第37窩 キョウキピエロ 4
〜ウエノダンジョン深層・コアと台座のフロア〜
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ウエノダンジョンEX戦
凶器ピエロ
能力:存在しない
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「──ネコノタタリ!!」
にゃあー!
にゃあー?
にゃあー?
にゃあー?
放射状に放たれた猫幽霊さん達は、そのままドームの端へと消えていく。なにか手は無いかと鴉羽根の内側から何度か遠距離攻撃を仕掛けているが、いまだに手応えはない。
▽『駄目だ……』
▽『諦めるなって!』
▽『無理だよこれ……』
▽『闇雲じゃ当たらないし』
▽『そもそもあたり判定あるの?』
画面の中だけに存在する敵。
もしそうだとしたら──そんなものと、どうやって戦えっていうんだ?
俺達もリスナーも手を出す事のできない、異次元の存在。
おまけにスマホが無ければ配信を終わらせることもできない。いや、配信が勝手に再開したのがこの敵の仕業なら、スマホがあっても配信を止められないのかもしれない。
──くそっ、駄目だ。
考えれば考えるほどに、泥沼化していく。
ユリをこんな目に合わせた敵を倒す方法が、思いつかない──!
▽『鴉羽根少しづつ減ってきた?』
▽『無限に出せるスキルじゃないからな』
▽『やばい』
▽『ピエロのやつ笑ってやがる』
ピエロは鴉羽根に迂闊に飛び込んでくるような事はしないようだ。羽の防御が切れる瞬間を狙っているのか?
もし鴉羽根が切れたら、俺達は、画面の中にいる敵から一方的に攻撃されてしまう。
▽『これ逃げた方がいいかもなのだ』
▽『ユリちゃんの仇討ちして欲しかったけど、そんな場合じゃないよな……』
▽『だな……』
▽『逃げよう』
▽『逃げてカラスくん!』
「駄目だ! まだ──まだ、ユリが目を覚まして、ない」
あれから繰り返し、繰り返し、繰り返し人工呼吸と心臓マッサージを続けている。だが、ユリの意識はいまだに戻っていない。今は俺がユリの生命維持装置になっているようなものだ。
それにユリの首の状態だって安定しているのかわからない。鴉帰りを使ったとしても、姿の見えない敵から全力で逃げるなんて真似できるわけがない。
本音をいえば、治癒スキル持ちの探索者に助けを呼びたい。だが、こんな危険な敵がいる場所に連れてきて巻き込むわけにはいかない。
「────クロネ。お前だけでも────」
「うちが逃げてご主人が死ねば、ユリも死ぬしかないにゃ」
「………………ごめん。馬鹿なこと言いかけた」
「そうでなくても、うちがご主人を見捨てて逃げるような猫でなしに見えますかにゃ?」
「そうだよな────ごめん」
それなら、ユリの意識が戻ってから3人で逃げるか? けど、鴉羽根が切れるまでに目を覚ます保証はない。
それなら──
「戦うしか、ない。ここで倒すしかない」
「うちもそう思いますにゃ、ご主人」
俺の静かな決意に、クロネは力強く頷いてくれた。まだ攻略法の糸口すら掴んでいない。
だが、覚悟は決まった。
顔すら見せないクソ野郎の顔面に、加減なしの一撃を叩き込んでやる!
「ユリの生命維持も止めるわけにはいかないにゃ。みんな、人工呼吸と心臓マッサージのやり方は覚えたにゃ?」
にゃあ!!
にゃあ?
にゃあ……
にゃあっ!!
「覚えてない子は後ろで待機にゃ」
自身あり気な二匹の猫幽霊さんが現れる。俺がユリにやっていたことをちゃんと見ていてくれたらしく、交代を申し出てくれた。少しだけ不安もあったが、俺はクロネの判断を信じた。
俺は一度だけ、深く呼吸をする。
まずは俺が冷静にならなきゃいけない。
ユリのために、ユリのことは一度忘れよう。
集中しろ、骸屍鴉守!
知恵をすべて絞って、ヤツを倒す方法を考えるんだ!
▽『俺達も覚悟決めたぞ』
▽『知恵なら貸せる!』
▽『ヤツを倒す方法をギリギリまで考えろ!』
▽『残り時間は!?』
▽『鴉羽根はあとどれくらい持つ!?』
「あと3分、いや、あと5分は持たせられるッ!」
▽『よし5分だな!』
▽『鴉羽根が切れるまでが勝負か』
▽『なんでピエロは鴉羽根の中まで入って来れないんだ?』
▽『え?』
──そうだ。
どうしてピエロは鴉羽根を無視して攻撃を仕掛けて来ないんだ?
これがただの見えない敵じゃあなく、現実世界に居ない敵だっていうんなら、鴉羽根なんて無視して攻撃してくればいいはずだ。
▽『あたり判定はあるってこと!?』
▽『でも画面上にしか存在しない敵なのに──』
▽『前提が間違っていたのか?』
違う。前提は合っている筈だ。
凶器ピエロは、この現実空間には存在しない。画面上にのみ存在する。この推測は、俺もあたっていると思う。
だとすると考えられる可能性はひとつ。こいつは"画面上の鴉羽根"から逃げているのだ。
「凶器ピエロだけじゃなく、俺達の攻撃も撮影されている。撮影された攻撃が凶器ピエロに有効なら、攻撃は可能って事だ」
▽『つまりどういうこと!?』
▽『撮影できる攻撃なら画面上であたる』
▽『一周回って普通に攻撃すれば当たるってことでいい?』
「いま、ヤツの位置は!?」
▽『カラスくんから見て斜め右後ろ!』
「ネコノタタリ!!」
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
にゃあー!
