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第40話 友へ

 ★ユリの視点です★

 ダンジョンでは、この世の理では説明できない事が起こる。









 私立シブヤ学園は、中高一貫のエスカレーター式の学校だ。中等部に通う事になった私は、期待に胸を高鳴らせていた。それは学園に通うレディが、目も眩むほどの美少女揃いだからだ。


 教室に入って自分の名前が書かれた席の場所まで行くと、隣の席には既に目立たない男子生徒が着席していた。軽く挨拶を交わしたが、あまり印象には残っていない。

 まったく冴えないヤツと隣になってしまった。どうせなら美少女が良かった。などと、幼いながらに失礼な事を考えていたのがなんとも懐かしい。


 まあ後で聞いたら、カラスのほうも"チャラチャラとした軽薄そうな女が来やがった"とか思ってたらしいし、おあいこというやつだろう。


 そのときから、カラスとの長い長い腐れ縁が始まった。


 それから移動教室で迷子になっていたカラスを助けたり、まだガキだった私が女トラブルに巻き込まれて逆に助けられたり、三連続で隣の席になったことに同時にため息をついて、同時に噴き出して叱られたり。


 意外と私たち気が会うんじゃないかとか思ったり、いや、やっぱり気は合わないなと思い直したり、でも気は楽だよなと言い合ったり。


 そうそう。ダンジョンの話もしたっけか。いつか誘おうと思ってるうちにネット評価ランクの差が開いてしまって、誘いづらくなってしまったんだったな。

 きっかけはともかく、一緒にダンジョンを攻略して本当に楽しかった。こんな事なら、もっと早く声をかければ良かった。



 ありがとうな。カラス。キミが友人でよかった。

 この言葉に、嘘はない。


 ──だけど。私は嘘もついてしまった。


 

 スマホの画面に目を落とす。カラスに送るメッセージ。何度も、何度も、書き直して、かれこれ1時間くらいかかってしまった。ははっ、最長記録だな。女の子に送るのにもここまで時間を使ったことはないぞ?




【すまない。あれから病院に行ったが、しばらくハワイの病院で検査しなきゃならなくなった。なにか精密機器の多い病院らしくて、連絡を取るのも難しそうだ。

 だけど、心配しないでくれ。ハワイの美しいナース達にたっぷりと癒されて来る予定だ。土産話を楽しみにしているんだな。

 まあ、クロネの耳と尻尾をモフれなくなるのは心残りだがな。彼女の耳と尻尾はカラスに任せる。幸せにしてやれよ!

 追伸・愛してるぞ】


 数秒後、カラスから返信があった。


【お大事に。ナンパはほどほどにな。

 追伸・ラーメン、忘れんなよ!】


 ……ったくこいつ。ちゃんと授業受けてんのか?


 ラーメンか。

 そういやカラスと約束してたんだった。

 あんなに楽しみだったのに、すっかり忘れていたな。

 ──食べときゃ良かったなぁ。



 それからSNSでも、ファン達に向けて活動休止を告知する。"これからしばらく休養するが、心配しないで欲しい。元気になって帰って来るから"と。




 ──全部ウソだ。




 帰って来る気はない。

 かかりつけの病院にも行ってないし、ハワイの病院に行く予定もない。




 私の心臓はとうに止まっているし、

 身体も崩壊を始めているのだから。


 






