表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/83

第43羽・番外編 方向音痴と闇の正義の使徒。後編

 〜トーキョー〜


 夕陽も沈みかける道を、怒りに任せてひたすらに走る。本当はひとりで決着をつけたかったが、配信用ドローンを飛ばしてリスナーに道案内を頼んだ。


「カッコつけておいて、巻き込んでごめん」


▽『いいってことよ』

▽『巻き込まれたなんて思わない。俺達だって助けたい』

▽『カラスくんのナビはいつものこと』

▽『ここで下手に迷子になられても困るしな』

▽『のんびりしてたら他の誰かが凸しちゃうくらい殺気立ってたし』

▽『犠牲を増やさないためにも急いだ方がいい』


 怒りに燃えるリスナー達も、俺に協力をしてくれている。それから、クロネも。


「家で待ってろって言ったのに……」

「なに言ってるにゃご主人! うちだってご主人と気持ちは同じにゃ!」


 タダシをぶっ飛ばして、猫達を救う。そのためなら、俺と一緒に十字架を背負い裁かれても構わないという事なのだろう。クロネはそういう子だ。


 だけど、俺が心配しているのはその事だけじゃない。


「お前にとって──辛いものを見るかもしれないんだぞ」

「──それも覚悟の上ですにゃ」


 クロネの決意は固い。

 これ以上は止めても無駄だろう。




▽『着いたぞ、ここだ』


 俺達は小さな一軒家に辿り着いた。


「ありがとう。それとごめん、ここからは──見せられない」


▽『そうだよな』

▽『頑張ってカラスくん』

▽『危なかったらすぐ引き返せよ。ダンジョンとは違うんだから』

▽『念のため警察も呼んでおいた。来てくれるかわからないけど』


「ああ。……結果は後で報告する」


 俺は配信を終了する。

 タダシの家。青い屋根の二階建てで、壁は白く塗られている。一見すると平凡な、普通の家だ。あんな残酷なことが行われているような場所には見えない。



    だが


「……おびただしい血と、濃い死の匂いが漂ってるにゃ」

「どこかわかるか?」

「二階の、あの紫のカーテンの部屋にゃ」


 俺とクロネは2階の窓枠に飛び乗る。分厚い窓ガラスだ。おそらく防音室だろう。発勁で叩き割り、部屋に侵入する。

 部屋の主は留守のようだった。



       みゃ……


   み……


           …………



「こ、れは──」


 部屋の中には、狭いケージがひとつ。

 その中に傷ついた3匹の猫が押し込まれていた。そのうち1匹は既に息は無く、残り2匹も弱りきっているようだった。

 そして部屋の隅には黒いゴミ袋が無造作に置かれていた。あの中身はきっと──


 ──いや、今は考えるな!

 生きている子だけでも助ける!!


「がんばれよ、なんとかするからな」


 力任せにケージを壊し、弱りきった仔猫達を解放する。それからランクの高いポーションをかけてやる。応急処置としては充分な筈だ。念のため、あとで動物病院に連れて行こう。


「…………」


 クロネは部屋に入ってから一言も発していなかった。息をしてない猫をそっと膝に乗せ、目を閉じさせてやっていた。


 黒いゴミ袋を破ると、腐った匂いがして、想像した通り硬くなった猫達の亡骸が詰め込まれていた。固い床にそのまま寝かせるのは可哀想だったので、毛布を敷き、1匹ずつ寝かせてやる。

 わずかな可能性を最後まで信じたかったが、ビニール袋の中には、息のある子は1匹も居なかった。


 助けられたのは、最初の2匹だけだ。


「こんなの、こんなの酷すぎるにゃ……」


 クロネの口から、ぽつりと絞り出すような涙声が溢れる。助けられなかった子達は、こんな場所じゃなく、どこか静かなところに連れて行って埋葬してあげよう。






「タダシちゃんのお友達かしら?」





 穏やかな声に、ぎょっとして扉の方を振り返る。

 皺の深い白髪の女性が、派手な桃色のエプロンを付けて立っていた。母親にしては老け込んでいる。祖母だろうか。

 老女は右手には出刃包丁、左手には首を斬り落とされたネズミの死骸を掴んで、ニコニコと笑っていた。


「まあまあごめんなさい。わたしったら挨拶もまだで! タダシの母です。いつも息子がお世話になっております」

「あっ──いえ──」

「いまからタダシちゃんの仔猫ちゃんにご飯をあげるところなの。一緒にどうかしら?」


 そう言ってタダシ母は、血塗れのネズミの死骸を差し出そうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「はい、なんでしょう?」

「ご飯の時間って、あなたには──この子達が見えないんですかっ!?」

「この子達……?」


 俺は老女のガサガサの手を振り払う。そして、毛布の上に冷たく横たわる仔猫の亡骸達を指差す。


「あなたの息子さんは、タダシさんは、この子達を切り刻んで、ゴミのように扱ったり──!」

「あら、そっちはもう要らないやつなのよ」

「──────は?」


 ──もう要らないやつ──?

 母親の言葉が理解できず、俺は一瞬言葉を失う。


「猫を飼うときにね、タダシちゃんと約束したのよ。たくさんお世話するのは大変だから、3匹までにしましょうねって」

「い、いや──あんた、なんの話を──」

「だからそっちは余ったやつなの。あの子ったら、たくさん捕まえてくるから困っちゃうわ」


 

  余ったやつ?


      困る?



   余ったやつ、って?



 軽く眩暈がする。頭がどうにかなりそうだ。

 タダシだけじゃなく、この母親も話が通じないタイプなのか?


