第19窩 踊る蝋燭
★カミテッドのユウヤ視点です★
〜数日前の夜・都港の廃倉庫〜
なあ
なあ
「ああ゛あああ゛ッ!! どいつもこいつもふざけやがって!!」
オレは苛立ちを倉庫の壁にぶつける。ガァンとやかましく金属音が鳴る。よくも、よくも、よくも!!
カミテッドのリーダーのこのオレを! ユウヤ様を! コケにしやがって!!
いつもは波の音しか聞こえない静かな倉庫だが、今日はやたらと野良猫の声がやかましい。それがまたオレをイライラさせる!!
なあ
なあ
「うるせえええ!! ブチ殺すぞ野良猫ども!!」
「な、なあユウヤ、荒れすぎじゃないか? だ、誰か来たら……」
「うるさいな!! いいんだよ!! どうせ誰も来やしねえ!!」
ここは港の使われていない倉庫、しかもオレのオヤジの会社の倉庫だ。つまりオレ様の持ち物みたいなもんだ。それにスマホも圏外の陸の孤島、多少騒いだって問題ねえ。
オレ達はいつも奴隷にしたバカな女を、この倉庫に連れてきてオモチャにして遊んでいた。これまで一度も証拠が見つかったことはない。
「けっ、けどいままでとは違うだろぉ……? あんな動画で晒されて、協会やサツにも目をつけられてるんじゃ……」
「このオレに説教する気か!? カミテッドのリーダーのこのオレに!? ユナイテッドファッションの役員より偉いこのオレに!! 大人達を顎で使えるこのオレに!?」
「いっ、いや……」
「おまえもこいつと同じ目に合わせてやろうか!?」
オレは床に転がっているボロ雑巾を指差す。
こいつはマサヒロ。元々はオレ達カミテッドのメンバーだったが、いまは隷属の首輪でサンドバッグになっている。
何故こんなことになっているのかというと────ああああああ思い出しただけでもイライラする!!
ダンジョンで隷属の首輪が見つかって、ガキに凄まれたくらいで、オレ達を売って自分だけ助かろうとしやがった!! 黙秘してりゃなんとかなったのに、このビビリの低脳がゲロったせいで全部メチャクチャだ!! 散々いい思いをさせてやったのに、恩を仇で返しやがって!!
オレはマサヒロの顔面をサッカーボールのように蹴っ飛ばす。
「ギャンッ!!」
そして許せねえのはあのカラスとかいうクソガキ! オレ達の事を晒しあげやがって! 元はと言えばあいつが隷属の首輪を拾ったせいだ!
いや、あいつのツレの猫耳女がおとなしく首輪をつけなかったせいだ! オレ達を落とし穴に誘い込んで突き飛ばしたせいだ! 女とグルで汚ねえ真似しやがって!!
インチキでオレ達より人気者になったくせに! 大企業の親の血筋でもねえくせに! 親ガチャハズレのくせに! ファッションもクソだせえくせに! そんでチビのくせに!
あんな負け組野郎のせいで! 勝ち組のオレが! 生まれた時点で何倍も価値のあるオレの人生が!!
オレはまたマサヒロを蹴っ飛ばす。
「ギャンッ!!」
そうだ。どうしてこの勝ち組のオレがこんな目に遭わなきゃいけない? いままで全部うまくいっていたのに。
オレはユナイテッドファッションの取締役の息子で、幼い頃から世界中を旅行してきて、いずれは社を率いていくはずの人間だった。世の中のカスとは最初からレベルの違う人種のはずだった。
それがちょっと女をオモチャにして遊んでたくらいで、勘当までされてしまった。
こんなのは間違っている!!
「けっ、けどよおユウヤ、本当にやるのかよ……?」
「あたりまえだ! オレ達ばっかりがこんな目に遭うのは不公平だろ!」
「で、でも放火なんてバレたらオレ達死刑に……」
「バーカ、どうせ火をつけるのはマサヒロだ。灯油も着火剤もこいつに購入させた。そのままマサヒロが樹海に消えればオレ達が捕まることはねえよ」
「けっ、けどよぉ」
「いままで散々女で遊んどいてなにビビってんだ!? マサヒロじゃなくてお前を実行犯にしてやってもいいんだぞ!」
少し凄むと黙り込むケンジ。マサヒロといいケンジといい、なんなんだこのチキンどもは!?
「おい! それよりアキトのやついつまでトイレに行ってるんだ?」
「え? さ、さあ……腹でも痛いんじゃ……」
「30分も帰って来ないじゃねえか! まさか逃げたんじゃねえだろうな!?」
「し、知らねえよそんなの……」
「秒で見て来いやケンジ!! 気が利かねえな!!」
「ひっひいっ!」
素っ頓狂な声をあげながら、ケンジは逃げるように走っていく。よたよたと倉庫の扉を開けて、出ていった。イラつかせやがって、けど、これで少しは静かに──
なあ
なあ
「うるっせえんだよクソ猫どもが!!」
最高にムカつくタイミングで、頭上から猫の声が聞こえる。予行演習で1匹くらい焼いてやろうか!? そう思ったオレは天井を睨みつける。案の定、天窓のあたりに動く影が見えた。
天窓の 磨りガラスの向こうから
黒髪の女が じっと下を覗いていた
「…………は…………?」
ぽかんと口が開く。
あんなところに人間が登れるわけがない。
オレが目を擦ると女は居なくなっていた。
なんだ今の? 見間違えたか?
