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わだつみの姫巫女  作者: 乙羽
水の都
4/12

4 異国の人魚

「我らが殿下こそが、新たな主にふさわしいと、なんど言えばわかる! 滅びゆく都を救ってもらえるのだぞ、ありがたいことだろうが」

「黙れ。わだつみの都は、姫巫女さまのおわす神聖なる地。なんぴとたりとて、侵すことはゆるさぬ」

 桔梗の凛とした声が響きわたる。千夜に話しかける時とはうって変わって冷たく、それでいて「守る」という誇らしさに満ちていた。

 桔梗、桃花、撫子の三守人が手をつなぎ、輪をつくっている。桔梗は薙刀をさげているため、その手を撫子が握っていた。

 三人に相対しているのは、十人ほどの男性の人魚だ。ひれの長いわだつみの人魚たちと異なり、尾の部分が人間の足と同じくらい長く、ひれがやや短い。髪や目の色も薄く、同じ人魚でも別の種族なのだとわかる。彼らが弓のようなものを構えたのを見て、千夜は全身で叫んだ。

「やめてえっ!!」

 いっせいに放たれた矢は、見えない壁にあたってはね返ったかのようだった。射ようとした者たちに刺さるほどの威力はなく、海藻のように頼りなく漂っていく。

「みんなを傷付けないで!」

「姫さまっ!?」

 異種族の人魚たちだけでなく、三守人も唖然として千夜をみた。

「いけません、姫さま、お戻りください!」

 千夜はしたがわなかった。男たちが焦った様子で次の矢をつがえている間に、桔梗たちのそばまで泳いできた。

 そうして、中央にいる、なにも持たずに腕を組んでいる青年の人魚をまじまじと見つめた。銀色の髪に、蒼い瞳。切れ長の目尻にある小さなほくろ。両目と同じ青色に輝くひれの鱗。彫りの深い、整った顔立ちだが、鋭い目付きが冷たい印象を与える。

「ふん。この小娘が姫巫女だと? ただの金魚ではないか」

 青年は鼻で笑った。千夜は馬鹿にされても気にせず、というより耳に入らず、じっと見入る。

「な、なんだ」

 青年のほうがたじろいだ。千夜が口をひらくより先に、青年の陰から、人魚ではない、もっと小さくて細長い灰色の生き物が出てきた。と同時に、胴体を折り曲げるようにして勢いよく石を投げつけた。

「お前さえいなければ、殿下が!」

「あっ」

 小さな両手から放たれた石は、大きくはなかったが、千夜のみぞおちを直撃した。痛みよりも、宙返りするように後ろへ流されることよりも、イタチのような生き物が喋ったことに衝撃を受けていた。

「姫さま!」

「貴様ら、よくも無抵抗の少女に向かって!」

 三守人が千夜を背にかばい、いろめきたった。桔梗が憤りもあらわに、薙刀を構える。呼応するように、海底から無数のチンアナゴがあらわれ、魚雷のごとく突進した。

「待って、みんな待って!」

 お腹を両手でかかえながら、必死に声をあげる。すると、時を止められたかのようにチンアナゴの猛襲は海中でぴたりと静止した。

「姫さま……」

 戸惑いと驚きと賛嘆と、そんなものを混ぜ合わせたような表情で、三人が千夜をふりかえった。

「これほどまでに、言霊をあやつられるとは……」

「先代さまよりも、はるかに強いお力を宿していらっしゃる」

 桃花と撫子の腕の間から顔を出し、改めて千夜は青年とむきあった。彼は、いまにも襲いかかってきそうな男性の人魚たちを手で制している。

「――それほどの力を持ちながら、なぜ、自分への攻撃にだけ無防備になる?」

 さきほどとは違う、静かな問いだった。なにを訊かれているのか、よくわからないでいると、「無自覚か」と呆れたようなため息をつかれた。

「デンカさんは、あのときの蛇さんよね?」

 今度は千夜が問いかけた。今度は青年がこたえなかった。代わりに、さきほど投石してきた生き物が怒った。

「へ、ヘビ!? 殿下に向かって、無礼者め!」

 細長い胴体がぶるぶるっと震える。

「どちらが無礼か、コツメカワウソの分際で」

 桔梗が薙刀のきっさきを突きつける。コツメカワウソはぴゅっと青年の後ろに隠れた。

 千夜は、まっすぐに青年を見つめた。

「どうして、わたしを食べなかったの?」

「どういうことですの?」

 撫子が心配そうに千夜の体を抱きかかえた。

「橋のうえで待ってたわたしのところに来たのが、デンカさんなの。わたしが邪魔なら、あの時ひとのみにしてしまえばよかったのに、途中でやめちゃったの。それに、わだつみの都の近くまで、わたしを連れてきてくれたのよね?」