リスナーの指定した方向に、猫幽霊さん達が飛んでいく。
▽『もうすこし右!』
▽『右!』
▽『いや左だ』
▽『斜め左行ったな』
▽『駄目だすぐに移動しやがる』
▽『ちょこまかと避けやがって……!』
配信画面を見てからコメントをし、そのコメントを見てから攻撃しなければならない。どうしてもタイムラグが発生し、対処はワンテンポ遅れることになる。動き回っている的に攻撃を当てるのは、至難の業だ。
▽『これ一生追いつけないんじゃ』
▽『いや攻撃し続けよう』
▽『撃ち続ければいつか当たるかもな』
▽『疲労狙いでもいい』
▽『移動パターンも絞れるはず』
▽『なにか目印を置くのだ!そこから時計で方角を示せば正確に攻撃できるのだ』
目印なら丁度いいのがある。ユリから貰ったアイテム、ジャイアント笹を取り出し正面に置く。
「ここが0時の方向だ!数字だけでいい!ヤツの方向を打ち続けてくれ!!」
▽『5』
▽『7』
▽『8』
▽『7』
▽『6』
「ネコノタタリ!!」
▽『7』
▽『8』
▽『10』
▽『10』
▽『11』
「ネコノタタリッッッ!!!」
タイムラグがあると言っても数秒間だ。数秒前に居た場所を攻撃し続けていれば、ピエロも同じ箇所にはとどまっていられない。
数秒でも足を止めてネコノタタリに追いつかれれば、一方的に攻撃されるのはピエロの方だ。
▽『スピード落ちてきた!』
▽『3』
▽『3』
▽『3』
▽『3』
▽『3』
ヤツの方も、このフロアから逃げる様子はないらしい。強い使命感があるのか、単に頭のネジが飛んでいるのか、せっかくの獲物を逃したくないのか、避け続けられる自信があるのか、抵抗されることすら楽しんでいるのか────なんだっていい。
▽『鴉羽根も切れるぞ!』
▽『2』
▽『2』
▽『2』
▽『2』
▽『2』
わかっているのは、俺達か、お前か、最後まで立っていられるのはどちらか一方だけってことだ。
▽『1』
▽『1』
▽『1』
▽『1』
▽『1』
俺が敵なら、鴉羽根を再展開されるのは絶対に避けたい筈だ。羽根の切れ目に攻撃を仕掛けたいだろう。
羽根が切れる瞬間、そこで、すべての決着がつく。
▽『0』
▽『0』
▽『0』
▽『0』
▽『0』
鴉羽根が、落ちた。
「ネコノ、タタリッ!!」
前に出たクロネが、最後のネコノタタリを放つ。
"1時、0時、11時"の方向を中心に放射状に放たれた猫幽霊さんは空振りをし、そのままドームの端へ消えていく。
ピエロは、大きくは逃げれない。
2時か 10時の方向。
2択だ。
フェイントをかけている余裕はない。
どちらから来る!?
外せば、死ぬ。
……2択なのか?
今!!
決断は、一瞬だった。
「ッらああああッ!!!」
俺は地面を跳ね、鋭い蹴りを放つ。
────"0時"の方向へと。
ずっ
なにかを蹴った感触──ではなかった。
俺の身体は何もない空中で停止し、少しだけ弾かれた。まるで蹴った結果だけが、フィードバックされたような、気持ちの悪い感触。
▽『やっ』
▽『やったあああああ嗚呼嗚呼』
▽『あたった、あたったよカラスくん!!』
▽『吹っ飛んだ!ざまあ!!』
どうやら映像の中の俺は、ピエロに攻撃を当てたらしい。
▽『間に合わないと思った』
▽『最後の最後で猫幽霊をくぐってくるなんて』
▽『よく正面から来てるってわかったな!?』
わからなかったさ。下をくぐる可能性には直前で気づいたが、確信はなかった。
だけど俺は、確信はなくてもその方向に飛び込むしかなかった。そこだけは、0時の方向だけは、たとえ全身を切り刻まれても、絶対に攻撃させるわけにはいかなかった。
その場所には、俺の一番大事なひとが立っていたんだから。
「──それで、ピエロの奴はどうなった!? どこまで吹っ飛んだんだ!?」
全力で蹴り込んだが、油断はできない。
立ち上がる前に追撃して、確実に仕留めないと──!!
▽『いや』
▽『もう大丈夫』
▽『終わったよ、カラスくん』
「え……?終わった──?」
▽『凶器ピエロは死んだ』
死んだ?
ピエロが死んだ?
頭の中で茫然と言葉を繰り返す。
死体が見えないせいか、あまり実感が湧かない。
だけど、リスナーの皆が言うなら間違い無いのだろう。
倒した。
勝った。
助かった。
殺したんだ。
身体の力が抜け、全身から汗が噴き出す。
膝から床に崩れ落ちる。正直、限界だ。
安堵、お礼、疑問、叫び、謝罪──いろんな言葉が頭を巡ったのに、口にできたのはたった一言だけだった。
「……そう、か」
▽『いやカラスくんが殺したわけじゃないよ!』
▽『自分のチェーンソーの上に落ちてそのままズタズタになって死んだ』
▽『マジでグロい』
▽『最期までずっと笑ってた…』
▽『夢に出そう』
不気味で、最悪の敵だった。
急に現れて、命を狙われて。
けど、もういい。
もう戦いは、終わったんだ。
俺達の、勝利で。
──────あとは──────
「ご主人ッ!!」
緊迫したクロネの声に、俺の心臓は再び跳ね上がる。
「ゆ、ユリが──ユリがっ──!」




