第5羽 方向音痴、黒猫少女と初配信! 明かされる衝撃の真実、伝えたい彼女と少年の想い
〜シブヤダンジョン南口〜
「おはよう、みんな! 今日もシブヤダンジョンの南口に来ています!」
午前8時30分。
宙に浮く配信用ドローンに向かって元気よく挨拶をする。久しぶりのダンジョン攻略配信だ。
数日前までなら、ドローンはなにも答えずブンブンと飛んでいるだけだった。挨拶をしてもなにも返ってこないというのは、心を抉る孤独だ。閑古鳥の鳴き声に、何度、折れそうになったことが。
──だけど、今はもう違う。
▽『おはよー』
▽『おはよう!』
▽『早起きできてえらい』
▽『カラスくんきちゃ!』
▽『待ってた!』
▽『体調よくなったの?』
▽『無理はしないでね』
リスナー達の温かい声援が、周囲の空間に表示される。
ただそれだけのことだっていうのに、身体に暖かい力が漲ってくる。
「心配してくれたみんな、待っててくれたみんな、ありがとう! 配信者カラス、完全復活いたしました!」
▽『元気そうだね』
▽『喉治ったのかよかった』
▽『今日もダンジョン潜るの?』
▽『何時間耐久になるかな?』
▽『食糧も買い込んだ。俺は何時間でも付き合うぞ』
▽『2、3日は家に籠る覚悟だ』
▽『それ台風とかの備えなんよ』
お、俺のダンジョン攻略がこんなに期待されているなんて! ちょっと期待の方向性がおかしい気がするけど、まあそれはいいか!
「ダンジョンも勿論攻略しますがその前に、みんなに会わせたい子がいます!」
「みゃあっ!」
俺は連れてきた黒猫を抱き抱えてドローンに見せる。
今は昨日の猫耳少女の姿ではなく、立派な仔猫の姿だ。黒猫は元気よく両手をあげて、伸びるように全身でアピールした。
▽『にゃんこ来た!!』
▽『猫ちゃんきたあああああ!』
▽『猫ちゃんきちゃあああああああ』
▽『ん猫ちゃん猫ちゃん!』
▽『猫ちゃああああああん!!』
▽『やばい可愛すぎる。可愛過ぎない?』
▼『ほ〜ら猫ちゃん赤スパですよ〜』50000円
▽『いま俺の方を見て鳴いた!』
▽『猫ちゃんもすっかり元気になって……』
「……ごろごろごろごろ……」
得意気に前脚を舐め、喉を鳴らす黒猫。
あ〜〜〜〜〜、かわいい。
▽『うおおおおおおおお!!』
▽『かわええええええええ!!』
▽『あかんかわいすぎる!』
▽『カワイスギクライシス……』
▽『トニカクカワイイ……』
▽『カワイジュク……』
▽『カラスくんそこ変わって』
▽『うちのにゃんこが反応した』
▽『ほっこりする』
▽『無限リピート決定』
▽『これは反則……』
配信に出るのは初めてなのに、すっかりリスナーを虜にしてやがる。かくいう俺も彼女の虜だ。
アイドルの才能があるかもしれないな。
▽『でもダンジョンに連れてきちゃって大丈夫?』
▽『とりま顔出しでこのあと一回預けるんじゃない?』
やっぱりそこ気になるよな。
「実はですね、もうひとつみんなにお知らせがあります」
▽『えっなになに?』
▽『お知らせよりもっと猫ちゃん見せて』
▽『写真集の発売か?』
▽『ついに彼女ができたか?』
▽『SNSで告知してたやつかな?』
▽『チャンネルの新メンバーか』
「────いいんだな? 本当に」
「みゃ」
「わかった、お前の意志を尊重するよ。──なにかあっても、俺が守るからな」
「みゃっ!」
俺は小声で彼女に最終確認を取る。
彼女は、力強く頷いた。
「えー、では紹介します! 探索者カラスの、新しい仲間です!」
ドローンの撮影範囲の中心にくるように、彼女を持ち上げる。
俺の腕の中で、黒猫の身体がむくむくと膨らみはじめる。体毛が薄くなり、骨格が変わり、手のひらに伝わる感触が滑らかになっていく。鼻と髭は引っ込み、背筋は伸びて、胸はたわわに実る。黒い耳はそのままにさらりと黒髪が伸び、尻尾は2本に分かれる。
▽『えっ』
▽『えっ』
▽『えっ』
▽『えっ』
▽『えっ』
俺は彼女を腕から下ろすと、"鴉羽根"を身体を傷つけないように舞わせながら、大事なところを隠して素早く彼女に服を着せた。ギリギリスキルの使える位置でよかった。
「リスナーのみなさん、はじめましてにゃ! これがうちの新しい姿だにゃ♪ よろしくにゃん♥」