なあ
なあ
なあ なあ
なあ
今度は倉庫を取り囲むように、猫の声が聞こえ始めた。
なんなんだよ、おい…………
……………薄気味が、悪い。
妙な汗が背筋を伝う。
「チッ──おいケンジ!? いつまで見に行ってやがるんだ!!」
オレは倉庫の扉に手を掛ける。
ガツッ
扉は開かなかった。何かに引っかかっているのか、力を入れてもびくともしない。鍵がかかっているわけがない。さっきケンジが出ていったばかりなのだ。
──いや、待てよ!? もしかしたらケンジがオレへの仕返しで扉になにか挟んだのか!?
「おいコラケンジ!! ふざけんじゃねえぞ!? さっさと開けろ! 殺されてえのか!?」
ガンッ! ガンッ!!
──ガァンッ!!!
ケンジへの呪詛を吐きながら、オレは倉庫の扉に行き場のない怒りをぶつける。3回目の金属音が鳴ったのと同時に、更なる悲劇がオレを襲う。
倉庫の電灯が割れたのだ。
ドアを蹴る音に、バリンッ、という小さな音が混じり、あたりは暗闇に包まれる。
「ひいっ」
強く蹴りすぎたのか?
暗い。
真っ暗だ。
オレは急いでスマホのライトを点灯し、辺りを照らす。
ほんの数歩先しか見えないような頼りない明かりだが、なにも無いよりマシ────
「なあ」
床に転がっていたマサヒロが、立っていた。
隷属の首輪はついたまま、こっちを見ている。オレが散々殴ったり蹴ったりしていたせいで顔は紫色に醜く腫れあがり、唇は切れている。気持ち悪い。
「テメエなに勝手に立ってやがる!?」
「あ゛…………う゛が…………」
口の中を切っているのか、まともな会話にならねえ。
まあいい。
「ケンジのバカがドア閉めやがったんだよ! 工具かなにか探すぞ」
「………………」
「おい聞いてんのか!?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………な゛ぁあ゛」
マサヒロがそう不気味な声を発した直後。
突如視界が明るくなった。
マサヒロの頭は、爆発したかのように勢いよく火を吹いて燃えていた。
「あ゛あああごごッああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ゛」
絶叫するマサヒロとは対照的に、オレは逃げることも悲鳴をあげることもせず、ただその光景を眺めていた。
なにもわからない。認知が壊れてしまったかのように、感情も思考も、まったく追いつかない。出来の悪いフィクション映画を観ているかのようだった。
マサヒロは苦しそうに暴れ回る。しかし着火剤でもかかっているのか、頭の火は勢いを弱める気配はない。底の知れない暗闇の中で、その場所だけが怖いほど明るかった。
「あッがああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………っ……」
断末魔をあげながら、助けを求めてのたうちまわるマサヒロ。
それはまるで、踊り狂う一本の蝋燭だった。
やがてその踊る蝋燭は、"がさり"という音を立てて燃え尽きた。マサヒロの身体はうずくまるように床に倒れ臥した。頭部と思しき黒い物体は、その衝撃で外れて転がった。骨が見えていた。
残っていたわずかな火も消える。
倉庫内は再び暗闇と静寂に包まれた。
なあ
「────ッぎぃいいいあああわああああああああ!!?」
野良猫の鳴き声を耳にしたオレは、ようやく僅かに思考する能力を取り戻す。といってもできることは、半泣きで叫びながら狂ったように扉を叩くことだけだった。
ばしゃあ
「ブワッ!?」
冷たい。背後から頭に、臭い液体をぶっかけられた。
それが、オレ達が準備した灯油と着火剤を混ぜた臭いだということはすぐにわかった。そしてオレが、これからなにをされようとしているのかも。
──────死──────
「ゆゆゆゆゆ許してくれ!!! ちっ、ち、違う!! ち、ち、違うんだ!!!」
オレは情けなく尻餅をつき、闇に向かって喚き散らす。
死の気配を纏ったなにかが、そこに居る。
オレを、マサヒロと同じように焼き殺そうとするなにかが。
恐ろしい。
ただただ恐ろしい。
「お、オレが悪かった! 許してくれ! 放火なんてする気は無かったんだ本当だ!! そ、それとも女で遊んでたことで怒ってんのか!? それももうやめる! 二度としない!!」
血が滲むほど額を地面に擦り付け、必死になって謝る。しかし相手は闇の中に佇んだまま、なんの反応も返さない。
「それとも金か!? オレの親父の金が狙いか!? い、いくらでもくれてやるぞ! ぜぜぜっ、全部あんたの言う通りにする!! そうだ! れ、隷属の首輪を、お、オレにつければいい! な!? だから、いっ、命だけは、助け」
「……………………」
背筋が凍るほど冷たい気配を感じて、口を閉じる。
すぐそばから視線を感じる。
間違いない。目と鼻の先に、そいつの顔がある。
そいつはかがみ込んで、オレを見ているのだ。
「やっぱり」
やっぱり?
なにが、やっぱりなんだ?
こいつ、オレになにかを言おうとしているのか?
だとしたらそれは────
赦しの言葉か。
脅しの言葉か?
いっそ怒りの言葉でも、なんでもいい。
だが。
目の前の闇の唇が歪む。
冷たい微笑みから投げられた言葉は、そもそもオレに対するものではなかった。
「にゃらはははっ。やっぱり。うちは嫌な気持ちにはならないにゃ」
周囲の景色が、黒から赤に変わる。
オレの頭に火が放たれたのだ。
熱い。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い苦しい怖い死にたくない。
頭部を焼かれる苦痛と死への恐怖に、オレはもがき、踊り狂う。
網膜が溶ける直前。
炎の中でオレが最期に見たものは。
獣のような瞳孔でオレをじっと見つめる、黒髪の女だった。
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