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第2羽 方向音痴、猫を救う! 医者はどこだ!?

 〜シブヤダンジョン南口〜


 来たときは明るく、太陽の光が照っていた。

 しかしいま外は暗く、ざあざあとどしゃぶりの雨が降っている。


「ハァ、ハァ──よっ、ようやく外に出れた」


 俺は仔猫を両腕に抱えて、シブヤダンジョン上層から脱出した。


 20時間以上探索して既にへとへとだったが、足が千切れるくらいに全力で走った。途中のモンスターは全部蹴っ飛ばしてきたので最短時間で出れたはずだ。


▽『めっちゃ脚速い』

▽『ドローンがついてくのやっとだった』

▽『応援しかできなくて歯痒い』

▽『がんばれ猫ちゃん!』

▽『がんばってカラスくん!』


 正直、かなりしんどい。

 だけど俺よりも、手の中のコイツの方が


「……みゃ…………ミャア………」

「無理すんじゃあねえぞ。苦しいだろうけど、絶対に助けてやるからよ!!」

「……み………」

「あと少しだ! 負けんじゃあねえぞッ!!」


 雨で体温が奪われるのはマズい。羽織っていた上着を脱いで仔猫の身体をくるんでやる。寒いのか、怪我のせいなのか、仔猫は静かに震えている。


「──とにかく、まずは急いで動物病院に──」




       どこに?




 俺は大急ぎでスマホを取り出す。

 ロック画面には現在時刻が表示されている。


    3:30


 この時間にやっている動物病院なんてあるのか……?


 それに俺はたいした金は持ち合わせてない。タクシーに乗ったら治療費が足りなくなるんじゃあないか?

 徒歩圏内で行ける所じゃないと──


「ここも違う──ダメだ、ここも──」


 ──そもそも野良猫を持ち込んで診てくれるものなのか?

 なんとか条件にあう病院を見つけたとして、極度の方向音痴の俺に辿り着けるのか!?

 この悪天候に加えてこの時間、周囲に道を聞ける通行人は期待できない。


▽『どうしたカラスくん』

▽『ずっと立ち止まってる?』

▽『ひょっとして動物病院の場所わからないんじゃ』

▽『え!? それやばくない!?』

▽『普段使わないもんな』

▽『そもそも深夜だしやってるとこある!?』


「…………みゃう…………」

「ご、ごめんな、もうちょっとだけ辛抱してくれ」


 どうする!?

 朝まで待ってちゃあ、こいつの体力が持たない!!


 はやく、はやく見つけてやらないと──




▼『シラカワ動物クリニックに行くのだ』50000円


「え?」


 俺の目の前の空間に、真っ赤なコメントが表示される。

 な、なんだこれ? 故障? 

 違う、他の配信で見たことある。確かスーパーチャットってやつだ。


▽『なかなかこっち見てくれないから苦労したのだ。少し落ち着くのだ』


「ご、ごめん必死で……!!」


▽『必死なときこそ冷静に、なのだ』


「ああ、わかった。シラカワ動物クリニックってところに行けばいいのか?」


▽『SNSで猫好きのグループを叩き起こして聞いたのだ』

▽『ネットにはあまり情報出してないとこだけど、24時間やってて、まえに保護した野良猫を診てもらった事があるらしいのだ。腕もいいらしいのだ』


「こっから近いのか?」


▽『徒歩だと30分くらいなのだ。お前の足なら5分かからないはずなのだ』

▽『あとお前は方向音痴だからナビしてやるのだ』


▽『有能』

▽『有能』

▽『有能』


「ありがてえ!!」


▽『礼はいいのだ。その子は絶対に助けるのだ!』


「──ああ、頼む!!!」


 ガラにもなく少し涙ぐんでしまった。

 くそっ、リスナー……心強いじゃあねえか!!


▽『まず右を向くのだ。それから右手に銀行があるまで真っ直ぐ走るのだ』


「応!!」


 今度はリスナーからのコメントにもちゃんと目を通しつつ、月夜の街道を全速力で走る。

 水溜りの雨がバシャバシャと跳ねる。


「…………みゃ…………」

「良かったなお前、腕のいいお医者さんなんだってよ!」


 顎を撫でてやると、ぎゅうっと親指を前脚で抱きしめられる。

 ──感謝の行為だろうか?

