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第21羽・番外編 方向音痴とダッシュババア。中編

 〜オチャノミズダンジョン下層〜



 下層に出た俺達は、ダンジョンを神速で駆け抜ける赤い影にギリギリで食らいついていた。この足場の悪さに加えてトラップも避けなきゃいけない。

 同時にあらゆる事に気を配らなければならない。他の探索者が見失うのも無理はないだろう。


 だが、俺達の"チームワーク"に死角は無い!


▽『消えた!? いや曲がったのか!?』

▽『どっちに曲がった!?』

▽『誰か見えたか!?』

▽『ちらっとだけど右方向に着物の端が消えた』

▽『俺も右に行ったようにみえた』

▽『右だって!』


「助かる、右だな!」

「インコースにトラップあるから気をつけるにゃ!」

「わかった!」

「あと前からゴブリンにゃ!」

「カラスキック!!!」


 リスナー達のおかげで逃げる怪異を見失う不安はない。暗がりのトラップもクロネが発見してくれる。俺は追跡と、道中のモンスター撃破に集中できるってわけだ。


 しかし────それでも差が縮まらないってどうなってんの!?


▽『はっや』

▽『速すぎるぞ』

▽『もう絶対に人間じゃない』

▽『カラスくん達も大概人間辞めてるのに』

▽『これ逃げられるぞ』


 あの老人に追いつける気がまるでしない。もしダッシュババアに持久力の概念がないなら、ジリ貧だ。


▽『てかまた消えたぞ!?』

▽『曲がり角じゃないのに!?』

▽『いや左の横道に入ったのだ』


「左だな!」


▽『待ってカラスくん、そのまま真っ直ぐ行って二番目の脇道に入って!』


「え? けどそれじゃ見失って──」


▽『そこの二つの横道は大きくカーブして先で繋がってる、そのまま行けば先回りできる!』


「────分かった!!」


 オチャノミズダンジョンの経験者の知恵で、ショートカットルートに入る。同じ速度で走っているなら、追いつくにはこれしかない!

 俺達は近道を抜け、ちょっとした広場に出る。このあたりは光るキノコが多く、暗闇で見失う心配もない。




           タタッ



「捉えたぜ、ダッシュババア!」


 果たして先回りには成功したようだ!

 正面から俺達と衝突しかけたダッシュババアは、その脚を止めた。Uターンで逃げられないよう、クロネが素早く後ろに回り込む。


 老婆はゆっくりと顔を上げる。


 俺は見た。

 赤い着物を纏った老婆の姿を。

 その細く穏やかな目を。上品な口元を。頬に刻まれた皺を。

 よく見知った、その顔を。


 そんなはずない。こんな場所にいるわけないのに。

 たけど、見間違えるわけもない。

 俺は恐る恐る、口を開く。



「──────ばあ、ちゃん……?」

「おやまあ、からすちゃん。おおきくなったねえ」



▽『え?』

▽『ばあちゃん…?』

▽『ばあちゃん!?』

▽『カラスちゃん…!?』


「えっと、つまりどういうことなのにゃ……?」





 骸屍(くろばね)鶴子(つるこ)

 都市伝説を追い詰めた先にあったのは、俺の祖母の姿だった。



 【悲報?】ダッシュババア、身内だった。




 ──いやいやいやいや、そんな事言ってる場合か!?

 まずは状況を整理して落ち着こう。


「おおきくなったねえ。ちゃんとご飯食べてるのかい?」

「うん。ぼちぼち……えっと、ばあちゃん」

「どうしたんだい、からすちゃん」

「みんなにばあちゃんの事を話すから、少し待っててもらってもいいかな?」

「ええ、ええ。お友達も来ているのかい?」


 アイテムボックス(鴉の巣)からレジャーシートと厚めのクッションを取り出して、ばあちゃんに座るように促す。しかしばあちゃんは"俺の友達"を探してきょろきょろと辺りを見渡していた。


