第22羽・番外編 方向音痴とダッシュババア。後編
〜オチャノミズダンジョン下層・ボスのいるフロア〜
迷子になったばあちゃんを追っているうちに、下層ボスのフロアに辿り着いてしまった。これじゃいつもと立場が逆だ。
フロア内では、5メートルくらいのなにか大きなものがあたりを疾走していた。身体がでかいせいなのか、通るたびに周囲に突風が巻き起こっている。
ブルルヒヒィィイイイ
▽『なにあれはっや』
▽『はえええええええ!!』
▽『いま馬の鳴き声が聞こえた』
▽『蹄の音も』
▽『下層ボスのスレイプニルか!?』
▽『滅茶苦茶速くてでかい馬のモンスターだよな確か』
▽『攻撃あたらないし蹴られたら死ぬ』
「ほぼ残像しか見えないんだが……」
▽『カラスキックもそうじゃん』
確かに俺も同じくらいの速度で蹴りは出せる。けど、常時その速度で走り回る相手に対して、芯に攻撃を当てるのは難しいだろう。半端な攻撃をすれば返り討ちだ。せめて1秒でも動きを止める事ができれば──
いや、それよりばあちゃんはどこいった!?
「おやまあ、ほんとに広い部屋だねえ」
ばあちゃん!?
ばあちゃんもまた、フロア内を高速で走り回っていた。やはりこちらも速すぎて小柄な残像しか見えない。だが位置関係からいって、ばあちゃんがスレイプニルに追いかけられているのは間違いなさそうだ。
▽『はえええええええええ!!』
▽『こっちも速えええええええ』
▽『神話と互角のおばあちゃん』
▽『神話っつっても名を冠してるだけのモンスターだしまあ』
▽『カラスくんのおばあちゃんも伝説だし』
▽『伝説は伝説でも都市伝説だろ』
▽『どっちも速くて目で追うのがやっとっていう』
▽『ダッシュババアVSスレイプニルとか目が離せないゾ』
「ひとのばあちゃんを勝手に対決させんな!」
「おやまあ? からすちゃんじゃないか」
俺に気づいたばあちゃんはその場でくるりとUターンをし、こちらに向かって走ってきた。
ブルル……ッ!?
疾駆する5メートルの影が停止した。全速力で追いかけていたばあちゃんが急に向きを変えたため、獲物を見失ってしまったのだ。
ばあちゃんが作ったチャンス、無駄にはしない!!
「鴉翼&カラスキック!!」
スレイプニルがちょうどこちらを振り向いたときだった。俺は跳躍力をあげて、隙だらけの顎を下から蹴りあげた! スレイプニルは呻き声をあげるまもなく消滅した。
▽『下層ボス倒しちゃったじゃん!』
▽『あたれば一撃』
▽『迷子のおばあちゃんを迎えにきただけなのに』
▽『よしこのまま深層も突破しようぜ』
「ばあちゃん連れてそんなとこ行けるわけないだろ!」
ったくもう……。
「おやからすちゃん。帰ったんじゃあなかったのかい?」
「こっちのセリフだよ……ほら、帰るよばあちゃん」
ばあちゃんは相変わらずのほほんとしている。この調子でまた迷子になられても困るな。
俺はばあちゃんの正面に、背中を向けてしゃがみこむ。
そして両手を後ろに差し出した。
「ん」
「なんだい?」
ばあちゃんはきょとんとしている。
「おんぶ」
「おんぶして欲しいのかい?」
「違うよ!! おぶってあげるって言ってるの!!」
くそっ、なんか、こっ恥ずかしいんだけど。
みんな見てるし。
▽『カラスくんがまた顔真っ赤になってる』
うるせーやい。
「み、みんな待ってるし。ほらはやく乗って、ばあちゃん」
「おやまあ、おばあちゃんが乗ったら、からすちゃんが潰れちゃうよ」
「俺だってチビなりには成長してるんだよ。また迷子になられても困るし。ダンジョンの外までだからさ」
「…………あらあら。それならおばあちゃん、甘えちゃおうかねえ」
枯れ木のような白い手が肩に乗る。それから、おばあちゃんの身体が背中に乗った。持ち上げても、重量は殆ど感じなかった。
初めてばあちゃんをおんぶする。というかそもそも、誰かをおぶること自体初めてか。けど、思ったよりも悪くない感じだ。
……もっと早くおぶってやれば良かったな。
