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第50羽 バイバイ

 なんとなく、クロネの様子がおかしいとは思っていた。たまにだが、どこか遠いところを見ていたり、声色がぎこちなくなる事があった。

 だけど、それは俺が女性慣れしていないせいだと思い、見過ごしてきた。





      いや、違うか。





 気づける機会は何度もあったのに。

 そんな事があるはずはないと、俺は目を逸らしてしまっていたんだ。










 〜ハラジュクダンジョン中層〜






 俺は、クロネの顔が見れずにいた。

 あのテープレコーダーの会話は、直接クロネが"殺した"と言っているわけではない。しかし、カミテッドの連中を手にかけたと自白しているかのようなものだった。


 つまり。クロネが、人を殺した──?


 そんな事をするわけがない、クロネが、あのクロネが、人間に危害を加えるなんて。あれはきっと、偽物か、声真似だ。そうだそうに決まってる。何度も、必死に、自分に言い聞かせる。


 けれど、それでも。

 俺は、まだクロネの顔が見れずにいた。


 俺の脳に過去の出来事がフラッシュバックする。





   カミテッドの連中を見るクロネの眼。

   相手に対して感情も興味もない眼。

   虫の死骸でも見ているかのような眼。

   あれは──"殺意"だったんじゃないのか?







  彼女に初めて出会った時。

  部屋に藻のようなものが落ちていた。

  タイガーアドベンチャーはどうやって死んだ?

  溜池で、水死したんじゃあなかったか?


  





 ぐるぐるとループする嫌な考え。それを振り切るように、無理矢理に唇を開く。



「メイ、さん、だっけ」

「メイで構いませんよ」

「……メイ、敵が襲って来てるんだ、逃げないと──」

「敵なんてどこにも居ませんよ」

「けど首にナイフが──それも治療しないと」

「ああ。これですか」


 メイは首に刺さったナイフを引き抜く。

 血はほんの少ししか出なかった

 ナイフの刃は、首まで届いていなかったのだろう。よく見ると土魔法で首輪のようなものを作ってガードしている。


 ナイフの柄には、リボンが巻かれている。

 見覚えがあるのは当たり前だ。

 それは、護身用にと、俺がクロネに渡したナイフだ。


「カラス殿と会話しながら土の鎧でガードしていたんです。暗闇で狙うなら首でしょう?」

「なんでそんなことをわざわざ──」

「ナイフ以外にも色々とされましたからね。まあ、こちらもあんな砲撃で狙っていたのですから、お互い様ですが」


 メイは髪をかきあげる。

 そこには、真新しい火傷痕が残っていた。

 その火傷は、猫の足形のような奇妙な形をしていた。

 

「これは彼女のスキルでしょう? 燃え盛る猫の霊に群がられて、危うく焼き殺されるかと思いましたよ」

「────いや、だから、それは────────ッ」

「ええ。悪いのは私とお嬢です。しかしお互いの情報に偏りがあるのはフェアではないでしょう?」

「情報って────なんの、だよ」

「クロネ殿のこと、ですよ」


 反論する言葉が見つからない。

 もういい加減にしてくれと、そう叫びたいのに、なにかが胸につかえている。ただクロネを連れてここから逃げたいのに、俺の足がそれを許してくれない。

 





   たぶん




     クロネは





        殺人を繰り返している






「……あーあ。ばれちゃったにゃ」


 クロネの諦めにも似た軽い吐息が、否定したい事実を肯定した。

 膝の下の感覚が無くなり、崩れ落ちそうになる。自分がいま立っているのか、浮いているのかわからない。

 サスペンスドラマで追い詰められる犯人というのは、こんな気持ちなのだろうか?


