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第31窩 キョウキピエロ 1

 ★大企業の社長令嬢ニニの視点です★

 〜ウエノダンジョン下層・ボスのいたフロア〜



 わたくしは二二(ふたに)真珠(しんじゅ)

 バカラスを下僕にするチャンスを伺うため後をつけていたのですが、さっきからリスナーの豚どもの様子がおかしいですわ。


▽『来る』

▽『ピエロが来る』

▽『来る来る来る』

▽『なんか怒ってる?』

▽『いや笑っているように見える』

▽『怖』


 …………………はあ。


「……ピエロなんてどこに居ますの? わたくしにはなにも見えないのですが……」

「いえ、私にも見えませんね」

「気配察知のスキルは?」

「使用しておりますが、あの3名以外は存在を確認できません。遠くの方にモンスターは居りますが」


 執事はきっぱりと答える。


▽『なに言ってんだこの爺さん』

▽『ピエロすぐ側に来てるじゃん!』

▽『もう目の前だぞ』

▽『なんか手に持ってる』

▽『やばいやばいやばい』

▽『これミニチェーンソーだよな』


 勝手に加速するコメント欄と対照的に、目の前にはぽっかりと何もない空間が、しんと広がっているだけですわ。

 少し鼻の効くわたくしも、念のためスンスンと嗅いでみますが──ヘンな臭いが近づいてくる様子はありませんわね。


▽『なんか喋ってね?』

▽『"すまない"…?』

▽『こいつって都市伝説になってる殺人鬼じゃね』

▽『やばいやばいやばいやばいやばい』


 誰にも見えないうえに、影すらない。

 音も、気配も、臭いもない。

 幽霊でもなければ、やっぱり豚どもの勘違いですわね。


「それよりカラス達が先に行ってしまいましたが……」

「それをはやく言いなさいッ! まったく使えないブタですわね!」

「……申し訳ございません」

「ちっ! もういいですわ!」


 くだらない話をしているうちにバカラス達が深層に降りていってしまいましたわ! これも豚どもが余計な話をしたせいですわ!


▽『そんな事よりはやく逃げて!!』

▽『ニニちゃん達なんで逃げないの!?』

▽『この距離で気づいてないわけないよな』

▽『ドッキリ…………?』


 ……はあ? まだ言ってますの? 

 いい加減にしつこいですわ。


「貴方達、もしかして揶揄ってらっしゃるの? そのノリつまらないですわよ!」


▽『からかってないってば』

▽『ミニチェーンソー動き始めた』

▽『チェーンソーの音うるさい!!』

▽『鼓膜破れるだろ』

▽『ピエロ笑ってる……』

▽『怖すぎて目閉じた』


「だから何言ってるんですのさっきからああああああ!!! 音なんてしませんわ!! 滅茶苦茶静かですわ!!」

「お嬢様の声のボリュームは少々大きいかと……」

「お黙りなしゃい!!!」


 噛みましたわ。

 ──ああもう、イライラしますわね!!!

 豚のくせに悪ノリで揶揄うなんてどういうつもりですの!?

 こんなのでバズっても面白くありませんわ!!


「今日はもう配信は終わりますわっ!」


 スマホを取り出して、配信停止ボタンを押した。




     配信が終わらない。




 配信停止のボタンを押せば、すぐに画面が切り替わるはずですわ。しかし、何度押しても画面が反応しない。


 は? なんで? 壊れたんですの?

 もう一度、画面を確認して──



     「──ひっ!?」

 


 言葉を失ったわたくしの手から、スマホがカシャンと滑り落ちた。

 

 ピエロ。


 ピエロだ。


 画面の中に居るわたくし達のすぐ側に、不気味なピエロが立ち尽くして居た。

 

 スマホが落ちた衝撃で音量のスイッチが押されたのか、ミニチェーンソーの音がスピーカーからかき鳴らされる。


「な……ん、なん…………ですの……?」


 何事かと周りに集まって来た使用人どもも、困惑の表情を浮かべている。画面の中のわたくし達も、同じようにスマホを囲んで首を捻っている。

 ですが、その輪の隣にミニチェーンソーを持ったピエロが立ち尽くしているのです。


 ──どうなっているんですの?

 このピエロとチェーンソーは"画面の中だけに存在している"?


 バグ? 


 悪戯??


 ドッキリ???


 ハッキング????