「えっ……?」

「――なぜ、そう思う」

「思うもなにも、目が同じだもの」

 三守人もコツメカワウソもほかの人魚たちも、驚いた様子で青年をみた。注目を集めた青年はそっぽを向いた。

「だからね、デンカさん、どうしてなのか、お話しして」

「別に。こんな痩せっぽちのチビなんざ、食いでがないから興が削がれた。それだけのことだ」

 言われて改めて自分の体をみると、まん丸だったお腹は元通りになっていた。あんなにたくさん食べたのに、どこへ消えてしまったのだろう。

「聞いているのか!」

「後半はよくわからなかったんだもん」

 青年は苛々した様子で髪をかきあげた。銀色の髪が光の波のようにたゆたう。

「わだつみの連中は、俺たちを客人としてもてなすどころか、よそ者だといって中にさえ入れない」

「当たり前だろう。いきなり攻撃をしかけてきた無頼漢を招じいれて、茶を出す馬鹿がどこにいる」

 桔梗の冷たい反論に、青年は眉ひとつ動かさない。

「わだつみの都を統べるのは姫巫女、その正統なる後継者を迎えるまで、一歩もいれんとな。まだるっこしいから、連れてきてやったんだ」

「ありがとう」

「はあ!?」

 青年が目をむいた。だけでなく、桃花がゆさゆさと千夜の肩を揺さぶった。

「姫さま、そこはお礼を言われるところではありません!」

「そうですわ。姫さまを連れてきてくださったことが、どれほどありがたくても……方法が悪辣すぎますわ。生贄だなんて、どれほど姫さまが傷付かれたか」

 千夜の体にまわされた、撫子のしなやかな白い腕に、きゅっと力がはいる。

「も、桃花さん、撫子さん、落ち着いて……っ」

 がくがくと頭が揺れるのがおさまってから、改めて青年に尋ねた。

「デンカさんたちは、どうして、みんなに乱暴するの? お話ししにきたなら、弓矢をつかったりしないで、お話しして」

 青い瞳が千夜を見据えた。しばらくしてから、青年が口をひらいた。

「殿下というのは敬称だ。俺の名前は、蓮という」

「殿下!?」

 小さな両手を頬にあてて、ひぃっとコツメカワウソが悲鳴をあげた。

「あ、千夜です」

 そういえば名乗っていなかったと今さら気付いて、ぺこりと頭を下げた。人魚式のお辞儀はやったことがないし、抱っこされていてはできない。

「姫さま、軽率に名前を教えてはなりませんっ」

 もうっと桃花が手を振り回し、桔梗は頭痛がするみたいに額をおさえた。

「なぜ?」

 千夜はきょとんとしてしまう。

「真名を知っていれば、相手をあやつることもできるからだ。俺やお前のような血筋のものは、特にな」

 意外なことに、説明は三守人からではなかった。

「レンも龍王さまの子孫なの?」

「呼び捨て!」

 またもコツメカワウソが叫んだが、蓮は無視して続けた。

「俺は西の海の王の息子だ。西には西の伝説があるから、先祖が同じかはわからん。とにかく、俺たちは去年、旅の途中で嵐にあい、遭難した」

「近くに住んでるんでしょう?」

「真似事はしたがな、神器もなしでは難しい。海が荒れるたびに棲み家を失う」

「だからといって、我々の都を襲っていい理由にはならない! 己の安全のために、他者の安全をおびやかし、あまつさえ奪おうなど、ただの侵略だ」

 千夜は、桔梗の腕にそっと触れた。彼女の怒りには、少なからず悲しみが含まれているように感じたからだ。てのひらの下に、こまかな震えを感じた。

「……道理だな。お前たちの姫巫女が死んだのを千載一遇の好機とした、それも侮辱だった。狼藉をここに詫びる」

「殿下!?」

 蓮の従者らしき人魚たち(とコツメカワウソ)がどよめいた。

「お前らも謝罪しろ」

「そのような!」

「この都は女どもばかり、いくらこちらが少数でも勝てる戦いです」

「こんなガキが姫巫女だというなら、なおさら! 殿下なら、ひとひねりでしょう」

「どうして戦わなきゃいけないの?」

 千夜の問いに、口々に進言していた人魚たちはぎょっとしたようだった。

「どうして、勝ったり負けたりしなきゃいけないの?」

 純粋な疑問だったのに、西の人魚たちは、なにか薄気味悪いものでも見るような目で千夜を見た。

 蓮は頓着しなかった。

「千夜。お前がわだつみの都の姫巫女だというなら、お前に申し入れる。大鳥居の内側は、水温も水流も、すべてが穏やかに調整されている。だが、俺たちは結界にはじかれて入れない。俺たちを、わだつみの都に住まわせてくれ」

