第36窩 キョウキピエロ 3
★前書き★
★黎明コーポレーションの女性秘書視点です★
〜都内オフィスビル・66階第6応接室〜
「ブイ、チューバー?」
「そう。凶器ピエロはVtuberだ」
天照CEOは愉しそうにワイングラスを傾けながら、ダンチューブの配信画面を見ている。配信者カラスのダンジョン攻略配信は、我らが放った"暴力装置"により地獄と化した。
「ただの快楽殺人鬼かと思っていましたが──なんですかその、ええと、Vtuberというのは? ……ダンチューバーとは違うのですか?」
「おいおいおいおい、勉強不足じゃあないか? Vtuberは今や時代の最先端を行く配信形態だよ?」
「そう言われましても」
「現実に"存在しない"キャラクターに、配信者達が命を吹き込んで、まるで生きているように魅せるんだ。ほら、みてごらん」
そう言ってCEOが別のチャンネルを開くと、配信画面の端で二次元のイラストが喋っている動画が映し出された。
なるほど、CMなどで見た事はある。
初めて見たときの、リアルと仮想の狭間に存在しているような、奇妙な感覚を覚えている。
「あちらも決着までまだ時間かかりそうだし、凶器ピエロについて簡単に説明してあげよう」
「拝聴いたします」
天照CEOから語られた凶器ピエロの成り立ちは、まさに都市伝説だった。
20XX年3月19日。
あるひとりの男がダンジョン内で死亡した。
男の名は刃渡・道家。
33人もの人間を殺害し、その様子をダークウェブで配信していたイカれた殺人鬼だ。
男が殺人鬼となったのには理由がある。
家族を連れてサーカスに向かう途中で玉突き事故に巻き込まれ、妻と娘を亡くしてしまった。2人の裂けた口が脳裏にこびりつき、笑顔の写真を見るたびに悍ましい死に様を思い出すようになってしまった。
元々配信者だった男は、心配した友人に勧められてVtuberをはじめた。いっとき現実を忘れ、第二の人生を楽しむのにうってつけだと考えたのだ。
だが、このとき男の心は既に手遅れだった。ついに男はバーチャルの世界に、狂気の人格を生み出してしまった。
笑顔を求める殺人鬼のピエロ──"凶器ピエロ"は誕生した。最初の犠牲者は、彼の友人だった。
男が殺人をするときには拘りがあった。
陽気なラテン系の音楽の中、ミニチェーンソーでターゲットを殺すのだ。まるで残酷なサーカスのショーのように。
ターゲットは椅子に縛り付けられ、生きたまま全身をズタズタに切り刻まれる事になる。極め付けはどの死体も頬が切り裂かれ、"笑顔"のように口を開かれていた。どの現場も凄惨極まりなく、中には吐いてしまう警官もいたという。
しかし彼はあるとき現場に手掛かりを残してしまい、隠れ家を突き止められて警官隊に突入され、逮捕された。
法廷で死刑が言い渡されたとき、男はこう発言したという。
"絞首台でも配信はできるのか?"
「──ところで、ダンジョン攻略の初期に死刑囚を使う計画があったのは知っているね?」
勿論知っている。
モンスターの駆除という危険な役目を、国が最初から向こう見ずな若者達に押し付けるわけがない。ダンジョンを攻略すれば恩赦を出してやると、死刑囚を秘密裏にダンジョンに送り込んでいたのだ。
結論から言うと、その計画は失敗に終わった。
何段階目かの実験のときだ。強力なダンジョンスキルに目覚めた死刑囚が、銃で包囲していた特殊部隊を皆殺しにして行方をくらませた。
特殊部隊員の死は事故として処理されたが、その死刑囚は未だに捕まっていない。
「殺人ピエロ刃渡は、計画の初期段階で秘密裏にダンジョンに送り込まれた死刑囚の1人なのさ」
不幸というべきか、刃渡にはなんのスキルも発現しなかった。さらにステータスも底辺ランクだった。死にに行くようなものだと誰もが思い、実際に死んだ。
彼は上層のトラップであえなく致命傷を負い、あっけない最期を迎えたという。彼の希望である配信はされず、頭部は潰れて表情はわからなかったらしい。
なおメディアには、通常の絞首刑が執行されたと発表されている。
しかし世間は再び、この殺人鬼に震撼する事になる。
「刃渡は死んだ。しかし"彼の演じた殺人ピエロ"は、画面の中の世界で生き続けていたのさ。そして、刃渡が生前そうしていたように、画面に映った人を惨殺し始めた」
「それが都市伝説"凶器ピエロ"ですか……」
信じ難い話だが、実際に目の前で起きているのだから信じないわけにはいかない。
刃渡の怨霊がそうさせたのか、それとも殺人ピエロを恐れる人々の心が生み出した病か、はたまたダンジョンが起こした怪奇現象のひとつか。
"存在しないキャラクター"は、宿主が死んだ後も、仮想空間を彷徨い続けているのだ。
「まさに亡霊ですね」
「それ以上だよ。幽霊が見える霊能者でも、存在しないものを見ることはできない。どんな配信者でも彼の攻撃を知覚することは不可能だ。だって現実に彼は居ない。彼はVtuber──バーチャルの存在なんだから」
「そして配信画面の中で起きた事は、現実になる、というわけですか」
「そう。画面の中の自分が腕を切られれば腕が、首を切断されれば首が飛ぶ。しかも画面上で起こることには防御力も耐久力も関係ない。まあ"見た目が硬いもの"は壊せないんだけどね」
苦笑するCEO。
なるほど途方もなく凶悪な能力だ。
おまけに証拠もなに一つ残らない。
「もしかしてカラスの配信が再開したのも──?」
「そうとも。凶器ピエロは悪戯好きでね。勝手に配信を始めてしまうし、配信を終わらせることも許してくれないんだ。サーカスの幕が上がったのなら、途中で舞台を降りる事はできないのさ」
シブヤダンジョンをクリアしネット評価がSランクとなったカラスとクロネと、剣術なら世界トップレベルのユリを相手に、ただの殺人鬼がどう戦うつもりなのかと思っていた。が、とんだ杞憂だったようだ。
……そんな危険人物と、このCEOがどうやって連絡を取ったのかは疑問が残るが。
「しかしそんなに強力な能力を持っているなら、ウエノダンジョンのコアを破壊される前に襲えなかったのですか? 仕留める順番にしても、カラスを最初に始末すれば良かったのに……」
「あー、うん。彼は暗殺者としては優秀なんだが、細かい指示ができないのが難点だね。まあユリくんを最初に狙ったのは、中層から深層までのボスを直接的に倒した彼女を、最も危険な相手と考えたのだろう」
納得はできる話だ。
だが、それにしてもウエノダンジョンは惜しかった。我々が雇った探索者の手によって、深層ボスまでの攻略チャートは既にほぼ出来上がっていた。あと数週間あればクリアできたのだ。
本当に、忌々しい少年だ。
「残念に思うのは僕も同じさ。ま、切り替えていこうよ」
「………………心を読まないでください」




