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第10羽 方向音痴、クロネのピンチに怒りの咆哮!? カミテッドをぶっとばせ!

 〜シブヤダンジョン中層〜



「クロネぇええええええッ!!!」


 俺は迷路に飛び込み、走りながら大声で彼女の名を呼ぶ。必死だ。彼女がもしデストラップに掛かっていたらと思うと、気が気じゃない。


 だが、必死なときこそ冷静にならなきゃいけない。

 リスナーから最初に教わったことだ。


「ここはどっちだ!?」


▽『右に曲がってそこからはひたすら真っ直ぐいけ』

▽『暗いから足元気をつけろよ! 自分がトラップに嵌まらないようにな!』


「助かる!!」


 がむしゃらに走っても辿り着けるわけがない。ダンジョン経験者に、デストラップの場所まで最短経路を案内してもらう。

 なにかあってから後悔はしたくない。

 頼む、返事をしてくれ、クロネ──!


「ご主人っ!?」

「クロネ!? クロネ!!!」


 彼女は道の突きあたりで、ぺたんと尻餅をついていた。俺を見て驚いた表情をしている。

 デストラップはここを曲がった先だろうか、けたたましい水音が鳴り響いている。彼女はギリギリ巻き込まれなかったみたいだ。


 俺はすぐにクロネに駆け寄ると、正面から肩を抱く。


「ごめん、ひとりで行かせて。無事でよかった」

「にゃんでここに!? 待っててくださいって言ったにゃ!」

「それもごめん。トラップの音がして、お前の身になにかあったらって思ったら、居ても立っても居られなくて……」

「にゃふ……♥ しょうがないご主人ですにゃ。でも、うちのこと心配で来てくれたのは嬉しいにゃ♥」


 クロネに背中をトントンと撫でられると、少しずつ落ち着いてきた。助けに来たつもりが、逆に慰められてしまった……。


▽『クロネちゃん無事で良かった……』

▽『よくやったのだ、カラスくん』

▽『案内してくれた経験者の人も』

▽『結局巻き込まれて無かったし杞憂だったかも。むしろ不安を煽ってしまった形になって申し訳ない』


「いや、そんなことない。本当に助かったよ。ありがとう」


 リスナーにも深く頭を下げる。

 それからチラリと曲がり角の先を見ると、床に大きな落とし穴が開いている。濁流はその下から聞こえてきていたのだろう。


「落とし穴で水路に落とすトラップか? 巻き込まれなくて本当に良かった……そういやアイツらは?」

「アイツら? 誰のことにゃ?」

「お前と一緒に迷路に入ったユウヤとカミテッドの連中だよ。まあ、はぐれたなら別にいいんだけど」


「ああ。アレならあそこだにゃ」


 クロネは真っ直ぐに指を指す。

 床に開いた大きな落とし穴を。


 ……嘘だよな……?

 俺は穴の淵に近づくと、恐る恐る覗き込んだ。



     ぎゃあぁぁぁぁ


    たすっ

        がぼっ


        たすけえぐれえぇぇ



 穴の底の濁流で、カミテッドの4人はもがいていた。

 突き出した岩に捕まって流されまいと必死だ。火事場の馬鹿力でしがみついてはいるが、頭から水を被りもはや風前の灯だ。さらに悪いことに、この落とし穴は音を立てて閉じようとしていた。


 あいつら──このままじゃ死ぬぞ!?


