第56罪 はぐれ猫、迷い猫。2
★前書き★
★クロネの視点です★
〜ハラジュクダンジョン・深層〜
「ヒィ……ヒィ……ッ……だっ、だからアタシ言ったのよ! アレは絶対に罠だって!!」
「そうよそうよ!」
「そっ、それ、言ったのボクだよ……?」
洞窟内に言い争う声が反響する。悲鳴の方向に来てみれば、どうやら3人組のパーティーが揉めているようだ。
どこかでドローンが壊れたのか、スマホのライトで辺りを照らしている。
………………なにをしているんだにゃ。うちは。
こんなところにご主人が来ているわけないじゃないか。
さっきの悲鳴だって、似ても似つかない。
「だいたいアンタのドローンが壊れたせいでアタシの彼氏がやられたのよ!?」
「そうよそうよ!」
「そ、それは……自分達がドローン持ってこないから……」
「うるさいわよこの無能ッ!」
「そうよそうよ!」
「痛っ!?」
気弱そうな少女が、2人に蹴られている。けんけんがくがく。
あの様子からすると、元は4人組のパーティーだったらしい。この深層のモンスターに襲われて、ひとり逃げ遅れてしまったといったところか。
可哀想に。
あの子は、その責任を押し付けられているのだ。
「そもそもここどこよ!? アタシ達どこまで落ちてきたのよ!? 下層!?」
「そうよそうよ!」
「わ、わからないよ……」
「この無能ッ!」
「そうよそうよ!」
「痛っ!? や、やめて……」
なるほど。こんな連携も取れなさそうなパーティーがよく深層まで来れだものだと思ったが、落とし穴の罠にかかって落ちてきたらしい。
このダンジョンは、深層まで落とされるトラップがあるのか。だとしたら、紅い宝石と化した探索者達の山にも納得がいく。即死トラップより有情とはいえ、なかなかにエグいにゃ。
……オォォォォオオ……
風の音。そして、それに混じってずるずると重いものを引き摺るような音が接近してくる。
それが聞こえると同時に、女の子3人は震えあがった。
「どうすんのよ!? やばい、あいつが、あいつがくる!!」
「そそそそうよそうよッ!」
「ど……どうするって、その、逃げるしか……」
「無理よ! 無理ぃっ! アタシもう走れないしい!」
「そうよそうよ!!」
「…………あっ。う、うっ、うし、ろ────」
ギョォオオオオオおおオヲッ
3人の背後に、巨大な眼球が出現した。
巨大な眼球。それがこのモンスターのすべてだ。眼の周囲はコブ付きの肉で覆われ、それがダンジョンの壁に削られて紅い血が出ている。
深層の広い通路を塞ぐほどのサイズだ。どうやってか、地面に肉を引き摺りながら動いているらしい。
口は見えない。裏側にでもついているのだろうか?
