第26羽 方向音痴、学校へ行く! 音楽室とユリの弱点、あとワガママお嬢様
〜私立シブヤ学園〜
昼食を終えた俺は、クロネへのお礼も兼ねて学園を案内していた。ダンジョンとはいかないまでも、なにせ広い学園だ。案内しがいがある。まずは3階を一周するか。
「ここが音楽室だ。夜になるとひとりでにピアノが鳴るらしい」
「クールだにゃ」
ポロロン……ポロロン……とピアノの音が聞こえてくる。誰かは知らないが昼休みにも練習してるなんて、立派な学生だ。ちなみに音楽室は中等部も共用だ。
「綺麗な音色だにゃ」
「そうだな。それからここが3階のトイレだ。女子トイレの三番目の個室をノックすると花子さんと遊べるらしい」
「楽しそうだにゃ」
またしばらく進む。
「そしてここが音楽室だ。夜になるとベートーベンの肖像画がニコニコするらしい」
「ご主人の学校、面白い噂が多いんにゃね」
「誰が考えたんだろうな」
「それよりさっきから同じとこぐるぐるしてないかにゃ?」
「ああ。狐の仕業かもな」
「いえ。たぶんご主人の仕業ですにゃ」
「やっぱり……?」
くそっ。かっこつけた挙句に自分の学校で迷子になるなんて恥ずかしいどころの話じゃないぞ。
だが休み時間は限られている。俺のちっぽけなプライドを優先して、2人に迷惑をかけるわけにはいかない。
「悪いユリ、教室の場所わかんなくなっちゃって……」
「お化けなんていないお化けなんていないお化けなんていない」
「……ユリ?」
「ひゃいいっ!? な、なんだいカラス?」
ユリは弁当のときの比じゃないくらい、俺にしっかりと密着している。動きづらい。
どうしたんだユリ、何故かずっと小刻みに震えてるし、目尻に涙を溜めている。屋上を出た時はクロネの手を取ってエスコートしてたのに。
──こいつまさか──
「もしかして怪談苦手なの?」
「まままままさかこんな子供騙しの話でわわわ私がこここ怖がりゅとでも」
「あっ後ろにシューベルトが」
「しゅしゅしゅっシューベルトぉおおお!?」
「ぐええっ!?」
背後から首にしがみつかれて窒息しそうになる。この様子じゃとても道案内を頼むのは無理そうだ。
よもやユリにこんな弱点があったとは、意外だな。付き合い長いのに全然気づかなかったぞ。いや、思い出してみれば女子に誘われてもお化け屋敷はうまいことかわしてたな。
気づいてやれなくてすまん、ユリ。だが悪いことをしたと思う反面、ついからかいたくなる気持ちもある。
──ダアァアアアアアアアンッ
音楽室から聞こえていた演奏が鳴り止み、拳を鍵盤に叩きつけたような大音量が鳴り響く。俺達が固まっているうちに、音楽室の扉が勢いよく開いた。
「さっきからブヒブヒとうるさいですわね、この雑音ども! このわたくしがピアノを演奏しているのがわからないんですの!? お祭りがしたいなら他所でやってくださる!?」
「わ、悪い、邪魔しちゃって──」
「……あら? あらあらあら? 誰かと思えば貧乏人のバカラスじゃないですの!」
「そういうお前は────同じクラスの────えっと、ニニ、だっけ……?」
ニニ。本名は二二・真珠。
情報通のユリから聞いた噂によると、有名な大企業の社長の娘らしい。あんまり話した事ないけど、なんかサラッと暴言吐かれたな。
バカラスって、まさか馬鹿とカラスをかけてるのか?
語呂がいいのが腹立つな。
「野暮ったい女を2人も侍らせて人気のない場所でコソコソと──ほほほ。まったく"英雄"とやらはいいご身分ですのねえ」
「侍らせてねえしコソコソもしてねえし英雄でもねえよ別に……」
「そんなことよりバカラス、ちょうどいいですわ」
え? なにが?
「お前、わたくしに謝罪する事があるんじゃないですの?」
「え。俺なにかやっちゃったっけ」
「とぼけるんじゃありませんわ! おまえのせいでわたくしは、わたくしは──ユナイテッドファッションのイメージガールの話がパァになったんですのよ!」
ユナイテッドファッション……"カミテッド"のリーダーの父親の会社だっけ。俺がカミテッドの犯罪を配信してしまったせいで、経営が傾いてるって聞いたな。
それでニニもイメージガールを降ろされてしまったのか。ううん、悪いのはカミテッドとはいえ、ちょっと可哀想なことしたな……。
「ニニくん、気の毒だが仕方ないじゃあないか。バカラスもわざとじゃないんだし」
「あ? わざとかどうかなんて知りませんわ! コイツはわたくしの栄光を横から奪ったんですわ!」
ユリ、仲裁してくれてありがとう。
だけど今バカラスって言わなかった?