「行ってくる」

「は!? な、なに言ってるにゃ!?」

「"鴉翼"ッ!!」

「ご主人ッ!!!」


 俺は静止するクロネを振り切って、黒翼を広げて穴の中にダイブする。そのままカミテッドの4人を掴むと、ハイジャンプで同じ穴から迷路まで戻った。

 間一髪。俺がクロネの目の前に着地したと同時に、床の穴は閉じた。


 4人を床に転がすと、ゴボッと水を吐き出した。ひとまず人工呼吸の必要は無さそうだが、かなりダメージを受けているようだ。

 リトルクラーケンからドロップしたブラックポーションを頭にぶっかけてやる。レアアイテムだったんだが仕方ない。取り敢えずはこれで死ぬ事はないだろう。


「ヒィ……ヒィ……ゲホッ」

「おい大丈夫かよ?」

「お、恩を売ったつもりか!? おっ、遅いんだよォ助けるのが!!」

「はぁ?」

「気が利かねえな! てか投げられたとき、服、破れたわ!! 弁償しろ弁償弁償ゥ!! 訴えてやるゥ!!」


 うーわっ……助けたこと後悔しそうだ。

 いや、よそう。お礼とか最初から期待してなかったし、見殺しにしなかったのは俺が嫌な気分になりたくなかっただけで、別にこいつらのためじゃない。


▽『なんだこいつら』

▽『うっざ』

▽『助ける必要あった?』

▽『もっかい穴に落とせば?』


 リスナーもヒートアップしそうだし、もうここに放置でいいか。そう考えた俺は、その場をさっさと立ち去ろうとした。



     カチャンッッ



 ん、なにか蹴飛ばしたか?

 足にあたったものを拾い上げると、鎖のついた鉄製の首輪のようなものだった。

 …………なんだこれ? レアアイテム??




  ≪ユウヤが落とした

   隷属の首輪を拾ったにゃ♪

    ニンゲンをペットにしてやるのにゃ!≫




 猫の霊の空気を読まない明るい声が、狭い洞窟内に反響する。だがその陽気な声に重苦しい場は和むわけもなく、むしろ、冷気を肺に流し込まれたかのように凍りつく。


▽『え』

▽『何』

▽『隷属の首輪?』

▽『確か違法アイテムだよな』

▽『そう。首輪をつけた相手は命令に逆らえなくなる』

▽『超危険なアイテムじゃん』

▽『カミテッドが落としたって』

▽『なんでそんなもの持ってたんだ?』


「これ、お前らのか?」

「あ、いや、それは」


 ユウヤも他の3人も、挙動不審に目を泳がせている。

 ただの落とし物ってわけじゃあなさそうだ。

 なんせ違法アイテムだからな。



「その首輪、つけられそうになったにゃ」

「は?」


 クロネの言葉に、また俺は頭が真っ白になりそうになる。



 ──クロネが、つけられそうになった──?



    ──隷属の首輪を──?



  ──こんな危険なアイテムを──?



     ──こいつらに──?

 


「うちはご主人以外とパーティーを組むのは断るって言ったんだにゃ。そしたら怒り出して──」

「どういうことだ?」


 俺はいまだ地面で無様に転がっているユウヤ達に詰め寄る。威圧しないよう努めて冷静に振る舞おうとしたが、無理そうだ。腹の底で煮えるような感情が膨れ上がる。怒りが爆発しないよう、血が出るほど拳を握りしめる。


「ち、ちが──あう────オレ達は──」

「ぼぼぼ、ぼくは関係ない! ユウヤが勝手にやったんだ!」


 言葉に詰まっているユウヤの代わりに、後ろの馬鹿が自白しはじめた。


「ぼくは反対だったんだ! ユウヤが気に入った女を勝手に拐ってただけで──だ、だからぼくは最初から反対だったんだ! いつかバレるって!!」

「バッ──低脳がああああ!! まだ黙ってれば誤魔化せただろうが!!」

「誤魔化すとかないから!! 関係ないからあああああ!! みなさん!! ぼくは無関係なんですううう!!」

「おまえだって一緒に女マワしてただろうがボケえええええ!!」

「ぼくはいつもユウヤがヤった後だったからああ!! どうせ汚れた身体なんだからぼくがヤってもヤらなくても結果は変わらないでしょおおおお!!?」


▽『うわあ……』

▽『醜い……』

▽『完全な自白』

▽『全世界配信されてるぞお前ら』

▽『そういえば行方不明になった女性探索者が、隷属の首輪をつけた状態で廃人になって発見されたりする事件があるって注意喚起されてたな』

▽『こいつら常習犯かよ』


 俺はぎゃあぎゃあと喚き散らす生ゴミ達に近づくと、まとめて蹴り飛ばした。


「ぎゃっ!?」「ぐえっ!?」

「げふっ!!」「ぐあっ!?」


 ゴミどもは10メートルくらい吹っ飛んだ。中には天井に激突した奴もいるが、Bランク探索者なら死にはしないだろう。俺はユウヤの首を持ち上げると、後頭部を壁に叩きつける。