「なっ……!」

「もう一度、旅に出る準備ができるまでの間だけだ。その代わり、お前たちが困っていることに力を貸す。これでも王子だからな、津波や地震を起こす力くらいはある」

「壊しちゃだめよ」

「その逆もできるって話だ。半年間も主が不在だったら、それなりに荒れたろ?」

 千夜は、桔梗、桃花、撫子の顔を、順に見た。

 可憐な容姿をした撫子が、いつも自信なさげに目を伏せがちな理由が、すこしだけわかった気がした。撫子の髪や目の色は、西の人魚たちに近い。そして、あきらかに西の人魚とわだつみの人魚は、対立している。両者が歩み寄れば、撫子も、自分の容姿が嫌だと、目立つのが怖いと思うことはなくなるのではないだろうか。

「都に、レンたちが住める場所はある?」

「姫さま……」

 なかば予想していたのか、諦めたような、深い吐息まじりに桔梗が言った。

「我々は姫巫女さまの意志に従うだけです。ですが……、いったん鳥居のなかに入れてしまえば、彼らが暴れたときに防御ができません。わだつみの都が破壊されたら、我々はみんな住む場所を、故郷を、すべてを失います」

「だいじょうぶ、レンは悪いひとじゃないのよ。悪人顔なだけで」

「おいこら」

「レン、約束して。わだつみのみんなに、もう二度と乱暴しないって。悲しみを生まないで」

 目付きが悪くとも、彼の両目は清流のように澄んでいる。そして、けして目を逸らさなかった。

「約束する。俺の責任において、こいつらにも手出しさせない」

 こそこそと逃げ出そうとしていたコツメカワウソの首根っこをつかんで引きずり出し、蓮は千夜たちの前にぶらさげた。

「ほら、お前も謝れ」

 ヒゲを震わせて歯ぎしりした灰色の生き物は、ぷいっとそっぽを向いた。そんな仕草は主にそっくりだ。

「できませんな! この、ちんちくりんの金魚は、まだ我々を迎えいれるとはひとことも言っていない。先にこちら側の言質をとろうなど、こざかしい!」

「そろそろ刺すぞ」

 桔梗がおどすと、カワウソはだんごむしのように細長い胴体を丸めた。

「だって、わたしが決められることじゃないもの。みんなが『いいよ』って言わないと、だめでしょう。もうしないって約束したら、わだつみのみんなも受け入れてくれるかもしれないでしょう?」

 千夜は蓮たちのほうへ、両手をさしのべた。

「帰れるおうちがないのは、いてもいい場所がないのは、とっても寂しいわ。ね?」

「……っ」

 なぜかコツメカワウソはひるんだように後ずさった。首根っこをつかまれているため、お尻が引けただけだったが。

「わだつみの都は、とっても綺麗なの。来たばかりだけど、わたしは大好き。都を壊したり、誰かを傷付けたりしても、みんな悲しくなるだけよ」

 背後から、盛大なため息がきこえた。先ほどから千夜は、前後左右、ため息ばかり浴びている気がする。

「――姫さまのお優しさに感謝するんだな」

「わたしたちだけじゃないわよ、都の全員にちゃんと謝ってよね」

「お待ちになって」

 桔梗と桃花をとめたのは、撫子だった。

「姫さまに誓いを立ててください。そうでなければ、あなた方をいれることはできません」

 普段のおっとりとした喋り方からは想像もつかない、一歩も譲らない、芯の強い口調だった。

「言霊の神力をもつ姫さまへの誓いを破れば、その身は滅ぶでしょう。……できませんか?」

 西の人魚たちは、互いに探り合うように目くばせした。そんな彼らを、蓮がぐるりと見渡す。

「千夜の言うとおり、俺は争いがしたいわけじゃない。仮に俺たちが勝ったとして、なにが手に入る? わだつみに住む全員からの呪詛だろう。さすがに相殺する力はないぞ。それで安住の地になるか?」

 これまで沈黙してなりゆきを見守っていた、最も年長らしい中年の人魚が前へ出てきて、頭を下げた。それが西のやり方なのか、先ほどの千夜に倣ったのかはわからない。

「これまでのご無礼をお詫び申し上げます。姫巫女殿とわだつみの都、そして、そこに生きるすべてのものに危害を加えないと誓います」

 蓮にしたがう人魚のなかで、彼の発言力は大きいらしい。しぶしぶといった様子ながらも、他の全員が彼に続いた。

 いまだに千夜を抱きかかえている撫子を見上げると、彼女は微笑んでうなずいた。

「お前らが殿下に刃をむけたときは別だからな」と息巻くコツメカワウソを放り、蓮が千夜の手を握った。

 ずっと懐で震えていたハコフグがぽんっと出てきて、千夜の肩にのる。

「そうね、トトちゃん、みんなで帰ろう。帰って一緒にりんごを食べよう。わたし、お腹すいちゃった」

 千夜が無邪気に笑うと、大鳥居へといざなう石灯籠がぽうっと明るさを増した。

「ね、コツメちゃんも」

「コツメカワウソだっ。変な略し方すな!」

「りんご食べないの?」

「食べないとは言ってない!」

 その日、海の底に新しい風が吹いた。

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