そして身体の周囲は、赤い霧のようなもので覆われている。
「「「ぎゃあああああああッ!!!」」」
3人は叫び声をあげてこちらに逃げてくる。目玉は──飛び出た岩に引っかかっている。これなら逃げ切れるだろう。
いまは、うちもあまり人と関わりたい気分じゃないにゃ。身を隠してやり過ごそうと、岩場に潜り込んだ時だった。
「なんでついてくるのよアンタ!!」
「そ、そうよそうよ!」
「えっ……」
「どうせ役に立たないんだから、あいつを引きつけといてよね!!」
「そうよそうよ!」
「あぐっ……!?」
気弱な少女が2人に蹴り飛ばされ、こっちに倒れ込んできた。突然のことに驚いたうちは思わず「にゃっ!!」と鳴き声をあげて飛び退く。
「ハア!? 邪魔過ぎなんだけど!?」
女のひとりがうちの尻尾を引っ掴み持ち上げる。痛い! そのまま、巨大目玉に向かって投擲のポーズを取る。ぶつけて怯ませるつもりだろうか。
「……やっ、やめて……!」
うちが投げられそうになるのを、気弱少女が腕を押さえて止めてくれた。
「なによこいつ、アンタの猫なの!?」
「ちっ、ちがうけど、でも、かわいそうだよ……」
「いい子ぶってんじゃないわよ!! キモい! 死ね!!」
「そうよそうよ!」
2人は気弱少女の鳩尾に蹴りを入れる。気弱少女は、苦しそうに呻いてうずくまった。
………………。
うちは自分を掴んでいた少女の手からスルリと抜けると、そのまま呆気に取られている少女の口の中に飛び込んだ。
「もがっ──!?」
「お前が死ねにゃ」
そのまま人間の姿に化ける。
────メキメキゴキッ
「ェグボゲッ……」
少女の頬肉は引き裂かれて、上顎と下顎がばっくりと弾けるように開いた。まるで赤色のアサリだ。少女はそのまま歪になった頭部でフラフラと歩いたあと、絶命した。
「う、うそよ……うそよ……」
茫然としているもうひとりの頭を掴むと、手頃な尖った岩に顔面を叩きつける。激しく痙攣したため、体重をかけてもう一度叩きつけると動かなくなった。
「ひ、ひいいいっ……」
ひとり生き残った気弱な少女が、ぺたんと尻餅をついてしまった。アンモニア臭のする黄色い液体がしょわしょわと地面に広がっていく。
……はあ。つい助けてしまった。
どうするかにゃ、抱えて逃げれるほど腕力もないし。
ギョォオオオオオ! ぎょオヲッ!
激しい鳴き声と振動。同時に見れば、目玉が岩に引っかかった肉を引きちぎりながら突き進んでくる。
「おいお前」
「え……ボク、え……?」
まだ座り込んだままの少女の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「邪魔だからさっさと失せろにゃ」
「……で、でも……」
「うちはいま余裕がないにゃ。消えないのなら、そこに転がってる糞袋と同じにしてやるにゃ」
「ヒッ────」
爪を見せると、少女は蒼ざめながら走り去っていった。
ギョブッ……ギョギョギョッ!
数メートルの距離まで近づいてきていた眼玉が、うちの全身を舐め回すように見ている。不気味だ。
「────はあ。もう人助けなんてする気は無かったんだけどにゃ」
ご主人ならきっと、放ってはおかなかっただろう。
ご主人ならきっと、3人とも助けていた。
うちは、ご主人とは違う。
だけど。同じところもある。
今は、それでいいのかもしれない。
「その赤い霧はなんにゃ?」
巨大眼玉に話しかけるが返事はない。転がってるいるクズの死体を担いで、眼玉に向かって投げつける。死体は眼玉にぶつかる前に、真紅の宝石と化してゴトリと落ちた。
やはり石化毒の霧を纏っていたのか。
迂闊に近づけばやられていた。
クズの死体は、この心臓のあちこちで見かけた人間宝石と同じ輝きを放っている。
つまり。
この深層に宝石死体の山を作り出していたのは、このモンスターだ。
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ハラジュクダンジョン深層
怒りの大目玉
能力:宝石化の赤霧
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「近づけないのなら──ネコノタタリッ!!」
