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第16羽 方向音痴、猫耳メイドと晩酌配信! 勝利の喜びを皆と分かち合う!

 〜カラスのアパート〜


 シブヤダンジョンからアパートに帰還したときには、既に午前8時を過ぎていた。流石に体力も限界だった俺とクロネはベッドに倒れるように身体を横たえ、そのまま泥のように眠った。


 それから丸1日休養を取り、翌日の午後6時前。

 オレンジ色の夕陽が、窓から差し込む時間。




   ぎゃあっ



      ギャアッ





「「乾杯ぁぁ〜〜〜イ」」


▽『乾杯〜』

▽『かんぱ〜い!』

▽『乾杯!!』

▽『カンパイ!』

▽『カンパイ!!』


 シブヤダンジョン攻略をリスナーと祝いたかった俺は、晩酌配信を決行した。つっても、アルコールは飲めないんでジンジャエールだけどな。クロネはミルクだ。


「1日経っちゃってごめん! けど、集まってくれてありがとう!」


▽『全然いいよ!』

▽『配信してくれるだけありがたい』

▽『おつかれさま』

▽『配信者すぐ身体壊すから無理しないでね』

▽『ちゃんと休めたのだ?』


「おかげさまで俺もクロネも完全回復しました!」

「にゃるふふっ、元気満タンにゃ♪」


 画面の向こうのリスナーに向かって、満面の笑みで両手でピースを作るクロネ。心なしか毛並みも艶々黒々している。ちなみに今日のクロネはメイド服だ。


▽『クロネちゃんメイド服じゃん』

▽『かわいい……』

▽『猫耳メイドは王道』

▽『カラスくんの趣味か?』


「猫の霊が作ってくれたんだにゃ♥ 似合ってるかにゃ?」


▽『すごい似合ってるよ』

▽『あの子たち裁縫もできるんだ!』

▽『器用だねえ』

▽『有能』

▽『かわいい』

▽『裁縫してるとこ見たい……』

▽『本物のメイドさんみたい』


「にゃるふふふっ♪ これでもっとご主人にご奉仕できるにゃん♥」


 ひらひらとフリルを靡かせるクロネ。似合いすぎて怖いくらいだ。

 今まではメイドとかにあまり興味は無かったし、メイド喫茶に通う気持ちとかもわからなかったが、クロネのメイド服は、なんていうか、かなりグッとくる。

 露出はむしろ控えめなのに、心臓が高鳴る。こんな格好で"ご主人"とか"ご奉仕"とか言われたら……脳が、溶けそうだ……!


▽『カラスくん赤くなってんじゃ〜ん』

▽『こんなメイド居たら絶対好きになるぞ』

▽『思春期の少年には刺激が強すぎるのでは?』

▽『落ちたな(確信)』

▽『はやく押し倒せよ』


「そっ、それよりホラ! 今日はシブヤダンジョン攻略パーティーだろ!?」


 図星をつかれた俺は話題を変えることにした。



 

 シブヤダンジョンでの出来事を、リスナー達と一緒に振り返る。

 リスナーと一緒に攻略する事を決めた上層。

 お弁当やクロネ捜索など色々あった中層。

 何度も迷い、クロネの戦いも見れた下層。

 一度は諦めかけたが、アカリさんと、ドラゴンと戦った深層。


「もしもクロネやリスナー達が居なかったら、攻略はできなかった。最後までついてきてくれて心強かった。こんな俺を信じてついてきてくれて、本当に、ありがとうございました!」


 俺は繰り返し、繰り返し、皆に感謝を伝えた。

 

▽『こっちこそありがとう!』

▽『最高に楽しかった。夢中で観てたよ』

▽『伝説の誕生に関われるなんて中々ないし』


 そして話題は、配信後の出来事に移る。

 シブヤダンジョンクリア後も、まあ色々とあったのだ。


▽『ダンジョンコアについてはどうなったの?』

▽『壊れちゃったんだっけ』

▽『モンスターは消えたのかな』

▽『アイテムも滅茶苦茶大量に獲得してたよね』

▽『それもどうなったのか気になる』

▽『教えてカラスくん!』

▽『質問責めになってるのだ』


「ちょっ、み、みんな落ち着いて! ひとつずつ順番に説明するから! まずダンジョンコアの扱いからね!」


 あれからダンジョン協会に行きクリア報告をした俺は、怒られた。しこたま怒られた。ダンジョンコアを破壊するなんてなにが起こるかわかったもんじゃないと怒られた。うんまあそれはそうだ。


 クロネを家で待たせておいて良かったと思う。また迷惑かけたと落ち込みそうだし。


 その後シブヤダンジョンのモンスターの目撃情報は出ていないことから、今後しばらく影響を調査してくれるらしい。本当にモンスターはすべて消えたのか、復活はしないのか、など。