▽『もしかしてカラスくんのおばあちゃんなのか?』

▽『まさかの超展開きちゃ!?』

▽『だったらなんで最初に話しかけたとき逃げたのさ』

▽『単に気づいてなかっただけとかでは?』

▽『おばあちゃんこんにちは!』

▽『お孫さん頑張ってますよ』


「おやまあ、文字が浮かんでいるねえ」

「ご主人のおばあさま、これはドローンといいまして」

「おやまあ、猫ちゃん飼ってるのかい? 賢い猫ちゃんだねえ」

「にゃっ!? な、なんでわかったんですにゃ?」


 正体を見抜かれて驚くクロネ。

 田舎のお年寄り特有のカンというやつだろうか?


「……えっと、ばあちゃん。取り敢えず座って、順番に説明するから」


 リスナーへの説明の前に、まずダンジョン配信についてばあちゃんに説明することになった。

 これがなかなか骨が折れた。ばあちゃんは田舎暮らしで機械には疎いのだ。それでも15分くらいかけて、ようやくテレビ電話みたいなものだと理解してくれた。


「みなさん、いつもからすと仲良くしてくださって、ありがとうございます」

「いいよばあちゃん、そういうのは……」


▽『いえいえこちらこそいつもカラスくんにはお世話になってます』

▽『本当によくできたお孫さんで』


 順応早いなリスナーよ。


▽『なんか思ったより普通のおばあちゃんだな』

▽『でもあのカラスくんのおばあちゃんだぞ』

▽『カラスくんのおばあちゃんならあの移動速度も納得だな』


 そんなわけあるかい!

 ダンジョンスキル的なものに決まってんだろ!

 たぶん高速移動系のスキルをたまたまゲットしたってところかな。


 けど、わからないこともある。脚が速かったのはスキルのせいだとして、なんでダンジョン内を走り回ってたんだ?


「ご主人、おばあさま。そろそろお昼ご飯の時間ですにゃ」

「おやまあ、もうそんな時間かい」


 クロネはリュックからお弁当箱を取り出す。

 幸いここは明るい広場だし、休憩するには丁度いい。

 他にもいろいろと聞きたいことあるし、お弁当を食べながら話すか。


「今日も腕によりをかけましたにゃ」

「おお。うまそう」


 ハンバーグ、コロッケ、煮物、魚、サラダ。

 いつもながらクロネの料理は流石だ。

 素朴でいて食欲をそそる。


「おやまあ、猫ちゃんは料理が上手なのねえ」

「ばあちゃん食べれる?」

「ええ、ええ。いただきましょうかね」


 和食を中心に取り分け、ばあちゃんに渡す。それから3人でいただきますの挨拶をして、クロネの料理に舌鼓を打った。


「おばあさま、お口に合いますかにゃ?」

「ええ、とっても美味しいわ猫ちゃん。あなたいい奥さんになるわよ」

「にゃるふふふふっ、恐縮ですにゃ♪」


▽『外堀埋まったな』

▽『おばあちゃんも籠絡したか』

▽『昔の人だし猫と人間の結婚には寛容なのだ』

▽『一家団欒じゃん』

▽『カラスくんそろそろ素直になろ?』


 か、勝手なことを……もぐもぐ……今のは"一般的な奥さんとして"っていう評価で、別にそういう意味じゃ……もぐもぐ……だいたいクロネは猫だし戸籍とか子供とかいろいろと問題が……もぐもぐ……。


「からすちゃん、もっとよく噛みなさい」

「わ、わかってるよ。ばあちゃん、俺もう子どもじゃないんだから」


▽『カラスくんツンツンしとる』

▽『授業参観で素直になれない子みたい』

▽『かわいい』

▽『かわいい』


「そ、それで本題だけどさ。どうしてばあちゃんがオチャノミズダンジョンに居るの?」

「そうだねえ。カラスちゃんのことが心配でねえ」

「心配? 俺が?」

「おまえ、ニュースに出ていただろう? だんじょんって迷路みたいなところに居るんだって聞いて。カラスちゃん、また迷子になって泣いてるんじゃないかって。そう思ったら、いてもたってもいられなくってねえ」