 肉球が湿って、脈打って、あたたかい。


 ちゃんと生きている証拠だ。


「きっとよくなるからよ……死ぬんじゃあねえぞ!」




 ────────

 ────



 それから3日後



 ────

 ────────



 〜カラスのアパート〜



「え〜本日はですね! リスナーのみなさんに、嬉しいご報告があります!」


 午前10時過ぎ。俺はパソコンに備え付けられたカメラに向かって、満面の笑顔で挨拶する。一人暮らしの安アパートだ。大きな声は出せないので普段は部屋での配信はしない。

 それでも、リスナーの皆にこの喜びを伝えたかった。


▽『とうとう結婚か』

▽『式には呼んでくれ』


「ありがとう! って違うわ! 結婚どころか恋人すらできたことないし」


▽『チャンネル登録者数100万人おめでとう!』

▽『3日でこれは本当にすごい』


「それも確かにありがたいですけれども! 本当に感謝ですけど!」


 ……ひょっとしてこいつら、わかってておちょくってるな?


▽『なんかちょっと口調かたいな』

▽『緊張してる?』


「こ、こんな大勢の前で話すの初めてですからね!」


▽『猫ちゃん元気になったのだ?』


「はいっ! 朝イチで動物病院から連絡がありました!」


 クリニックから送られてきたスマホの動画を見せる。元気にちゅーるにがっついている黒猫のムービーに、思わず頬が綻んでしまう。何度も見たはずなのにな。


▽『おおおおお』

▽『かわああああああああ』

▽『かわえええええ』

▽『元気になったんだね!』

▽『マジでよかった』

▽『ホントに良かったのだ』


 リスナーも俺と同じ気持ちでいてくれるみたいだ。

 少し感極まってしまう。


「みんなが俺を助けてくれたから、この子も助かったんだと思います。改めてお礼を言わせてください。俺達を助けてくれて、応援してくれて、力をくれて、ありがとうございました」


 画面の前で、深く頭を下げる。


▽『どういたしまして』

▽『俺はなにもしてないけどなw』

▽『お前が頑張ったからなのだ。胸を張るといいのだ』

▽『そういや会いに行ったの?』


「それが一昨日くらいから熱があって……ちゃんと治ったら会いに行こうと思います!」


 ただの風邪なら寝ていれば治る気がして、どうしても病院に行くのは渋ってしまう。スパチャは貰ってるとはいえ、貧乏性は抜けないのだ。


▽『え、大丈夫?』

▽『雨の中走ってたからな』

▽『そういや喉枯れてる気がする』

▽『まずお前が病院行けなのだ』

▽『人間のだぞ』


 歓喜にわいていたコメ欄が一転、俺への心配に変わってしまった。折角のお祝いムードに水差しちゃうのも悪いな。なにか他の話題に……。


▽『そういや猫ちゃんどうなるの?』


「クリニックの院長がネットや聞き込みで調べてくれたらしいんですが、飼い主も現れないらしくて野良じゃないかって。それでじつは俺も考えてたんですけど、準備ができたらうちのアパートで飼おうと思います!」


▽『おおおおお』

▽『やったあああああ』

▽『名前考えなきゃ』


 俺もあの子に愛着が沸いてしまったのだ。

 ペットOKのアパートでは無かったため、大家の説得には苦労した。家賃は1.5倍になったけど、引っ越すよりは節約できただろう。


▼『餌代』50000円

▼『トイレ代』50000円

▼『ちゅ〜る代』50000円

▼『おもちゃ代』50000円

▼『去勢代』50000円


 ひい!? なにこの赤スパチャのシャワー!?

 貧乏学生には刺激が強過ぎるよ!?


「あ、ありがとうございます! いやほんと、すんませッ──ゴホッ──いただいたスパチャはちゃんとあの子のために活用しますんで──げほゲホッ」


 急に興奮して咽せてしまった。

 やべ、咳止まらん。


▽おい大丈夫か

▽ちょっとふらついてない?

▽体調悪いんだからもう寝とけなのだ

 

「そうだな、心配してくれてありがとう! 今日はもう終わります! みんなおつかれ!」


▽『おう! おつかれ!』

▽『しっかり休めよ!』

▽『乙!』

▽『おつ』

▽『おつ〜』

▽『あっ戸締り気をつけて! タイガーアドベンチャーの奴らがカラスくんのこと逆怨みしてるらしい』

▽『SNSで殺してやるとか言ってたから通報しといたよ』

▽『まあ報復にきても返り討ちだと思うけどねえ』


「来てくれてありがとう、じゃあ次の配信で!」


 俺は配信を終了する。


 最後に気になるコメントがあったな。

 タイガーアドベンチャーのやつら、とりあえず無事は無事だったのか。反省はしていないようだけど。


「ごほっ、ごほ……」


 それより本格的に体調が悪くなってきた。

 視界がぐるぐるして気持ち悪い。

 しばらくベッドで横に




   ────どさっ


「あれ…………」



 立ち上がろうとしたはずなのに、目の前に床がある。

 

 起きなきゃ。

 でも身体が動かない。



   やっぱり病院に


     行っ とけば



   よかっ──

 

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