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
蒼焔を纏った猫幽霊のみんなが、目玉の化け物に向かって飛んでいく。確かに着弾したか見えた。
────が────
にゃあー……
にゃあー……
にゃあー……
にゃあー……
「ああっ! みんな、ごめんにゃあ!」
猫幽霊達は赤い宝石になり、そのままいつものように消滅した。あの赤い霧は、実体のない魔法などの攻撃も宝石化してしまうらしい。
遠近ともに、隙が見当たらない。
ギョォオオオオオオオォヲヲ──
今度はこちらの番とばかりに、眼玉が不気味に赤く光りはじめた。危険だ。いつでも攻撃を躱せるよう、警戒体勢をとる。
──バシュッ
人の頭部ほどの大きさの赤色の光弾が放たれる。
速い。
だが、避けれないほどじゃない。
ヒラリと横跳びに避ける。
が、なんと光弾は進行方向を変えてうちに向かってきた。
ホーミング弾か。──厄介な。
仕方なく、もう一体のクズの死体を盾に使う。光弾に接触した箇所が宝石化し、ずしりと重くなった。
なかなかに強力な攻撃だ。石化解除のポーションも持っていない今、当たるわけにはいかない。
……永遠にかわし続ける事はできない。
次弾が来る前に攻撃しなければ。
だが、接近すれば霧のバリアで石化される、魔法もダメ。
「それなら遠距離物理攻撃はどうにゃ?」
クズの死体の懐に手を突っ込むと、持ち物から短剣を奪う。いま用意できる武器はこれだけだ。この攻撃が通じなければ、猫に戻って一目散に逃走しよう。
……あの子が逃げる時間は、じゅうぶん稼げた筈だ。
ギョォオオオオオオオォヲヲ──
再び赤く光り始めた眼玉の中心目掛けて、全力でナイフを投げつける。目論見通りナイフは石化せず、眼球に突き刺さった。ダメージ有り。
ギオギッ!!!
──ボンッッッッ
だが次の瞬間、風船が破裂したかのように赤い光弾が無数にばら撒かれた。無論、すべてホーミング弾だ。
「やっ、ヤバっ──」
当たれば終わりだ。地形を利用し、アクロバットで必死に避ける。猫に戻ればあたり判定は減らせるが、そんな余裕もない。
避ける。避ける。
避ける、避ける、避ける、避ける、避ける。
避ける、
避ける、
避ける、
避ける、
避ける、
避け──
布?
土の床に、細い布切れが落ちていた。
いったい、いつ落ちたのだろう?
青色の布。
青いリボンだ。
シブヤダンジョンで、ご主人が結んでくれたリボン。
初めて、ご主人に貰ったリボン。
ご主人とお揃いの──
「に゛ゃっ!!?」
尻尾に重みを感じてバランスを崩す。集中力を欠いて、被弾してしまったらしい。尻尾の先が、赤い宝石と化していた。
重い。まるで錘だ。これではもう派手な避け方はできない。もう一本ナイフがあれば斬り落としていたのに。身体を捻ってなんとかやり過ごすが、最後の最後、足元に数発の光弾を受ける。
「あっぐうっ──」
両脚が地面に吸いつけられる。太ももから下が宝石化していた。下半身は完全に役立たずだ。
「はっ──ハッ──」
光弾の嵐は──去った。
うちはもう、地を這うように動くことしかできない。
巨大眼玉は、大粒の血涙を溢しながらこちらを睨みつけている。ナイフは抜けているようだ。
あちらには僅かなダメージを与え、こちらの被害は甚大。
こちらの逃走するための脚は封じられ、あちらの闘争の意志は消えていない。
ギョギョギョギョギョ……!
眼球が赤く光りだす。
盾になるものもない。今度こそ、絶体絶命。
うちはこの深層で、真っ赤な宝石になる。
そして誰に見つかることもなく朽ち果てるのだ。
──だけど、寂しくはない。
青色のリボン。
手に届くところにあってよかった。
しっかりと握りしめる。
瞼を閉じれば、これを巻いてくれたときのご主人の照れ臭そうな顔が浮かんでくる。こんな状況だというのに、不思議と頬が緩んでしまう。
幸せだったよ。
大好きなご主人と一緒いられて。
たとえ短い間でも。
それだけでうちの一生は幸せだった。
「ありがとうございました、ご主人。どうか、うちがいなくなっても、お幸せに──」
「なれるか馬鹿野郎!!!!!」
愛しい人の怒声に幻聴かと眼を開くと、ズドォンという巨大な音と振動に襲われる。
愛しい愛しいうちのご主人の利き足が、巨大眼玉に深々と突き刺さっていた。