 場合によってはより有効なダンジョンクリア方として確立され、特別褒賞が出るとも言っていた。これが公務員の飴と鞭ってやつかと震えた。


▽『やっぱりおこられちゃったか……』

▽『ドンマイ』

▽『協会の職員も立場上叱らなきゃいけないから仕方ないのだ』

▽『でもこれが新しいクリア方法なら大手柄じゃん!』

▽『モンスター倒す手間が省けるからね』

▽『ノーベル賞ものでは?』

▽『ノーベルダンジョン賞ってあったっけ?』

▽『じゃあ次は拾ったアイテムについて教えてくれ!』


 ダンジョンでは、この世の理で説明できない事が起こる。

 ダンジョンコアを壊した影響なのかはわからないが、猫の霊はシブヤダンジョンのアイテムを根こそぎ拾ってきてしまったらしい。

 

 俺は獲得した大量のアイテムを売ってそれはそれは大金持ちになりめでたしめでたし──────とは勿論、ならなかった。

 こんな量は換金できないし個人に持たせてもおけないから取り敢えず預かっておいくと言われ、アイテムは殆ど協会に回収されてしまった。


 俺は内心ホッとしていた。


 ただでさえリスナーに道案内をしてもらって、正規の方法を取らずにダンジョンコアを破壊してしまった俺が、ダンジョン内のアイテムを根こそぎ強奪なんてしたら、他の探索者から白い目で見られてしまうだろう。

 このままダンジョン協会の肥やしとして無かったことにしてもらうのが、俺にとっても最も平和な解決方法なのだ。


▽『残念だったなカラスくんw』

▽『せっかく猫ちゃんが頑張って集めたのに』

▽『ミスリルブレードとかは貰えたんだよな?』

▽『でもカラスくん武器使わないよね』


「ああ。ドラゴンから獲得したミスリルブレードも、ダンジョン協会に預けたよ。アカリさんの遺族か、パートナーだった人に渡してもらうように頼んでおいたよ」


 バリアシールドドラゴンを倒せたのはアカリさんのドラゴンスレイヤーのおかげだ。彼女にも報酬があって然るべきだろう。俺は剣持っててもうまく使えないしな。

 本当は墓前に報告くらいしてあげたかったけど、個人情報だからな。祈りは通じたと思っておこう。




「事の顛末は以上だ。じゃあ残り時間もあんまりないけど、お祝いを続けるぞ!」

「おーにゃ!!」


▽『っしゃあ!』

▽『うぇーい!!』

▽『今夜は飲み明かそうぜ!』

▼『つまみ代』3000円

▽『カラスくんは飲み明かさないしお酒も飲めないって言ってるでしょ?』


「にゃらはははっ♪」

「クロネ、これ食べるだろ?」

「にゃっ、これは?」


 あとは、飲んだり食べたりするだけだ。

 俺が渡した紙皿を見たクロネは、目を輝かせる。


「たいやきだ」

「これが噂の!!」

「アクセサリーはもうリボンあげちゃったからな。これは俺とリスナーからのお祝いのプレゼントだよ」


▽『最初の配信で食べてみたいって言ってたもんね』

▽『ちなみにカラスくんの手作りだぜ』

▽『俺達はなにもしてないけどなw』

▽『たい焼き用ホットプレートとか、和菓子の材料売ってる店までナビしたくらいか』


「ちょっと冷ましておいたよ、クロネ猫舌だし」

「いただきますにゃ! まぐまぐっ……甘いにゃ! お魚なのに甘いにゃ!」

「どう?」

「とっても美味しいにゃあ……ご主人、みんな、ありがとうだにゃ!」


 口元にあんこをたくさんくっつけて微笑むクロネ。たいやき専用のホットプレートはそこそこの値段がしたが、こんな無邪気な顔が見られるなら安い買い物だった。


「クロネ」

「なんにゃご主人?」


 俺はクロネの口元のあんこを指で拭うと、自分で食べる。お弁当のときのお返しだ。


「ご馳走様、クロネ」

「にゃっ、にゃあ……」


 クロネは鬼灯のように真っ赤な頬に手をあて、少し俯く。どうだ、やられる側は結構恥ずかしいんだぞ?

 ……やる側も少し恥ずかしくなってきたけどな!

