第23罪 レイメイコーポレーション
★前書き★
★とあるスーツの女性視点です★
〜都内オフィスビル・66階第6応接室〜
黎明コーポレーション。総資本額3兆円。
数年前に発足し、堅実さと大胆さを併せ持つビジネス展開で配信産業を初めて数多くの分野にわたり嵐を巻き起こしたベンチャー企業だ。
業界に次々と新しいイノベーションを巻き起こし続け、世界のトップ企業と渡り合っている。少数精鋭の社員の待遇はホワイトで高年収。SDGsへも積極的な取り組みを見せており、世界的にも超優良企業である。
────表向きは。
「CEO、山猿知事がお見えです」
「通したまえ」
応接室の椅子に深く腰掛ける、真っ白なスーツに白髪の男。
彼の名は天照・黎明。25歳。この黎明コーポレーションのビジネスを手掛ける若きカリスマCEOだ。
私は、その天照CEOの秘書を務めている。
「いやあ、天照くん! こうして直接会うのは初めてだねえ!」
「これはこれは山猿知事。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「なに、散歩がてらに寄っただけだからね!」
応接室に入ってきた禿頭の老人は、山猿知事。彼もまた政界ではそれなりに名を知られている人物だ。最近では人権派ビジネスに傾倒し、盲導犬の支援に力を入れて多額の寄付を得ているらしい。
「それで話というのはなんだね?」
「ええ。政界に顔の広い山猿知事に、我が社のバックアップをしていただきたくて」
「勿論だとも! ワシにできる事ならなんでも言ってくれ!」
左手で扇子を開き、かっかっと快活に笑う山猿知事。
しかし私達は知っている。彼は裏では、我が社のライバル企業の支援を行なっている。友好的な態度をとっているが、内心では舌を出しているのだろう。
それを知ってなお、天照CEOは笑顔を崩さない。
「まあまあ。いきなりビジネスの話というのもなんですから。いかがですか、一杯」
「おおっ、これは気が利きますなあ!」
私はすかさず、テーブルの上に地酒とつまみを並べる。山猿知事から事前に聞いていた、彼好みの品だ。
2人の男は乾杯を交わす。
酒が半分ほどなくなったところで、CEOは備え付け8Kモニターの電源を入れた。
「映画でも見るんですかな?」
「もっと面白いものですよ。僕の趣味でもあり、ビジネスの種でもある」
「ほほう。それは楽しみですなあ! タイトルはあるんですかな?」
「ええ。タイトルは──"配信業界の闇"」
「はっはっはっ! 闇ときましたか!」
酒気に頬を赤らめ、呑気に笑う山猿知事。
……いま彼は、想像もしていないだろう。
これから見せられるものが、彼の人生を一変させてしまう事になるなど。
やがてモニターに、石造りの通路と、少年達の姿が映される。
これは、とあるダンジョン。
そして探索者達を撮影した映像だ。
『おいコラ、今日のストレス解消の準備はしてるんだろうな!?』
『はい、シンゴさん! イキのいい野良猫を捕まえておきました!』
『クゥ〜これこれ! やっぱり配信後の猫サッカーはスカッとするな! いい悲鳴聞かせてくれよ〜?』
映像の中では、柄の悪い少年達がボロボロの猫を蹴飛ばしあいながら無邪気にサッカーをしていた。彼等は"タイガーアドベンチャー"。猫虐めを暴露され、先日死体となって発見された少年達だ。
山猿知事は口をあんぐりと開いて、手にしたおかきをポトリと床に落とす。
「なっ、なんだね、コレは……!?」
「"隠し撮り"ですよ。ご存知でしょう、タイガーアドベンチャーという配信者グループの少年達が、猫を虐めているところです」
「なっ…………隠し撮り…………だと……?」
「リーダーのシンゴくん。失脚したお父上とは、山猿知事もお知り合いでしたよね。僕も仲良くさせていただいていただけに、残念です」
やがて猫は血だるまになって動かなくなった。
少年達はすっかり飽きたようにその場を立ち去った。
映像が"次の隠し撮り"に切り替わる。
