって」
申し訳なさそうに俯くクロネ。
そんな風にする必要ないのに。クロネを守るために負った石化だが、俺はこれっぽっちも後悔していない。たとえ全身が石になっていたとしても、迷わず飛び込んでいただろう。
クロネの頭を、優しく撫でてやる。
「それ、貸して」
「みゃ?」
クロネが握りしめていた青いリボンを受け飛る。きっと、戦いの最中に解けてしまったのだろう。初めてのときと同じように、髪に結び直してやる。
「やっぱり、よく似合ってるよ」
「……にゃるるふふっ」
「これでまた、お揃いだな」
「うん。お揃いにゃ」
「──真っ赤だぞ、クロネ」
「ご主人こそ!」
はにかんで、それから2人して赤くなる。茶化してくれるリスナーのみんなが居ない分、なんていうか、気恥ずかしさが倍増だ。だけど不思議と、悪くない心地がする。
このまま、ずっと感じていたい心地だ。けど。
「クロネ。俺はこれからも、お前と一緒に居たい」
「ご主人────」
「だけど俺は、クロネと、ちゃんと向き合って来なかった気がするから。不甲斐ないかもしれないけど、俺にもう一度チャンスをくれ」
「チャンス──?」
「いままで、してきたこと、俺に話してほしい」
「────それは────」
「覚悟はできてる。──頼む。俺はもう、クロネから目を背けたりしたくないんだ」
今度は俺が頭を下げる。クロネは少しの間考え込んでいた。しばらく経ってから、小声で「わかったにゃ」と頷いてくれた。
「ありがとう、クロネ」
それから、クロネは話してくれた。
俺のことを逆恨みしていたタイガーアドベンチャーの連中を見つけて、池に誘って引き摺り込んだこと。家に火をつけようとしていたカミテッドの連中を、火だるまにして殺したこと。
「それから他にも20人くらい殺したにゃ」
「にじゅっ………………そ、そう、か」
思ったより多いな。
「ご主人……思ってたより多いって顔してるにゃ」
「そそそそ、そんな事ないって!」
「…………やっぱり、ひいてますにゃ」
「いやっ、ちょっとビックリしただけで──」
現代日本の価値観でこれだけ殺していれば立派なシリアルキラーだ。多少ヒくくらいは許してほしい。
だけど俺も、ここで取り繕っても仕方ないか。
俺の思いとか、価値観とかを、真っ直ぐにぶつけたらいい。
「ごめん。本当は少し怖いと思った」
「にゃ…………!?」
「俺はさ。小さい頃から、無闇に生き物を殺すのはいけないことだ。って、教えられてきた。それに俺の周りでも、あまり殺したり殺されたりなんていう事は無かった」
平和ボケ、と言えばそうなのかもしれない。それはあまりに当然の価値観だ。けど、それはとても贅沢で、単に俺が恵まれていたというだけの話だ。
過酷な生を生きてきたクロネは、きっと俺達とは命のとらえかたが違う。
タイガーアドベンチャーの時だってそうだ。いろんな記事が『いじめられていた猫を助けた』と俺のことをそう評価した。けど、クロネにとっては違う。
クロネは、いじめられていたなんて思ってない。
殺されかけていた。
もしかしたらあのとき、タイガーアドベンチャーを放置していった俺は、無差別殺人鬼をのさばらせておいたように見えたのかもしれない。
死は、殺すということは。
視点を変えれば、ありふれている。
クロネの世界は、俺達よりずっとシビアだ。
「だから──気づいてやれなくて、ごめん。俺のために、誰かのために、ずっと、ひとりで戦ってくれてたんだな」
「……そんなかっこいい話じゃありませんにゃ」
「俺だって、ダンジョンの魔物を殺したりしてる。それが正しい事だって思ってるから」
「うん」
クロネだけに人を殺すなと押し付けるのは、あまりにも人間本位で身勝手だ。
「殺さなくていいときは殺さないでほしい。俺はそういう風に教えられて、育てられてきたから。だけどクロネが正しいと思ってやっていることなら、俺は、クロネは間違ってないって信じるよ」