 唖然とする俺達を尻目に、母親はカーテンの方に近づく。

 割れたガラスをジャリジャリと素足で踏み、血塗れの足跡を残しながら、まるでいつもの日常かのように窓のを開いた。


「あら、タダシちゃん帰ったの〜? お友達が来てるわよお〜」


 母親の言葉につられて外を見る。




   奴と、目が合った。

 


 タダシは電動自転車に乗っていた。備え付けの籠は、中の見えないバスケットタイプだ。泥や毛や血痕が付着した汚い籠が、微かに、動いた気がした。


 帰ってきたんだ。

 新しい子を捕まえて。


 タダシは割れた窓と俺たちを見て一瞬驚いた表情をすると、猛スピードでその場から離れていく。


「クロネ!! ここの子達を頼む!!」

「ご主人っ!!」


 俺はタダシ母を突き飛ばして、窓から飛び降りる。ここであいつを逃せば、バスケットに入れられた子は何をされるかわかったもんじゃない!!


 見失うわけにはいかない。

 すぐさま配信を開始する。


▽『カラスくん!?』

▽『なに!? 配信始まったのか!?』

▽『どうなったんだ!?』


「見ての通りだ! タダシを追ってるッ!!」


 走りながら経緯を説明する。タダシ家で見たものと、あいつの自転車のバスケットに仔猫が入れられているであろう事を。


▽『わかった、追跡は俺達に任せて』

▽『カラスくんは走りに集中して!』


 ダッシュおばあちゃんのときと同じ、役割分担だ。これなら仮に曲がり角で見失ってもある程度はカバーが効く。


「なかったことになれ……なかったことになれ……」


▽『タダシのやつなにかぶつぶつ言ってね?』

▽『ちょっと待て、なんだあれ!?』

▽『エアガン!?』


 タダシが電動自転車を漕ぎながら、俺に向かって何かを発射してきた。俺の横を掠めて、道端のポリバケツに穴が開く。


「なかったことになれ……なかったことに……」


▽『やばいやばい』

▽『改造エアガンじゃね!?』

▽『カラスくん逃げた方がいい』

▽『当たったらただじゃ済まないぞ!』

▽『ダンジョンとは違うんだから!』


 確かにここではダンジョンの加護は無い。

 俺の力も大したものじゃあないだろう。


   ──だが──


「そんな危険なものを──これ以上誰かに向けさせてたまるかよ!!!」


 飛んできたエアガンの弾を回し受けの要領ですべて弾き飛ばす。初めてやったが、思ったより上手く行った。


「リセット……リセットボタン……人生リセットボタンんんんんんん!!!」

「そんなもんねえから諦めろや!!!」


 タダシに追いついた俺は、そのままの勢いで顔面を蹴り飛ばす。


「ぐべええっ!!?」


 やつは潰れたカエルのような声で鳴きながら、地面を転がっていった。


▽『強っ』

▽『ダンジョン外でも無双してるじゃん』

▽『元々カラスくんってステータス頼りじゃなくて素の技と格闘センスで戦うタイプだからね』

▽『素人のエアガンなんて相手にならないよな』


 俺はバスケットをキャッチして急ぎ蓋を開ける。




     みゃあああ!!



 籠の中から興奮した仔猫が飛び出してきた。手の甲に痛みを感じで見ると、血が滲んでいた。鋭い爪でひっかかれたのだ。


 けど、よかった。仔猫には怪我はないみたいだ。


「よっぽど怖い目にあったんだな」


 タダシが撃ってきた改造エアガン。

 護身用に持ち歩いていたとは考えにくい。

 あれを猫に向けて追いかけ回していたのかもしれない。そう考えると、怒りで腹の底が震えた。


「……もう大丈夫だ」


 俺は仔猫を安心させるために、包み込むように抱く。仔猫はしばらく暴れていたが、俺に敵意がない事がわかったのか、やがて眠るように目を閉じた。

 



「うわあああママあああああああああ!! 痛いよおおおおおお!!」

「黙れ」

「ひいっ──ひいっ──リセット──なかったことになれ──」

「てめえ──まだそんなこと──!」


 タダシのやつが起き上がって、ポケットからサバイバルナイフを取り出す。そのまま向かってくるのかと思いきや、じりじりと後退りをはじめた。


▽『カラスくん相手にそんなもんでなにができるんだ?』

▽『やっちゃえカラスくん!』

▽『いや。万が一、猫ちゃんになにかあったらマズい』

▽『だな。猫ちゃんも助けたしもう追わなくていいでしょ』

▽『タダシも人生終わりでしょ』


 リスナーの言う通りだ。

 この子も居るし、下手に近づくわけにはいかない。

 これ以上、タダシを追う必要はない。



「なかったことに──リセット──」



 けど、なんだ?

 後退りで逃げようとしてるあいつは、どうして気色悪い笑みを浮かべているんだ?


 まるで、勝ち誇ったかのように。


▽『タダシのやつどこいく気だよ』

▽『逃げ場なんてないのにね』

▽『タダシの立ってるとこ、アキバダンジョンの入り口じゃね?』

▽『ホントだ』

▽『ダンジョン内なら警察も追ってこれないと思ってる?』

▽『モンスターと一緒に逃亡者人生乙』

▽『そもそもスキルなんて持ってるのか?』


 アキバダンジョンに侵入したタダシは、ナイフを掴んだ右手を高々と振り上げる。


「なかった! ことに! なれええええええエエエエエエ!!」


 そう絶叫し、タダシは自分の首にサバイバルナイフの刃を突き立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