「ばあちゃん、ありがとな」
「おやまあ、どうしたんだいこの子は? おぶられてるのは、おばあちゃんの方なのに」
「昔よくおんぶしてくれたじゃん」
「そうねえ。でもね、からすちゃん。おばあちゃんはちっとも嫌じゃなかったわ。もっとずっと、ず〜っと、おんぶしててあげたかったくらいだもの」
「……そっか」
それはわかるよ。
……俺だってそうだ。
それから俺は"鴉帰り"を使った。
ダンジョンの出口へ続く方向を、鴉の鳴き声が教えてくれる。
ぎゃあっ
ギャアッ
ぎゃあっ
「おやおや、鴉の鳴き声が聞こえるねえ」
「鴉達が帰り道を教えてくれるんだよ」
「賢いねえ。からすちゃんを助けてくれてありがとうねえ、鴉さん」
そういや俺は"鴉帰り"にお礼を言ったことが無かったと気づいた。クロネはたまに猫の霊さんにお礼言ってるし、たまには労ってやるか。
「いつもありがとな、鴉の声」
ぎゃあっ
俺達は、鴉の鳴く方へと帰っていく。
その鳴き声に一抹の郷愁を感じながら。
────
──
〜オチャノミズダンジョン入り口〜
「ここでいい?」
「ええ、ええ。助かったわ。ありがとうねえ、からすちゃん」
ダンジョンから脱出した俺達は、周囲の安全を確認してゆっくりとばあちゃんを地面に降ろす。"行きは良い良い帰りは怖い"という唄もあるが、あれ以上はアクシデントもなく無事に帰れて良かった。
「それじゃあ今度こそ、おいとましましようかねえ」
「ここからはちゃんと帰れるんだよな?」
「ええ。押さえつけられてるような感じが無くなったからねえ」
「やっぱり、ダンジョンの影響で帰れなかったのか」
ダンジョンでは、この世で説明できない事が起こる。
ばあちゃんが帰れなかったのもダンジョンの不可思議な力のせいだろう。迷惑な話だ。まあ……おかげで俺は、ばあちゃんと話ができたけどさ。
それからばあちゃんはクロネとリスナー達に向かって、それぞれ頭を下げる。
「久しぶりに賑やかで楽しかったわ。どうかこれからも、孫のことをよろしくお願いね」
「もちろんですにゃ」
▽『かしこまり!』
▽『おまかせあれ!』
▽『あたりまえだ!』
▽『カラスくんは大丈夫なのだ。安心してゆっくり休んでほしいのだ』
▽『おばあちゃんも長生きしてくださいね!』
▽『そうだね身体に気をつけて』
「あらあら。むずかしいことを言うわねえ……でも、嬉しいわねえ」
おばあちゃんは少しだけ寂しそうにそう言うと、俺の方に向き直る。
「からすちゃん、たまには実家に顔見せなさいね」
「……考えとく」
「ばあちゃんはあんまり会いに来れないと思うけど、もしからすちゃんが泣いてたら、ばあちゃんはいつでもダッシュで駆けつけるからね」
「それはいいよ、びっくりするからさ。それにさっきも言ったけど、俺ももう子どもじゃないし」
ばあちゃんは、まだ俺のことを小さい子どものままだと思ってるのかもしれない。
……無理もないか。俺も、ずっと言いそびれてたし。
そうだ。これだけは、ばあちゃんに言っておかないと。
「あのさ、ばあちゃん」
「なんだい?」
「俺さ、もう高校生になったよ」
「そうかい。あんなに小さかったカラスちゃんがねえ……」
皺だらけの目を細めて、ばあちゃんはしみじみと呟いた。
「ほんとは学校の話とか聞きたいけど、長く居すぎるのもよくないからね」
「また盆に実家に帰ったら話すよ。一方的に」
「それは楽しみねえ」
俺はポケットから飴を取り出して口に放り込む。
相変わらずの強烈な甘さだ。
けど、寂しさを誤魔化すにはちょうどいい。
「それじゃあ。ばいばい、からすちゃん」
「ああ。さよなら、ばあちゃん」
俺も、会えて嬉しかったよ。
ばあちゃんの魂は、夕暮れの空へと帰っていった。
俺は口の中の飴が溶けて無くなるまで空を舞う赤とんぼを眺めていた。
目を差す夕陽は、いつもより眩しかった。
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2章は正月からになります