俺はクロネの肩に手を置き、真剣な眼差しで、正面から顔を見る。少しでも多く、想いが伝わるように。
「俺はもう、クロネをひとりにしたくない。クロネの決意を、俺も一緒に背負うよ。そこに罪や恨みや呪いがあるなら、俺も半分引き受ける」
「そんなの……うちが勝手にやっていることにゃ。ご主人はうちの罪なんて背負う必要ありませんにゃ」
「嫌だ。クロネと一緒がいい。勝手に背負う」
「にゃっ──そんなの勝手すぎますにゃ」
「勝手だよ。仕方ないだろ。好きになっちゃったんだから」
一瞬の沈黙があって、クロネが眼をまんまるにする。
「好きだ。クロネ」
「ご主人──」
「俺、クロネの事が好きだ。クロネの太陽みたいな笑顔も。艶々の黒い毛も。可愛い仕草を見せてくれる耳や尻尾も。クセのある笑い声も。礼儀正しくてしっかりしてるところも。たまに甘えてくるところも。俺のために一生懸命になってくれるところも。優しいところも。大好きだ」
「──にゃ──」
「熱出して寝込んでたときにクロネが作ってくれた卵雑炊も。クロネが早起きして作ってくれたお弁当も。普段はグイグイ来るのに俺にリボンを貰って照れるところも。好物のたいやきを美味しそうに食べるところも。ダンジョンで何度も俺のピンチを救ってくれたところも。すぐに布団に潜り込んでくるところも。いきなりキスしてくるところも。人間のときのクロネも、猫のときのクロネも、どっちも、大好きだ」
言ってやった。
勢いに任せて言ってやった。
普段の俺なら顔を背けないと恥ずかしくて言えないようなセリフを、真正面から言ってやった。
「俺はクロネの好きなところならいくらでも言える。たとえお前が、どんなことをしてたって、嫌いになんてなれない。それが俺の、一番に言いたかった事だ」
「うちも──うちだって好きにゃ、ご主人っ!!」
クロネの反撃が開始した。
土壁に、クロネの叫びが反響する。
「ご主人の能天気な笑顔も! ぶっきらぼうだけど優しいところも! 誰かのために怒れる勇気のあるところも! ちょっとおバカで危なっかしいところも! 童顔でちっちゃくて弟みたいに可愛いところも! すぐに迷子になるほっとけないところも! だけどピンチのときには迷わず助けに来るかっこいいところも!」
「く、クロネ、外聞こえるかも──」
「うちの命を助けてくれたことも! うちのためにリボンを結んでくれたことも! 不器用だけど頑張ってたい焼きを焼いてくれたところも! うちが布団に入ると文句も言わずに撫でて抱き寄せてくれるところも! 動画編集とネーミングのセンスが致命的にズレてるところも! うちだってっ、うちだって大好き、だにゃ──!」
最後ちょっと聞き捨てならないことを言われた気がしたが、追及するのはやめておいた。クロネの声が、すこし掠れていたからだ。
「うちは、これからもご主人と一緒に、いてもいいにゃ……?」
「当たり前だろ」
「ホントに、ホントにゃ……?」
「ホントに、ホントだよ」
「また、これまでと同じように、ご主人と暮らせるにゃ?」
「ああ。一緒に暮らせる」
ぽろぽろと、大粒の雫がクロネの頬を伝う。
そっか。
俺だけじゃない。
クロネもずっと、不安だったんだ。
──────心細かったんだな。
クロネの小さな背中を、鼓動にあわせてさする。数十秒の間。クロネが落ち着くまで、しばらくそうしていた。
『カラス殿〜、クロネ殿〜、そろそろいいですか〜?』
見上げるとドームの天井からパイプのようなものが生えていた。そこからメイの声が聞こえてくる。あと1分だけ待ってほしいと伝えると、パイプはするすると引っ込んでいった。
「呼ばれてるにゃ、ご主人」
「クロネ。ちょっと目、瞑って」
「う、うん。なにするにゃ?」
「──────仕返し」
スマホのライトを消すと、あたりは真っ暗になる。
俺はクロネを抱き寄せると、そのまま唇を重ねた。
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