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第42羽・番外編 方向音痴と闇の正義の使徒。中編

 〜カラスのアパート〜


 俺は【闇の正義の使徒タダシ帝國】のSNSアカウントを、古い投稿から表示した。



   ◯月2日

   1匹目の猫を拾った。

   傷だらけで死にかけ。



「────っ」


 片耳を切られ、ボロボロにされた三毛猫の姿に、俺は言葉を詰まらせた。胸が締め付けられるような思いがする。猫幽霊さん達が画面を見ないよう、背中で隠す。幸い鯛焼きに夢中で気づいていなかった。


 軽率だったかもしれない。

 こんな心が抉られるような姿を、配信に載せて良いのだろうか──?


▽『うう……』

▽『辛い』

▽『かわいそうに……』

▽『でもちゃんと助かったんだよな?』


 そうだ。ここで続きを見なければ、リスナー達にただ傷付いた猫を見せただけになってしまう。せめて元気になった姿まで見せてやるのが、ケジメというものだ。

 次の写真は、同じ猫が包帯でぐるぐる巻きにされた姿だった。



   ◯月3日

   1匹目を包帯で治療。



 3枚目で最後のようだ。

 ケージの中の猫はふっくらとしていて、耳もすっかり治っている。



   ◯月4日

   1匹目、完治。ぼくちんに感謝している。

   ぼくちんはヒーローだ。

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▽『良かった……』

▽『元気になったんだな』

▽『写真の子、そこの猫幽霊ちゃんに似てない?』

▽『言われてみれば』


 猫幽霊さん達は鯛焼きを頬張っている。

 その1匹の三毛猫が、写真の子ととても良く似ていた。

 まるで本人のようだ。いや、本猫か。

 けど写真の子は助かったんだし、ここに居るわけないか……。


▽『でも1匹目って呼び方少し変じゃない?』

▽『2匹目を拾うってわかってるみたいだよな』

▽『あ……』

▽『考え過ぎじゃね』

▽『写真だけ先に撮ってあとからコメントだけ追加したのかもしれんし』


「ごめん、結構ショッキングだったよな。続きは各自で見てくれ」


 俺がそう言ってページを閉じようとした時、1人のリスナーが声を上げた。


▽『ちょっと待ってほしいのだ。このブログ、何かおかしいのだ』

▽『えっ』

▽『まあタイトルとかおかしいけど』

▽『そこじゃないのだ。ごめん、もう少しだけ読み進めてみてほしいのだ』

▽『俺も賛成。なんかもやもやしてる』


 リスナーの意見に、クロネも頷いている。


 ──確かに、俺も少し違和感があった。

 あまり残酷なものはリスナーに見せないよう配慮しつつ、他の投稿の写真も順番に見てみる。


 どの投稿も内容はほぼ同じだった。

 傷ついた猫が拾われ、翌日に包帯でぐるぐる巻きにされ、その翌日には完治している。


▽『千切れた耳や尻尾が2日で治るか?』

▽『思った』

▽『いいポーション使ったんじゃないの?』

▽『だとしたら逆に治り遅いだろ』

▽『包帯巻く必要もないし』


 違和感はいまや、疑惑へと変わっていた。

 最悪の想像に、マウスをクリックする手が止まる。

 これ以上はとても読み進められない。


 ──いや。だけど、居るわけないと思いたい。

 そんなことをする人間が。できる人間が。

 

▽『この写真スマホで撮られてるね』

▽『それがどうしたの?』

▽『Exif情報が残ってるかも』

▽『なにそれ』

▽『撮影した時間や場所がわかるかもしれない』


「──頼む」


 ITに強そうなリスナーに頭を下げる。すべて俺達の勘違いであってほしい。それなら明日、タダシに謝ろう。


 だが、そうはならなかった。




▽『確認した。やっぱり逆だったよ』




 心臓が冷え、身の毛が逆立つのを感じる。




▽『逆ってなにが?』

▽『撮影された順番とアップロードの順番』

▽『どういうこと?』

▽『最初は元気な姿で、傷だらけで弱ってるのが後の姿』


 つまりこういう事だ。

 この子達は弱っていたところを助けられたわけではなく、元気な状態で捕まって、怪我させられ弱らされていったのだ。

 それを逆の順番で投稿すれば、あたかも仔猫を助けたかのように見えるのだ。重症の怪我が簡単に治っていたり、どの治療も同じように包帯ぐるぐる巻きにしていたのは、適当でも構わないからという事だろう。


