第39羽 神代ユリの指環物語 2
〜黒川病院〜
凶器ピエロとの死闘から数時間後。
ウエノダンジョンを脱出した俺達は、明朝、黒川病院のとある一室に来ていた。
「案内ありがとう、白衣の天使くん」
「きゃ〜〜っ♥♥♥ ごゆっくりぃ〜〜♥♥♥」
ハートマークを散らせながら去っていく看護婦。
ユリのやつめ。数時間前に首をチェーンソーで斬り落とされていたヤツとは思えないな。
あれからのことを少し話そう。
ピエロを撃破した直後、ユリは目を覚まし自分で起き上がってきた。そのときのリスナーの喜びようは凄まじかった。
それでもしばらく動かない方がいいと思ったんだが、本人が身体はなんともないと言っていたので、追加ポーションを飲ませてユリの希望した病院に連れてきたのだ。
で、てっきり自分の怪我を診てもらうためと思っていたら、面会の手続き始めやがるし。看護婦ナンパし始めるし。自由かよ。
……けど、こんだけ元気なら、ひとまず安心か。
猫幽霊さん達の懸命な蘇生措置のおかげだな。あと接着ポーション。
「ユリお姉ちゃん、こっちこっち!」
ベッドの上から小柄な少女が、両手をいっぱいに伸ばしてユリを呼んでいる。ここの入院患者だ。小学生くらいだろうか?
ユリは彼女のベッドに腰掛けると、細い手をぎゅっと握る。ユリの指に飾られたシロツメクサの指環を見て、少女の顔が綻んだ。
枕元には、同じ花の造花が飾ってある。彼女が指環の贈り主だとすぐに気がついた。
「やあサキちゃん、久しぶり。ずっとこれなくてすまなかったね」
「ううん、ユリお姉ちゃんに会えて嬉しい! そっちの人達はお姉ちゃんのお友だち?」
「ああ。友人のカラスとクロネだ」
ユリに紹介されて緊張気味に挨拶をする。サキちゃんは俺について"お姉ちゃんの話で聞いてたよりずっとしっかりしてる人だね"と笑っていた。
ユリよ。俺のことをいつもどんな風に話してるんだ……? お前の中で俺はしっかりしてない人なのか……? 思い当たる節しかないから仕方ないが。
「ねえねえ、ユリお姉ちゃん」
「わかってる、配信動画だろ? 今日はウエノダンジョンに行ってきたやつがあるぞ!」
「やったあ!」
ここの病室では配信を自由には観れないし、そもそも探索者のゴールデンタイムは深夜だ。それでユリがこうして録画を見せてやっているらしい。心臓に悪いところは勿論スキップだ。
それからサキちゃんは、画面の中のユリを応援したり、俺達にユリの話を聞いたりして30分ほど過ごした。
「じゃあ、そろそろ行かなくちゃ」
「……うん…………」
ユリがそう言うと、サキちゃんの笑顔にかげりができる。入院中では友達にもあまり会えず、寂しい思いをしているのだろうか。
ユリは少しも困った顔を見せずにシロツメクサの造花を一輪抜くと、茎を器用に結んで指環を作り、サキちゃんの薬指に通した。
「ほら、これでお揃いだ」
「ユリお姉ちゃん……」
「怖くなったらこの指環を握るといい。ユリお姉ちゃんが、キミに勇気をあげるからね」
「うん……ありがとう、ユリお姉ちゃん!」
笑顔になったサキちゃんの頭をユリがぽんぽんと優しく撫でて、俺達はその病室を後にした。
────
──
「サキちゃんはさ、親戚の子なんだよ」
病院の廊下を歩きながら、サキちゃんについてユリから話を聞いた。
彼女は昔からユリに遊んでもらっていたらしく、よく懐いていたらしい。1年前に重い病気を患い、それ以来ずっと闘病生活を続けている。寂しい病室で、たまに見舞いに来てくれるユリの動画が楽しみになっていたのだろう。
「彼女は1週間後に手術を控えていてな。それが成功すればリハビリ後退院できるんだが……いまでも勇気が出ず、ずっと悩んでいたんだ」
「難しい手術なのか?」
「成功率は7割ほどだ。だがもし手術しなければ、彼女は半年後にはこの世にいない」
ユリの言葉に、少しだけ気持ちが沈む。そんなに重い病気には見えなかったんだけどな。明るい笑顔の彼女を思い出し、つくづく自分の目は節穴だと気付かされる。
「だからどうしても、サキちゃんに勇気をあげたかった。あの指環を取り戻せたおかげで、彼女をがっかりさせずに済んだ。二人には、本当に感謝している」
「いいってことにゃ。困ったときはお互い様にゃ♪」
「──手術、成功するといいな」
「ああ。……けどまあ、私にできるのは彼女を少しだけ支えてあげることくらいさ。最後に決めて、頑張るのは、彼女だからね。あとは出来ることといえば神頼みかな」
「きっとあの子にも、カミサマにも伝わってるにゃ。ユリの想い」
「そうだな」
俺も静かに、心の中で祈りを捧げた。
やがて俺達は病院の玄関に出る。もうすっかり昼だ。
……午前の授業、サボっちまったな。
「っていうかユリ、一応お前も病院で診てもらっとけよ」
接着ポーションでくっついてるとはいえ、一度は首が取れているんだ。一見すると元気そうだが、俺達は専門家じゃないしなにかあってからでは遅い。
「そのつもりだよ。隣町にある、かかりつけの病院に行くつもりさ」
「そっか。よければ送ろうか?」
「遠慮しておくよ。迷子になりたくないしな」
「むっ」
「ははっ、すまない、冗談だ! けど気持ちだけ貰っておくよ。心配してくれてありがとうな」
「べっ! 別に心配してねえよ」
「嘘つけ私が起き上がったとき半泣きだったくせに」
な、なにいってんだユリのやつ!?
あの時はもういろんな感情が限界みたいになってて、自分の顔なんて覚えてないが……いくらなんでも泣いてたわけない、と思う!
「お、俺が半泣き? ははは、見間違いじゃないのかあ?」
「そうですにゃ。ご主人は半泣きなんかしてませんにゃ。うちが証人ですにゃ」
「クロネ……」
「あれは全泣きでしたにゃ。後でアーカイブ観るといいにゃ」
「クロネっ!!!?」
「にゃらはははっ──もがもがもが♪」
フォローになってないフォローをしてくれたクロネの口を塞ぐ。いくらクロネといえど、これ以上喋らせるわけにはいかない!
「──ありがとう」
そう言ってユリは、正面から俺のことを抱きしめる。
細腕に似合わない、とても、とても強い力。ちょっぴり痛いくらいだ。
「ありがとうな。カラス。キミが友人でよかった」
「なっ、なにいってんだよ改まって。照れるだろ!?」
俺だってそうだ。
ユリが友人で良かったと、何度だって思う。
「それじゃ、そろそろ私は行くとするかな。付き合わせて悪かった」
「だから気にしてねえって。また明日、学校でな!」
「…………ああ! ……また明日──な」
ユリは手を振って、俺と別れの挨拶をした。
いつもと同じように。
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