 リスナーはといえば、いつものように温かい野次を飛ばしてくれた。


「で、では! 僭越ながらうちからご主人達にも、お返しのプレゼントがありますにゃっ!」

「おっ、なにかな?」


▽『ワクワク』

▽『ドキドキ』

▽『俺らにもってなんだろ?』

▽『歌とか?』


 ──このとき。

 俺もリスナーも、まだ甘くみていた。

 クロネの底力、その本気の破壊力を──




    ぽんっ



「みゃあっ」

「えっ」


 メイド服が床に落ちる。

 いきなり黒猫に戻ったクロネは、ひょいと俺の膝に飛び乗ると、そのまま胸にのぼり身体を伸ばす。固まっている俺の鼻先に、愛らしい猫の顔が近づいてくる。


 ちょんっ。

 唇に軽く、湿った感触があたった。

 少しだけ餡子の味がした。


「これって、キス────」

「みゃあっ♪」


 猫の姿ではにかむクロネ。


   ────か──────


「────かはっ」


 それは反則だろ致死量だろ可愛すぎて呼吸と心臓止まってたかと思ったわむしろ一瞬お花畑が見えたわクリティカルヒットだわ会心の一撃だわ脳が溶けたわ!!!

 見事に俺を仕留めたクロネは続いてカメラの方に向かう。そしてカメラの向こうのリスナーに向かって、同じようにキスをした。


▽『ああああああああああ』

▽『がわいいいいいいいいいいい』

▽『限界化した』

▽『しんどい…』

▽『これは即死級のかわいさ…』

▽『リアルで声出ちゃった』


「みゃんっ」


 勝ち誇るように鳴くクロネ。

 俺達は忘れていた。人間は、猫の可愛さには勝てないんだという事を。




 それから俺達とリスナーは適当にたいやきをつまみ、ドリンクを飲みながら、雑談をして過ごした。楽しい時間はあっという間とはよく言ったもので。夜の帷もすっかり落ち切っていた。


「みんな、今日はありがとう。名残惜しいけど、そろそろお開きの時間がやってまいりました」


▽『もうそんな時間か』

▽『さびしい……カラスくんやクロネちゃんとお別れしたくない……』

▽『またすぐに次の配信で会えるでしょ』

▽『そういえばカラスくん次はなにするの?』

▽『シブヤダンジョン攻略しちゃったもんね』

▽『バズったらダンジョン行くの辞めちゃう人も居るよね』

▽『目標とかある?』


 ──目標、か──。


 俺はバズって人気配信者になりたかった。それは間違いない。そのために俺は危険なダンジョンに、何度も、命懸けで潜っていたのだろうか。

 それなら、シブヤダンジョンをクリアして、チャンネル登録者数が300万を超えた今なら、もうダンジョンを攻略する必要はないのか?


 ────違う。


 シブヤダンジョンをクリアした今、はっきりと思い出した。未知の出会いと発見、難敵に挑む高揚感、階層を踏破する達成感。


「俺は辞めないよ。アルピニストが危険な山に登るのを辞めないように。フリーダイバーがボンベ無しで海底に潜るのを辞めないように。ハンググライダーの選手が大空を舞うのを辞めないように。俺は探索者だから、命がけでも、いや命がかかっているからこそ、まだ見たことのない景色を見に行きたい」


 自然と口に出していた。

 俺はずっと、憧れていたのだ。

 ダンジョンに。探索者に。


 迷って、迷って、ずっと忘れていた。


「そう思えるようになったのは、皆のおかげだ。皆のおかげで、ダンジョンは、俺の居場所になった。だからこれからもずっと、皆と、憧れを追い続けたい」

 

▽『なんかかっこいいこといっとる』

▽『やだカッコイイ……』

▽『誰がクサい事を言えといった』

▽『なんか顔が熱くなってきた』

▽『カラスくんそれワイらへのプロポーズか?』


「じゃあ、は、配信終わるっ! また次の配信でな!」


 気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は無理矢理、配信を終わらせた。





 ────



 ダンジョンでは、この世の理で説明できない事が起こる。



 ────





 喧騒の熱も夜風に冷めていく。

 配信の片付けをしながら、俺は窓の外のまたたく星空を見上げた。



 ひとつだけ。



 俺はたったひとつだけ、皆に"嘘"をついた。



 ダンジョン協会にミスリルブレードを預けたときの事だ。俺は協会の職員の人に、アカリさんのパートナーだった探索者に渡してほしいと依頼した。


 しかしその申し出は、協会に断られてしまったのだ。


 職員の人が言うには、アカリさんは確かにある探索者とコンビを組んでいたが、二人ともダンジョン内で既に亡くなっているということだった。

 コメント履歴からもアカウントを探そうとしたが、それはこの世に存在しないはずのIDだった。

 ミスリルブレードは、今もダンジョン協会に置かれている。



 彼もまた、彷徨っていたのだろうか。

 彼はアカリさんと、同じ場所に逝けたのだろうか。


 そうあってほしいと、切に願う。

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