猫耳黒髪少女は、両手を猫の手に構えて、2本の尻尾でハートマークを作った。あざとい。
▽『は?』
▽『なにが起きた?』
▽『手品?』
▽『んなわけあるか』
▽『どうなってるの』
▽『もどして』
▽『もどして』
▽『うちのにゃんこがひっくり返った』
う〜ん。
「えっ……戻った方がいいにゃ?」
リスナーの反応に予想だにしなかった彼女は、首を傾げて俺の方を見る。そんな顔をすんな。人間は猫の可愛さには勝てないんだ。
▽『これ本物?』
▽『フェイクにも見えないしなあ』
▽『じゃあ本当に猫が美少女になってるの??』
▽『マジなら大スクープでは……?』
▽『ノロワレとか獣化スキルとかあるし、その逆だと思えばあり得なくもないのだ』
▽『けど配信しちゃってよかったの?』
半信半疑だったリスナーのみんなも、戸惑いながら信じてくれたみたいだ。
「正直なところ、俺も正体を明かす事については不安だった。だけど彼女は"どうしても自分の口からリスナーにありがとうと言いたい"と俺に言ってくれたんだ。俺はその意志を尊重してやりたかったし、それに──リスナーのみんなの事も信じたいと思った」
俺は取り繕わずに、画面越しのリスナーに真っ直ぐに向き合って本音を話す。
爺さんがいつも言ってたっけ。
"隠し事ってのはいつかバレるものだ。そしてたいていは、碌な結果にならない"
彼女はリスナーに向かって、深々と頭を下げる。
「うちがいまここにこうして居られるのは、ご主人と、それから皆さんが助けてくれたおかげですにゃ。皆さんは命の恩人ですにゃ。ホントに、ありがとうございましたにゃ」
「俺からもあらためて、こいつを助けてくれてありがとございました」
▽『いやいやどういたしまして』
▽『俺はなにもしてないけどなw』
▽『お礼を言いたくて美少女に変身したのか』
▽『御伽話みたいで素敵……』
▽『ただのいい子やんけ』
▽『俺は純粋なものを見ると心が洗われるんだ』
▽『チッ仕方ねえな、そういう話なら美少女の姿も認めてやる』
▽『ツンデレかな?』
▽『猫耳似合ってるぞ〜!』
▽『そりゃ自前だからなあ』
▽『俺もご主人って呼ばれたい』
▽『カラスくん身長負けてるじゃん』
良かった。皆にもちゃんとこいつの想いが受け入れられたようだ。
……だけどなお前ら、身長のことは余計だ!
▽『真っ先に俺達に教えてくれたなんてむしろ光栄じゃん?』
「ごめん。最初に教えたのはクリニックの先生」
▽『なん……だと……?』
▽『それはまあ仕方ないw』
▽『新しい仲間ってこの子のこと?』
▽『ダンジョン行けるの? 大丈夫?』
ダンジョンはモンスターも出るからな。
俺も正直心配したのだが──
「この姿ならダンジョンスキルも得られるみたいにゃ! こっそり確認済みにゃ♪」
と、いう事らしい。
なんとも都合がいい気もするが、猫が人間になるくらいだ、あり得ない話じゃない。
彼女もどうしてもついてきたいと言うし、あまり過保護になってもよくない。そこは俺がダンジョン探索者の先輩として、危険からは護ってやればいいことだ。
「いざとなったらポーションも100本以上箱買いしたしな、きっと大丈夫だ」
▽『えっ100!?』
▽『10じゃなくて!?』
▽『薬屋でも開く気か?』
▽『自分のためには一本も買わないくせに……』
▽『いやそんなに持ち運べないだろ』
何故かリスナーにドン引きされてしまった。
「持ち運びなら大丈夫です! 俺には"鴉の巣"っていうアイテムボックス系の便利スキルがあるので、そこにしまっておけます!」
▽『アイテムボックス持ちだったか』
▽『わりとレアスキルだよね』
▽『類似スキルも含めて40人に1人くらいだったかな。ネット調査だけど』
▽『でも有ると無いとじゃ雲泥の差』
▽『レアアイテム持って帰るためにでかいリュック背負ったり荷物持ち要員雇ったりしなくていいからな』
▽『ひょっとしてカラスくんってわりとチート性能なのでは……?』
といっても正規のアイテムボックススキルじゃなくて鴉の派生スキルのひとつだから、多少性能も違ったりする。規格が違うから他人のアイテムボックスに移せないとか。
で。
そこからはごく自然な流れで、リスナー達から彼女へのインタビュータイムが始まった。
しかしそれは──ある意味、悪夢のはじまりだった。