 撮影後は────考えたくもない。

 少なくとも律儀にまた治療して解放したりはしていないだろう。


「……なんでにゃ……? なんでこんなこと……」


▽『感動もので人気者になりたかったとか?』

▽『動物系はバズりやすいからな』

▽『バズってないけど』

▽『文章もおかしいし生成AIだと思われたんでしょ』

▽『反吐が出るのだ』


「………………」


 クロネは唇をわなわなと震わせている。目尻に涙が浮かんでいるように見える。こんなにも酷く動揺している彼女を見たのは、初めてかもしれない。




    みゃあ




 三毛猫の猫幽霊さんが、クロネのそばに寄って来て手の甲をタップする。話についていけているわけではなく、もっと鯛焼きを寄越せとねだっているのだ。SNSと同じ側の耳が無くなっていた。

 無邪気な顔でおかわりを求める三毛猫の猫幽霊さんを、クロネはぎゅうっと抱きしめる。三毛猫さんは"なんでたいやきをくれないんだろう?どうしてかなしそうなかおをしてるんだろう?"というように首を傾げる。


 捕まったときも、写真を撮られたときも、殺されたときも、きっと理由もわからなかっただろう。


 SNSをよく見れば、他の写真にも見た事のある子が混ざっていた。きっとこの子達も、こいつに甚振られて、猫幽霊になったんだ。


 俺はクロネに頭を下げる。


「ごめんな、クロネ」

「……どうしてご主人が謝るにゃ……?」

「俺と同じ人間が、猫をこんな目にあわせて……ごめん。がっかりしただろ」


 クロネは勢いよく首を振る。


「"人間"を嫌いになったことはありませんにゃ。ご主人も、リスナーのみんなも、お医者さんも、ユリも、大好きな人間だにゃ!」

「クロネ……」

「それにもし人間が嫌いなら、今も人間の姿はしてませんにゃっ!」

「そうだよな、変なこと言ってごめん」


▽『とりま警察に通報しといたわ』

▽『それがいいね』

▽『動いてくれるといいけど』

▽『いや警察はあまりあてにできない』


 ダンジョンの登場とダンジョン犯罪の増加によって、警察や自衛隊の権威は失墜。職員も減っていると聞く。決して彼等が悪いわけではない。だが、証拠もない小さな事件に対し、すぐに動いてくれるとは限らない。開示請求をしても何日かかるか。


 こうしている今この瞬間にも、次の犠牲者が出ているかもしれない。


▽『もう俺達で直接殴りに行くしかない!』

▽『それで警察に突き出すか』

▽『画像データから撮影場所わかるんだろ?』

▽『いやダメだろそれ私人逮捕って言って犯罪だぞ』

▽『このアカウントを晒しあげるか』

▽『大丈夫? 名誉毀損にならない?』

▽『家に行けば証拠が見つかるんじゃないか?』

▽『それじゃストーカーだって』


 警察の権威は無くとも、法は機能している。

 仮にやつを逮捕できても、代わりにすべてを失うだろう。


 すべてを。


▽『僕は行くのだ』

▽『俺も』

▽『俺に失うものなんてねえ!』

▽『母ちゃんごめん…俺もこいつ許せねえよ…』


「待て」


 画面の向こうの馬鹿野郎達を制止する。

 

「俺が行く。このアカウントの住所の情報をくれ。お前らは──待ってろ。頼みたいこともあるしな」


▽『カラスくんはダメだって!』

▽『カラスくんには未来があるのに』

▽『配信者続けられなくなるかも』

▽『今度はカラスくんが逮捕されちゃうって!』

▽『こんな奴のために手を汚す価値ないよ』


「ありがとう。止めてくれて。だけど──俺には無理だ。どうしても──コイツを赦しちゃおけねえ!!」


 俺は拳を机にぶつける。

 衝撃で机が真っ二つに叩き割れてしまった。


「未来? 価値? そんなもん全部──後回しでいいだろうが!!!」


 変わらない。

 俺は。

 あのときと同じだ。


 クロネを助けた、あの時と。


 頭に血が上っているのがわかる。

 その血を、冷ましちゃあいけない事も。


「今! 今なんだよッ! こんなやつを今1秒だって野放しにしておけるかッ! 誰に何と言われようと、俺は行くッ!」

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