▽『あ』


 落ちているスマートホンの小さな画面のなかで、そのピエロは、ひとりのメイドに背中からミニチェーンソーを突き立てた。




「──────ぐぅうげえッ」




 潰れたカエルのような呻き声に、わたくし達は顔をあげる。正面のメイドの腹が裂け、間欠泉のように赤い血が噴き上がっていた。彼女は、たった今、画面の中でチェーンソーを突き立てられたメイドだ。


 それはまるで、悪趣味な手品か、人形劇のようだった。


 痙攣したように四肢を振り回し狂乱するたびに、メイドの身体に空いた穴は、縦に、縦に広がっていく。

 振動するチェーンソーの刃に触れたかのように、血と臓物が勢いよく撒き散らされる。


 皮膚や肉片の混じった真っ赤なシャワーが、次々とわたくし達の頭上に降り注ぐ。


▽『グロい』

▽『なんでみんなボーッと見てんの!?』

▽『やっぱりドッキリなんじゃないか…?』

▽『あれが作り物のわけあるか』

▽『警察に通報した』

▽『警察が役に立つと思うか!?』

▽『ダンジョン協会にも通報しておく』


 やがて腹部から脳天までを真っ二つに裂かれたメイドは、バランスを失ってスマホの上に落ちた。


 けたたましいチェーンソーの音が止み、あたりは静寂に包まれた。

 スマホが壊れたのだ。


▽『死んだ』

▽『脳みそってあんな色をしてるんだな』

▽『なんでこの配信消されないの!?』

▽『やばいやばいやばいやばい』

▽『ピエロの笑顔怖すぎるんだが』


 メイドの無惨な死に、誰もが衝撃を受けた。しかし全員が、崩れ落ちた彼女ではなく、その背後にあるものを見ようとした。そこに"笑う殺人ピエロ"が立っていてほしいと、これほどまでに願ったことはない。


 彼女の背後には、なにもなかった。

 ただどこまでも続く、闇が広がっているだけだった。



 まるで現実味のない光景に、わたくし達はただ、馬鹿みたいに口をあけて硬直することしかできませんでした。



「ごぼぉおおおおお」



 次の処刑が始まった。メイドの隣の執事の首がメリメリと裂けていく。

 そこでようやく、全員が状況を理解した、と思いますわ。画面の中では、彼の首にはチェーンソーが突き刺さっているのだと。

 そして、逃げなければ次は自分達の番が回ってくるのだと。


「──ぎゃっ、ぎゃあああああああああ!!」

「ひいっ!! ひいいいいっ!!」

「関係ない!! 俺は関係ないいいい」

「たすっ、たたたたすけえええええ」


 使用人達は、蜘蛛の子を散らすように無様に逃げていく。


 は? え?

 わ、わたくしは?


 なんで皆、わたくしを置いて逃げるんですの!!?

 それでもBランク探索者ですの!?!?

 慌てて執事の袖を掴む。


「ちょっと、わたっ、わたくしを守りなさい!!」

「離せクソガキいい!!」

「いぎっ!?」


 顔を殴られて鼻血が出る。

 痛みとショックで頭が回らない。


 背後で、使用人の首が落ちる音がした。




     しょわわわわわ……っ



 脚の間が生温かい。たぶん恐怖で失禁してしまっているのでしょうけど、もうどうでもいい。


 それよりも、スマホはとっくに壊れているだろうに、ミニチェーンソーの幻聴が消えてくれない。


「ぴっぴぎゃああああああああ」


 素っ頓狂な声を上げながら、がむしゃらに逃げる。

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 こんな場所で、こんなわけのわからない死に方なんてしたくない!!


▽『ようやく逃げ始めてくれた!』

▽『判断が遅い』

▽『言ってる場合じゃないだろ!』

▽『ニニちゃんだけでも逃げて!』

▽『ピエロ追ってきてる』

▽『はやく!!』



     ───ドンッ……



「ぶげっ!?」


 逃げる誰かにぶつけられたのか、つんのめる。

 しかし、顔面を強打するはずの床は無かった。

 わたくしの身体はふわりと宙に浮いた。


 いや、落ちているのですわ。


「ぐえっ」


▽『落とし穴!?』

▽『ダンジョントラップだ』

▽『泣きっ面に蜂……』

▽『けど流石にピエロ諦めたか』

▽『他のやつ追い始めたな』

▽『でもこれじゃ……』

▽『ニニちゃん……』


 暗い、暗い、地の穴の底。

 周囲から不快なモンスターの臭いが近寄ってくる。

 

「いやっ……いやああっ……来ないで、来ないでくださいいっ……」


 わたくしの輝かしい人生は、ここで終わってしまうのでしょうか。脚光を浴びることもなく、使用人に裏切られ、醜いモンスターどもに食い散らかされて。




 でも、たとえそうだとしても──


 ──もう、この穴の上には絶対に戻りたくない。




 私は深い絶望の中で、やがて意識を失いました。

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