「────なんで────」

「ご主人をイヤな気持ちにさせたくなくて、黙ってたのにゃ」

「じゃあ──────ほんとにクロネが────?」

「にゃらはははっ、ご主人にイジワルするクズは地獄行きにゃっ♪」


 クロネは、ん〜〜っ。と気持ちよさそうに伸びをして、肩をくるくると回す。彼等を手にかけた事に、なんの後悔も、罪の意識も感じていないように見えた。


 何度も救われて、勇気づけられたクロネの明るい笑顔が、今は少し恐ろしく感じる。

 どうして、そんな風に笑えるんだ。

 どうして、なにも言ってくれなかったんだ。


 相棒だと、パートナーだと、家族だと思っていた。

 それなのに。


 わからない。

 俺は、クロネのことが、わからなくなっていた。


   「ご主人」

 

 クロネはまだショックで頭が真っ白になっている俺の肩に、甘えるように抱きついた。

 いつもの、体温。


 クロネの顔が近い。こんなに顔を近づけられたら、普段なら真っ赤になってしまうだろう。

 それから、彼女の湿った唇の先端が、俺の鼻に触れる。

 いつもの、愛情表現。


 自分でもわかるほどに、鼓動がうるさい。

 ──これは、どっちの感情なんだ──



 唇が離れる。

 クロネは寂しそうな顔で、目を逸らした。


「ごめんにゃ、ご主人」

「クロネ………」

「────────バイバイ、にゃ」



 そう言うと彼女は1匹の黒猫の姿になる。

 そして呆然としている俺の腕から飛び降りると、そのままひと飛びで闇の中に姿をくらませた。


「ま──待てよ、クロネっ!?」


 我に帰った俺は、クロネを追って暗闇に飛び込む。だが、暗闇で黒猫の輪郭なんて捉えられるわけもない。俺の手は彼女に触れることはなく虚しく何度も宙を切った。


 スマホのライトであたりを照らすが、ただ虚しく岩壁をうつすだけだった。黒猫の、影も形も見つけられない。


 居ない。

 居ない。

 いない。


 一歩、遅かった。

 遅過ぎたんだ。


「クロネ! いいから戻ってこい! クロネ!!」


 それでも構わず暗闇に駆け出す。

 叫ぶ。

 足場が悪く、何度も転びそうになる。

 叫ぶ。


 

   バイバイ。

   クロネは、そう言った。

   涙の滲んだ声が、耳にこびりついて離れない。


 

「クロ──ぶっ!!」


 岩壁に強かに顔面を打ちつける。

 ぼたぼたと口元に生暖かいものが流れる。

 どうやら鼻が折れて鼻血が出ているらしい。


 行き止まり。袋小路だ。


 また、俺は、道に迷ったのか。

 ──────こんなときに。


「く────そっ────くそっ────!!」


 硬い地面を何度も叩く。

 皮膚が切れて拳に血が滲む。

 指の骨にヒビが入ったのか、握れなくなる。


 それでも、この悪夢は醒めてはくれなかった。










 ずっ………………





      ずずっ…………


         ずずぅ……




「────!!」


 行き止まりの後ろ。

 背後の暗闇から、ずるずると、袋かなにかを引き摺るような音が聞こえてきた。

 俺は地面を叩く拳を止める。


「く、クロネっ!? 戻ってきてくれたのか!?」


 返事はない。

 当然だ。あたりまえだ。

 クロネのわけがない。


 しかし、頭の片隅ではそんなわけないと思いつつも、呼び掛けずにはいられなかった。ずずっ…… ずずっ…… という音は、ゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 それに、なんだろう。

 排気音のような、奇妙な"音"が混じっている。


「……く、クロネ……? クロネなんだろ……?」


 再度、闇に向かって声をかける。


 返事はない。


 モンスターだろうか?

 あんな動きをするモンスターがいるだろうか?




    ……う、ううう゛ぅっ……



 今度ははっきりと聞こえた。

 排気音じゃない。



    これは、掠れた女性の呻き声だ。




 得体の知れないなにかが近づいてきている。



「なあ、クロネ……戻ってきてくれたんだよな……?」



 絶対にクロネじゃない。

 クロネのわけがない。

 見ない方がいい。

 気づかないふりをすべきだ。



 ────頭ではわかっているのに。


 いつの間にか俺は、スマホのライトで洞窟の先を照らしていた。

 そこには──



「おいて……いがないで……ぐだざいい゛い゛……」


 ボロボロの服を着た、手脚のない少女が、長い金髪を振り乱して地面を這っていた。


「ぎゃあああああああああっ!?」

「はあ!? 人の顔を見てなんですの!? その反応は!?」

「え? あ……」


 ……なんだニニか……。

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