「げひっ!?」

「お前ら、あの子に隷属の首輪を嵌めて、暴行しようとしてたのか?」

「ヒッ────いや、でも未遂で────」

「未遂かどうかなんて関係あるか!!!!!」



   バキッ



 顔面を思い切り殴り飛ばす。鼻の骨が折れた感触がした。頭が怒りでガンガンとする。相手を殺さないようセーブするのに必死だ。

 ユウヤは鼻からドバドバと血を流しながら、這いずり回る。


「まっ、まて! まてよ! ゆゆゆ、ゆるしてくれ!!」

「ゆるすわけがねえだろ!!」

「違う! たっ、確かにオレたちはそいつに隷属の首輪をつけようとした! だっ、だけどそれだけじゃないんだよ!! お、オレ達だって、アイツに殺されかけたんだ!!」

「………………はあ?」


 ユウヤは血塗れの指で、クロネの方を差す。

 汚い指をあの子に向けるんじゃねえ。


「あ、アイツは、暗闇にオレ達を誘い込んで、物陰に潜んでやがった! それで、それで、落とし穴の方に突き飛ばしやがったんだ!」


 ……こいつらを誘い込んで

 …………落とし穴に突き飛ばした?

 ………………クロネが?


 急に何言ってんだコイツ。

 頭を打っておかしくなったのか?


「おっ、おお、オレ達も殺されかけた! こっちはレイプ未遂でそっちは殺人未遂だ! だ、だからこの件は、おあいこって事で──」

「加害者が被害者ぶるんじゃねえ!! こいつがそんな事するわけねえだろうが!!」

「いやっ、これは本当に」

「そんな苦し紛れの嘘を誰が信じるかよ!!!」

「ぐへえっ!!?」


 壁に向かってユウヤを投げ飛ばす。

 クロネに暴行を加えようとしただけでも赦せねえのに、よりにもよって、そのクロネを人殺し呼ばわりするなんて──


▽『なにいってんだあいつ』

▽『意味不明』

▽『作り話にしたってもっとマシな嘘があるだろ』

▽『クロネちゃんみたいな善い子がそんなことするわけない』

▽『バカなの? 死ぬの?』

▽『ゆるせねえマジで』

▽『こいつぶっ殺そうぜ』


「ひぃっ、だずっ、ダズげでえええ!!」

「待ちやがれ!!」


 ちっ、遠くに投げ飛ばし過ぎたか。

 なおも逃走しようとするカミテッドのクズども。

 逃すかよ──二度とくだらねえ事が言えないようにその顎ブチ砕いて、クロネの前で土下座させてやる!




「待ってくださいにゃ、ご主人!」

「!!」

「そっちは危険なトラップが多いですにゃ! 追う必要はありませんにゃ!」


 背後からクロネに抱き締められて、我に返る。


▽『そうだな……』

▽『あれだけ痛めつけたらもう関わろうとはしないだろうし』

▽『あんな姿配信されたんだからカミテッドも人生終わりでしょ』

▽『やり過ぎるとカラスくんが私刑したことになっちゃうからね』

▽『場合によるけど今回のは証言だけで証拠微妙だもんな……』

▽『俺達も熱くなりすぎてたよ、ごめん』

▽『俺も殺せとか煽っちゃった……ごめんね……』

▽『アイツらは死んだ方がいいけどカラスくんが犯罪者になるのはダメだよね』

▽『ダンジョン協会には通報しといたから、あとは大人に任せな』

▽『それよりお前の仕事はクロネちゃんの側に居てやることなのだ』


 ──そうだ。

 頭に血が上り過ぎていて、大事なことを見失ってしまうところだった。


 俺は正義を護るヒーローや警察官なんかじゃあない。

 俺が迷路に飛び込んだのは、たったひとりの家族を護るためじゃないか。


「ごめんなクロネ。怖い思いさせて」


 俺は振り返って彼女を抱きしめ、頭を撫でる。


「もう、お前を独りにしないからな」

「みゃんっ♪」


 クロネはいつものように、嬉しそうに鳴いた。

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