『へへっ、コレがあれば一生オンナに困る事はないな』
『でも、ユウヤ、これ違法アイテムだろ? ば、バレたらヤバいんじゃ……』
『なにビビってんだマサヒロ? バレるわけないだろ、この女も精神ぶっ壊してから捨てるんだしな』
『そ、そうか、ならいいか……へへっ、ほらこっちにもケツ向けろよ奴隷女が!』
少年達が隷属の首輪をつけた少女を嬲りものにしている。彼等は"カミテッド"という配信者グループの少年達だ。彼等もまた、頭部だけが燃えた奇妙な死体で発見された。
山猿知事は顔を蛸のように真っ赤にして立ち上がる。
「こっ、こんな悪趣味なものを見せてワシが喜ぶと思ったのかね!? いや、悪趣味どころかこれは犯罪だ!!」
「ええ。しかし彼等はもう死んでしまいましたからね。主犯のユウヤくんの両親も"自殺"してしまいましたし。ユナイテッドファッションはこれからの日本の服飾産業を引っ張っていくとも言われていたのに……」
「なにを言っとる、犯罪者は貴様らだろうが! こんな映像を撮っておいて、しかも黙っていたなど信じられん!」
「これは手厳しい」
「これから警察署に行く、法の裁きを受けるがいい! おい、帰るぞ!!」
山猿知事は彼のおつきのSPに声をかける。
SPは2人。しかし彼等は微動だにしない。
「おっ……おい……?」
「申し上げるのを失念しておりました。本日、知事がお連れしたそちらのお二方は、既に我が社の息がかかっております」
「くっ──な、なにをたわけたことを──ワシをどうする気だ!?」
山猿知事は焦ってスマホを取り出す。
無駄な事だ。
「携帯も"いまは"圏外。ここは天空の孤島というわけです」
「ま、まさか、ワシを暴力で脅す気なのか!?」
「滅相もない。それより、良かったですね」
「…………良かった、だと…………?」
「もし警察に駆け込んでいたら、山猿知事、あなた大変な事になっていましたよ?」
「は────? ワシが────???」
まるで事態が飲み込めていない山猿知事。
ここまでヒントをくれてやったのにまだ気付けないとは。その察しの悪さでよく知事になれたものだ。
「仕方ない。他にも秘蔵の映像はあったのですが、次で最後にしましょう」
リモコンを操作し、目当ての映像を再生する。
1匹の犬を連れた少年達がダンジョンでモンスターと対峙していた。
『よっしゃあやれやれ、ぶっ殺せポチ!!』
『そいつポチって名前なの? だっせえな』
『知らねw さっき適当につけた名前だしw てかこれ開かずの家から盗んできたやつだしなw』
『あ、ポチ食われた……ざっこw』
『つまんねー』
映像の中の少年達は、盗んだ犬をモンスターと闘わせて遊んでいた。調べたところ、この撮影の前日に視覚障碍者の家から盲導犬が一匹盗まれる事件が発生していることがわかった。
「いたましいですな。盲導犬は目の見えない方にとっては人生のパートナーです。それをこんな風に残虐に殺させるなんて! まったく"親の顔"が見てみたいものです。
────そう思いませんか、盲導犬の支援に力を入れて多額の寄付を得ている、山猿知事?」
山猿知事は棒立ちのままなにも答えない。
顔面は腐ったサツマイモのような紫色で、目は忙しなく泳ぎ、拳からは血が流れ、歯をガチガチと鳴らしている。
怒りと恐怖がオーバーフローしている。
こんな人間を、私達は何人も観てきた。
「もしも彼等の行為が世間に公表されてしまったら、彼等だけでなく、きっと"ご両親"の社会的地位まで失墜してしまいますね。ねえ、山猿知事はどう思われます?」
「…………」
「ところで。えーっと、どれでしたっけ? 貴方の息子さんは……この帽子被ってる子かな? 親子にしては随分と歳が離れているようですが──ねえ、山猿さん」
CEOは山猿知事の肩に優しく手を乗せる。
「貴方はどちらがいいですか? "人権派の知事"ですか? それとも"犯罪者の子供を育てた父親"ですか?」
「わっ、ワシは──ワシは──なっ、なにをすればいい──?」