言ったよね?
もしかしてさっきシューベルトで脅かしたの根に持ってたりする?
「わたくしの! この二二・真珠様の! 輝かしいデビューが台無しになったんですわよ!? この責任は──」
「ニニくん」
ユリはニニに歩み寄ると、両手を包み込むように握る。
「なっ、なんですの……!?」
「ニニくんはよく頑張っているね。父親の会社を継ぐために社交辞令を学んだり、ピアノを練習したり」
「ほほほ、当然ですわ! 故にわたくしこそが最も敬われるべき人間なのですわ!」
「だからこそ、品の無い態度は慎んだ方がいい。折角のニニくんの価値が落ちてしまうだろう?」
「…………ぐっ…………」
歯軋りをして押し黙るニニ。流石はユリだ、彼女のウィークポイントを完全に理解している。それでもニニは完全には納得していないのか、やはり俺達を睨んできていたが。
「ここは矛を納めてくれないかな? こんど私がお詫びするからさ、2人で食事でもどうだい?」
「ふ、フン! そんなへっぴり腰で言われても困りますわね」
「な、ははっ、いやあ、これには事情があってね……」
ユリは凛とした態度だったが、足だけがまだ震えていた。さっきの"怖い話ダメージ"が抜けきっていないようだ。
「……ごめんなユリ。元はと言えば俺のせいだし、肩くらい貸してやるよ……」
「助かる」
俺はユリの手を肩に担ぐ。
「まったく興醒めですわ。せいぜい今のうちに調子に乗っておくことですのねえ、バカラス! ほほほほほ!」
ニニは高笑いしながら踵を返す。
もう昼休みも終わる時間だ。
「待てよ、ニニ!」
「あ? まだ何か用ですの?」
「教室戻るんだろ?」
「当たり前の事を聞かないでくださる? 他にどこに行くように見えますの?」
「……教室まで連れてって欲しいんだけど……」
音楽室前に取り残されそうになっている3人の迷子をチラリと一瞥したニニは、心底鬱陶しそうな目をして、ひとつだけ音を発した。
「………………………………………………………………ちっ」
────
──
キーン♪
コーン♪
カーン♪
コーン♪
〜放課後・教室〜
「ふー、終わった終わった」
「授業楽しかったにゃ♪」
俺とクロネとユリは3人揃って伸びをする。
シブヤ学園の授業はそこそこレベルが高い。退屈はしないだろうが、初めてで楽しかったと言い切れるクロネもとんでもないな。
「入学試験も満点だったんだろ、ほんとどこで勉強したんだよ?」
「猫の集会でヒトの社会のことを勉強したりするのにゃ。東大生に飼われてる猫も参加してたりして、ためになるのにゃ」
マジかよ猫の集会ってそんな高度な会話してたのか。
「数年後には猫が人間を追い越しちまうかもな」
「それは無いにゃ。大半の猫はニンゲンになってあくせく働くよりも、ニンゲンに飼われてのんびりしてる方が幸せだと考えてるにゃ。勉強はただの暇つぶしの趣味だにゃ」
マジかよ。なんか猫の生活がちょっと羨ましく感じてきたぞ。けれどあくせく働く人間の生活の中にも、猫では味わえない幸せがある。そのひとつがラーメンだ。
「ユリ、ラーメン屋いくか?」
休んでいたときのノートのお礼にとユリを誘う。あと弁当もうまかったし、そっちの埋め合わせもしないとな。
「すまない、今日は女の子とデートの予約があってな!」
おっと残念、フラれちまったか。
モテるなあユリは。
「せっかく誘ってくれたのにごめんなカラス」
「気にするなって、また今度にするか」
「ああ、それじゃまた明日!」
「おう、また明日な!」
ユリはそそくさと荷物をまとめて帰ってしまった。あいつ、あんなに急いでどこに行くんだ? ──いや、あまり友人のプライベートを詮索するのは良くないか。
「帰りどっか寄りたいところある?」
「ご主人と一緒ならどこでもいいにゃ♪」
「じゃあやっぱり──ダンジョンでも行くか!」
「にゃっ!」