 〜ウエノダンジョン〜



 誰もいないウエノダンジョン。

 そもそも攻略済みでアイテムもモンスターも無いダンジョンに来る探索者もいないだろうけど、誰か探しに来るとまずいからなあ。


 中層の隅、人の来なそうな隠し通路の行き止まり。

 今は停止しているトラップをこじ開けると入れる場所がある。

 指環を探して中層を彷徨っているときに、たまたま見つけたのだが、人生なにが役に立つかわからないものだ。


 岩陰に崩れ落ちるように座り込む。

 少し前から足先の感覚がない。とっくに血は通っていないのだろう。




 ダンジョンでは、この世で説明できない事が起こる。


 あのピエロに首を斬り落とされた私は、目が醒めたときに気づいた。

 私の命を諦めなかったカラスに、クロネに、猫幽霊達に、ダンジョンが応えたのだ。私に、別れのためのわずかな猶予を与えてくれたのだと。


 しかしその猶予も、もう終わりだ。


 景色も霞み、あたりも静かになっていく。

 少しだけ感じる寂しさを抑えつけるように、瞼を下ろした。





  「ユリ」



 暗闇から不意に声をかけられ、ドキッとして目を開ける。ダンジョンの石床の上に、何故かクロネが立っていた。


「ははっ、幻覚まで見え始めたぞ」

「……ごめんにゃ。ユリの様子がおかしかったから、後をつけちゃったにゃ」


 そう言ってクロネは、私の頬に触れる。

 彼女の手のひらの感触が温かく心地よい。……幻覚じゃ、ないみたいだ。


「…………すこし休んでいる、なんて言っても信じないよな」


 こくりと首を縦に振るクロネ。


 困ったな。

 私の身体は既に下半身まで機能停止して、立ち上がることもできない。


 いまさら誤魔化しようもない、か。


「いやあ。見苦しいところを見せてしまったね」

「ごめんなさい。うちが、一緒に攻略しようなんて誘ったから」

「馬鹿なことを言うなよ。指環のことは本当に感謝しているんだ。それに、ダンジョンで命を賭けるのは当たり前のことだしな」

「けど……ごめんなさい。こんな目に合わせて、助けられなくて──ごめんなさい」


 自分を責める言葉を何度も溢し、頭を下げるクロネ。

 そんなことはないよと撫でようとしたが、腕が持ち上がらないことに気づいただけだった。


「あ。あー、それよりさ、このこと、カラスには──」

「ご主人には言ってないにゃ」

「助かるよ。私の身体も、できればこのままここに置いて行ってほしい」

「……わかってるにゃ」

「気を遣わせてしまって、すまないね」

「うちもユリの気持ちはわかるにゃ。自分が死ぬところは、ご主人に見られたくはないにゃ」

「……………………うん。」


 猫は死期が迫ると行方をくらませ、飼い主に死ぬ姿を見せないようにすると聞いたことがある。大切な人の側で安らかに死にたくないのだろうかと、その話を聞いたときは思ったものだ。


 けど、今ならその心情を理解できる。

 残された人の、記憶の中の最後の私には、元気に笑っていてほしいと思ってしまう。私の事で、苦しんでほしくないと、そう思ってしまう。


「でもうちは──うちは、いまのユリをひとりぼっちにもしたくないにゃ。ニンゲンで初めての、うちの友達だから」

「ははっ、光栄だな。私も、猫の友達はクロネが初めてだよ」

「みゃん」


 この子は優しくて賢い子だ。きっとカラスの前では、こんな顔をしたりはしないのだろう。悲しみと、怒りと、無力さを必死に堪えて、いつものようにあいつの隣で笑ってやるのだろう。


 カラスのため。

 自分が傷つきながらも。


「──きっと、クロネはいままでもそうやって、影ながらカラスの事を支えてやってくれていたんだろうな」

「…………」

「ありがとう。アイツは良いやつだし凄いやつなんだが、たまに抜けててな。まあ、そこが可愛いんだが────」


 不意に胸が締め付けられるような気がした。

 この期に及んで、まだ私はアイツのことが心配なのだ。


 私が言葉に詰まっていると、クロネは黒猫の姿になり、胸の上に乗ってきた。愛らしい姿だ。それから、自分の頬を私の頬に擦り付けるようにした。



    みゃあ



 ああ。そういえば、猫の姿でモフモフさせてくれなんて約束、してたんだっけ。胸を締め付ける重りが少し取れたようだ。


 ようやく私は、言葉を絞り出すことができた。


「────カラスのこと、どうか、頼むぞ」



     みゃあ




 "大丈夫、うちに任せるにゃ"



 と、目の前の黒猫はそう鳴いているように聞こえた。擦り合わせられた頬が湿っている。私の涙か、クロネの涙か、感覚の鈍くなった私にはわからない。


 ひとりで死ぬつもりだった。

 だけど



 "さいごに、クロネと話せてよかった"



 唇は動いたはずだが、声は出なかった。

 少しして、視界が黒く埋め尽くされる。


 だけど──想像していたより、怖くない。

 むしろ、心地良かった。









































   みゃあ






































       みゃあ











































       …………みゃあ……














































「……おやすみにゃ。ユリ」



  ≪フェンリルの毛皮をユリにかけたにゃ♪

    あったかぽかぽかのお布団だにゃ

     まるでお昼寝してるみたいにゃ!≫

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