そう言って山猿知事は、ソファに崩れ落ちた。
その様を見て、天照CEOは爽やかに笑った。
「鑑賞会はこれくらいでいいでしょう。ではそろそろ、"ビジネス"の話をしましょうか」
────
──
「おつかれさまでした、CEO」
「うん。ありがとう」
山猿知事が帰った後、私は社長室でくつろぐCEOにコーヒーを淹れていた。あの男は、もう二度と我々に逆らう事はできないだろう。
近年増えつつある若者のダンジョン内外での問題行動。彼らの親には官僚や大企業の役員、警察上層部の人間もいる。
生まれたときから金と権力を持っているせいで増長したのか、或いは、警察の手の届かないダンジョンという存在が彼等のブレーキを緩めているのか、その両方なのか。どちらにせよ、我々には都合が良かった。
「かわいい実子の犯罪行為を隠し撮りした動画を見せれば、どの親も驚くほどすんなりと言う事を聞く。殺人、汚職、隠蔽、資金援助──どんな汚れ仕事でも引き受けてくれるほどに」
私達はそうして表向きはクリーンなベンチャー企業の顔を維持しつつ、この国の裏側に深く根を張ることができた。官僚や警察関係者を経由して、いくつかの暴力団や宗教団体すら取り込んでいる。
無論、それを実現するための"暴力"を、我々が有しているからこそだが。
「しかしあんな低俗な人間と付き合わなければならないとは。研究を続けるためには金も権力も必要とはいえ、CEOは大変だよ」
「その割には楽しそうでしたが」
「そうかい?」
「まあなんにせよ、タイガーアドベンチャーとカミテッドの穴埋めは必要ですからね」
彼等が"事故死"した事で我々は、政治家と大企業とのパイプ、さらにそこから繋がるコネクションを一つずつロストしてしまった。その損失は計り知れない。
「"殺人"だろう、あれは?」
「心を読まないでください」
「それよりもなんて言ったっけか、その配信者」
「配信者カラス、ですよ」
「そうそう! カラス! なかなか面白い子じゃあないか」
スクリーンにチビで黒髪の少年と、猫耳の少女が映し出される。
「彼等が僕の客を奪って、シブヤダンジョンを破壊したんだろう? まだ若いのにすごいねえ」
「それで、どうしますか?」
「どうって、そりゃあ殺すに決まってるじゃあないか。客のことはともかくとして──」
バキリ。
CEOは卓上の胡桃をつまみ、押し潰した。
「"シブヤダンジョンのコアを破壊した事"は、捨て置くわけにはいかない」
パチンと指を鳴らすCEO。
私は彼の意図を汲み、真っ白なスマホを取り出す。
「あんなことができる探索者を、生かしておくのは危険だ」
「カラスはなかなか手強そうですが」
「そこでだ────"凶器ピエロ"を使ってみるのはどうだろう?」
凶器ピエロ。
我々の組織が有する暴力装置の一端。
組織にとっての邪魔者を始末するための掃除屋だ。
彼の事はよく知らないが、異常快楽殺人鬼と聞いている。
「幸いカラスくんは、まだダンジョンに挑むそうじゃあないか。そこで始末してしまえば、片付けも楽でいい」
ダンジョンでは毎年、何人もの若者がモンスターやトラップで命を落としている。
それでも国がダンジョンに潜る探索者を止めないのは、スタンピードでモンスターが外に溢れた場合に誰も対応できないからだ。
滑稽な話だが、探索者はダンジョンの外では役に立たない。
だが、我々にとって重要な点はそこではない。
ダンジョン内の事故や事件は警察にはろくに調査できず、いまだに行方不明者も多いという事だ。ダンジョン協会も刑事事件の取り扱いなんてしてはいない。
ダンジョン内の殺人は隠蔽が容易なのだ。
「ダンジョンはね、正しい方法でクリアしなければならないんだ。太陽や月が沈むのと同じように、コアは台座に沈めなければならないんだ。例外は許されない」
CEOはスマホを弄りながら、沈みゆく陽に語りかけるように呟く。深く、静かに。
「そうでしょう?────"魔王"様」
 