「いや、小さい子どもじゃあるまいし……」



 不意に、想い出がフラッシュバックする。



 昔から方向音痴だった俺は、幼い頃にもよく迷子になっていた。街灯もない田舎道で両親とはぐれたときなんかは、道端の地蔵の陰に座り込んで、心細くてずっと泣いていたこともあった。


 そんなもきばあちゃんは何度も、迷子になった俺のことを迎えに来てくれた。

 俺を見つけるとばあちゃんは、泣きじゃくる俺の頭を撫でて落ち着かせてくれた。甘すぎる飴をくれて、それからばあちゃんの背中におぶってもらって家に帰ったんだっけ。


 いまもばあちゃんの着てる赤い着物。その肌触りが、匂いが、俺を何度も不安から救ってくれた。ばあちゃんは、あの時から、なんにも変わっていない。


 俺が心配でダンジョンまで来てしまう、そんな優しいばあちゃんのままだ。


「からすちゃんの顔だけちょっと見たら帰るつもりだったんだけど、なかなか見つからないし。おまけに、不思議なことに、だんじょんからも出られなくなっちゃってねえ」

「……自分が迷子になってどうするんだよ。そもそも、入るダンジョンから間違えてるし」

「おやそうなのかい?」

「うん……」


▽『カラスくんちょっと声震えてる?』

▽『しーっ!』

▽『わかるよ。久しぶりのおばあちゃんの優しさは涙腺にくるよね』

▽『俺の胸で泣いてもいいんだぞ』

▽『なにいってるのだ?』


「はあ!? な、泣いてないしっ! このおにぎりのワサビが強くて」

「ワサビはいれてないにゃよ?」

「俺のには入ってたのっ!!」


 熱くなった目頭を慌てて擦る。危なかった。俺としたことが、昔の出来事を思い出して感極まってしまったようだ。


 俺は誤魔化すように、おにぎりを勢いよく掻き込んだ。



「「ごちそうさま」」

「お粗末さまですにゃ」


 食事が終わるとばあちゃんは、俺に真っ黒な飴をくれた。昔と同じように。


「からすちゃん、これ好きだっただろう?」

「う、うん。ありがとう。でもお腹いっぱいだから後で食べるよ」


 ……この飴、信じられないくらい甘いんだよなあ……。

 というか俺は飴をくれるばあちゃんが好きだっただけで、この飴自体はそんなに好きでもなかったんだよな。俺は飴玉をポケットに入れる。


「さてと。こんなに素敵な猫ちゃんがいるなら、おばあちゃんの心配はいらなかったみたいねえ」

「……ばあちゃん……」

「からすちゃんの元気そうな姿を見て安心したよ。そろそろおいとましようかねえ。猫ちゃんやお友達を大事にするんだよ」


 そう言ってばあちゃんは、クッションから立ち上がる。

 そして俺に向かってにっこりと微笑むと、道の奥へとダッシュで去っていった。


 そうだよな。いつまでも一緒には居られない。俺はばあちゃんの背中が小さくなっていくのを、少しだけ寂しい気持ちで見送っていた。

 

▽『おばあちゃん……さよなら』

▽『いいばあちゃんだったな』

▽『ちゃんと帰れるといいな』

▽『待って。あっち来た道と違くない?』

▽『というかさっきダンジョンから出られないって言ってたのだ…』

▽『おばあちゃん勝手に行かないで!』


 リスナーの言葉で事態に気づいた俺達は、遅れて立ち上がる。やばい。なんか普通にお別れしたつもりだったけど、ばあちゃん、迷子になってたんだった!!


「お、追いかけるぞ!!!!」

「にゃ、にゃあ!!!」


 俺達は再び、ご老人との鬼ごっこをする羽目になった。

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