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わだつみの姫巫女  作者: 乙羽
迷子の迷子のゴマフちゃん
7/12

3 海に咲く花(上)

 わだつみの都は、最盛期よりも人魚の数が減少している。そうすると、自然に城下へ近いほうへと住むようになり、都の外れに住み手のなくなった集落がある。そんな南西の郊外に、蓮をはじめとする西の人魚たちが移り住んだことを、のんびり散策するように泳ぎながら桔梗が教えてくれた。住人を失くすと家屋はすぐに傷んで朽ちてしまうため、修繕にいそしんでいるところだという。

 風呂敷につつんだ重箱は桔梗が持ってくれている。だいぶ回復したのか、ハコフグのトトも自分で泳いでいる。こころなしか、黄色の鮮やかさが増した気がする。

「みんなでお散歩するの、楽しいね。ゴマフちゃん、わだつみの都はとっても綺麗でしょう。ゴマフちゃんも好きになってくれたら嬉しいわ」

 早朝の景色とは一転して、都は活気に満ちていた。下方を行きかう人魚たちが、こちらへ気付くと笑顔で手を振る。ゴマフアザラシをかかえて泳ぎながら、千夜も手を振り返した。彼女たちは顔を見合わせて、「なんて愛らしいこと」と声をはずませた。

「ゴマフちゃん、大人気ね。ふあっふあだものね」

「姫さま、それは……」

 桔梗がなにか言おうとしたが、にこにこしている千夜をみて、苦笑しただけだった。

 ふと、袖で咲き誇る桜の花が目にとまる。

「ねえ、桔梗さん」

「はい」

「お母さんも、この景色をみていたのよね」

「……ええ」

 言葉は少なかったが、桔梗の表情は優しい。寄り添うように距離をつめて並んだ。

 母のことは多く憶えていない。本人すら忘れてしまった場所で、折にふれて母の存在を感じることが不思議だった。胸の奥に灯篭があり、火をともしたみたいな心地になる。

 千夜が母親の話をしたせいか、腕のなかで、ゴマフアザラシがぷるぷると震え始めた。ぼろぼろと大粒の涙が漂っていく。

「だいじょうぶよ、ゴマフちゃん。わたしも、桔梗さんも、トトちゃんもいるわ」

 まだまだ母親に甘えて安心しきっているはずの赤ちゃんなのだから、心細くて当然だ。

「――淡き光は待ち侘びし日か、友待つ雪のきらめきか……」

 千夜はゆらゆらと左右に体をゆらしながら、歌をうたった。ゆったりとした穏やかな調べだ。

「君な忘れそ、春はめぐりて返り咲く、花よ、花よ……」

 春の強い風にこの花びらを届けてほしい。この声を、思いを、母に届けてほしい。

 思いを重ねて歌っていると、一陣の風が吹きすさぶように、水がうねった。さぁっと桜吹雪が千夜たちをつつみこみ、それから、ゆっくりと花びらが流れ、都へと舞いおりていく。

「わぁっ……!」

 桜の枝そのものこそ現れなかったが、白から淡紅色に染まる花びらがゆらめき、水中に散っていく様はとても美しい。

「桔梗さん、わだつみの都ってすごいのねえ」

「――……いいえ。これは、千夜姫さまが、姫さまの……」

 はっきりとした物言いをする桔梗には珍しく、呆然とした様子でつぶやいた。

「歌も、花も、なんてお美しい……」

「おい。お前はセイレーンにでもなる気か?」

 下のほうから呆れた声がした。大きな石を運んだり、大工道具らしきものを手にした男性の人魚たちが忙しそうに動きまわっている、その頭上で、銀髪に青い目をした人魚が腕を組んでいた。

「あ、レーン! 来たよー」

 深紅のひれをひるがえし、千夜は蓮のところまで一気に下降した。

「セイ……? って、なに? レンのレーン?」

「人魚の伝説だ。美しい歌声で船乗りを魅了し、惑わせ、難破させてしまう。人間どもに伝わる話だがな、お前をみてると納得できるよ」

「なんで? わたしは船を沈めたりしないよ?」

「お前が自覚してる以上に届くんだよ」

 きょとんとする千夜の代わりに、桔梗が「肝に銘じる」となぜか神妙な顔をした。

「見て、見て、撫子さんが着せてくれたの」

 撫子たちのように優雅な泳ぎ方はできないけれど、桜の着物がよく見えるように、ひらひらと旋回してみせる。尾ひれが深紅の絽のように、やわらかな曲線を描いてたなびいた。簪の細い鎖が涼やかな音をたてる。すっかり泣きやんでいたゴマフアザラシが、きゃっきゃと楽しそうな声をあげた。

「……ちびの金魚だからな。せめて、それらしく着飾らないと姫巫女になど見えん」

「姫巫女殿の美しい装いがよく似合っておられると、殿下が感嘆しておられます」

「アロウ!」

 もともと切れ長の目を、蓮が吊り上げた。

「いつ俺がそんなことを言った」

「ご機嫌うるわしゅう、姫巫女殿。時ならぬ花の雨は、姫巫女殿の祝福でしたか」

 蓮に睨まれても気にせず、アロウと呼ばれた人魚が胸に手をあてた。あの日、まっさきに千夜に誓いを立てた中年の男性だった。いかにも王子を守る役目らしい屈強な体型をしているが――そういえば、西の男性たちは着物をまとっていない――、茶色の瞳は柔和だ。

「こんにちは。ここに、迷子のゴマフちゃんのお母さんはいますか?」

 千夜とアザラシのつぶらな黒い瞳が、きらきらと期待に輝く。

「姫さま、さすがに、……ここにはいないかと」

 控えめに言ったのは桔梗だった。

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